No.24『大きな誤算』

 華一かいち籠目ろうもくの協力を得ることができ、それから一時間弱が経過した。昨日同様にホテルに着いてから夕食の時間までは自由時間となっており、その間俺たち四人で改めて作戦について確認をしていた。

 作戦決行は夕食中。四十分ある食事時間の間に、春夏秋冬が劉浦りゅうほ高botで『今日の夜、四十物矢あいものや緋那ひな聖柄ひじりづかりょうに告白するらしい』とのツイートをする。

 ツイート後、それを見たていで華一と籠目に生徒たちの前で告白するように囃し立ててもらう。ここは華一と籠目に完全にお任せすることになるが、二人曰く多分余裕だそうだ。曖昧な表現をする際に使う『多分』とお茶の子さいさいを意味する『余裕』が組み合わさった多分余裕というパワーワードを信じるしかない。

 あとは空気感に押され、四十物矢が聖柄に告白。そしてアセクシャルであり好きでもない人間からの告白を受け入れることは出来ない聖柄は、四十物矢からの告白に二度目のごめんなさいをする。

 これで今回の復讐作戦は完了だ。人前でフラれるという辱めを受けることになる四十物矢がどんな心持ちになるか、おそらく赤面は必至だろう。

 時刻は十九時を十五分ほど過ぎたところ。バイキング形式の食事で唐揚げを頬張っている俺のスマホが揺れた。

 唯一設定しているツイッターの通知、劉浦高botからのツイートだ。周囲に見られないようこっそり確認すると、作戦開始の合図ともなっている『四十物矢緋那が聖柄綾に告白するらしい』というツイートがされた。

 俺は華一と籠目を一瞥。二人は俺の視線に気付き、小さく頷くと。


「ちょ、ウッソでしょ!?」

「緋那、告るってマジ!?」


 スマホ片手に立ち上がり、五組側の席から俺たちのいる六組の方へとバカデカい声を出す華一と籠目。それによって元々ざわついていた会場は一瞬静かになり、徐々に別の意味で喧騒を取り戻してゆく。

 名指しで告白するのかと問われた四十物矢はと言うと、その顔に困惑の色を滲ませていた。仲間内にしか教えていなかった情報を華一と籠目がどうして知っているのか、自分の周りに座る友人たちへ小さな声でバラしたのかと問うているようだ。

 そんな四十物矢の反応から、会場の生徒含む教師や従業員の方々までもが『あ、これはリアルなヤツなのね』とニヤケ顔で四十物矢を見る。


「コレ見てよ! 緋那が今から告るって、劉浦高botに書いてんの!」

「えっ……? 嘘、なんで……」


 華一と籠目は五組の席から離れ、六組の四十物矢の元へと駆け寄る。二人のスマホに映し出された劉浦高botのツイートを見た四十物矢は驚愕といった顔で目を見開く。昨日同様隣に座る聖柄は、ちょっとだけ寂しさの感じられる笑顔を浮かべている。

 しかし上手いなこの二人。一発目のあの大きな声は生徒たちの視線を奪い取るだけでなく、告白するにあたって重要な『誰に』を言わなかったことで、生徒たちの興味関心までも奪い取ったのだ。広く浅い交友関係により、方々に顔見知りがいるであろう彼女らだからこそ出来た芸当なのかもしれない。

 そしてその会話が会場中に広まり、多くの生徒がスマホを取り出した。劉浦高botを確認しているのだろう。一瞬でこの拡散力……恐るべし場の空気とSNSだ。

 

「まぁなんかよくわかんないけど、告るんならもう今ここでしちゃったら~?」

「えぇっ!? ちょ、ちょっと匁~。何言ってんのさぁ」


 華一はあくまで冗談風を装い四十物矢にそんな提案をした。四十物矢も少々動揺したようだが、苦笑いで誤魔化している。

 しかし。


「おっ! いーぞー! バレー部エース様、前出ろ~!」

「マジか、動画撮っとこw」

「早く出ろよモテ男ー! ぶっ飛ばすぞ!」

「アッハハハハ! お前口悪っww!」


 主にバレーボール部の部員たちだろう。華一の声が聞こえた隣の七組の男子ひとりがワザとらしく会場中に聞こえるように言うと、各クラスから聖柄を囃し立てる野次が飛び始めた。

 いいぞ、ここまでは完璧なまでに作戦通り進んでいる。これは修学旅行という日常とはかけ離れたイレギュラーな状況下も味方してくれていると言えるだろう。普段とは違うことによる生徒たちのテンションの高揚、感覚の麻痺、判断力の一時的低下が俺たちの復讐作戦を意図せず後押ししている形になっているのだ。

 バレー部男子たちがそうやって囃し立てるうちに、会場はへと変貌し、いつの間にか生徒たちの食事する手は止まっている。視線が六組の方に集まり、一組や二組の遠くの方では観覧しようと立ち上がる者も出てきた。


「ちょっとやめてよみんな~……。ご、ごめんね稜」

「……」

「稜?」


 四十物矢からの謝罪に対し、口を結んだままの聖柄が無言で椅子から立ち上がる。と同時に『うおぉぉ~!!』という雄叫びにも似た歓声が上がった。

 これを好機とばかりに目を輝かせる籠目。四十物矢の両肩に手を置き、一言。

 

「ほら緋那! 稜を待たせなさんな!」

「あ……ッ! もぉ!」


 四十物矢は華一からツンと脇腹をつつかれ、声を漏らしながらビクっと立ち上がる。逃げるように去っていった二人に向かって頬を膨らませて可愛らしく睨みを利かせる。

 いやはやしかし、これでついに復讐作戦はクライマックスだ。会場には完全に四十物矢が告白して聖柄がオーケー出す流れが出来上がっているが、そうはいかない。聖柄のアセクシャルと聖人君子っぷりをナメてはいけない。


「う、うぅぅ///」

「頑張れー!」

「緋那ちゃんしっかり~」


 立ち上がり、聖柄と目を合わせて顔を真っ赤にする四十物矢に、今度は女子生徒たちからいくつかのエールが送られる。こうして応援するヤツもいれば、半笑いで隣の人間とヒソヒソ話しているヤツもいるし、スマホを構えて動画に収めようとする者もいる。三者三様でこの公開告白を楽しんでいるようだ。

 俺たちもまた別の意味で楽しんでいる。作戦が上手くいっていること、そしてこの後の展開に胸躍らされてしまう。


「稜!」

「うん……」

「夏休み、海で一度告白した時は友達でいようってなったけど、私はずっと……稜のことが好きでした!」

「そっか」

「稜は、私のことを幸せにしてあげられないって言ってくれたけど、私は稜と一緒にいるだけで幸せです! だから、私と付き合ってください!!」


 四十物矢は言い切った。夏から約半年が経過した今日、二度目の告白をした。生徒たちは目の前で繰り広げられる恋愛模様にそれぞれ色んな意味での楽しげな眼差しを向けている。

 さぁ聖柄よ、存分に皆の期待を裏切り、そして盛大に四十物矢に恥をかかせるんだ――。

 

 ――と思ったのも束の間。次に聖柄の口から出た言葉に、俺は静かに衝撃した。


「おれで、本当にいいの?」

「え? ……そ、それはもちろん!」

「ははは、それじゃあ、よろしくお願いします」


 一瞬の驚くほど静かな間。それはすぐに生徒たちの大歓声で破られた。

 おめでとう。良かったね。末永くお幸せに。羨ましいぞこの野郎。こっち向いてピースして。美男美女だ。なんかこっちまで嬉しくなるよ。

 数々の祝福の言葉が投げかけられ、これでもかと笑顔が咲き乱れる。それは当然のことで、皆そうなるだろうとは予測できていたはずだ。

 そんな幸福感に包まれた会場の中で、それを予測できていなかった俺と春夏秋冬だけは物静かに俯いていた。




 △▼△▼△

 



 東京の煌びやかなあかりを見晴らすことが出来る屋上デッキ。食事が終わり、消灯までの入浴などを済ませなくてはいけない時間に俺、春夏秋冬、華一、籠目は本当は先生たちから立ち入り禁止を命じられているそこに集まった。


「なんかー、作戦とは違う感じになっちゃったねー」

「違うどころじゃないでしょw。真反対じゃん」

 

 集まったはいいものの、誰も話し始めないのを見かねて華一と籠目がなるべく明るい感じで取り繕うとするも、影の入った春夏秋冬の顔を見てすぐにどちらともの顔から作り笑顔が消えた。


「ごめんね朱々、穢谷くん。ウチらの力及ばず……」

「いやお前らは充分過ぎるほど上手かったよ。あの空気の作り方は素直にすげぇって思った」


 この二人に非は一切ない。むしろ今回のMVPと言っても過言ではない。今回の戦犯は聖柄が四十物矢の告白を絶対に受け入れないだろうと考えていた、紛れもない俺だ。

 でも一体何故聖柄は四十物矢の告白を受け入れたんだ。アセクシャルじゃなかったの、もしくはそれが改善されたのか。はたまた四十物矢に本気で恋したか、妥協を覚えたのか。

 どんな理由で聖柄が告白に頷いたにしろ、俺の考えが読みが甘かったのは事実。聖柄が絶対に断ると仮定したのが間違いだったのだ。


「考えてみりゃ、あの時点でおかしいと思わなきゃいけないところだったな」

「あの時点……?」

「聖柄が囃し立てられて席を立ち上がったあの時だよ。もし断るんだったら、アイツ絶対立ってないだろ」


 よくよく考えなくてもわかることだ。気持ち悪いまでに優しい聖柄が、あんな大勢の前でワザワザ断るなんてことしない、断るにしても絶対に場所を変えたはず。そこに気付くべきだったというか、気付いた時点で復讐が失敗することに変わりはないのだけど。


「……春夏秋冬、大丈夫か?」

「……」


 名を呼ぶも、春夏秋冬は終始だんまりを決め込み、これ以上は何の進展もないように感じる。俺の提案で今日は一先ずこれでお開きとすることになった。

 今、春夏秋冬の心中浮かんでいる気持ちはどんなものなのだろうか。四十物矢への復讐について一週間悩み続けてきた。それだけに失敗のショックが激しいのかもしれない。

 でもこれで全てがおじゃんというわけでもない。また別の策を練れば良い話で。

 だから春夏秋冬には早く立ち直ってもらわなくてはならない。こうして落ち込んだ春夏秋冬を見るのは夏休み前のあの時のようでそんなにいい気がしない。


「「おやすみ」」


 華一と籠目とはクラスが違うとともに階層が違う。別れの挨拶俺と春夏秋冬は無言のまま一階下の六組の生徒が泊まる部屋があるフロアへ階段を降りる。

 すると、俺と春夏秋冬の足音以外にもうひとつの足音が響いてきた。後ろには誰もいない。必然的に階段を誰かが上がってきていることになる。


「あぁ、ようやく見つけた」

「聖柄」


 階段の踊り場にて落ち合ったそのもうひとつの足音の主は、件の聖柄だった。聖柄は俺たちの前に立ち塞がり、真剣な、怒りにも似たような目を向けてくる。


「これ、二人がやったんだろ?」

「……っ!」


 聖柄はスマホ画面に劉浦高botのツイッターアカウントを表示させ、それを俺たちに見せつけながらそう問うてきた。問うてきたとは言ったものの、その声音には疑問ではなく確信の二文字があった。

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