No.21『ヤダもう諏訪のクセに生意気ねぇ』

 コンビニで春夏秋冬ひととせの夜食買いに付き合い、一緒にいるところを見られてはマズいだろうということで先に春夏秋冬がホテルへと戻った。俺も頃合いを見て、後を追うようにホテルは足を向ける。

 不思議なもので、見慣れぬ土地と景色というだけで別に観光地でも何でもないのに気分が高揚する。旅行が嫌いなのはそうなんだけど、悔しいことに旅行地に辿り着くと楽しくなっちゃうんだよな。

 それに加えて俺は今、春夏秋冬の復讐作戦決行によって良い意味でも悪い意味でもドキドキしている。

 人の復讐を手伝うなんて初めての経験だし、恋人と協力して何かを遂げようとしているこの状況に心踊ってしまう。

 しかし心配事が全くないわけではない。やはりツイッターでの呼びかけで、ちゃんと観衆が集まるかというところには不安が残る。これでもし皆で告白を見に行く空気感、流れが完成されなかった場合、ただ四十物矢あいものや聖柄ひじりづかからフラれるだけになってしまう。

 まぁそれもそれで乙って感じで良いと言えば良いんだけど。

 春夏秋冬の言い付けを破って華一と籠目に協力要請してみるか。あの二人なら顔広いし影響力あるし、空気感を操らせれば右に出る者はいないだろう。


「あ、葬哉そうや

「……おぉ、おす」


 考え事をしながら歩いていると、前からいけ好かない外見も内面もイケメンなアセクシャル野郎、今回の復讐の要である聖柄がこちらに向かって歩いてきていた。隣には六組のでしゃばり王子様(ムードメーカーとも言う)である諏訪すわもいる。

 ここで俺が変に意識してそそくさと退散してしまっては怪しまれてしまうこと間違い無しなので、俺はあえて堂々としていることにした。


穢谷けがれや、なんか久しぶりだな」

「そうか?」

「おれも久々な気がするよ。夏休みとか文化祭実行委員とかで何だかんだちょくちょく関わってたからさ」

「確かに、まぁそう言われればそうかもしれねぇなー」


 別にそうだとも思っちゃいないけど、俺はテキトーに同意しておいた。話を広げるのも面倒だし、俺も早くホテル戻ってゆっくりしたいし。

 しかし、俺のそんな心情など知る由もないでしゃばり王子はさらに会話を繋げてきた。


「……さっき、ホテルの前で朱々しゅしゅとすれ違ったんだけど」

「へぇ。そう」

「朱々と、さっきまで一緒にいたん?」


 おずおずと、でもはっきりとした口調で諏訪は問うてきた。矛盾しているようだが、慎重の中に明確な意志がある。そんな口振りだ。

 だから俺は意地悪するじゃないけど、素直に答えるのも嘘吐くのも癪だったので、逆に問い返してやった。


「なんでそう思う?」

「朱々、コンビニの袋持ってたから。穢谷もそっちから来たってことはコンビニ帰りってことだろ?」


 なるほどな。諏訪にしちゃあ、しっかりと理論立てられているじゃないか。ヤダもう諏訪のクセに生意気ねぇ(キャラ謎)。

 さて、それじゃあ俺はどう答えるべきだろうか。相手に逆に聞き返した結果、ちゃんとした理由があっての問いだったと明確になり、そこで俺がだんまりを決め込むのはいただけないだろう。

 かと言って正直に『えぇ、一緒にいましたよ』と言っちゃうのも違う。せっかく二人で時間をずらしてホテルに戻った意味が無い。

 思案している時間が長くなってしまったのか、諏訪は焦って答えを求めるように体を前のめりにしてまた首を傾げた。


「やっぱりお前ら付き合ってんの?」

「おい、諏訪……!」


 そこには触れるなよ的な意味合いを持っていそうな聖柄の諏訪コール。

 だが諏訪はそれに対して反応することはなく、俺の目ただ一点を見つめるばかり。ヤダもう諏訪くんたら、そんなに見つめられると照れちゃうわ(再来)。

 なんてふざけたこと考える場ではなかったなと後から深く反省したつもりです。


「俺は……もし本当にそうなんだとしたら超悔しいけど、恋敵ライバルとして応援するっ!」

「あ、ちょ待てよ!」


 諏訪は俺に謎のエールを送り走り出す。それによって期せずしてキムタクと化す聖柄。

 しかしそんな呼び止め虚しく諏訪は爆速でどこかへ行ってしまった。きっと瞬足を履いているんでしょう。


「気を悪くしたらごめんね葬哉。アイツの早とちりで」

「いやいいよ別に。恋敵ってのもアイツの早とちりで生まれた関係だし」

「ははっ。そうなんだ……」


 聖柄は乾いた笑いを漏らす。次いで俯いたまま、質問してきた。


「朱々のあの秘密、葬哉は前から知ってたんだよね」

「あぁ。知ってたよ」

「止めなかったんだね」

「止めなきゃいけなかったか?」

「できれば止めてほしかったよ。早くに気付いた葬哉が朱々にあんな風に人を騙すようなことはやめさせるべきだったと思う」


 無茶なこと言ってくれる。そもそも春夏秋冬の秘密を知ったあの当時、俺が春夏秋冬に何を言おうがあの女は動じなかったと思うんですよね。


「なんて、冗談だよ。本気にしないで」

「冗談のトーンには聞こえなかったけどな」

「……おれも悲しかったんだよ。朱々の本性に気付いてあげられなくて」


 そうポツリと呟いて、聖柄は諏訪の後を追っていった。

 猫被り春夏秋冬と仲良くて、同じくスクールカーストトップの聖柄は、その性格上春夏秋冬が今こうなっていることを食い止められなくて悔しくもあり、騙されていたと感じて悲しくもあるようだ。

 ホントつくづく良いヤツで気持ちが悪い。寒気がする。前にも言ったが、人間出来すぎていると気持ち悪いものだ。

 にしても諏訪のあの悔しそうな顔……。アイツ、まだ春夏秋冬のこと好きなんだろうか。

 もし腹黒だということが露見してもなお、春夏秋冬のことを変わらず好きでいたのだとしたら、ああ見えて結構一途なヤツなんだろうな。




 △▼△▼△




 ホテルに戻った頃には夕食の時間が差し迫っていたため、俺は部屋に戻らずそのまま食事会場へと向かった。

 劉浦りゅうほ高校二年生四百弱の生徒ひとりひとりが充分のくつろげるスペースを取れるほどに大きい会場にて出された夜飯のメニューは、ジャンルで言うところの会席料理だった。

 おぜんの上にグツグツと煮える小さな鍋、魚の煮付け、刺身、ハンバーグ、お吸い物、白米と漬け物、そしてデザートにパインが一切れ。かなり豪華で小食の極み乙男オトメンな俺は正直食い切れる自信がない。


「えー、白ご飯はおかわり自由。ポットのお茶を近場の人間と共有するように。それでは、合掌。いただきます」


 生徒指導の教師の音頭で、生徒全員が『いただきます』と手を合わせる。皆、待ちに待っていた夜食に心底幸せそうな表情で食事を始めた。

 何様って感じだけど料理は普通に美味しく、危惧していたお残しも何とか切り抜けられそうだ。しかし食事開始五分ほどで野球部と思しき坊主軍団が一斉に白米のおかわりに向かったのには驚いた。

 そしてそれに続くように多くの運動部であろう生徒たちがおかわりに席を立ち始めた。もちろん運動してないの丸わかりなデブもそうなんだけど、やっぱり男子高校生ってよく食うんだな。夏休みに華一が目を丸くしていたのもわかる。俺全然食わなかったもんね。

 

「ねー、綾ぉ。これ食べてくれない?」

「はぁ〜? 何でだよ好き嫌いは良くないよ緋那ひな

「えぇ〜。だって私アレルギーなんだもーん」

「嘘つけっ!」

「イッター! もう! 綾ケチぃ!」


 奥の方から馬鹿デカい声量で俺の耳に届いてきたその会話。聖柄と四十物矢だ。

 よくよく見てみれば、六組の陽キャグループは先の奥側に固まっている。その中で聖柄が一番壁際であり、その横に四十物矢が陣取り、そこからズラッと女子が並んでいる形だ。聖柄の目の前には諏訪、その横には初〆しょしめといった並びで男子が続く。

 あの席順はきっと四十物矢セレクトなのだろう。四十物矢が明日告白予定で、今日聖柄の横に座っているというのは、まさにいかにもといった感じだ。


「じゃあ、綾のパイン代わりに食べてあげる! これでいいでしょ!?」

「ダーメ。おれだってパイン食べたいもーん」

「あー、私の真似しないでよぉ!」


 猫撫で声で聖柄の腕を掴む四十物矢。一度フラれた相手によくもまぁそこまでアピールできるなぁコイツ。面の皮厚過ぎて周りからの目に気付いてないよ。

 前まで四十物矢はただのモブっ娘だとしか思ってなかったけど、こうして改めて見てみると結構自己顕示欲が強いんだな。

 いやと言うよりも、元は自分よりも輝いている存在が多かったからそれを隠していたんだろう。

 春夏秋冬も定標じょうぼんでんもいなくなった今、スクールカーストトップに立つのは流れとして四十物矢で必然なわけで。だから今春夏秋冬に対して嫌がらせをする人間の筆頭に立っていても、それはおかしな話ではないわけで。

 あー、早く明日にならねぇかな。復讐が上手くいった時、四十物矢がどんな表情を見せるのか。今から楽しみで楽しみで眠れない気がする。

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