No.3『押し付けるのではなく、ただお願いしている』

 んーっと、これは一体全体どういうことなんでしょうか。

 面接に来たはずが変な男二人に取り押さえられるし、部屋に入ったら東西南北よもひろ校長と春夏秋冬ひととせがいるしでもう何が起こってるのか理解が追いつかない。

 春夏秋冬も春夏秋冬で俺を見て唖然としてるのを見るに、十中八九これは我が恩師東西南北校長の策略だ。

 この人が悪い人じゃないということはもちろん分かっているが、東西南北校長に関する過去の記憶は8対2の割合で嫌な思い出の方が多いわけで。ぶっちゃけ言っちゃえば恩師ではあるけど信頼してるかと問われれば首を横に振らざるを得ないわけで。


「いやー、手荒い扱いして申し訳なかったね。まずは落ち着いてくれたまえ」

「はあ。じゃあ、いただきます」


 俺はソファに腰を下ろし、目の前のせんべいに手を伸ばす。

 刹那、ものすごいデジャヴを感じる。

 よくよく見てみれば、この部屋この状況、昔と全く一緒だ。

 弱みを握られ、校長から面倒ごとをアレコレ押し付けられてきた高校時代。当時の招集場所である校長室とよく似ている。


「久しぶりね、穢谷」

「あ、おう。そうだな、ひ、久しぶりだな……」

「元気だった?」

「うんまあ、超元気だった、です……」

「そ。それなのに何の連絡もしなかったわけね」

「……は、ハハハ」


 怖ぇーー! 顔見れねぇー! マジパネェ、視線と声音で殺されるかと思ったわ。多分もうちょい頑張れば覇王色使えると思うよ。並の人間なら今の春夏秋冬の威圧には耐えられてないからねホント。

 でもまあ、当然のお怒りではある。俺もそれ覚悟で地元こっちに戻ってきたのだから。

 俺と春夏秋冬、そして東西南北校長の間に流れる沈黙。静寂ではなく、沈黙だ。気不味い空気が流れ、少しの身じろぎも憚られる。自分の鼻呼吸する音や春夏秋冬が脚を組み替えた時の衣擦れ、時計の動くカチカチ音、室内に置かれた冷蔵庫のヴーンという小さな唸り声、さらには外から微かに聞こえてくる車の走行音まで、嫌というほど鼓膜を振るわさせられる。

 いやはや、空気なんぞ読むもんじゃねぇ吸うもんだバカヤロォとズレまくってイキってたあの頃の俺は何処へやら。耐えられずに口を開いてしまう。


雲母坂きららざかさん、元気……?」

黎來れいな? まあ、元気なんじゃない?」

「そ、そか……」

「うん」

「……」

「……」


 会話続かねぇ〜、春夏秋冬姐さん超静かぁ〜に怒り心頭です。やめよう、これ以上刺激するのやめよう、触らぬ神に祟りなしだ。こういうのは時間が解決してくれるもんだと相場が決まっている。


「東西南北校長もお元気そうですね」

「うん、元気元気〜。あとわたし今校長じゃないから、社長だから」

「……ごまんとある求人の中からピンポイントでここ選んじまうとは思ってもみなかったですよ。なんか仕組んでました?」

「まっさか〜! 偶然って実に怖いよねぇ」


 怖や怖やと小さく呟く東西南北校長もとい東西南北社長。八年経ってもこの胡散臭いコピペした笑顔は変わらないらしい。

 うん、偶然ですよね、てかそうだと信じたいですよこちらとしては。でも今回俺アプリとか使わずにハローワーク行って仕事探したからね、となると職員に賄賂渡して俺にここ紹介させるとかこの人ならやりかねないのよ。


「偶然なわけないじゃん。穢谷と私、おんなじタイミングで東西南北せんせーのとこに集まるなんて」

「……さて! 募る話もあるだろうけど、そろそろ本題に入らせてもらおうかな」


 春夏秋冬の言葉はフル無視で、東西南北さんは革張りの社長椅子から立ち上がった。懐かしいなぁ、八年前もこんな感じで唐突に面倒ごとを押し付けられてたよなぁ。

 そんな風に過去を思い返して、感傷に浸りかけていると――。


「君たち、平戸ひらど凶壱きょういちという男を覚えているかな?」

「……覚えてるも何も、忘れられるわけない」

「右に同じく」


 最終的なことを言えば、すごく濃密ですごく楽しい三年間だった(主に二年生の時)。ただ、心残りもいくつかあった。

 それが平戸凶壱の件だ。

 何故八年も前に俺たちの前から突然姿を消した男の名を出したのか。突然というか、当然のことをしたわけなのだが。

 とにかくそれは今の段階ではわからないけれど、東西南北さんの表情はえらく真剣だ。珍しいことにコピペした笑顔ではなく、真剣そのものだ。


「実はその彼が、脱走したそうなんだよね」

「は? 脱走?」

「そんなニュース聞いたことないですけど」


 東西南北さんの言葉に、俺も春夏秋冬も訝しげな表情になってしまう。

 そもそもあの人は八年前のあの日、どこに連れていかれたのだろうか。俺はそれさえも知らない。存在は記憶の中に強く残っているのに、彼のその後からは目を逸らし続けてきてしまった。

 というか何なら、春夏秋冬を筆頭に存在を記憶していたにも関わらず、のことは念頭から置いてきてしまっている。心配かけただろうなぁと、自惚れるつもりはないけれど、会ったらちゃんと頭を下げよう。それで許してもらえるかはまた別として。

 結局は俺の自己満足だ。何時何時いつなんどきもそう、自分の人生自分が満足いくように生きなくてどうする。後悔したくないからこの町出て、後悔したくないからこの町を出たことをみんなに謝るのだ。


「そりゃあニュースにはならないさ。平戸くんは別にブタ箱暮らしの犯罪者じゃないんだからね」

「平戸先輩、あの時刑務所行きにならなかったんだ……」

「未成年、高校生だったしなぁ。つーことは……医療少年院行きですか」

「うん、穢谷くん当たり。平戸くんは過去に母親を正当防衛で殺害し、児童自立支援施設に送られた経歴もあって精神面に異常があることは明確だったからね」


 言って、東西南北さんはキッと表情を固くした。


「彼の性格、立ち居振る舞いは君たちも知っての通り、本当に世渡り上手だ。学校を去った後、わたしも院の関係者を伝って情報を仕入れていたんだが、更生は順調だったそうだ。当初予定されていた矯正教育計画の通り、何の問題もなく上手く矯正させることが出来ていたはずだった」

「それが、突然脱走を図ったと……。更生している風を装っていた、のか?」

「ちなみにその逃げ出したのって何日前のことなの?」

「……一年前のことだ」

「は? 一年!? 去年の話なの!?」


 春夏秋冬が目を丸くさせて問うと、東西南北さんはゆっくりコクリと頷いた。その渋い顔から悔しさが滲み出、疲れ果てたため息を吐いてどっかり社長椅子にまた腰を下ろした。

 肘を机について指を組み、目を閉じると長い睫毛が揺れる。綺麗系美人の東西南北さん、直接聞いたわけではないけれどおそらく俺と十歳差。三十五歳……には全然見えないな、高校のあの頃から一切老けてないと言えば嘘になるが、それでも二十代で通用する顔だ。


「当然、警察も動いて捜索されているが、今になっても手がかりの一つも発見されない。まさに神隠しだよ」

「「……」」

「彼を野放しにしていれば、また以前のような惨劇が起こるかもしれない。わたしは、それを未然に防ぎたい」

「……だから?」

「君たちに、平戸くんを探してもらいたいんだ。それが今回穢谷くんと春夏秋冬くんを呼んだ理由だ」


 東西南北さんは、静かにそう言った。今日俺と春夏秋冬が集められた理由は、警察の捜索すら掻い潜る神隠しの如き逃亡を続ける危険人物、平戸凶壱の発見。警察が見つけ出せないのに俺たちならどうにか出来るとでも思ったのだろうか、いやはやかなり買い被られているようだ。

 チラと春夏秋冬の方を一瞥すると、口を真一文字に結んで真顔を貫いている。その感情を察することは難しいが、それでも優しい春夏秋冬のことだ。きっと内心悩んでいるに違いない。

 だから俺は春夏秋冬がスッとこれ以上悩まずに選択出来るよう、東西南北さんへ問うた。


「……それは、昔みたいな面倒ごとの押し付けですか?」

「穢谷?」


 俺の声の刺々しさを感じ取ったのか、春夏秋冬が心配そうな顔で俺を見る。

 安心しろって、俺だって理由無しに断るのも簡単に引き受けるのも嫌なんだ。これはただの確認だ。


「俺と春夏秋冬はもう、あんたに弱みを握られてない。それに高校んときはそれなりの対価があった。だけど今回は? マジのタダ働きさせるつもりですか? はっきり言って、今の俺と春夏秋冬にはあんたの命令に従う必要は――」

「――これはわたしからのだ」


 俺の言葉を遮り、東西南北さんは室内によく響き渡る声ではっきりとそう言った。押し黙らされた俺は声を出すことが出来ず、東西南北さんは続ける。


「穢谷くんの言う通り、わたしは君たちの弱みを握っているわけではない。ゆえに、君たちがわたしに従う必要なんてない……。だからこれは、わたしからのお願い、頼みごとだ。引き受けるのも断るのも、全ては君たち次第だよ」


 椅子から立ち上がって、俺たちの前にまでやってくる東西南北さん。少しだけ声を震わせながら、だけど優しい声音で言った。

 申し訳なさそうな顔で、こんな言い方をするのはきっとズルいと分かっていながらも、東西南北さんは俺たちにただ“お願い”するしかないのだ。

 俺たちを繋いでいたのは弱みを握る握られるという明確な上下関係だった。それが無くなっている今、東西南北さんが俺たちを扱き使える理由もないし、俺たちが東西南北さんに扱き使われる理由もない。

 だから東西南北さんは頭を下げる、今はそれしか縋ることが出来ないから。


「改めて言う。君たちに、平戸くんを見つけて欲しい」

「「……」」


 深く、深く頭を下げる東西南北よもひろ花魁おいらん元劉浦高校学校長を前にして、俺と春夏秋冬は何一つとして言葉が出てこなかった。

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