No.6『初恋は実らない』
友人関係があやふやで、好悪の感情がはっきりと定まっていない小学一年生の一年間をクラスメイトとして共にし、その後小学校六年間では三度、中学校三年間では二度同じ教室に登校していた。
その間、二人はそれぞれ変化を遂げた。違淤吏は歳を重ねるごとに顔面偏差値を高めていき、女子生徒からモテまくっていた。釦は持ち前の明るさとリーダーシップを発揮し、中学校でも生徒会長を務めていた。
決して意図して同じ高校を受験したわけではない。お互い打ち合わせなしで
まさしく腐れ縁。不思議と切っても切れない仲だった。ただ、お互い別に相手のことを嫌に思ってもいなかったし、気兼ね無く話せる友人同士であったため、その腐れ縁を恨んだことは一度もない。
そして現在高校三年生の一月下旬、留年も若くして命を絶たれることも無事なく、卒業を間近に控えている。高校の三年間というのは非常に濃密で、それでいて本当にあっという間だ。三度ある一年間それぞれが一瞬のうちに終わってしまい、気付けば卒業。それが高校三年間というものだと、卒業式が近まるに連れて悟る。
ふと、釦は振り返った。もうすぐ終了を迎える自分の歩んできた学生生活、青春を。
そうしているうちに気付いてしまった。
自分の青春の中には、いつだって違淤吏がいたと。
体育祭でクラス一丸となって優勝を目指したあの時――文化祭を成功させようと影ながら努力していた頃――行事の後には大抵開催されていたクラスでの打ち上げ会――生徒会長としての自分に向けられる周囲からの期待に押し潰されそうになったあの日――人の上に立って責任を負うことが辛くなり、泣いてしまったあの時――思い出のどれをとってもそこには違淤吏が存在している。
例え直接違淤吏が関わっていなくても、違淤吏のことを想って頑張ってこれたことが何度もあった。
あぁ、ワタシは違淤吏に惹かれているのか。頭の良い釦がそれに気付くまでに多くの時間は要しなかった。
どうしてもっと早く気付かなかったんだろうと、釦は過去の愚かだった自分に嘆く。自分の気持ちは差し置いて、周囲の人間のことを自分よりも優先して、自分のことわかったつもりでいて何もわかっちゃいなかったのだ。
生徒会長を引退し、これから新たな道に旅立つこの時期になってやっと自分のことを理解することが出来た釦は決意を固めた。
卒業までに、違淤吏に自分の気持ちを伝えようと。
人生で初めて誰かに好きだと告白することになる。ドキドキ緊張すると同時にワクワク興奮もしていた。
しかし、そんな釦に違淤吏は言った。
唐突に。何の前触れもなく。至極当然のように。サラッと。
自分は心は女性であり、そして恋愛対象も女性なのだと、釦に向かって自分のセクシャルマイノリティを告白したのである。
もしかすると釦同様に卒業前に本当の自分を釦には告白しようと決意を固めていたのかもしれない。
どっちにせよ、釦の心は荒れた。突然のカミングアウトに混乱した。
だがしかし、それでも、釦の気持ち自体は一切揺れ動かなかった。本当の違淤吏が自分の想っていた違淤吏と違っていたけれど、それでも違淤吏が好きな気持ちに変化はない。違淤吏からの告白によって違淤吏が好きだという自分の気持ちを再確認することができた。
現状、フラれる可能性の高い教師への告白で、結果落ち込むなんてことにはなってほしくないという気持ちに嘘はない。
でも、もし成功してしまった時、自分の恋は実らない。
その現実が釦の足を動かしていた。違淤吏に告白をやめるよう説得しようと、昼休みの時間に昼食もとらず、足を動かしていた。
目の前数メートル先を歩く違淤吏の姿を目に捉え、釦は尾行する足を速める。彼の行こうとしている場所は、おそらく購買だ。となると告白は放課後するつもりということになる。
まだ、止めることができる。
させない、させたくない。その一心で釦の心は穢れてしまっていた。もう、彼女の穢れを払ってくれる者などいない――――。
「――韓紅会長、ちょっと待ってください」
「っ……!?」
釦が振り返ると、そこには中途半端に整った顔立ちの高身長男子と何が可笑しいのかわからないがニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべる小柄な男子生徒が立っていた。
「穢谷くん、凶壱くん……どうしたの?」
平然を装い、釦は問う。
すると葬哉は一歩前に出て、釦の目を見つめ、淡々と言った。
「韓紅会長。あなた、戦さんのことが好きなんですよね?」
△▼△▼△
「韓紅会長。あなた、戦さんのことが好きなんですよね?」
おそらく校長はこれを知っていた。だからあんな大袈裟に、ややこしく痴情が絡まりあって簡単には解けないと表現したのだろう。
確かに痴情の縺れというにふさわしい状況だ。性同一性障害のレズビアンの男は女性教師に恋し、男の腐れ縁の女の子は男の方に恋している。こんなにこんがらがった三角関係を現実で目の当たりにするのはそうそうあることじゃない。
「どうして、そう思ったの?」
俺の言葉に韓紅元会長は僅かにその顔に驚きの色を見せたが、すぐに取り繕って空笑いし、逆に問うてきた。この空笑いに縛られている感は否めないが、まぁ今はそれを指摘する場ではない。俺の問いには答えてもらってないが、俺は先に返答してあげた。
「そうですね……全ての訳わかんねぇ部分が、全て『好きだから』って言葉で片付けられるからです」
「ふーん。と言うと?」
「昨日の韓紅会長の言葉の中に、いくつも矛盾点や筋の通ってない部分があったんです。それについて色々と理論立ててみたんですけど、そのやり方じゃ答えは一生出てこない。だから……理屈じゃないんですよね、恋心ってヤツは。理屈とか理論とか普通だったらとか、そんなのじゃ片付けられない別の何かだと思いますから」
俺が言葉にするのも恥ずかしい気持ちを隠して真剣な表情で言うと、韓紅元会長は今度こそ本当に驚いた顔をした。
「びっくりした……穢谷くんって、そういうこと言うんだ」
「えぇ、まぁ。俺は演技派なのでその場の状況に合わせていくらでも虚言吐きますよ」
「あははは。確かに穢谷くん嘘ばっかりだもんねww!」
俺の軽口にケラケラ声を上げて笑う平戸さん。出来ればそんなことないよって言ってほしかったところではありますけど。
しかし、韓紅元会長にはちゃんと俺の伝えたいことが届いたらしい。目を瞑り、何かを噛み締めるように頷く。
「うん……。そうだね、ワタシは違淤吏が好き。心は女の子でレズでも、それでもワタシは違淤吏が好きなの」
「そうですか。そんだけ好きなら、告白やめさせたくもなるでしょうね」
結局は単なる韓紅元会長の独占欲だったわけだ。十七夜月先生に戦さんを取られてしまうかもしれないという身勝手な独占欲。
咎めるつもりは毛頭ない。それで迷惑するのは戦さん自身であり、俺がそこまで干渉するのは不必要だ。誰にも求められていないのだから、触れず、静かに見て見ぬ振りをするに限る。
「やっぱり、ワタシのこと止める?」
「いや、別に止めません。韓紅会長がしたいようにしたらいいんじゃないですか?」
「えー、なにそれ! ここまできて超無責任だね」
それは心外だ。無責任などではなく、この場合他人の恋路を邪魔しないようにしているだけだ。自分の想い人が他の女と結ばれるかもしれないから告白をやめさせるのだっていいし、身を引いて静かに成り行きを見守るでもいい。
全ては当人が決めることだ。さっきも言ったように、求められていない優しさは迷惑と一緒になってしまう。
「でもなんだか不思議な感じがするなぁw。誰とでも分け隔てなく接する釦ちゃんが戦ちゃんにだけ強く思い入れしていて、恋までしてるなんてさーw」
平戸さんの意見には俺も激しく同意する。
しかし韓紅元会長はニコッと愉快げに微笑むと、こてんと首を傾げて言った。
「そう? ワタシだって、普通に恋するよ?」
まぁ、そりゃそうだ。彼女だって一人間、一女性なのだから。
だけれどそれを感じさせない人の良さ、人望があって、誰かひとりに強く執心するなんてことはないと勝手にこちらが判断してしまうほどに、韓紅釦という人間は分け隔てないのだ。
何ともまぁ、幸せとは言いがたい生き方だ。
「それじゃあ、ワタシ行くね」
「えぇ。時間取らせちゃって、申し訳ありませんでした」
「ううん。こっちこそ、ごめんね」
韓紅元会長は最後にぺこりと頭を下げて、とたたっと戦さんの歩いていった方へ駆けていった。
その背中を見届け、平戸さんは独り言のように俺に向かって呟く。
「今から釦ちゃん、どうするんだろうなぁw。告白をやめさせるのか、はたまた好きだって自分が告白するのか……www」
「気にする必要ありませんよ」
韓紅元会長の今後の行動はいくら考えても一緒だ。何故ならば、今言った平戸さんの二択は、多分もう一択に絞られるはずだから。
「いやはやそれにしても……w。時間稼ぎ作戦、かなり上手くいったねw!」
「まぁ微々たるもんですけどね。この間に、戦さんが告白し終わってりゃいいんだけど」
そう。今回実はただ韓紅元会長に戦さんが好きなのだろうと問いかけただけではない。裏ではもうひとつの作戦が進行されているのである。
今朝、俺は戦さんにいつ告白しにいくのかと問うた。すると放課後の予定だと答えた。だから俺はそれを、昼休みまで早めてくれと頼んだ。戦さんは渋々ながらも俺の案、頼みを聞いてくれた。加えて保健室に行く際、遠回りにはなるが購買に行くルートで行ってくれとも頼んでおいた。
つまり、今戦さんは購買に行ったと見せかけて、保健室で十七夜月先生に告白をしにいっているわけだ。
「でもいいのかいw? いずれ絶対釦ちゃんにはバレちゃうと思うけど」
今回の面倒ごとは、戦さんの恋愛に関するものだ。韓紅元会長は自身で言っていた、ワタシはただの付き添いで違淤吏の告白を応援していないと。
それはつまり俺たちが請け負わされた面倒ごとにおいて、相反する立場にあるというわけだ。恋愛相談を受けて応援までした以上、成功するしないはおいといて告白ができるようにするのは仕事の一環とも言える。
だから今さっきまで俺と平戸さんは、それを邪魔しようとする敵を足止めしていたということになるわけだ。
韓紅元会長には悪いけど、俺はまだ良い人じゃない。なろうとはしてるけども、苦戦中だ。とにかく俺たちに告白をやめさせるようお願いしてきたのは間違いだったな。
それにまぁ、初恋は実らないってよく言うし――。
「――そう甘くないのが恋愛ってもんでしょ」
「おっ。さすが超仲悪かった元敵と紆余曲折の末付き合ってるだけあるねぇwww」
自分で言ってちょっとイタかったなと猛省しつつ、俺は韓紅元会長の告白の方が成功するよう祈って教室へと足を向ける。さっさと戻って、昼飯を食うとしよう。
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