最後の最後に絞り出したこぼれ話
『やっぱすっきゃねん』
「じゃ、二人ともよろしく頼んだからな。よもぎ、いい子にしてるんだぞ?」
「うん! してるよしてるよー! バイバイ!」
「うーむ。
満面の笑みで母親に手を振り、すぐにピンクのキッショい色したクマの人形と遊び始める娘を見て、月見さんは渋い顔をする。親としてはこの態度はちょいとばかし切ないのかもしれないが、多分いなくなって少し時間が経ってから母の不在を認識し、そして泣き出すパティーンですよコレは。俺騙したら大したもんやー、何でもお見通しなんやからー。
3月11日。劉浦高校卒業式の翌日である本日、ついに12年間の監獄生活(学校生活とも言う)から解放された俺は、平日の昼間まで爆睡かましてやろうと思っていたのだが。いやはや嫌な予感というものは不思議と当たる。
昨日の卒業式後行われた俺と春夏秋冬を送る会(
もとより恋に恋しちゃってるヤンママ月見さん、アレで実は頭の中ハイパーメルヘンロマンチストな部分がある。たまには子供のことを忘れて二人でデートもしたいだろう。
その理屈は分かる、分かるのだが……。
「なんで私たちがまたお守りしないといけないわけ?」
月見さんが部屋を後にしてすぐ、
あっれれ〜、俺も春夏秋冬ももしかしてめちゃくちゃケチなのか……?
「まあいいじゃねぇか。ひとりで遊んでくれてるし、怪我しないように見張っとくだけなら楽な仕事だろ」
「私が言いたいのは仕事そのもののことじゃなくて人選! 一二とか夫婦島とか他にもいるじゃん! よりにもよってなんで子供無理な私と子供にギャン泣きされる穢谷なの?」
「だァら俺泣かれねぇようにメガネしてきてんだろーが。春夏秋冬さんもそろそろ子供慣れる努力したらどーですか?」
「……。眼鏡かけてるかけてないで何が違うのかなー」
俺の子供慣れる努力したらどうですかという提案フル無視してますけど、あまりにも露骨にスルーし過ぎじゃありません?
「けがれやー! なんかー、よもぎのどかわいたなぁー?」
「はいはい、ジュースな。はい、どーぞ?」
「ありがとぉ!」
これまた満面の笑みでぺっこり45度頭を下げ、俺の手から紙パックのりんごジュースを奪い取るよもぎ。本心から感謝しているというよりも、形式として覚えているような感じだ。
でも今の時期はそれでいい。やがて感謝の意味を知るようになった時、この言葉がちゃんと出せるよう今のうちは形式でもいいから習慣づけるために言わせておくべきなのだ。
「それにしても……えらく喋るようになったわね、この小人」
「小人て……」
無邪気に人形とおままごとを繰り広げるよもぎを見て、春夏秋冬はそんな感想を漏らした。人に聞かせるようなトーンじゃなかっただけに、その声音から発言が本音であることを物語っている。この人幼児のこと内心小人って呼んでんのか……。
「春夏秋冬ってさ、“子供が嫌い”だからアレルギーで蕁麻疹出んの? それとも元々“アレルギーが出る体質”だから子供が嫌いなの?」
「……考えたことないわね。気付いた時には小さい子に苦手意識あったし、気付いた時には蕁麻疹出るようになってたもん」
「ふーん、どっちが先かはわかんねぇわけだ……」
そもそも子供と触れ合うとアレルギー反応が出るっていうだけでレア過ぎるわけで。きっと心因性のものに違いないとは思いつつも、実際蕁麻疹自体はちゃんと出ているのでどうにも子守を無理強いさせられない。
事実、今も触れ合っていないのに春夏秋冬は若干首元をぽりぽり痒そうにしていらっしゃる。いくつの時からこうなのか定かではないが、この歳でこれだけ苦手意識あるとなるとなかなか克服できないだろう。そも、本人に克服する気がない。
「未来の旦那さんが可哀想だなぁ。子供欲しい人だったらなおのこと」
「何それ、もう一歩で女性蔑視発言認定されるわよ? 撤回と謝罪するなら今のうちだけど」
「え、どの部分が蔑視だった?」
「穢谷の言った未来の旦那さん可哀想っていうの、どういう意味で言った?」
質問を質問で返されてしまった。会話得意のはずだからワザとやってるとしか考えられない。まあいい、ここは優しい俺が折れて答えてやるとしよう。その発言が器小さいですよというツッコミどしどしお待ちしておりますよ。
「だから要するに子育ての面とかでさ、子供嫌い発動してたら旦那の方に負担いくじゃん」
「それは子育ての負担は嫁がほとんどだっていう前提のもとで言ってるわけでしょ? 前時代的、バッカみたい!」
「おぉ、唐突なアスカ・ラングレーだ……」
「子育てってのは夫婦二人でするものでしょ!? 男が育休取ってウダウダ言われる時代はもう過ぎ去ろうとしているのよ!」
「と、子育てはおろか子供を身ごもったことすらない女が申し上げております」
「ソースはこないだの逃げ恥SP」
「あー、俺それ録画しただけでまだ観れてないからネタバレだけはせんといてくださいよ?」
「ん、唐突な鈴原サクラね……!」
イントネーションだけで伝わるとは……コイツさてはどハマりして何回か観てるパティーンだな? こないだ
春夏秋冬はカバンの中から午後ティーのペットボトルを取り出し、口をつける。ごくっと喉を鳴らすたびに揺れる喉仏がなんだか少しだけ艶かしい。女性の喉仏が認識出来る瞬間ってちょっとえっちぃよね(は?)。
すると俺の視線に気付いたのか、春夏秋冬は黒目だけ俺を向き、ペットボトル置く。『なに?』という意思を眼光と首を傾げる動きで示してくるが、俺は俺で首をふるふる横に振って『なんでもない』という意思を伝える。
無言の会話って楽でいいよなー、無駄な労力要しないし。無言の会話ってなんだ、会話じゃねーじゃねぇか。
「てゆーか、元カノの前で元カノの未来の旦那の話とか、普通する?」
「知らん。俺に普通押し付けてくんな、俺は常識にとらわれない男なんだ。髪引っ張ってみろ、超強いから」
「相変わらず、テキトーなことだけはペラペラよく喋るわねー」
そう言いながらも、俺の髪をぐいぐい引っ張る春夏秋冬さん。いや、あのこちらもマジで引っ張ってくるとは思ってないんですよね、やめてハゲる、それ以上引っ張らんといてぇ! あ、
「元カノ元カレ同士に子守任せる月見先輩も月見先輩よねー。別に私としては問題ないけど」
「うん、俺も別に問題ないけどな」
「私も穢谷も珍しいタイプなのかもね」
「元カノと仲良くしてる男って珍しいのか?」
「……さあ? 今カノいるのに仲良くしてたら変なんじゃない?」
「俺今カノいないし」
「でしょうね」
「なら別に仲良くしてていいじゃん」
「うん、いやまあ……そうね、仲良くね……。ごめん私からこの話始めたけどもうやめない……///?」
「勝手な女よのぉ……」
よもぎを膝の上に抱いて、言い聞かせるように俺は呟く。よもぎは『そーだねー』とテキトーに相槌を打って、またりんごジュースを喉に流し込む。
しっかり照れてらっしゃる春夏秋冬姐さんカワイーなー。裏表モードチェンジしなくなってから早や一年、すっかり自分の感情に嘘吐くのが下手っぴになってしまった。元より表モードの時に使用するため鍛えていた表情筋が無意識のうちにフル活用されていてすっごい分かりやすい女の子になってしまった。
「はぁ……。今日で穢谷とのこの不毛な会話も出来なくなるのかー」
「いやいや今日で今生の別れってわけじゃあないでしょうよ」
「少なからず今までみたいに頻繁には会えないじゃん」
「まあ、確かに三年になってから二年の時より一緒にいる時間長かったもんなぁ……。暇いときは電話するわ」
「え、私たち付き合ってる? 会話がこれから遠距離恋愛するカップルのソレなんだけど」
「……うん、なんか今自分でも言った後に気持ち悪いこと言ったなとは思った」
でも、今更言えないよなぁ。
春夏秋冬は完全に男として俺のこと見てないみたいだし、友達認定され切ってるっぽいし。春夏秋冬朱々の中で穢谷葬哉はもう恋愛対象外なのだ。
それに俺から振ったわけだ。
だから、やっぱりヨリ戻したいなんて絶対言えねぇ。
二年生の時、同情とセックスで付き合って。
三年生に上がってから友達として仲良くして。いつの間にか登下校一緒にするようになって。放課後は付きっきりで俺に勉強教えてくれて。気付けば何でもないことでLINE送り合ったりして、休みの日は二人で買い物出掛けたりして。
友達として関係を再スタートさせてみて、俺は改めて春夏秋冬に惚れてしまった。
「好きにならない理由が逆にないんだよなぁ……」
「は? なにが? 何の話?」
「あ、いや。こっちの話」
こてんと小首を傾げる春夏秋冬。うーん、可愛い、やっぱすっきゃねぇーん。
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