『マジメな男とヤンチャな女』

 とあるラブホテルの一室。点いているのは間接照明のみであり、室内は薄暗い。巨大なダブルベッドの上で半裸の女がむくりと上体を起こす。そしてスマホで時間を確認し、隣ですやすやと寝息を立てている青年に声をかける。


なりくん、起きて。そろそろ時間」

「ん……あぁ、そっか」


 名を呼ばれた青年は、部屋の壁掛け時計をチラと見る。その後、寝ぼけ眼そのままに隣の女を見て少しだけ頬を染めた。


「なんだよ、昨日散々見た身体だってのに、まだまだ心は童貞だな~」

「か、からかわないでよ。つい昨日卒業したばっかりなんだからさ」

「あはは。そうだよな。そうすぐ慣れるもんじゃないか」


 女は自分の裸体に赤くなる青年に愛おしそうな目を向ける。このまま裸で彼がドギマギしている様子を眺めているのも悪くないとも思ったが、時間も差し迫っている。

 女はベッドから出て、床に投げ捨てられた洋服に袖を通し始める。青年もそれにならうように着替え始めた。


「なんだかんだあったけど、ぼくたち出会って半年くらいしか経ってないんだよね」

「そうだなー。入学式でボコボコにイジメられてた男とヤるとは思ってもみなかった」

「ははは。あの時はホントひどかったね。うさぎが救ってくれなかったらずっとああだったろうなって思うよ」


 懐かしい思い出に苦笑を浮かべつつも、その声音はどちらも楽しげだ。楽しくて、可笑しくて、きっとこの時間がこれからも続くんだろうなと信じていた。


「でも、もっと平和的な解決方法もあったよね。ちゃんと話し合いをするとかさ」

「相変わらずマジメだなー也くんは。最初からアタシみたいに一発殴っときゃよかったんだよ」

「うさぎも変わらないね、そのヤンチャなところ」


 青年の方はマジメな性格、片や女はヤンチャ。凡そ対極とも言える二人。そんな二人だからこそ、叶う叶わないを問わずこの幸せをいつまでも願うのだろう。

 程なくして二人とも着替え終わり、荷物をまとめると、どちらともなく部屋を後にする。その時、二人は自分たちが初めて肉体的に繋がった部屋を慈しむような顔をしていた。


「也くん、いきなりで悪いんだけどさ」

「ん? なに?」

「アタシのこと、好き?」

「うん。もちろん好きだよ」

「じゃあ、アタシのどこが好き?」

「カッコいいところかな」


 女はその返答に一瞬面食らったような顔をしたが、すぐに青年の言わんとする意味を理解したのか満足気に『えへへ』と声を漏らした。


「そっか~。カッコいいかぁ」

「うん。うさぎは美人だし、人としてカッコいい。そこが好きです」

「普通に照れるわー///。ありがとう、也くん」


 女に感謝の言葉を投げかけられ、青年はニッコリ微笑んだ。

 そして恋は盲目と言うように、女は青年のその笑顔の奥に潜む陰を見てなどいないのであった。




 △▼△▼△




「アイツ、どこで何してんだろうなぁ」

「……四月朔日わたぬきくんかい?」


 劉浦高校校長室。うさぎがぽつりと呟いた独り言を花魁は瞬時に察した。

 流石は幼馴染とでも言うべきか。うさぎがソファでうとうとする娘のよもぎの頭を撫でながら、上の空だったのを見ただけで何を考えていたのかを言い当てることが出来るのだ。一緒にいた時間の長さがそれを可能にしていると言えるだろう。


「うん。逃げたのはまぁホントは許したくはないけど、よもぎのことも見せてあげたいんだ」

「もしうさぎが本気でもう一度会いたいというのであれば、わたしの権力と金力にものを言わせて意地でも探し出してみせるけど。どうだい?」

「いや、そこまでしなくていいよ」


 ははっとうさぎは乾いた笑いを漏らした。そしてそのままその理由を言葉にして継ぐ。


「花魁ちゃんには、色んなこと支えてもらったし今もそうだし。アタシが家出た時、花魁ちゃんが助けてくれなかったら、多分よもぎと一緒に死んでただろうからさ。これ以上迷惑かけれねーわ」

「別に迷惑だとは思ってないさ。可愛い可愛い幼馴染のためだからねぇ」


 うさぎはそう言ってくれる変わってしまった幼馴染に笑いかける。

 正直、もう一度彼に出会えるのなら是非とも会いたい。それがうさぎの本心だ。だけど彼は、よもぎの父親は、妊娠していると告げた途端に自分の前から姿を消した。それを考えると、会ったところで彼が自分にも娘にも興味は無いんじゃないかと思えてくる。

 彼が妊娠させた女から逃げるような男じゃないと、マジメな男だと確信していただけに、ショックは大きかった。そしてそのショックをうさぎは今でも引きずってしまっている。うさぎは元来弱々しいメンタルなのだ。

 強がってヤンチャをしていたのは、そういう自分の弱い心を他人に悟られないようにしたかったからなのかもしれない。強い人間を振る舞い、周囲にそう思い込ませようとしていただけなのかもしれない。


 今やと言うか、元々彼の言ってくれた『カッコいい』は、うさぎの中には存在していなかったのだ。

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