No.4『イッキの強要ハラスメント』
校長室……じゃなかった、事務所を後にした俺と春夏秋冬はどこに行くでもなく、ただ漠然と街を歩いていた。
……
「よし、穢谷。飲み行こう」
「は? なんで唐突に?」
「平戸先輩の話、どうするか決めないと。それに私、穢谷に色々と聞きたいことあるし」
「今聞けば良いじゃねぇかよ」
「……酔ったほうが、話しやすいの」
あぁ、なるほど。確かにそれはそうかもしれない。久々に会って絡み方も忘れかけてしまっている現状、アルコールを入れたほうが
「それじゃあ、どっか行くか」
俺は春夏秋冬に向かって頷き、Google先生に近くの居酒屋を尋ねた。時間も時間でまだ営業時間外の店ばかりだが、歩いていけばそこそこ良い時間にはなるはずだろうし。
△▼△▼△
それから俺たちは東西南北校長の事務所から歩いて15分ほどの場所にある繁華街まで歩き、そこそこ良い評価だった居酒屋に入った。
気の良さそうな店主に生ビールと適当なおつまみを注文して約2分、俺たちのテーブルへジョッキに並々注がれた生ビールが運ばれてきた。
「じゃあ、乾杯!」
「乾杯」
春夏秋冬が先に挙げたジョッキに俺も遅れてジョッキをぶつける。
ゴクゴクと喉を鳴らしながら生ビールを一気に呷る春夏秋冬は、自分の酒の強さを信用してのこと。俺みたいな
「ふぅ……美味しい」
「だなぁ。ビールが美味いって感じるようになった時は、一気に老けた気がしたわ」
「あー、わかる。いつからだったかはわかんないんだけどね」
春夏秋冬は俺の意見に頷き、枝豆を口に放る。俺も箸を握り、漬物に口を付ける。シャキシャキした歯応えを楽しんでから、ビールを喉に流し込む。
それからお互い飲み食いに集中し、会話もなく黙々と食事していた。皿と箸がぶつかる音、咀嚼する音、ジョッキをテーブルに置く音だけが流れる静かな時間は春夏秋冬の質問によって破られた。
「五年間も雲隠れして、どこで何してたの?」
「んー……まぁ、正直話すほどのことしてはないんだよな。ただただ、日本中ほっつき回って色んな仕事してた」
「色んな仕事?」
「うん。どうも自分にしっくりくる仕事見つかんなくてさ、転職繰り返して色んな仕事経験してきたんだ。家の建築、電気配線みたいな工事関係とか、保険会社ガス会社で営業もやったし、珍しいバイトも結構やったんだけど……まあ、挙げたらキリねぇ」
しっくりこないなんて言い訳、ふざけているとは俺も思う。誰もが仕事を楽しい、やりがいがあると感じて働いているわけじゃないということも分かっているし、例えキツかろうと堪えて仕事をしている人がいることも重々承知だ。
結局、世の中妥協が大事なのだと社会人になって痛感させられた。
だけど、だからこそ俺は今のうちに、若者と呼んでもらえる間に、様々な仕事を経験してみたいのだ。三十路を過ぎれば、そう簡単に転職は上手くいかない。今しかできないことを、俺は今やれるならやっておきたい。
「ふーん……。どれも長続きしなかったんだ」
「うん、まあな。興味本位で屠殺業者に入らせてもらったんだけど、そこが最速だな。たった一日で辞めちまった。流石にアレはこたえたな……」
「屠殺って、牛とか豚とか殺すやつよね? 一般人でもできるんだ」
「うん。つか、食事中にする話じゃないよなコレ」
「ふふっ。絶対そうね」
春夏秋冬はクスクスと微笑し、残り少なくなったビールを飲み干す。店主にもう一杯ビールを頼んだところで、今度は俺から切り出した。
「そっちは? 何の仕事してんの?」
「専門学校で勉強したことそのまま生かせる会社」
「ほーん。て言うと、プログラミングとか?」
「もする。一応はシステムエンジニアとして入社したんだけどね。かなり社員の使い勝手荒い会社だから」
「なにブラックなの」
「平たく言うと、それ」
「え、あ、マジで……?」
えー、マジですかー。普通に冗談のつもりで言ったんだけど、友人にブラック企業に入っているって言われた時なんて言えば正解なんでしょうかー。
俺が返答に困っていると、春夏秋冬がふと思い出したようにバッグの中をゴソゴソしだした。取り出したのは、黒い革が使われたシックな名刺入れだ。
「はいこれ、私の名刺」
「おう。ありがたく頂戴致しますねー」
そこには俺も何となーく聞いたことある社名と『システム開発管理課 係長』の文字の下に『春夏秋冬 朱々』と記載されている。
「……え、係長!?」
「まあねー。人がいないだけの名ばかり係長よ。使えない新人の尻拭いとか、もうとにかく何でもかんでもやらされてるからやってらんない」
かなり憂鬱そうな表情をしているの見るに、会社に対しての不満は多そうだ。俺も高校卒業してからの七年間でかなりたくさんの業種を経験してきたが、幸いなことにブラック企業に当たったことはない。
IT関係の会社が大量にある現代において、その会社に入社してしまった春夏秋冬が不憫でならない。昔みたいにストレス発散も出来ない今、どうやってリフレッシュしているのだろうか。
と、思っていたら。
「ごめん、タバコ吸ってイイ?」
「ん、あぁ。全然構わんけど」
「そ。じゃあお言葉に甘えて」
そう言うと春夏秋冬はカバンからセブンスターを手に取り一本取り出して、コンビニのレジ横に売ってる安いライターで火をつける。その一連の動作の手慣れ具合から普段からヘビーにスモーキングしているのであろうことが察せられた。
なるほどな。大人になった春夏秋冬は癌発症リスクを高めることでストレス発散していたらしい。別にタバコ否定派ではない俺としては何とも思いませんけどね。
ソフトのタバコを指でトントン叩いて出てきた一本を口に咥え、そしてライターで火をつける。たかだかそれだけの何でもないタバコを吸う動作なのだが、春夏秋冬は笑っちゃうくらい様になっている。まるで映画のワンシーンを見ているかのようだ、なんてクサいセリフを吐くほか何も言えない(盛った)。
「いつから吸ってんの?」
「二十歳の誕生日から。経験として吸ってみようと思って買って、めちゃくちゃヤニクラってたんだけど勿体無くて一箱全部吸い切って、それから口寂しくなることが多くなったから二箱三箱って買って、で気付いたら医者からガチで怒られるくらい吸うようになってた」
「じゃあ吸うなよ……」
「これでもiQOSとか水蒸気タバコとかちゃんと使ってんのよ?」
いやそんなドヤ顔されても。今吸ってるのは普通に紙タバコじゃん。
ちなみに俺も春夏秋冬同様に一度経験として吸ってみたことがあるわけなのだが、まぁ当然のごとく最初に思いっきり
そもそも色んな場所歩き回って常日頃金欠状態の俺にタバコを買う金は無いわけで。タバコ買うならマ◯ジンとジャ◯プを買うわけで。
「なんか、大人になっちまったよなぁ……」
「そうね。酒も飲むしタバコも吸うし、仕事もしてるし税金も払ってるし、何より色々責任があるものね」
「まぁ、それもそうなんだけど、こう、なんて言うか、考え方とか立ち居振る舞いとかさ。あんだけ社会不適合者だのなんだの言ってた俺でさえ、普通に社畜になっちまってるもん」
「……うん。言われてみたらそうかも」
春夏秋冬はしみじみと呟いて、グイッとビールを呷った。
上手く言い表すことが出来ないけど、俺たちは確実に大人になった。
悪いことではないと思う。だけど、どうしても寂しさが拭えないのだ。
△▼△▼△
そんな風に、ツマミ片手に昔の話をしながらしみじみと酒を飲んでいたのも、もう一時間ほど前の話になるだろうか。
時計の針はすでに23時を回っている。そろそろ帰宅時だとは思うんだが……。
「だぁからァ! 私がいなかったら仕事回らないわけぇ! だあら休もうにも休めないのォ! 私、えらくね!?」
「いやうん、それはもう分かったから……」
春夏秋冬は気付いていない。この話は今この場においてすでに三度目だと言うことを……。
「ちょっとぉ〜、穢谷さん飲んでなくなーい? イッキッ! イッキッ! イッキッ!」
「一気飲みの強要はやめてくださーい。あとお前酔いすぎてキャラが……」
「じゃあ私がイッキしまーす! ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ! あ``〜!! うまい!」
「よっ! 良い飲みっぷりだぞお姉ちゃーん!」
「もっとイケイケ〜!」
「あんたが今夜のMVPだ! オヤジ、あの娘に俺から一杯やってくれ!」
「あいよー! 生ビール二杯! あんたの
見ての通り、この周りのオッサンどもも春夏秋冬がベロベロに酔っている原因のひとつだ。これでもかとアホみたいに囃し立てられ、春夏秋冬も断らずに飲みまくり、この状態である。
いくら酒に強いとは言え、飲み過ぎなんじゃないかと見ていて思っていたんだ。それでも大丈夫だからとかほざいてバンバン飲みまくって……。後始末が必然的に俺の仕事になっちまうじゃねぇかよ。
「わー! 得したわね穢谷! ありがたく、いただきますっ!」
「あーあー、お前はもう飲むなって!」
「何よォ! ケチンボ! せっかくのサービス無駄にすんの!? ケチ! ケチケチケチ!」
「……はいはい、じゃあこれで最後な」
俺は渋々、春夏秋冬から奪ったジョッキを受け渡す。すると、「わーい!」とハイテンションに声を上げ、ビール二杯を驚くべきスピードで飲み干してしまった。
「ほれ、春夏秋冬立て。もう飲み干してるだろーが、ジョッキ置けって」
「うぁ〜ん、穢谷がイジメるぅー」
「うぜぇなぁ、この酔っ払いが! ゴネなくていいからさっさと立て!」
「抱っこして〜。もう私うーごーけーまーせーん」
「……」
マジでいくつだよコイツ。同学年とは思えねぇよ、思いたくもねぇよ。
「おい兄ちゃん! 抱っこご所望だぞ〜」
「姫さま城まで運んでやれ〜!」
「そのまま城で一発か……」
「少し歩けば一軒ホテルあるぞ? 案内してやろーか!」
「はぁ……。これだから酔っ払いは……」
しかしながら、今も畳の上でゴロゴロして一切起きようとしないこの酔っ払いを家に帰すには、どうも抱っこして運ぶほか方法がなさそうだ。
「チッ、めんどくさい。おい春夏秋冬、掴まれ」
「んにゃー、赤ちゃん抱っこ〜?」
「おんぶ!!」
俺が声のボリュームを上げて言うと、春夏秋冬はのそのそと起き上がって俺の背中に覆い被さるようにして掴まった。と同時に女性らしい柔らかい感触が背中全体と太ももを支えている手のひらに伝わってくる。
いかんいかん、俺も少なからず酔いが回っているのだ。変なことを考えて変な気分になるのはまずい。
俺はピンク色の妄想を振り払うように首を振って立ち上がり、店主にサイフを差し出す。
「すんません、会計こっから抜いてください」
「へーい」
店主は俺のサイフから札を数枚取り出して、お釣りも入れてから俺に返してきた。
俺はぺこっと頭を下げて「ご馳走様でした」と言い、居酒屋を出る。春夏秋冬を背負ったまま、少し歩いて道路沿いへ。
「春夏秋冬。家の住所は?」
「んー? どーこれしょっ!?」
「……」
苛立つでないぞ穢谷葬哉。相手は酔っ払いだ。俺が冷静でなくてどうする。
「せぇーかいは〜、アレグリア荘の二階角部屋に一人暮らしでした〜!」
「アレグリア荘って、確か薬局の近くにあるアパートだよな?」
春夏秋冬は「うーん」とどっち付かずな返事をして、こてんと頭を俺の肩に落とした。このまま眠ってくれると静かで非常に助かるんだけどなぁ。
俺は何度か手を挙げてタクシーを止め、運転手に薬局の前までお願いした。家の前までお願いしなかったのは、一応運転手に家の場所を知られるのを避けておくためと、春夏秋冬を夜風に当てて少しでも酔いを覚まさせたかったからだ。
タクシーに揺られ、おえっと何度か
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