No.3『損の量が倍だ』

 要するにだ。戦さんは全てを打ち明けた自分を十七夜月かのう先生が受け入れてくれるのかどうかが心配なわけだ。身体的には男だけど、精神的には女であり、それでいてレズビアンだから女性が好き。そんな特殊な自分を、自分が好意を抱く相手に認めてもらえるか。

 まぁ、確かに気になることこの上ないだろう。しかもそれを打ち明けたとして、フラれてしまった場合圧倒的損の極みだ。フラれるだけじゃなく自分の秘密知られてしまうわけなのだから。

 フラれるということを損だと捉えるのであれば、秘密を打ち明けてからの告白と秘密を打ち明けずにする告白では損の量が倍だ。


「お願いします。告白が成功するように、なんとかできないかな?」

「なんとかって言われもなぁ……恋愛相談役で来てはいますけど、なにか良いアドバイスができるほど恋愛経験豊富なわけじゃないし。ましてや戦さんみたいなパターンは話を聞くのも初めてだし」

「まぁまぁ穢谷くん、初っ端からそう弱気になることはないさ。初めての経験なら初めてなりに最善を尽くすのみだよ! ボクも精一杯頑張るから、穢谷くんも頑張ってみようよw」

「は、はあ」


 なんで俺が言いくるめられた感出さなくちゃいけないわけ? 何故かは知らんけど無性に悔しい。


「あの、ちなみになんですけど。告白しないっていう手段はもう無い感じですか?」

「そうだね。私はもう告白すると決めた。そこは変わらない」

「そうですか……」


 そこまで確固たる決意を持てるような人なのに、一体何を悩む必要があるというのだ。

 いやもちろん自分を受け入れてもらえるか心配、というところが戦さんにとって悩みの種となっているのだということは理解している。

 でも告白をするということに関して腹を決めている勇気ある性格の人間が、自分の秘密を打ち明けることには億劫になってしまうというのは変じゃないだろうか。秘密という括りでいけば、自分の相手への気持ちも、心は女性でありつつ女性に好意を抱くことも一緒だ。

 まぁ秘密にも重みの違いがあるわけで。戦さんは好きの告白よりも自分のジェンダーについての告白の方が重いのだろう。重く、大きいと書いて重大なのだ。

 

「んじゃ、戦ちゃんはどんなアドバイスが欲しいんだいw? それに応じて穢谷くんが答えるからww!」

「え、俺だけ?」

「もちろんだよ~w。ボクは基本的に人のお手伝いをする穢谷くんのお手伝いってスタンスでいるからねw」


 いやいつからだよ。がっつり手伝ってくれよ。


「例えばそうだなぁ、心は女の子だけど女の子が好きなんですっていうことをなるべく引かれないようにする告白文とかさw!」

「平戸さん、それ十七夜月先生が戦さんのジェンダー認めない前提で言ってません?」

「あ。告白文はもう大丈夫だよ。ちゃんと考えてあるから」

「あぁ、そうすか……」

「それじゃあw、呼び出し方とか告白する時間帯とかはw!?」

「んー、それももう決めてるから別に良いかなぁ」

「……そう、ですか」


 悩みの案を平戸さんが出すたびに戦さんはそれを否定する。この調子なら全ての案に首を横に振りそうだ。

 てかなんでこっち側が悩んでることを当てにいかなきゃならんのだ。こっちは相談のってやってる側なんだから、そっちがさっさと悩みを言やぁ良い話だろ。

 俺は苦笑を浮かべながら体をもじもじさせる戦さんに若干苛立ってしまい、勢いそのまま問いの語気が荒くなってしまった。


「あの、結局戦さんはなにが悩みなんですか。これ言うの今日二回目なんですけど」

「うーん……。なにがって言うか~、まぁ、なんだろうなぁ」


 そうしてまた顎を指でつまみ、うーんと唸りだす戦さん。

 ……なるほど。今ようやく理解した。だから平戸さんは質問攻めにしたのか、もしくは意図せずなのかはわからないが、とにかく戦さんは恋愛相談にのってほしくて俺たちを呼び寄せたにも関わらず、先程から一切悩みといった悩みを出してこない。明らかに矛盾した行為だ。

 だから結局この人はアドバイスが欲しいのではなく、わけだ。恋愛相談なんて所詮名目上であり、本当は第三者に最後の踏ん切りをつけて欲しいだけ。

 告白はするのだと決心が付いているのにうだうだとゴネて、大した悩みも出てこないのがそれを物語っているではないか。何故もっと早くに気付かなかったんだ。

 それがわかればやることは簡単、『頑張ってこい』とケツを思いっきり蹴ってやればいいだけの話。ケツを蹴るって表現はセクハラだとどこぞの偏差値高めワガママ生意気女子中学生にゴチャゴチャ言われる可能性がありそうだ。

 まぁとにかく、俺は立ち上がり戦さんに顔を近付ける。そして俺お得意の爽やかフェイスで戦さんを奮起させるための言葉を口にしてみた。


「戦さん。大丈夫ですよ、そんなに思い詰めなくても! 十七夜月先生なら絶対に戦さんのことを認めてくれます。十七夜月先生も教師という立場上すぐに返事をしてあげられないと思います。だけど、きっと戦さんが卒業した暁には、十七夜月先生も戦さんの告白に良い返事をくれるはずです!」

「そ、そうかなぁ? ……急にどうしたの、顔引き攣ってるけど」


 うん、やっぱり爽やかフェイスなんて慣れないことするもんじゃなかった。戦さん若干引いてらっしゃるわ。まだ顔合わせて数分なのにすっごい悲しくなるよ。そんなに俺の爽やかフェイス気持ち悪かったですかね。

 いや、俺は俺、みんな違ってみんないいんだ。いやはやどれだけこの言葉に救われたことか……みすゞちゃんマジ感謝卍。


「あー、とにかく。戦さんの正直で素直な気持ちを十七夜月先生にぶつける。それだけで十七夜月先生には伝わると思いますよ」

「そう、だよね……! うん……なんだか前よりも心が強くなった気がする!」


 戦さんと十七夜月先生の出会いとかどれくらいの関係性なのかとか知ったこっちゃないけど、俺の必殺技『それっぽいこと言っとく』が炸裂し、戦さんはしっかりノせられていらっしゃる。

 そもそも十七夜月先生は養護教諭でありながら、スクールカウンセラーとしても劉浦高校で仕事をしているのだ。生徒がいかにも悩みそうな境遇にある戦さんを、無下に扱ったりはしないだろう。


「よし! 自信出てきた! 穢谷くん平戸くん、ありがとう。明日十七夜月先生に素直な気持ちを伝えることにするよ」

「あははは。頑張ってね〜w」

「えぇ、応援してます」


 全く恋愛なんてホントに面倒だ。全員俺たちを見習って告白よりも先に身体の相性確認してみたらいいんじゃないか? 付き合うか付き合わないかはそこから考えてみてもいいと思うよ(童貞卒業者の余裕)。

 そういや今日普通に春夏秋冬の家行けるな。こんなに早く終わるとは思ってなかった。

 やっぱ行くべきだよなー。行って俺の意見をちゃんと述べるべきだと思うんだよなー、超怖いけど。


「穢谷くん凶壱くん、ちょっといい……?」


 戦さんが教室から出ていくと、今まで黙っていた韓紅元会長が俺と平戸さんに囁いて手招きしてきた。俺たちはそれに従い、ゆっくりと韓紅元会長に近寄る。

 そして気持ち程度に周囲を一瞥し、他に誰もいないのを確認してから韓紅元会長は真剣な顔で俺たちに向かってこんなことを言った。


違淤吏いおりが告白するのを、やめさせてほしいの」

「……あ?」

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