No.4『二つの食い違う意見』

 流石の俺でも韓紅からくれない元会長のその頼みごとにはポーカーフェイスを崩すしかなかった。だって訳わかんねぇし、訳わかんな過ぎるんだもん。


「お願いします! もう、ワタシが何言っても聞かないの! 穢谷けがれやくんと凶壱きょういちくんなら上手く言いくるめられないかな?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんで突然そんなことを? 俺、あなたはいくささん側に付いてると思ってたんですけど」


 俺が勝手に話を進める韓紅元会長を制し、質問を投げかけると、韓紅元会長はふるふると首を横に数回振った。

 

「ううん。ワタシはただの違淤吏いおりの付き添い。別に違淤吏の告白を応援しようとは思ってない」

「随分とはっきり言うんだねぇw。誰にでもくん付けさん付けちゃん付けで呼ぶ君が戦ちゃんだけは下の名前を呼び捨てにしていた。察するに戦ちゃんと君は幼馴染的な仲で、君は戦ちゃんの恋路を応援していると思っていたんだけどもw」

「そ、そんな幼馴染とかまではいかないよ! ただ小中が同じ学校で、高校は一二年の時同じクラスだったってだけで……ちょっとした腐れ縁みたいな?」


 腐れ縁にちょっともかなりもあるとは思えないが、ここはいちいちツッコまずに気にしないでいこう。でないと話が進まない。

 進めず帰るという手も無きにしも非ずんばなわけだが、俺は律儀にも説明を要求することにした。


「順を追って説明してください。何もわからない状態で戦さんの告白をやめさせるように仕向けるってのもアレなんで」

「おっ、出来ないとは言わないんだねぇww」

「そりゃまぁ、出来なくはないでしょうからね」


 例えばそうだな……。十七夜月先生が戦さんのこと嫌いって言ってたって嘘の情報を本人にリークするとか、単純に教師に告白なんて成功率ほぼ皆無に決まってると説き伏せ直すとか。

 俺の詭弁と平戸さんの饒舌があれば余裕のYOU次郎だろう。


「ワタシは元生徒会長として、ワタシと同じ学年のみんなに笑顔で気持ち良く学校を卒業してほしいの。それが違淤吏に告白をやめさせてほしい理由だよ」

「それって、戦さんの告白が成功しないと仮定した場合それが叶わないからってことですよね。戦さんがフラれて、それで落ち込んだまま卒業はしてほしくないみたいな」

「うん。て言うか、仮定なんてしなくても絶対に成功なんてしないよ。穢谷くんだって言ってたじゃん、十七夜月先生だって立場があるからすぐには返事できないって」

「いや、すぐには返事しないわけですからフラれるかどうかは卒業後じゃないとわからないじゃないですか」


 俺の反論に韓紅元会長は普段の泰然とした顔を崩し、一瞬言葉に詰まるもすぐに取り繕い、空笑いした。

 その表情が儚く、そしてやけに寂しげで俺は理由もなく反論したことを後悔させられてしまった。


「でも……アレじゃん! 卒業後まで告白の返事がわからないままだったらモヤモヤしながら卒業式を迎えることになっちゃうでしょ? それはなんか嫌だからさー」

「はあ。なるほど」

「だけど、そんなこと言ったら大学落ちて萎えてるヤツもいるし、もしかしたら戦ちゃんみたいに卒業前に告白したけどフラれて落ち込んでるヤツだっているかもしれないわけだよねw? 君はそんな生徒たち全てを救う気かいww?」

「……そんな人たち、本当にいるかどうかわかんないじゃん」


 平戸さんの問いに、韓紅元会長は普段よりも声のトーンを落として答える。それが苛立ちを抑えているのだということには、すぐ気付くことが出来た。

 平戸さんがそれに気付いているか否かはわからない。気付いているのなら敢えて、気付いていないなら通常通り、平戸さんはさらにペラペラと捲したてる。


「わからないってことは確定じゃないってことじゃないかw! 君はボクら三年生みんなに清々しい気持ちで心残りなく卒業してほしいんだろw? 勝手に心残りなく卒業してほしいとか言っといて、勝手に戦ちゃん以外に悩みごとがないなんて決め付けるのは違うんじゃないかなぁww。もしボクに今とある悩みがあるとして、ボクがその悩みを解決出来ずに卒業式を終えたとしたら、その時点で君の望みはもう叶わないよねw」

「もしってことは凶壱くんには悩みがないってことでしょ?」

「そうとは限らないさw。ボクは今『もし』なんて言ったけど、実際には悩みがあることをバレるのが恥ずかしくて付け足しただけで本当は悩んでいることがあるかもしれない。それに卒業までの残り一ヶ月ちょいでボクに新たな悩みが生じるかもしれない。その可能性がボクら三年生みんなにあるわけだww! 三年生全員に心残りなく卒業してほしいなんて偽善的でお節介の極みな建前を言うのはやめてホントのこと言ったらどうだいw?」


 相変わらず平戸さんは人を煽る能力に長け過ぎている。そこまで親密なわけでもないから勝手なイメージで語るけども、誰にでも笑顔を向けていたあの韓紅元会長様でさえも額に青筋を立てている。

 しかしそれでも韓紅元会長は怒りを抑えようと拳を握り締め、落ち着いた声音で平戸さんへ問う。

 

「ホントのことって、なに……?」

「それは君しか知らないよw。逆にボクが知ってたら怖いだろう?」

「例えワタシの言ったことが建前だったとしても、どうして凶壱くんに言わなきゃいけないの」

「別にボクに言わなくてもいいさ。穢谷くんにでもいいし、花魁先生にでもいい、仲の良い友人に言うでも構わないし……何なら、戦ちゃんにでもww」


 その言葉のどの部分が彼女の逆鱗に触れたのかはわからない。でも韓紅元会長はキッと平戸さんを睨みつけると、くるっと踵を返した。


「もういい……! ワタシが自分で説得する」


 俺たちに言い放つと、教室の扉を音を立てて閉めて帰っていってしまった韓紅元会長。あれだけ煽られて顔に怒りを表すだけとは、流石は元会長とでも言うべきか。蓼丸たでまるさんのように手を出してもおかしくないほどだったと感じたが。

 いやはやにしてもだ。


「あーあ……。平戸さん言い過ぎですって。わかっててやってますよね?」

「んー? そんなつもりはないんだけどなぁwww」


 嘘だ、絶対嘘だ、絶対嘘だとこっちにわからせるための敢えての嘘だ。

 でも平戸さんがこうして饒舌になった時には大抵何か問題の解決になる糸口がある。だからきっと韓紅元会長を煽ったのにも意味があるはずだと勝手に予想しているのだが。


「それじゃあ後の考察は任せたよ穢谷くんw!」

「は? 考察?」

「そう、考察。韓紅ちゃんのことをよーく考えて、そして察するんだよw。ヒントは出してあげたからね、自ずとどうするべきか答えが出てくるはずだw!」


 そう言うと平戸さんはいつものように全てを見透かしたような薄ら笑いを浮かべ、教室を後にしていった。

 ひとり残された俺。早くも沈み始めている陽光を窓ガラス越しに浴び、ふぅとため息を吐く。

 ……よし、俺も帰るか。

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