No.20『地元就職万歳』

 バスの中では休む暇なく引っ切り無しに華一と籠目が話しかけてくれていたおかげで、バス酔いすることもなく空港まで到着した。

 しかしながら問題はその後の飛行機。滑走路から急加速し、その勢いそのまま一気に飛び立つあの瞬間からゲロ袋を持っていたのは俺だけだった。

 この地から足が離れている感覚が絶妙に気持ち悪いんだよなぁ。将来は飛行機に乗って長距離移動しないといけないみたいな仕事には絶対就きたくない。地元就職万歳。

 話は変わるが、本日劉浦高校修学旅行一日目の予定は全て移動である。学校集合し、バスで空港まで行き、飛行機に乗って東京の羽田空港に降り立ち、栃木県日光市にあるホテルまで再度バスで向かう。

 今が十二時少し過ぎたくらいだから、ホテルに到着するのは十七時とかそれくらいになるはずだ。栃木に空港ありゃ直行出来んのになぁ。

 みたいなことを落ち着いて考えられるようになったのは、飛行機から降りて東京から栃木へ向かうバスが高速に入ったくらいだった。バスの中で、飛行機の中で考えるべきことを考えていた。

 ちなみに羽田でクラスごとに集まった時、担任から『穢谷、来てたんだ』と言われた。ちゃんとバスん中で点呼しろよ。あと五組の担任もちゃんと連絡しろよ。


「穢谷くん……」


 空港までのバスや飛行機などの移動で疲れたのか、現在車内は寝静まっている。それを見計らっていたかのようにてのひら学級委員長様が前の席からひょこっと頭をのぞかせた。


「おー、てのひら。おはよ」

「あ、うん。おはよう、かな? ちょっと朝の挨拶するには時間過ぎてる気もするけど……。もしかして寝てた? だったらごめん、起こしちゃって」


 とひとり話を膨らませ、謝罪してくる掌。相変わらず人に嫌われることを極度に怖がるヤツだ。ホント学級委員には向かない性格だよな。


「……でも良かった。ちゃんと来てくれて」

「なんで? 俺そんなサボりそうだった?」

「あっいや違う違う! そうじゃなくて、ほら、あのツイートの件でさ……」

「あぁ。なるほどな」


 一週間前。誰かもわからない劉浦高の生徒に俺と春夏秋冬が一緒に歩く後ろ姿を盗撮され、付き合っていると確実な証拠もなくツイートされてしまった。

 まぁ実際付き合ってるから当たってはいるんだけど、本人はどうせそんな可能性は一切考えていなかったんだろう。

 よくも知らない仲良くもない人間を隠し撮りし、信憑性に欠ける情報をネットに放出する。その結果どうなるかを考えることが出来ない馬鹿だったからこそあんなふざけたことが出来るのだ。

 結果として、そいつは生徒指導の対象となり、現在も自宅謹慎を強いられているそうだ。二年生らしいけど、修学旅行行けなくて災難だな。


「今時は先生たちも大変だよなー。ネットパトロールだっけ? ツイッターとかインスタもしっかり確認してるらしいし、指導する側も昔と今じゃ仕事量が違うだろうな」

「そ、そうだね。教師とか大変そうだよね」


 自分から話しかけといて何故かちょっとばかり余所余所しい掌。ちょっとやめてよねー、女の子にそんな態度取られると陰キャは死んじゃうんだからー。繊細に扱ってやー。


「朱々も来てくれてるし……ホント良かった」


 掌の視線の先には、耳にイヤホンを刺して窓の方を向き、目を瞑る春夏秋冬の姿があった。

 もちろん春夏秋冬は来るに決まってる。なんて言ったって一週間練りに練った作戦を実行する復讐学旅行なのだから。

 しかしそれを知らない掌の口振りからは、俺たち二人がもしかしたら修学旅行ドタキャンするんじゃないか的なニュアンスが含まれている。きっと掌は付き合っているとツイートされたことで俺と春夏秋冬が傷付いて、もしくは俺と春夏秋冬がそのことを気にして、修学旅行に来ないんじゃないかと心配していたのだろう。

 てのひらさざなみは、もはや学級委員だからという理由だけでは説明がつかないほど周囲に対して目を配らせている。

 そこに学級委員としての使命感なんて存在していない。無言の強制力に動かされているだけだ。

 でも掌がやっていることは誰かがしなくてはいけないことでもある。掌が犠牲になっていなければ、他の生徒が掌の位置に就いていたのだから。

 やはり世の中は犠牲や下の人間がいるから成り立っているのだろう。

 俺が掌に返事を返さないでいると、掌は『ごめんね、起こしちゃって!』とだけ言って前に向き直った。別に寝てたわけでもないけど、こう言われたら寝とかないと悪い気もする。

 それに喋り相手がいない今、俺はいつ酔いに酔いまくってもおかしくないのだ。目を瞑って到着を待つに限る。

 俺も何か音楽を聴きながら睡眠を取ろうとスマホをイジっていると、一通のメッセージが送られてきた。送り主は春夏秋冬だ。アイツ、起きてたのか。


『ホテルに着いたら、ちょっと作戦会議したいからどこかに集合ね。場所は後から連絡するから』


 了解と短く返信し、俺はそのままホテルまで目を瞑っていた。




 △▼△▼△




 鬼怒川のホテルに到着すると、早速寝る班ごとにキーを受け取り、部屋へ向かった。俺の寝る班は、クラスの基本無口系陰キャと仲間内ではよく喋るんだけど陽キャの前では黙っちゃう系陰キャ二人組の俺を合わせて計四名となっている。

 要するに余り者たちというわけだ。喋りかけられることもないし、俺が喋りかけることもないから可もなく不可もなくで不満はゼロ。実に平和だ。

 荷物を部屋に置いた俺は、一応班員のひとりにちょっと出てくるとだけ伝え、部屋を後にした。そして春夏秋冬から送られてきた待ち合わせ場所、ホテルの外にあるコンビニへと急ぐ。ホテル内で会うのは色々とまずいだろうという計らいだ。

 これから晩飯の時間までの約一時間ほどは自由時間となっているので焦って走る必要もないのだが、知らず知らずのうちに俺の足は急ぎ目になってしまっていた。

 ホテルを出て一分とかからずにコンビニに辿り着いた。コンビニの前には既に春夏秋冬が待っており、俺に向けて小さく手を振ってくる。


「よっ、お疲れ」

「ホント、バス乗り間違えたのは疲れたよ」

「こっちだって穢谷休みなんじゃないかって超心配してたんだからね? せっかく穢谷と私で考えた復讐作戦も穢谷がいないんじゃやる気にならないし」

「そりゃ悪かった。んで、その作戦のことで話あるんだっけ?」


 俺が問うと、春夏秋冬はこくりと頷いてコンビニの中へ入っていく。俺もそれに続く。


「確実な裏が取れたのよ。それでちょっと連絡ついでに会っときたかったの」

「あぁ、なるほど。確実な裏ってのは、四十物矢あいものやか」

「当たり。て言うかまぁ、予想通りの日だったわ」

「二日目、東京の夜か……」


 今回、俺と春夏秋冬が考えた四十物矢への復讐作戦はズバリ、聖柄ひじりづかへのである。

 これは春夏秋冬が四十物矢とまだ仲良かった時に聞いていた情報であり、この作戦で四十物矢を辱めることになりそうなポイントは二つ。

 ひとつは大勢の前で告白しなければならない点。そしてもうひとつが重要――その大勢の前でフラれるという点。

 大勢の前と言うのは俺たちが呼び寄せる劉浦りゅうほ高修学旅行生共々のことで、告白のタイミングで呼び出すため一週間前、俺と春夏秋冬で『劉浦高bot』なるツイッターアカウントを制作した。

 このアカウントから劉浦高の生徒を片っ端からフォローしまくった結果、半数以上の劉浦高二年生をフォロワーにすることが出来た。

 あとは告白するちょっと前に『聖柄が告白される』的なツイートをして、物好きな生徒たちを告白現場に集めさせる。これで舞台は揃った。

 大事なのは、そこでフラれるという部分だ。以前夏休みに告白した際は一応二人っきりという状況だったが、今回は違う。

 たくさんの目がある。フラれてしまっても、涙ながらに立ち去るなんてクサいことは出来ないのだ。それに二回目だから普通に気まずいだろうし。

 聖柄に関しても、確実に四十物矢の告白に首を縦に振ることはない。アセクシャルであるアイツが人を好きになるはずが、なれるはずがない。その上ぐう聖の聖柄は好きでもない人間の告白にオッケーはしたくないとも抜かしていたしな。

 二回目だからとかそんなに好いてくれるなら仕方なくとか、そんな生やさしい男じゃないのだ。

 世の中の正しいことを追求し、正しくないことには手を染めない。それが聖柄ひじりづかりょうという男なのである。

 要するに今回の復讐作戦は、四十物矢あいものや緋那ひな聖柄ひじりづかりょうへの告白を大勢の前で行わせ、加えてフラれるというものとなっている。


「ふっふっふ……楽しみね。あの女が一体どんな反応するのか」

「春夏秋冬、すげぇゲスな顔になってるぞ」

「ゲスで結構よ! 今まで私のことコケにしまくってた四十物矢緋那に仕返しできるならね!」


 声高々に自分ゲス宣言をする春夏秋冬。

 華一と籠目が言っていた笑った顔超クズいって、こんな感じなのかな。だとしたら、俺相当ひどい顔してたんだろうなぁ。

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