第1話『ワタシだって普通に恋するよ?』
No.1『旅行が楽しかったと言える顔じゃないけどねぇ』
一先ず、春夏秋冬のことは思考から外すことにしよう。今は校長からの面倒ごとに集中するべきだ。
何せ俺の進級がかかってんだからな。一度でもミスればその瞬間俺の留年は確定みたいなもんだ。
渡り廊下を越え、二棟に入ればすぐに職員室の入り口が目に入る。そしてその隣の入り口が目的の場所である校長室への扉だ。
俺は以前の俺と一緒に校長室に呼ばれていた春夏秋冬に倣い、失礼極まりなくノックもせずにドアノブを回して室内に足を踏み入れた。
すると入るや否や、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべたサイコ先輩こと
「穢谷くーん、修学旅行楽しかったw!?」
「はいもちろん、爆絶楽しかったですよ」
「その顔は旅行が楽しかったと言える顔じゃないけどねぇ」
俺の真顔での返答に可笑しそうにニヤつく
実に勿体無い美人だ、ゲスだけど。いや、それもフリをしているだけなんだっけか。
「懐かしいなぁ。わたしの修学旅行は韓国だったよ、韓流とか
「あははは。
「まぁでも、わたしに友達と呼べる人間はいなかったからね。どちらかと言うと、熱狂的なファンのような子たちがわたしのことを囲っていたという感じかな」
「教祖と信者か……」
セーラー服を着た東西南北校長の周りに羨望の眼差しを向けて付いてまわるモブ女子生徒たち――こんなに安易に想像できる他人の過去があっただろうか。校長の通っていた高校がセーラー服がどうかは知らんけど。個人的にはセーラー服であってほしい。
「信者なんて言い方は良くないよ〜。彼女らはわたしがあれをやれと言えばそれをし、するなと言えばしない、実に物分かりのいい子たちだったんだよ?」
「要はパシリってことですよねそれ」
「いやいやそれは違うよ。わたしが頼まずとも購買で買ってきてくれてたんだから」
想像を遥かに超える
よもすれば陽キャ現役時代の春夏秋冬以上じゃないだろうか。いや、よもしなくてもそうだろう。いくら春夏秋冬の現役時代とは言えそこまで熱烈な春夏秋冬信者はいなかった、はずだ。
それだけに、やはり校長にはカリスマ性を持ち合わせていたということなのだろう。文化祭の日、月見さんから聞いたこの人の過去と今を照らし合わせてみても納得できる。
学生の頃は何でもそつなくこなし、何でもできるあまり生きる意味を見失っていたそうだからな。もし教師という職に就いていなければ、俺が今こうして話していることも有り得なければ、平戸さんにPTSDを発症することも無かったのだ。
そう考えると、この人の存在は俺にとって本当に大きい。校長がいなければ一生出会っていなかったであろう人物が多々いる。と言うか、二年生で関わった人や事件は皆校長が繋げてくれた。
良い人良い事件もあれば嫌いな人も思い返したくもない事件だってある。だからこそ俺はこの一年をきっと大人になっても思い出すのだろうなと思う。
おそらく今感じているこの気持ちは、颯々野ディクショナリーで言うところのエモいに相当する。柄にもなく、少し感傷的な気分になってしまった。恥ずかちっ♡。
「さーて、世間話はこの辺にしておこうか。今回の仕事……否、面倒ごとの話をするとしよう!」
「ついに訂正が仕事から面倒ごとになりやがった……」
「今回はすばり! 痴情の
「痴情の、縺れ?」
「わぁー。面白そーうw」
平戸さんは安易にそう言うが、場合によっちゃこういう類の面倒ごとは非常に面倒だ。面倒ごとなのだから面倒なのは当たり前ではあるのだが、つまりは普段の面倒ごとよりも面倒になるかもしれないという意である。
告白を支援するとかも嫌だし、浮気とかそういうのの調査ならかったるいし、痴話喧嘩してるカップルの仲裁とか普通に面倒極まりない。
「それってこの学校の生徒ですか?」
「あぁそうだよ。痴情という名の糸が複雑に絡み縺れ合って簡単には解けそうにないんだ。言わば、丸めておいといたイヤホンのごとくね」
「でもそれ、コードのあるイヤホンじゃなくてワイヤレスイヤホンなら問題解決だよねw!」
「平戸さん、そこは別にツッコミポイントじゃないですよ」
でも校長の言う通り絡まったイヤホン解くのホントだるいよね。お年玉はたいてワイヤレスイヤホン買っちゃおうかしら。
なんて考え事は家に帰ってAmaz◯nで検索しながらじっくりすることにしよう。今は面倒ごとに集中集中……。
「んで、その痴情の縺れとやらの詳細を教えてもらえますかね。それとも、また実際に会った方が早いとかいう感じですか」
「んー、まぁそうだなぁ。今回ばかりは実際に会ってもよくわからないだろうから、わたしの方から言っておける部分は言っておくことにしよう」
そう前置きした校長はコホンと咳払いし、言葉を継ぐ。
「
「じゃあ相談する意味なくないですか」
「その辺は本人に聞いてみてくれ。詳しいことまでは、わたしは語らないよ」
知らないのではなく、語らない。それはつまりその人が何を相談する気なのか知っているということにもなる。結局は実際に会えということか。
「さっきも言ったけど、当人ひとりだけだと確実にこんがらがってしまうと思ってね。一応付き添いとして先代の生徒会長を呼んである」
「先代って……
「さすが穢谷くんw! 相変わらず他人に対しての興味皆無だねww!」
立候補者の立会演説会までなら記憶あるんだけど、引退していたのは初耳だ。
にしてもあの俺のフェチズム刺激しまくり生徒会長ともう一度話ができるなんてな。なんと言っても俺の推しランキングでは雲母坂さんに続いて韓紅会長がランクインしているくらい俺は彼女のファンなわけで。
言っておくがこれは決して浮気などではない。純粋なファン精神である。
まぁとにかく今日春夏秋冬家に行くのはどうやら無理そうだ。
春夏秋冬は夜空いてるかと問うてきたわけだから行こうと思えば行けはするけど、正直ちょっとばかし顔を合わせづらい。あっちは全くそんなことないんだろうけどな。
「まぁとにかく行ってみるといい。場所は二階三年八組の教室」
「はーいw! さぁ行こうか穢谷くんww」
「あー……ちょっと先行っといてもらえます?」
俺の言葉に平戸さんはチラッと俺の目を見、東西南北校長に視線を移した後、ニヤリと口の端を上げて頷いた。この人も相変わらず何でも見切ったような顔をする。
平戸さんが校長室を出て、俺はゆっくり東西南北校長に振り返る。
「東西南北校長」
「んー? なんだい」
「俺と平戸さんを春夏秋冬の父親もどきの近場に持っていかせたのは、あんたの狙いだったんですか?」
修学旅行前から、実はこれを聞きたかった。
タイミングが良過ぎると思っていた。平戸さんはボディガードとして、俺は雲母坂さんからの頼みごとで、春夏秋冬は父親もどきに呼ばれて。全員父親もどきに期せずして近付いているのだ。
しかもその次の日、春夏秋冬は父親もどきに襲われ、俺と平戸さんは助けに出る。まるで綿密に練られた物語のようで、あまりにも出来過ぎているような気がしてならない。
もしかすると全てが春夏秋冬を家族関係のゴタゴタから解放するべく、校長の策略だったのではないか。父親もどきの枕営業強要スクープも、父親もどきがパラフィリアでそれを利用して春夏秋冬を襲わせ、俺たちを助けに出させるのも、全て校長の計略のうちだったのではないか。
普通なら考え過ぎだと一蹴してもおかしくない話だが、東西南北校長ならあり得なくもない。
そう思って俺は問うた。しかし、校長はいつも通りコピペしただけの感情を感じられない笑顔を浮かべ。
「……はてはて、一体なんのことやら」
と言った。ワザとらしく両手を挙げる動作には、その言葉に真実味と虚構さのどちらもが感じられた。
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