No.2『久々に会った人とのソレ』
目の前の高身長で巨乳でスーツ姿の似合う女性は、確かに
「な、なんで!? わけわかんないんだけど!」
「そんなに取り乱さなくてもいいじゃないか。それとも取り乱すくらい嬉しかったのかなっ!?」
ヤバい。何がヤバいって私もなんでこんなに取り乱しちゃってんのかわかんないところがヤバい。
証拠に東西南北せんせーのボケにも対応仕切れていない。あのブラック企業にいて、部下二人組にツッコミセンスは磨かれているはずなのに。こういう時に発揮できないとなると、宝の持ち腐れだ(言い過ぎ)。
「まぁ座ってゆっくり落ち着きたまえ。おせんべい、好きだったろう?」
「いや、好きだったっていうかいつも置かれてたから手に取ってただけなんだけど……」
嫌いってわけでもないし、もちろんお言葉に甘えていただきますけどね。
思えばこの事務所は私の母校、
まさに七年前見た当時の風景だ。学生時代を思い出し、懐かしくも、少しだけ切ない気分になってしまった。
「いやぁ、それにしても君、また一段と綺麗になったね。高校時代の世の中舐め腐った顔から一変して、すっかり立派な社畜の顔だ!」
「できることなら大人びた顔になったって言ってほしいわね」
「ははは。でも、そうやって湯呑み片手にせんべい食べてるところを見させられると、まだまだ子供だなって感じるよ」
「どっちなの……」
あの事件で東西南北せんせーが学校を去ってから八年も経っているのだ。確実に私は大人になっている。
年齢的なことは当然ながら、酒も煙草も堂々と飲んで吸って出来るし、働いて金も稼いで税金納めて気が向いたら選挙にも行って。
私から言わせてみれば、
だから久々に子供扱いされて、むず痒い感覚もありつつ、若干の苛立ちも覚えた。まあでも子供扱いされて苛立つ時点で子供なのかもしれないと思えるだけマシか。
「でも綺麗になったってのは本心に変わりないよ。メイクも濃過ぎず上手だし、何より雰囲気が違うね」
「そうかな?」
「あぁ。彼氏でもいるのかな?」
「……お生憎様、私はここ数年男っ気ゼロでやってるの」
「へー。でも言い寄ってくる男くらいはいるんじゃないのかい?」
「それはまぁ、ほどほどには」
むしろアイツが言い寄りまくってくれてるお陰で社内じゃほぼ口説かれたり食事に誘われたりなんかはされない。あくまで“ほぼ”ですけども。
「あ、それよりも会食ってなんだったの?」
「あー。それは君を呼ぶための嘘。悪いね、そんなキッチリした格好させちゃって」
「わざわざ会社に会食ってことで連絡しなくても、プライベートでどうこうしてくれれば良かったのに」
「それだと君は怪しんで来てくれないかと思ったからさぁ」
だからってこんなやり方しなくても……とは思ったけど、プライベートで連絡を取る以外に私をここまでやって来させるには確かにこの方法しかないというのも一理ある。
でも、プライベートで東西南北校長から連絡が来たとしたら、私はどうしていただろう。
……やめよう。考えるだけ無駄だ。過去に起こるかもしれなかったもしもの話を深掘りしても、それが現実に起こることはもう無いのだから。
「じゃあ、なんで私を呼んだの? 学生の時みたいに面倒ごと押し付ける気? だいたいどうやって私の働いてる会社見つけたわけ?」
「質問が多いなぁ。そう焦ることはない、ひとつずつちゃんと答えていくから。時間はたっぷりある」
「……それじゃあ。……学校やめてから、今まで何してたの?」
聞いていいのかダメなのかわからないから、私は恐る恐るといった調子で東西南北せんせーに問う。
すると東西南北せんせーはちょっとだけ困った顔をしたのちに、ニッコリとコピペしたような笑顔を見せた。この表情は相変わらずなんだな。
「見ての通り、この事務所の代表取締役社長兼専務兼常務兼一社員さ」
「見ての、通り……? ここ見ただけじゃ何してる会社なのかもわかんないんだけど」
「うーん、それはまぁそうだなぁ。わたしが病床に伏して死に間際になったその時教えてあげるよ」
「要は秘密ってわけね」
昔だってそうだった。高校時代の時も自分の身の上はあれこれ隠しまくって、小賢しいことに全部自分で背負うなんてことはせず、説明無しに私たちに上手く押し付けられる部分は押し付けてきていた。
それでも最後の最後には結局自分で背負い込んで、大人として責任を取ってしまったのだ。私たちには何も言わずに。
「……じゃあ、私のことをこんなやり方で呼び出した理由は?」
「あー、それは本題だからね。もうひとり来てからにしようじゃないか」
言って、ピッと人差し指でドアの向こう側を指す東西南北せんせー。私はゆっくり振り返り、指差す方向を見る。
すると……。
「イッテェって! おい離せよ! 聞いてんのかボケ!! 俺はヤクザと繋がりがあんだからな!? 変なことしてみろぶっ殺されるぞてめぇら! あ、ごめんなさいウソウソ、そんな睨まんといてくださいよ〜」
そんな物騒なことを叫ぶ男の声が聞こえた。
その声はすっごく懐かしくて、胸をキュッと優しく締め付けてくるような、不思議な感じがする。
扉の前までやって来ると、声の主が暴れているのが磨りガラス越しにわかった。コンコンとノックがされ、東西南北せんせーが「どうぞ」と言うと。
「は……? 東西南北校長?」
「やっほー! 八年ぶりだねぇ、元気そうで何よりだよ」
黒スーツにサングラスという全身黒ずくめの装いをした巨大な男二人、そしてその二人に腕を押さえられている顎髭を少し生やしたメガネの青年。
彼は東西南北せんせーの姿を見て、唖然とした表情を見せる。次いで、その視線はゆっくりと私に向いた。
「ひ、
「
目の前の中途半端なイケメン、
まさか、こんなところで邂逅を果たすことになるとは。ちょうど昼間に
「五年ぶり、ですよね?」
「うん。そうだけど……」
「ぐふっw。君たち、距離感が久々に会った人とのソレ過ぎるよw!」
と、私たちのことを指差して大爆笑する元ゲス校長。
だけど笑われてしまったって甘んじて受け入れるしかない。私と彼は普通に顔見知りなのに、敬語の上に続かない会話、“ザ・久々に会った人”だ。
「マジで、これどーゆーこと?」
「私に訊かれても困る」
昔のように話そうと思えば出来たのかもしれないけれど、それでもこうして冷たい態度を取ってしまうのは、ずっと何も言わずに雲隠れしていたことへの怒りが少なからず私の中にあるからなのだろう。
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