No.22『日光東照宮って、徳川の誰が眠ってるん?』
修学旅行二日目の朝。起床時間七時の五分ほど前に目を覚ました俺は部屋に備え付けられている洗面所で顔を洗い、学ランに着替える。他三人も寒い寒いとぼやきながら、のそのそと布団から身体を起こし始めた。
七時半までに昨日の夕食の食事会場と同じ部屋に行かなくてはならない。けどその昨晩の夕食がまだ胃の中に居座っている感覚があり、俺の気分的には朝食抜きで良い。俺も聖柄に猫撫で声で頼んで食べてもらおうかな。
なんてふざけたことを考えていたけれど、出てきた朝食は余裕で食べ切れる量だった。白飯、味噌汁、焼き鮭、目玉焼き、ベーコンといった『THE・朝食』なメニューだった。
朝食を終え、教師からの諸連絡を聞いて部屋に戻る。荷物をまとめ、本日二日目の午前中はまず世界遺産日光東照宮の見学となっている。
昨日からお世話になっている六組のバスに乗車し、バスガイドさんの話をちょこちょこ耳に入れながら、なるべく遠くを見て酔わないようにしようと男体山の雪をジッと見つめていた。
今日の夜、おそらく春夏秋冬の復讐作戦が決行になる。それまでは観光を楽しむとしよう。
いざ日光東照宮へ。
△▼△▼△
ホテルから山道を登ること二十分ほど。目的地、日光東照宮へ辿り着いた。
栃木と言えばと問われたら正直こことU字工事しか思い浮かばないくらいには俺の中で栃木の代表的なものとして捉えている。けど詳しいことはほぼ知らない。徳川家康の墓って認識で合ってますでしょうか。
「日光東照宮って、徳川の誰が眠ってるん?」
「家康ですよ。バスの中でもガイドさんが説明されてたんですけど」
「え、マジで? 聞いてねぇわ〜」
それ以前に常識だろみたいな目をする
あのでしゃばり王子マジでうるせぇな。落ち着いて物静かに見て回るってことが出来ねぇのかよ。
クラス単位や班で行動せず、自由に見て回ることになっているのでアイツから俺が離れれば良い話なんだけど。
「ん? アイツ何してんだ……」
ふと俺の視界に入った劉浦高の制服に身を包んだパイオツカイデーなメガネっ娘。その女子生徒は何やら階段の端に座り込んでボーッと虚空を見つめていた。
普通なら素通りするところだが、残念なことに……いや別に全然残念じゃないけど、俺はその女子生徒と顔見知りだった。観光する人々の波の流れから外れ、俺は
「おーい、祟? 何やってんのこんなとこで」
「へっ!? は、あッ!? 穢谷しゃん……っ!」
「おぉぉ……!? だ、大丈夫かよ」
名を呼ばれ、心ここに在らず状態から復帰した祟。突然の呼称に驚き立ち上がるも、ふらふらっと立ちくらんでしまった。
「あ、大丈夫、です……。まだちょと、バス酔いがっ、残って、て」
「あー、それでここに座ってたわけか」
「はい……班の人には、先に行ってもらって、追いかけるのも面倒なので、ここで待ってようかと思って……」
「え、それ勿体無くね? せっかく高い金払って旅行来てるんだし、少しくらい見て回った方が良いだろ」
俺の言葉に祟はすくっと立ち上がり、手をもじもじさせながら言う。
「で、でででもっ! ……ひとりで見て回るの、恥ずかしいんですぅ……」
「あ、あぁ。まぁわからんでもないけど。んー、なら俺について来たら?」
「え゛ッ!?」
祟は俺の提案に眉を顰めて目を見開く。祟の口から初めて出たんじゃないだろうか、その濁点の付いた『え』は。
「で、ででも、良いんですか?」
「え、俺は別に良いけど」
「春夏秋冬さんはっ、穢谷さんが自分と一緒にいると……怒り、ませんか?」
「あー。そういうことか」
以前東京で枕営業タレントたちと話しているのを見て、春夏秋冬を嫉妬させてしまった。マジで
だから女の子というくくりでいけば祟と共に日光東照宮を巡るのは良くない。
でも祟は春夏秋冬の友人だ。それに祟も俺と春夏秋冬の関係は理解している。別に構わないだろう。
「大丈夫だよ。春夏秋冬にとって祟のことは信頼してる友人のひとりだと思うから」
「うーん……友人だからって言うよりも、もっと根本的に違う気がしますけど……」
「え?」
「あ、いや……なんでもないですっ! お言葉に甘えて、後ろからついて行かさせていただきますです……」
祟は深々と頭を下げ、小さく笑みをこぼした。初対面の時のあのもっさり芋具合と現在の垢抜け感とのギャップが本当にすごい。何がすごいって言い表せないくらいにすごい。
五重塔を通り、有名な三猿の物語を何となくこんな感じだろうと解釈し、多くの竜(祟曰く、全て口の形が異なっているらしい)が見下ろしている陽明門をくぐる。
すると観光客の流れは少しだけ門の前で滞留した。その人々の視線は一本の柱に注がれている。
「
四本の柱のうち一本だけ模様が逆になっている逆柱。何故なのかは全く知らんけど、多分何か理由があるんだろうな。
「これはっ、あの……魔除けなんですよっ」
「魔除け? 柱反対にしたら魔除けになんの?」
「えとっ、完成品はいずれ壊れてしまう、だからわざとこうして逆さにすることで、未完成だとしているん、ですっ」
「なるほど。昔の人間特有の考え方ってわけだ」
「そ、そんな感じですっ! ちなみにさっき通った五重塔も、一層だけ構造が違ってて……」
「それも同じような考えの
昔の人間って面白い考え方してるよな。完成させたらいつか壊れてしまうからあえて未完成に見せるための細工を行う。
こう考えている時点でその建物が完成していると認めちゃってるんじゃないのかとも思えるが、そんな屁理屈で片付けていいようなものではないだろう。歴史あるもんには敬意を払う、それが穢谷家の家訓だ(今作った)。
その後看板が無いと絶対に見落としていたであろう小さな眠り猫を拝み、御本社まで行こうかとも思ったが、あまりの混雑具合に人混み嫌いな俺と祟は何も言わず黙って別の場所へ移動した。
巨大な龍の絵が天井いっぱいに描かれたその部屋では、拍子木を持ったお兄さんが観光客に向かって丁寧で流暢な言葉遣いを用いて説明してくれている。
「龍のお顔の下とそうでない場所ではこちらの拍子木の音の反響が変わります。龍のお顔の下ではない場所では……」
説明していたお兄さんが手に持った拍子木を打つと、カーンとエゲツなく甲高い音が鳴った。それがこちら側の予想を遥かに超える音量だったため、俺も祟もビクッと肩を震わせてしまった。
「とこのように龍のお顔の下以外の場所で拍子木を打つと反響が小さくなってしまいます。はい、それでは龍のお顔の下で鳴らします。先ほどの音と比べながらお聴きください」
お兄さんはその声と同時に再度拍子木を打つ。
すると不思議なことに先程の甲高いカーンという音は少しだけ和らいだように感じ、その上複数回響いて聞こえた。
このピンと張り詰めた冬の冷たい空気感にそぐう綺麗な音だ。
「お分かりいただけたでしょうか。お顔の下では拍子木の音、鈴を転がしたような音に変わりました。鈴鳴龍とも呼ばれます」
拍子木を持ったお兄さんの説明に観光客は『ふーん』とか『へー』とか声を漏らす。興味あるんだかないんだがわからねぇ反応だ。
しかしなるほど、確かに龍の鳴き声と言われればそう聞こえる。てか不思議と何度も聞きくなる。
「すげぇな。どんな仕組みなんだろ」
「フラッターエコーっていう、原理なん、です」
「え? フラッターエコー?」
俺のぽそっとして呟きに、祟は真面目に返してくれた。
「全く本当、に何もない部屋でっ、音を出すと……反響っ、しますよね?」
「あぁー。それと同じなんだ」
「あの龍の絵の部分だけ、木の、材質とかっ。凸凹とかそういうのが、違うんだと……思いますっ」
「ほーん。よく知ってんな」
「きょ、きょ恐縮ですっ!」
いや恐れ縮こまられても困るんだけどね。
「なんか、祟ってもうガッツリ理系って感じでこういう歴史モノには興味ないかと思ってたけど、意外と結構詳しいんだな」
「い、いえ。今でも、自分は理系です……文系教科は苦手、です」
このたどたどしさも何度か会話を交わしているうちに不思議と慣れていた。このゆっくりとした会話ペースも悪くはない。
祟と何人かで会話することはあっても、二人っきりでこうして会話することは今までなかった。でもそこまで気まずさは感じない。
出会って半年以上が経つのだ。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
「だから校長先生から言われて理系教科のテスト問題とか入試問題を作ったりする代わりに、その、文系教科の成績を上げてもらってたんですけど……」
「あー、そういや祟はそんな条件だったな」
にしても入試問題作らせるて……。あの人やっぱり洒落にならないレベルでヤバいな。絶対生徒にんなことさせちゃダメだろ。てかそれは普通に他の教師に頼めばいい話じゃねぇの?
「いつまでもそうしてちゃマズいなって思っ、て。最近は日本の歴史を一から勉強してるんですっ!」
「へぇ……」
本当に、時間が経つに連れて多くのことが変化していく。人間関係もそうだし、個々人での成長だったりを直で感じるのは初めてですごく新鮮だ。
俺が今まで人との関わりを全く持とうとしていなかったからこの感覚を知らないだけなのかもしれないけど。
人の成長を感じ、何故か自分が嬉しくなっているこれは、俺も成長しているということなのだろうか。
世界遺産を見て回り、ちょっとだけ
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