No.2『知るかよ勝手にしてくれよ』
校長室を後にした俺は、まず春夏秋冬へ連絡を入れることにした。『校長の面倒ごとでいけそうにない』とだけ送り、返信は待たずにスマホを学ランの内ポケットにしまう。
そして二階にある三年八組の教室へと駆け足で向かう。先程通ってきた渡り廊下を再度通って一棟に行く際グラウンドを見ると、サッカー部とラグビー部が場所を分け合いながら窮屈そうに練習をしていた。意識して耳を済ませてみると、多くの音が聞こえてくる。
遠くの方から微かに聞こえる
「平戸さん」
「おっ、花魁先生との話はすぐ終わったみたいだねw」
「はいまぁ、そこまで長くなるような話でもなかったんで」
「ふ〜んww」
何が可笑しいのかさっぱりわからないが、ニタニタと笑みを浮かべる平戸さん。そのまま俺と平戸さんは大した言葉を交わすこともなく、三年八組の教室までやって来た。
教室扉の前まで来ると、話し声が外まで聞こえてきた。扉の窓ガラスから中を覗いてみると、教室中心付近の机に座った二人の生徒がいた。
ひとりは褐色肌と白い歯のコントラストが非常に俺のフェチズムを刺激してくるいかにも活発系といった女子生徒、
そしてその隣の席には、男子にしては長めだなと感じる髪をした男子生徒が座っている。と言うよりも、学ランを着ているから男子だと識別できただけであり、もし女子制服を着ていたら普通に女子生徒だと間違っていたであろうなと感じるほど中性的な顔立ちをしている。
一言で言うなれば美青年といった感じだ、聖柄同様に絶対モテるタイプだ、非常にいけ好かない。
「こんにちは~w。花魁先生に言われてきました、
「わっ、びっくりした……
「ども」
平戸さんの存在を認識し、目を丸くさせる韓紅元会長に俺はへこっと小さく会釈。
忘れていた。そう言えば平戸さんは文化祭の一件以来、三年生の間で
「えっとー、
「あぁ、よろしく。
「……はあ」
「よろしくね~w」
俺はつい生返事をしてしまった。戦さんの声に違和感を感じたからだ。
いや、別に声自体は変じゃない。ただ少し高校三年生にしては高めの声だったから驚き、それでいてこの顔立ちならマジでクオリティの高い女装が出来そうだなと思った。男の
「一応恋愛相談って話は聞いてるんですけど……」
「あー、そこまで話通ってるんだ。だったら早いね」
そう前置いて、韓紅元会長は一度呼吸を整える。どうやら今回、話し合いの進行は韓紅元会長が行うようだ。
俺と平戸さんはその少しの
「違淤吏はね、卒業前にある人に告白しようとしてるの」
「はあ」
「それで、もう決心は固まってるんだよね?」
頷く戦さん。
「固まってるんだけど、ちょっと色々あって億劫になっちゃったらしくて。それでどうしたらいいか悩んでるんだって」
「はあ」
「……」
「……」
口を真一文字に結ぶ韓紅元会長と戦さん。
え、それで説明終了? 珍しくしっかりと耳に入れてた、それでも『で?』なんですが。
「……いやあの、戦さんは具体的になにを悩んでるんですか。その色々あっての色々の部分を教えてもらわないことには、こっちもアドバイスのしようがないんですけど」
俺の言葉に戦さんがピクッと反応した。そして俯きがちだった顔を上げ、少し顔を赤らめつつおずおずと口を開く。
「……実は、告白しようと思ってる相手ってのは……。その、言いにくいんだけど……
戦さんは恥ずかしそうに身を捩りながら、告白相手の名を言った。
十七夜月先生――ここ劉浦高校の養護教諭、保健室の先生の名前である。担任の名前すら覚えていない俺が何故十七夜月先生の名前は覚えているのかと言えば、授業をサボる時に具合悪いフリして保健室のベッドを使うことがこの一年多々あり、それを繰り返しているうちに自然と名前が頭に入ってきたのだ。
この理論でいけばお前担任の名前も普通に覚えられるはずだろ死ねカスという意見は全然受け付けます。ホントのこと言えば結構美人な上に新任で超若い先生だったから印象強くて覚えてました。
まぁそんなことはどうでも良くて。
戦さんの想い人は十七夜月先生、つまり教師ということだ。察するに、戦さんの悩みというのは生徒という立場ながらも先生に対して告白しても良いのかということなのだろう。教師と生徒の恋愛は禁断の恋なんて言われるくらいだ、ドメスティックでもない限り在学中に付き合ったりアレコレしたりなんて許されない。そもそも告白にオーケーが出るか否かもわからないし。
そしてそれを聞いた平戸さんは、ニンマリと口角を上げて俺が想像したことと同じ内容の考えを語り、首を傾げた。と言ってもこの人の場合常に顔はスマイルで固定なので別に特筆すべきではないのかもしれないが。
「へぇ……w。てことは、戦くんは生徒と教師という関係の人に対して告白してもいいのかって悩んでるってことww?」
「いや、そうじゃなくって」
「は?」
予想と反する戦さんの返答に、思わず喧嘩腰になってしまった。
俺はそのケアレスミスを補うべく、俺渾身の優しげな声音で問う。
「じゃあ戦さんの悩みって結局何なんですか?」
「……んー」
押し黙る戦さん。んだよさっさと言えよこっちだって暇じゃねぇんだよ恋愛相談とか受けさせられてるこっちの身にもなれやゴラと机でも蹴りながら言ってやりたい気持ちにもなったが、そこはぐっと堪えて次の言葉を待つ。
すると見兼ねた韓紅元会長が戦さんに視線を向け、閉じていた口を開いた。
「違淤吏、言い出しにくいならワタシが言おうか?」
「ん、んー……うん。おねがい」
「うん、わかった」
戦さんから頼まれた韓紅元会長は、コホンとひとつ咳払いし、戦さんが言い出しにくかった話を代弁した。
「えっとね、実は違淤吏は心は女の子なんだ。それで、そんな自分が告白してもいいのかなって……」
「あぁ、そうなんですか……。なるほど」
性同一性障害か。よく聞く話ではあるけれど、実際にそういう人と面と向かうのは初めてだ。
初めて会ったにも関わらず驚かなかった理由としては、おそらく見た目が女性としても十分あり得るからだろう。
ちなみに平戸さんに関しては驚きもせずただひたすらに楽しそうな顔で笑っていた。ワンチャンこれ以外の表情の作り方を知らない。
とそこで、俺の中にひとつの疑問が浮かび上がった。
「ん、いやでも待ってくださいよ。身体は男でも、心は女なんですよね」
「そうだよ? それがどうかした?」
「いや……だったら、なんで十七夜月先生なんですか? あの人、女性ですよね」
そう。養護教諭、
俺のその疑問に対してどう答えるべき迷っている様子の戦さんだったが、戦さんが答えるよりも先に平戸さんが口を開いた。
「もしかして、心は女の子だけど、レズビアンとかそういうことw?」
「……うん、そういうこと」
そう言ってこくりと頷く戦さん。マジですかい。そんなややこしいことあんのか。
まとめるに、戦さんは正式な性別は男であり精神的な性別は女、そして恋愛対象は男ではなく女。……あれ、ってことは。
「それなら普通に告白すれば良いんじゃないんですか? フラれるフラれないは置いといて、傍から見りゃ普通に男が女に告白してるように見えるんですから、変に気にする必要はないんじゃ……」
すると戦さんはカッと目を見開いて、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。そして今日一番のハキハキとした声でこう言った。
「いや、私は自分の全てを打ち明けた状態で好きだって告白したいんだ」
……んなこと知るかよ、勝手にしてくれよ。
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