エピローグ

『間違いのその先』

 劉浦高校の修学旅行最終日。現在時刻は六時半を少し過ぎたところ。俺はバスに乗って自宅方面へと帰宅していた。

 修学旅行終わりの高揚の余韻などは一切なく、早く家に帰りたい、ただその一心だった。何故俺がそう思ったのかを鑑みるに、慣れない上に嫌いな旅行をしたことで疲れが溜まっているからだと思われる。枕が変わると眠れないタイプなんてわけわからんこと抜かすつもりは無かったし自分はそんなタイプじゃないと思っていたのだけれど、案外結構枕で睡眠の質は変わるものだ。

 程なくし一番自宅に近いバス停で降車すると、車内の暖房でほくほくしていた身体は冬のキーンと冷たい空気によってゆっくりと温度を失っていく。とっぷり闇に包まれている空にふぅーっとため息に似た息を吐くと、その息は街灯に照らされてより一層白く見えた。刺すような寒さから逃れるようにネックウォーマーに顔をうずめ、爪先を帰り道の方向へ向ける。

 俯きがちに歩みを始め、俺の思考は自然と修学旅行を思い返していた。

 俺と春夏秋冬は間違いを犯してしまったのだろうか。

 だろうか、なんて疑問系で誰に問うでもなく考えついたことに意味があるだろう。これは俺が俺自身に提起した問題であり、俺が俺自身で解くべき問題なのだろう。

 ならば、そう想定したからには解いてやろうではないか。 

 解いて、俺自身に対していてやろうではないか。

 聖柄が俺と春夏秋冬に向かって過ちだとしてきたのは、復讐に関してだ。復讐しても復讐相手との溝は深まるばかりで、良い方向には進まないのだと。

 ここに関しては少し反論したい。こちら側としても、言われずとも良い方向に進むだろうなとは思ってなかったし、良い方向に進めようとも思っていなかった。大体復讐しようとまで思う相手と仲良くなろうとすること自体変ではないか。

 ただしかし、こうやって相手を辱めるようなやり方じゃなくとも確かに他に色々な策があったことは認めざるを得ない。平和的解決策がいくつもあった、そしてそれは考えれば簡単に浮かぶものだった。

 それを俺たちは蹴り、四十物矢緋那という女に今までやられてきた分を返すべく、わざわざ辱める方を選んだのだ。これこそが俺たちの間違いだったということだろう。

 友好という言葉を脳裏から取り除き、衝突することに意味を見出してしまった。静謐せいひつさから眼を背け、安直な思考のもとに生まれた我意がいに身を任せ、人の心を弄ぼうとしていた。

 結果がどうこうなんて話ではもちろんなくて、それをしようとしていたことが間違いなのである。成功した失敗したはこの場合全くもって関係ないのだ。

 いい訳ならいくつでも思い浮かぶ。クズでカスでゴミな言い逃れならたらふく。

 一二にはっきり物申され、それに感化された春夏秋冬を見て俺も感化されてしまったからとか。今までいくつもの嫌がらせに耐えてきたんだから、一度やり返すくらいはいいだろうと思ったとか。最初に復讐しようとしたのは俺ではなく春夏秋冬だから俺の過ちは春夏秋冬の過ちよりも軽いとか。場の流れで格好つけるために俺も協力しただけで、別に俺は本気で四十物矢を辱める気はなかったとか。

 だけれどそれよりも。そもそも間違いを犯したと認めることが大事だ。間違いを間違いだと認めず同じ間違いを何度も繰り返す馬鹿はいつまでも間違えないようにすることが出来ない。

 要するに間違いのその先をどうするかが分岐点なのである。

 過ち、それをかえりみないようでは人は前に進めないし、過ち、それを深く省みる人は人として一歩前に進むことができる。

 であるならば。俺はこの間違いを教訓に、人間として前進できるような何かを得ることが出来ているだろうか。出来ているだろうかと言うか、出来なくてはいけないわけで。

 前に平戸さんに叱られてしまったのだ。いつまでも自分を下げるのはやめろと。返す言葉も無かった。俺も常々思っていたことだったから。

 だからそろそろ俺もそれをやめる時なのかもしれない。そろそろと言うには馬鹿馬鹿しいほど遅いのだと思うけど、自分を成長させるためにこの頭を使うことを俺はようやく覚えた。

 今回の間違いから俺は何を学び、どう成長すれば良いのか。

 今まで自分をクズだゴミだ社会不適合者だと下げに下げまくり、責任を負うことから逃れ、楽して生きてきた。その生き方は板に付き、すぐに変えようと思っても変えられないのもまた事実。長年の生活により、身も心もクズが染み付いてしまっている俺はそう簡単に成長できるものではない。

 でもそれに気付くことが出来ただけ、少しはマシになってきているんじゃなかろうか。問題はこれからどうしていくかだ。気付いただけで行動に移さないようじゃいただけない。

 そこまで思考を巡り巡らせたところで、俺はようやく三日ぶりに自宅に戻ってきた。たった三日、それだけですごく懐かしい気持ちになる。

 

「ただいま」


 自宅のドアを開き、小さく呟いた。すぐにお袋が玄関まで出迎えに来てくれる。

 間違った時、いつも正してくれるのは大人たちだ。だけど今回はお袋には全く関係のないことで、お袋から正してもらうというのは違うだろう。

 自分の間違いは認めた。では、俺のその先は――まだ考え中としか言いようがねぇ。




【Vol.7終わり】

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