No.5『さて、考察のお時間です』

 結局その日春夏秋冬ひととせの家には寄らず、自宅へと帰った。春夏秋冬に俺からラインを送って以降の返信を見ていないが、果たして春夏秋冬はどう思っているだろうか。来れるなら今日来い的な感じだったからそんなに機嫌を損ねていない、と信じたい。

 帰宅し、俺は自室のベッドに制服のままダイブした。使い古されたスプリングにはそこまで反発性は無いが、その使い古した張本人である俺自身の身体にはフィットしていて、心休まる。長年自分の身体を預けてこの上で眠ってきたのだ、当然と言えばそれだけのこと。

 学ランのボタンを上から順番に外しながら、天井を見上げる。何の変哲もない見飽きた天井の一点を見つめ、そして目を瞑る。視界が真っ暗になっただけで一瞬の内に眠気が襲ってきたが、それを振り払って脳を動かす。

 さて、それでは考察のお時間といこうか。

 

 まずは一体何が今回の件で問題となっているのかを再確認するとしよう。これから考えを深めていくにしたがって、何について結論を出すかを明確にする必要がある。

 何故、韓紅からくれない元会長は戦さんが十七夜月かのう先生に告白するのをやめさせたいのか。

 やはり問題はこれしかない。先ほど放課後に起こった出来事の中で理由がはっきりしていないのはこの部分だけだ。

 いや、はっきりしていないというのは間違いか。韓紅元会長は一応その理由を自分の口から語っている。同学年の卒業生たちに心残りなく気持ちよく卒業してほしい、だからフラれる可能性の高い教師への告白をやめさせてほしいというものだ。

 しかし平戸さんの追及により、この意見は韓紅元会長の本心ではないのではないかという疑念がある。矛盾点や話の筋が通っていない部分が多々あるのだ。

 戦さん以外の卒業生に悩みがあったとしたらその時はどうするのかと平戸さんが問うた際、韓紅元会長はそんな人間いるかどうかわからないじゃないかと言った。ただ、俺はそう返答する前に一瞬虚をつかれたような表情をしたのを見逃さなかった。

 あれは言い換えれば痛いとこをつかれてしまったという表情とも言える気がする。すなわち、韓紅元会長はそこを指摘されてしまうと自分側が不利になってしまうと顔に表してしまっていたわけだ。

 事実、その後の弁論は少々苦しい。そんな人いるかどうかはわからないという言葉は、全ての悩みを持っている卒業生に救いの手を差し伸べることが出来ないとわかっているからそんな生徒がいないとしておきたいのか、はたまた三年生に心残りなく卒業してほしいという願望が虚言だったからなのか。

 あの人ならどちらの可能性も考えられてしまうから難しい。

 誰とでも分け隔てなく接する優しい親身な生徒会長としての韓紅からくれないぼたん。対してそんなものは表の顔で、春夏秋冬ほどではないだろうが裏の顔は別に生徒のことなどどうでも良いと思っている韓紅釦。

 どちらが本当の韓紅釦なのか、彼女のことを中途半端に知っているだけに判断が難しい。深く相手のことを知っている間柄でもなければ、同じ部活の先輩後輩でもなく、旧知の仲でもなれけば、友達でもないし、恋人でも身内でもお世話になっている又はお世話になった人でもない。

 ただ顔を見知っているだけの仲――文字通り、俺と韓紅元会長は顔見知りなだけなのだ。


 そんな俺が韓紅元会長の内面を判断し、見極めてやろうとしていること自体が無謀な話だとはわかっている。それでも戦さんが卒業前に決心した告白をやめさせようとする韓紅元会長の真意が何なのか、俺は知りたい。

 どうして知りたいと思うのかは、そうだな……無知は恥であり、そして罪でもある。だから知りたいと思ったとでも言っておこうか。

 まぁ俺の他人への気持ち悪い知的欲求に理由付けする必要はない。今理由付けすべきなのはどうしてそう理由付けたのかという韓紅元会長の思惑だ。

 と言うかまぁ、おそらく九割の確立で卒業生たちに心残りなく卒業してほしいというのは嘘なのだろう。平戸さんからの追求でかなりボロを出していたし。

 これをボロと言えるかは定かではないが、先ほどの教室で韓紅元会長は戦さんがいなくなるとやけに戦さんに対して冷たくなった。個人的にはあれが意外で脳裏に焼き付いている。あんなにはっきりと『応援する気はない』と言うとは思わなかった。誰にでも笑顔で分け隔てなく接する韓紅元会長のイメージとはかけ離れていたから。

 冷たい態度を相手がいない時に取れる関係性を言い表すならば、かなり限られてくる。嫌いな人か、近しい人かのどちらかだろう。嫌いな人の場合はその人がいない時に冷たい態度を取るのは当たり前で必然で当然だ。だが逆に近しい人がいない時に近しい人へ同じような態度を取るというのもまた当たり前で必然で当然である。

 何故か。近しいからこそ言えることもあるし、近しいからこそ素気無すげなくできてしまうから。他人との精神的距離が近ければ近いほど、心の壁が狭ければ狭いほど自分の本心を相手に言えてしまうし、冷たい態度だって取れてしまうのだ。それは相手のこと信頼しているからこそのものなのだ。

 例えば、陰口のような類。ある人がいないところである人のちょっとした悪口を言うという場面も、そのある人が近しい人か嫌いな人かで印象が変わる。嫌いな人なら単純に悪口になるが、近しい人ならそれは言わば笑いのネタだ。

 もっと分かり易く言うなれば、『アイツいっつも授業中寝てていびきうるせぇよなー』『それなー』という会話。『アイツ』が嫌いな人なら単なる陰口、でも近しい人ならそれは仲間内での笑い話のようになるということである。

 だから韓紅元会長の中で戦さんはきっと信頼を置いている人物、友人ということになるのだろう。名前呼びというのも充分証拠になり得るし、そもそも小学校から一緒でしかも高校一年二年の時はクラスも一緒だったとなれば、まぁ普通にあの二人は友達同士だと見て間違いないはず。


 だけど、だとしたら普通は友人の告白は応援するものじゃないのだろうか。友人関係における『普通』の知識と経験に乏しい俺でも何となくわかる。多分そういうもんなんだろうなと。

 それなのに韓紅元会長は戦さんの――友達の告白に待ったをかけた。そして韓紅元会長が語ったそうした理由、同じ三年生たちに心残りなく気持ちよく卒業してほしいというのはおそらく嘘。

 となれば、別に理由が存在していると考えるのが妥当だ。小学校からの腐れ縁である友達の告白をやめさせようとする理由の候補を挙げてみるとするか。

 ひとつは普通に考えて、フラれる可能性大の教師への告白をしてほしくないだけ。三年生全員に清々しく卒業してほしいわけではないけれど、友達がそうなりそうになってしまっているのならそれは止めたいとかそんな動機で、可能性は高い。

 いやでも、それでもあの活発系元生徒会長様なら当たって砕けてこいとか言って思いっきり背中叩いてくれそうなイメージも無きにしも非ずんばだが……。

 もしくは韓紅元会長も戦さん同様に十七夜月先生に恋をしているとかな。これこそ東西南北よもひろ校長の言っていた通り、痴情の縺れではないだろうか。

 友達と同じ人を好きになってしまい、お互い険悪な感じになりつつも最後には……二人が選ぶのは友情か、はたまた愛情か。卒業を目前に控えた二人の若者が織り成す青春完結系ストーリーが、今始まる! 

 大袈裟に言ってみたつもりだけど案外的外れでもないんじゃないか、なんて考えはすぐに消え去った。何故なら、その場合韓紅元会長が同性愛者レズビアン両性愛者バイセクシャルでなくてはいけないからだ。それに十七夜月先生モテ過ぎだ、イイ先生だけども(顔)。


 色々とごちゃついてきたな。一度わかっていることをまとめよう。

 韓紅からくれないぼたんいくさ違淤吏いおりは小学校からの付き合い、である。

 韓紅釦は基本的に他人に対してくん付けさん付けちゃん付けだが、戦違淤吏だけは名前呼びしている――つまり、友達。精神的距離が近しい人ということになる。

 韓紅釦は今年の三年生に心残りなく卒業してほしいと言っていたが、平戸さんの読みと俺の見立てではである。

 当たり前だが韓紅釦は本音の方は言いたがらず、それはつまり俺たちに知られたくはないことだというわけで。

 その知られたくないと、戦違淤吏のことは確実。

 はっきりしているのは、韓紅釦は戦違淤吏の告白をということ。これは本人が名言している。

 そして自分で告白をやめるように説得すると言っていた。戦違淤吏が告白をすることを決心しているのと同じで、韓紅釦は告白をしないように説得すること決心している。

 だから多分相当韓紅釦は戦違淤吏の告白が成功する見込みがないと考えているのだと思われる。友達に落ち込んだまま卒業してほしくないから。

 韓紅釦が教室を後にする際、平戸さんの見透かしたような笑みと煽りのどこが逆鱗に触れたのか定かではない。けれど候補には俺、校長、仲の良い友人、そして戦さんがあった。この中の誰かが引き金になっているのだろう。

 韓紅釦というひとりの、戦違淤吏というひとりの特殊な


 …………。…………。


 ……あぁ、そうか。

 なんだ、こんな簡単なことだったんだ。全ての矛盾、疑問、謎が全てこの一言で片付けられる。

 我ながら、結論を導き出すまでに色々と遠回りし過ぎてしまったようだ。

 何のことはない、校長の言っていた通り、本当に痴情のもつれだったわけだ。高校生に在り来たりな話でありながらも、戦さんという特殊な人間が関わることにより余計に絡み、縺れてしまっているのだ。

 あくまで俺の推論でしかなけれど、これで決定付けてしまって構わないだろう。

 


 韓紅釦は戦違淤吏のことが好きなのだ。

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