『知らずのうちに始まっていた受験』
「えぇ!?
月見うさぎがバイトする例のファミレスの真向かいと言っても過言ではない場所に位置しているとあるメイド喫茶。そこで三白眼に見合った綺麗な顔のメイドさん、
「……あの、それって
「ないっすねー。
「別の穢谷さんっつっても、穢谷って苗字がまず珍しいしな!」
と苗字も名前も珍しい巨人、もとい
「いやでもホントにまさかっすよ。確かに穢谷パイセンと春夏秋冬パイセン、お互い敵視してた割には意外仲良いなって思ってたっすけど、ガチで付き合うとは思わなかったすもん」
「春夏秋冬って、アレっスよね。あの文化祭で超名演技してた美人な先輩」
「そーそー。最近はちょっと悪い噂が広まってるみたいだけどな」
「いやいやどんな悪い噂でもあの美貌の前にはちっぽけなもんっしょ! うっわー、穢谷先輩ウザい!」
嫐は春夏秋冬の腹黒暴露に対して若干の誤解があるようだが、それはこの際気にしないでおこうと夫婦島は口を噤んだ。
「でもそれ、マジな話なんスか? なんか二人がかりで夫婦島さんが騙されたとかじゃなくて」
「いやー、多分嘘じゃないと思うぞ。オレ、春夏秋冬とジムで時々話すんだけどさ。春夏秋冬のヤツ、クリスマス会の後くらいから鼻歌うたいながらすっげぇニコニコ笑顔でご機嫌な感じだったし」
「ちなみにクリスマス会の前まではどんな感じだったんすか?」
「喋りかけても『へー』か『そーですか』か『で?』としか返ってこない感じだなー」
「それ明らかにウザがられてるじゃないスか……」
凉弛のジト目に嫐は『そうかなぁ』などとのん気に頭を掻く。誰が聞いてもその手の類の感想が沸いてきそうだと言うのにも関わらず、何とも能天気なオツムをしている男である。
「まぁとにかくこないだファミレスで春夏秋冬パイセンが言ってた感じはホントっぽかったし、一二に馬鹿って言われただけであの嘘は吐かないと思うんすよねー」
「くぁー、別に穢谷先輩のこと好きとかじゃなかったけど、なんかショック!」
「いやいやわかるっすよその気持ち。絶対この人はないだろうなーって思ってた分衝撃がバカデカいみたいな」
「そうなんスよ! 穢谷先輩は絶対凉弛よりも結婚遅いタイプだと思ってたのに!」
本人不在を良いことに、もう少しで悪口と捉えられてもおかしくない話に花を咲かせる夫婦島と凉弛。その様子を嫐もニコニコアホ面で眺めている。
「あーあ。凉弛が劉浦高入って穢谷先輩イジってやろうと思ってたのになー……彼女持ちとなるとそうはいかないよなぁ」
「受験合格することはもう確定なんすね……。あ、そう言えば一番合戦パイセン、結局進路ってどうなったんすか?」
「ん、あぁ。来月入試」
「え!? マジすか!?」
知らず知らずのうちに嫐の受験物語は進行していたらしい。完全初耳の夫婦島は目を見開いて脂肪でできた胸を揺らした。
「体育大学で一般入試! 先生が言うにはマジでギリギリらしいから、本当はこんなとこで飯食ってる暇ないんだけどなー」
「いやマジでこんなとこで油売ってる暇ないっすよ。今すぐ帰って勉強することを推奨するっす」
「そ、そんなに心配してくれるなんて……。夫婦島ぁ、お前、良いヤツだなぁ!」
「ちょ、痛い……そんな泣かれるようなこと言ってないっす」
「自信持ってください夫婦島さん。今のは入試まで一ヶ月なのにメイド喫茶で昼食とってる人に対して言うには正解も正解過ぎる言葉だったっスよ」
凉弛はそう言い残し、厨房へと戻っていった。
颯々野凉弛は頭がよい。だから入試まで一ヶ月を切っているのにメイド喫茶でバイトしている自分が言えた口ではないとは、もちろん重々承知の上なのである。
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