第4話『おれで、本当にいいの?』

No.19『バス乗り間違えたのはマジでやらかした』

 修学旅行というものは、字の通り学びを修める旅行だ。

 本来は旅先でその地域特有の様々な文化、伝統、歴史を学び、さらに集団行動することで周りを見る力、周りに合わせる力を鍛える旅行なのだ。

 だから例えばネズミが取り仕切るドリームカントリーやCMラストの『わぁお……!(吐息多め)』が印象的過ぎるテーマパークなどが修学旅行の目的地として予定されていなくても、生徒側が文句を言うのはナンセンスなのである。

 もちろん俺レベルになると修学旅行が大して楽しくなさそうな行き先であろうと、何ひとつ文句は垂れない。そもそも旅行が好きじゃないし、過去二回の修学旅行に楽しかったという思い出が全くないからな。

 小学生ん時は班員の荷物持ちさせられてたし、中学ん時に至っては何故か一切記憶が無い。多分相当俺にとって中身の感じられない旅行だったのだろう。


「あひゃひゃひゃひゃ!! バス乗り間違えてそのまま点呼まで寝てたとかwww! ヤバいって、腹壊れる……!」

「修学旅行初日から飛ばしてんねぇ穢谷くんっ! ギャグセン高過ぎ高杉くんか!」

「うるせぇな……。あんま目立たせないでくれよ。ただでさえ五組ん中にひとりアウェーで肩身狭い思いしてんだよ」


 過去二回の修学旅行を思い返している最中にも、この華一かいち籠目ろうもくの二人はずっと俺のことを馬鹿にして大爆笑していた。

 そう、何を隠そう俺は今日修学旅行初日。乗るバスを間違え、さらにそのままバスが出発し、五組の中にひとりだけ六組の陰キャがいる状態と化してしまっているのだ。

 

「いやマジで点呼の時の穢谷くんのキョドッた顔写真撮りたかった〜w」

「すぐにでも降りて六組のバスに乗り換えるべきだった……」

「まぁでも今日のバス出発順、九組から一組だから例え降りたとしても、もう六組のバス行っちゃってるけどね」

「え、マジで?」

「そうだよー。もし降りてたら四組以降のバスに乗らなきゃだったんだからね。まだイジってくれるウチらいるだけ五組でマシっしょ!?」


 まぁそれは確かにそうですけども。四組以降のクラスに友達とかいないし、そもそも二年の他クラスではコイツらとたたりくらいしか知り合いいないし。

 ったく……珍しく早く起きて学校来たらほとんど人がいなくて、んで先にバスの席陣取っといたらこれだもんな。柄にもなく早起きなんてするんじゃなかった。

 一番後ろの席でおどおどしてた俺のところへ、華一と籠目がこっちに移動してきてくれたことには実は結構精神的に救われているわけなのだが、コイツらに言うとまた面倒なことになりそうなので黙っておこう。


「ちょい二人ともうるせぇってー……俺ら男子みんな昨日寝てねーんだよ」


 とそこで前の席に座る量産型爽やか風イケメン、来栖きす鯛兎たいとからわーわー五月蝿うるさい二人にクレームが入った。


「えーなになに、修学旅行楽しみ過ぎるあまり寝付けなかったん?」

「んにゃ、男子みんなで昨日からこの修学旅行中に一度でも寝たヤツは全員分のジュース奢りってゲームやってんの」

「あはは、馬鹿だねー。それ絶対後々いや俺は寝てない、先にアイツが寝たとか言い合うヤツじゃん」

「ちょ、夏込かごめそれは言っちゃダメなヤツだって! あ、穢谷もどう? やる?」

「いや丁重に全力でお断りさせていただく」

「だよなぁ〜。知ってたわー」


 それなら一々聞くなよ。

 そして籠目の言う通り、そのゲーム絶対勝敗が有耶無耶になって終わる。旅行でただでさえ体力使うってのに四徹は絶対無理だろ。

 それに静かにしてほしいってことは、それお前寝る気だろ。意思が弱ぇ、一徹ならまだ頑張れよ。

 俺が心の中で一通りツッコミを入れると、華一は来栖が望んでいたであろう声のボリュームよりもさらにぐんと下がった状態で囁いてきた。


「いやぁ〜でもまさか穢谷くんと朱々が付き合うとはねぇ」

「お前ら、散々イジってきてたじゃねぇか」

「それはそうなんだけどさー。いざホントにそうなるとビビるよねw」

「ウチらもう二人をくっつけた仲人なこうどと言っても過言じゃないよね!」

「いや全然過言だと思うぞ。過言であることに自信持て」


 まぁ冷やかしが仲人の仕事なら話は別でしょうがね。

 しかしなぁ、コイツらにバレたのはマジでミスだよなぁ。あそこですぐ電話を切ってればバレることもなかったのに。

 俺と春夏秋冬の会話を聞き、付き合っていると勘付いた二人の猛攻に折れた俺は、結局この二人に春夏秋冬と付き合っていることを明かした。もちろん春夏秋冬の許可も得てだ。

 根掘り葉掘り聞かれるとうざったいので、その日は付き合っていると白状した後、ブロックして着信とスタ爆の脅威から逃れていたのだが……。


「ねーねー、どっちから告ったん?」

「ん、まぁそれは俺から」

「穢谷くんやっぱり朱々のこと好きだったんだね。まぁ朱々も然りだとは思うんだけど〜」

「いや好きだったっつうかー」

「もう手は繋いだっ!? ちゅーした!?」

「はっ、よもやその先までぇ〜?」

「…………」


 今こうして質問攻めされてしまうとそれも意味が無かったように感じる。バスから降りたらブロック解除しておくとしよう。

 そして冗談で言っているつもりなんでしょうけどね、その通りその先までいってるんですよ俺と春夏秋冬。

 と言うかむしろそれキッカケだったわけで。俺があの夜、春夏秋冬からの頼みを断っていればこうはなっていないわけで。


「ま、二人の進展具合は旅行明けにじっくりねっとりと詳しく聞かさせていただくとして……。穢谷くん、復讐とやらはどうなってるの?」

「おお……っ! 夏込は〜ん、そこに切り込むなんてさすがやなぁ」

「もちろんやで匁はん。こういうのは切り込んだもんガチなんや〜」


 華一と籠目がさらに声のボリュームを落とし、ニヤッと口の端を歪めながら相変わらず進化が止まらない伝統芸を見せつけてきた。

 ホントいつ見ても変わってるんだよな。全然伝統語り継げれてねぇし。


「そこに関しては、お前らには詳しくは話せねぇな」

「えー! なんでさぁケチンボ!」

「ケチンボw! 聞かね〜w」


 華一のむくれっつらから飛び出したきょうび聞かないワードにケラケラ笑う籠目。


「お前らが俺と春夏秋冬と繋がってるってもしバレたりしたらヤバいだろ?」

「そうだねー。ウチらもドロップアウト確定だね」「それだけは絶対ヤダから絶対復讐計画はウチらに話さないでよね穢谷くん!」

「手のひら返しヤベェな……」


 聞いてきたのそっちじゃん。理不尽極まりねぇ。

 まぁでもそのはっきりとした線引きはこちらとしても有難い。

 華一と籠目の掲げる人間関係構築におけるモットーは広く浅くだ。それはコイツらのことを俺が気に入ったキッカケでもある。

 最初ハナから自分たちの利益だけを考えて接してもらうと、こちらもそれ相応の対応が可能なわけで。そもそもこの二人の仲の良さに介入しようとは思えないし。


「でもまあ詳しいことは言えねぇけど、多分面白いことになるぞ」

「「笑った顔超クズいね」」


 そんなこと言われたのは初めてで、何とも言えない気持ちになりました。

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