No.23『二度目の東京』

 日光東照宮巡りを終えた俺とたたりは、集合場所とされているクラスのバスで別れた。祟が乗ったバスから、祟が一組であることを初めて知った。

 まだ集合時刻まで三十分ほどあるため、ほとんどの生徒が集まってきていない。六組のバスも運転手さんとバスガイドさん以外には誰にもおらず、俺が一番乗りかと思いきや、ひとり既に乗車済みだった。


穢谷けがれや、結構早く戻ってきたわね」

「いや俺より早くにバス乗ってるヤツに言われてもなぁ。見学してねぇの?」

「したわよ、ザーッと。読書で言う斜め読みみたいな感じで」

「要はちゃんとは見てねぇってことね」

「うん」


 結局はこくりと頷いて肯定しちゃう春夏秋冬ひととせ。あんましこういう観光地とかに興味ない感じ、すごくコイツらしい。


みやびと一緒だったの?」

「あー、うんまぁな。祟、意外と詳しくて面白かったよ」

「……ふーん」


 あれれー、おっかしいぞー。明らかに春夏秋冬さんのお顔が不機嫌になったぞー。

 なんてふざけたこと考えてる場合じゃない。祟となら一緒にいてもいいかと思ったけど、もしかしなくてもダメだったのか。


「あのー、ごめん」

「なにが?」

「いやちょっと怒ってるかなーって思って」

「別に」

「怒ってるよな?」

「怒ってないけど」


 怖ぇ、声質が怒ってるよ……。なんかもう何言っても彼女の不機嫌を加速させるような気がしてならない。

 しかしここで引き下がっては穢谷葬哉の名が廃る、元々流行ってないけど。

 俺は春夏秋冬を刺激しないよう慎重に言葉を選びながら弁明する。


「ホント何の気なしにひとりだった祟と回ろうって誘っただけだからさ、その……知り合いとして?」

「わかってるってば。穢谷よりも雅のことは知ってるつもりだし、穢谷が悪気がないことも。ちゃんとわかってる」


 俺の弁明に春夏秋冬はため息混じりにそう呟いた。それなら何故なにゆえにそんな不機嫌なんだろうかという俺の心中浮かんだ疑問を悟ったのか、春夏秋冬は続けて口を動かす。


「友達にまで嫉妬しちゃう自分に腹が立つのよ……」


 心底嫌そうな顔で背もたれに体を預ける春夏秋冬。自分で自分に嫌気がさしているといった感じだろうか。

 嫉妬は悪いことではない。必然的に起こるものだ。俺は自分に置き換えて鑑みるべきだった。自分だったら春夏秋冬が例え友人だとしても男と一緒にいるといい気分はしない。


「やっぱり、俺が悪いな。俺の判断ミスだ。すまん」


 祟がボソッと言っていたのはこういうことだったのかもしれない。俺は祟が春夏秋冬と仲良いから別に喋ったりなんだりしても良いだろうと思ったが、考えが甘かったのだ。


「謝らないでよ、穢谷のしたことは別に悪くないんだし。私が嫉妬しちゃうのが悪いの」

「……ウザいだろうけど、言ってもいい?」

「ウザいなら言わないでよ。って言いたいところだけどそんな言い方されたら気になるから言っていいわよ。なに?」

「嫉妬する春夏秋冬超可愛い」

「はぁっ///!? あー、もう! ウザい!」


 ウザいよって前置きし、それでいて言っていいとの許可が降りて言ったわけだから、そう詰め寄られても俺に非はねぇ。顔赤くなる春夏秋冬マジ可愛い、抱きてぇ。

 

「私ばっかり嫉妬してて悔しいから、穢谷も嫉妬してよ」

「んな無茶な……。それに例え嫉妬したとしても俺顔にも態度にも出さない自信あるぞ」

「うわー、可愛くない。お酒飲ましてまた私がマウント取るしかないわね」

「それだけは勘弁してくれ。アルコールはもう当分体に入れたくない」


 普通に生きてりゃ未成年なんで入るようなことはないんだけどね。

 お袋の飲んでいた缶チューハイを飲ませてもらった時も春夏秋冬とワインを飲んだ時も、アルコールが入ると心臓の鼓動が早まっていくのがリアルにわかるんだよな。個人的にはあれが怖いというか、ちょっと気持ち悪い。

 でもあれだなー。春夏秋冬、将来的に居酒屋でタバコ片手にビール浴びるように飲んでそうだな。勝手なイメージだし、言ったらまたウザいって言われそうだから言わないけど。


「まぁいいや。東京のホテルに着いたら、昨日みたいにまたちょっと作戦会議したいの。その数時間後にはすぐ作戦決行ね」

「あ、そうそうそのことで思ったんだけど。もしかしたら観衆が集まらないって可能性もあるわけだろ? んだから、華一かいち籠目ろうもくに協力要請しようかなって」


 俺の提案に春夏秋冬は露骨に怪訝な顔をした。そして首を傾げ、俺に問う。


「協力って、何させる気? 前にも言ったけど私はなるべく少ない周りの人たちを巻き込みたくないの」

「それは重々承知だよ。だから、俺に関わってたとは絶対にわからない協力を頼む。それなら良いだろ?」

「うんまぁ……。でもこれ以上何か手伝わせることある?」


 作戦の根本的なところはもちろんそのままでいける。

 ただ、今現在ネックとなっている告白の正確な時間と観衆がちゃんと集まるかどうかという点。この二つを解決するにはどうすれば良いか。

 当たり前のことを言うが、解決策としては告白時間がこちら側にわかり、それを見る人間がちゃんといるようにすれば良いのだ。

 これだけ聞けばそんなこと不可能というか難易度超高いように感じるかもしれないが、華一と籠目の二人の影響力を使ってそれを可能にする策がひとつだけある。

 

って……正気?」

「いや正気じゃない、狂気だろうな。でもこれだけは言える。問題になっている曖昧な時間も観衆もこれなら解決、オールクリアだ」

「確かにそうかもしれないけど……。具体的にもんめ夏込かごめには何させるの?」

「ホテルの夕食中俺たちが劉浦りゅうほ高botに『四十物矢が聖柄に告白しようとしてる』ってツイートして、それを華一と籠目が見て初めて知った風を装う。んでその場で四十物矢に告白させる流れを作ってもらうんだ」


 そうすれば華一も籠目も俺たちと協力していたとはならないだろう。

 それに例えそのタイミングでの復讐が失敗したとしても、告白するという情報は発信されている。その後こっそり二人っきりで告白しようとしているところに華一と籠目に生徒たちを集めてもらえばいい。

 つまりチャンスが一回から二回に増えたわけで。


「じゃあしてくれるかどうかはおいといて、とりあえず二人に後から説明しないとね」

「うん。春夏秋冬から連絡しといてくれっと……帰ってきたか」


 外から話し声が聞こえたので視線を向けると、生徒たちがチラホラとバスに向かって歩いてきているのが見えた。


「私が連絡しとくから、後で会いましょ」

「おう」


 そうして俺と春夏秋冬の会合は一先ず終了した。




 △▼△▼△




 栃木県内で昼食をとり、その後東京のホテルへバス移動した。


「ふむふむなるほどねぇ。告白の流れか」

「どうだ、頼めるか?」


 ホテルから徒歩で若干遠いと感じる場所にあるコンビニに俺と春夏秋冬、そして華一と籠目が集合している。

 俺が一通りの流れを説明すると、華一は腕を組んでワザとらしく何度か頷く。そしてグッと親指を立て、ニッと口の端を上げた。


「もちろんいいぜ! ウチらに任せな!」

「ほ、ホントか!?」

「いやちょっと待って匁。まだ決めるには早いよ」

「え?」


 即オッケーを出してくれた華一とは対照的に、籠目は少々違った意味での楽しそうな目で華一を制した。

 いつだってちょっと抜けてる華一の補い係の鋭い籠目は、きっと何か別の面白いことを考えているに違いない。


「完全にウチらと穢谷くんたちがグルだってバレないわけじゃない。もしグルだってバレたらウチらもヤバい。それだけリスクあることしてるのにさー、何の対価も無しってのはねぇ?」

「おぉ! さすが夏込! やっぱ見るとこが違う!」

「ふっ。まぁね〜」


 まぁ、籠目がそういうこと言うかなとはちょっと予想出来ていた。能天気な華一と違い籠目はかなりリアリストであり、現金な性格は俺と良い勝負できるだろう。

 俺だって華一と籠目の立場なら、リスクあるのに対価無しは不満でしかない。何かを得るにはそれ相応の報酬あってのものだ。


「籠目、してくれるために俺たちが払う対価は何なら良い?」

「そうだな〜w。俺たちってことは穢谷くんだけじゃなくて、朱々も何かしてくれる感じだよね?」

「え、あー、うん」


 唐突に名指しされた春夏秋冬は、俺の顔を見てちょっと巻き添えにしやがったな的な顔をしたものの、こくりと頷いた。チミ、自分の復讐のためなんだから少しは我慢しなさいよ。


「うーん、それなら〜……」


 ニヤニヤと楽しげな籠目。復讐のためだ、どんな無理難題が来ようと覚悟はしている。

 と俺が身構えていると。


「ウチらと、一生友達でいてくれよなっ」

「「は……?」」

「うぉー、夏込さん絶対言いたいだけだろうけどカックイー!」

「でっしょ〜?」

「「……」」

 

 まったく……。ホント拍子抜けしてしまう。現実的に生きてんのかおふざけに生きてんのよくわからんヤツだ。


「えっと、んで本当に何もしなくていいのか?」

「何もしなくていいわけじゃないよー。ちゃんもウチらと友達でいてくれないと」

「い、いやでも。そんなことでいいの?」


 俺がしつこく追求すると、籠目はため息をひとつ吐いてちょっとだけ寂しそうな笑みを浮かべて言う。


「穢谷くんは、ウチがリアルに何か報酬を求めてくると思ってたのかもしれないけどさ。ウチだって友達のためにって、ただそれだけの理由で動くことだってあるんだよ?」

「……そうか、そうだよな。ありがとう」

「どういたしまして〜」


 籠目が優しいヤツで良かった。普通なら勝手な偏見で勝手に自分の性格を決め付けられて、怒ってもおかしくないところだ。

 つくづく対人関係の下手さが出てしまう。知識だけあっても経験がないと実践ではすぐに役には立たない、それと一緒だ。


「私からもありがとう。二人の空気感操る力、信じてるから」

「「任せとけ!」」


 この二人のハモりほど心強いものはないと、今すぐお袋に喋りたいと思った俺はマザコン気質なのだろうか。

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