No.7『春夏秋冬宅へ』

 結局春夏秋冬がその日、学校に来ることはなかった。学校側に春夏秋冬から連絡が来ることもなかったらしく、謎の欠席扱いになってしまった。

 今朝のニュースの件もある。少し心配になった俺は放課後、春夏秋冬宅へ向かうことにした。自転車を漕ぎ、自分の家を通り過ぎ、その先の方にある春夏秋冬の家へ。

 初詣のデート以来直接会ってはいないが、ラインしたり電話したりで意思疎通はしていた。昨日の夜までは至って通常通りと言った様子だったのだが……。果たして何が理由で休んだのやら。

 とにかく聞いてみるしかない。春夏秋冬の家の前まで辿り着いた俺は自転車を止め、チャイムを鳴らす。すると。


『はい……ん、穢谷っ!?』

「よー」


 春夏秋冬はカメラで俺の姿を確認し、何やら少し驚いたような声音を出した。すぐに扉の奥からトタトタと小走りしてくる音が聞こえ、扉の鍵が解錠される音がする。


「入って……」

「え、あ、おう」


 扉は人ひとりが入り込める程度で、春夏秋冬の姿が見えるまでは開かれなかった。そこから手だけがにゅっと飛び出し、俺の腕を掴んで中に引き込む。

 ちょっとだけ久しぶりな春夏秋冬家玄関には、春夏秋冬がやけに深刻そうな顔で立っていた。


「穢谷、どうしたの」

「いやどうしたのはこっちのセリフなんだけど。お前こそ今日なんで休んだんだよ。学校に連絡もせず」

「……来て。なるべく物音立てないように」


 春夏秋冬は人差し指を口に当てて言い、奥のリビングの方へゆっくりと歩いていく。何故静かにしなくてはいけないのかよくわからないが、俺は足音を立てないようそっとついて行く。


「あの人、朝からずっと家の前で張ってたのよ」

「張ってる……?」


 春夏秋冬が窓のカーテン越しに指差す方向には、電柱の陰に隠れて周囲を窺う白髪混じりの初老らしき男がひとり。カメラを肩から下げ、時折この家をジッと観察するように見つめている。


「多分、雑誌記者とかだと思うの。朝のニュース見たでしょ?」

「あぁ。それが何か関係して休んだのかと思って今日来たんだけど、こういう理由か」

「うん。あの人はきっと父さん……あの男が来るのを待ってるんだろうけど、もうこの家には帰ってこないし。私がこの家から出て変に記事書かれるのも嫌だし」


 鬱陶しそうに外の男を見つめる春夏秋冬。記者も大変だな。朝から夕方のこの時間帯までずっと張り込みなんて、根気強いの域超えてる。


「でも、やっぱり穢谷には来ないよう連絡しておくべきだったわね。ここに入っていったの見られてただろうし写真とか撮られてたりしたら、どんな記事書かれるか……」

「まー別に大丈夫だろ。こんな誰かもわかんねぇどこぞの馬の骨が記事に載せられたとしてもスクープにはなんねぇって」

「バカ、誰かもわかんないどこぞの馬の骨だからこそ逆に謎の人物としてスクープになっちゃうんじゃない!」

「あー、なるほど……」


 誰かわからない不詳の人物だからこそ逆に野次馬共を燃え上がらせてしまうと。でも話題の男の家に足を踏み入れる謎の高校生、的な記事書いても正直世に需要があるとは思えない。俺だったらそんな見出しの雑誌買わない。


「まぁもう来ちまったもんはどうしようもねぇよ」

「そうね。どうしようもないわ……ホントごめん」

「いや謝んなくて良いけど。もし記事にされたとしても、流石にモザイクとかかけられるだろ?」

「どうかしらね。一般人だからって容赦なく顔晒す雑誌だったら、モロ撮られた写真まんま載せられちゃうかもよ」

「なに!? それは、嫌だな……」


 そんな風に結構ガチで心配になっていると、突然チャイムが鳴り響いた。チャイムはいつだって突然なわけなのだが。


「穢谷見て。外の男っぽい」

「マジかよ」


 春夏秋冬がインターホンのカメラに映っている男を指差して言う。先程まで男が隠れていた電柱をチラッと見てみると、確かにそこにはあの男はいない。どうやら間違いないようだ。


「ついに直接取材に踏み込んできたわけかー」

「他人事ね……。だいたい穢谷がうちに来なければうちに入ってったの見られることもなかったし、中に誰かいるってバレることもなかったんだからね。もう出るしかないじゃない」


 不満げな顔で俺を睨む春夏秋冬。そんなこと言われてもなぁ、お前のこと心配だったし。そうなる可能性があるってわかってたんなら、最初ハナから居留守使って俺を入れなきゃ良かった話なんじゃねぇの?

 俺のぶすくれた表情には目もくれず、春夏秋冬はインターホンの通話ボタンを押して口を開く。


「はい、どちら様ですか」

『すみませーん。春夏秋冬朱々さんいらっしゃいますか?』

「……私ですけど、何か?」


 怪しんでる感を隠すことなく春夏秋冬が若干喧嘩腰に問うと、何故か相手側は声のトーンを上げてきた。

 

『あ、やっぱり朱々ちゃんだったのか!」

「やっぱり? あなた、私のこと知ってるんですか」

『あーいやごめんなさいね勝手に盛り上がっちゃって。実は私、雑誌記者をしてるものでしてね。昔お母さんのShikiさんと結構仲良かったんですよ』

「はあ」

『それで出産後のインタビューとかもやったことありまして、朱々ちゃんのことも何度か抱っこさせてもらったことあって。勝手に親近感湧いてたんですよ、すみませーん』


 白髪混じりの初老記者は、へこへことインターホンのカメラに向かって頭を下げる。人柄の良さそうな雰囲気だが、こちらには彼の言うことを信じる証拠が無い。もしかしたら嘘を吐いていて、上手いこと今朝のニュースの件を聞き出そうとしているのかもしれない。

 

「春夏秋冬、今の話を信じる必要はねぇぞ」

「わかってるわよ」


「あなた、朝からうちの前にいましたよね。なんで今になってピンポン押したんですか?」

『ありゃバレてたかー。本当は朱々ちゃんのお父さんにちょっとお話聞きたくて張ってたんだけどね、学ラン着た男の子が家の中に入っていくからさ、もしかしたら朱々ちゃんいるのかもって思ってピンポンしちゃったんだー』


 たははーといった感じで笑う初老記者の言う朱々ちゃんのお父さんという言葉に春夏秋冬は痛々しい顔をして聞いていた。春夏秋冬のお父さんは実際にはお父さんではない。幾多の男と夜を共にした春夏秋冬の母親とその幾多の男たちの中の誰かとの子供が春夏秋冬朱々なのだ。

 よって今ニュースで話題になっている、この初老記者が取材したいと思っている男は、春夏秋冬と血縁関係がないのである。春夏秋冬がそんな父親もどきから聞いた話によれば、Shikiが妊娠し、枕営業がバレないように偽装で結婚しておいたとのことらしい。

 枕営業の結果生まれた子で、自分とは血も繋がっていない子に対してよくもまぁ十年も金を使ってきたな。いくら偽装結婚の結果自分の子供に当たる人間であるとしても、酔っ払っていたとは言え、家から出て行けなんて言えてしまう相手に対してこんな長い期間育ててきた理由は何なんだろうか。


「父は今日帰って来ません。もう帰ってください」

『そっか……。じゃあ良かったら、Shikiさんの仏壇に手を合わさせてもらえないかな?』

「ごめんなさい。まだ私、あなたのこと信用出来てないので」

『家には上げられない?』

「はい」

『ハハッ、そっかそっか! 用心深くてイイね!』

 

 信用されていないという普通ならマイナスな気持ちになるはずの言葉に何故か楽しげな初老記者。


『それじゃあ、もうこの家に張るのはやめにするよ。時間取らせて悪かったね』

「いえ……」


 最後に胡散臭さまで感じるほど深々と恭しく頭を垂れて、初老記者は帰っていった。インターホンの通話切りボタンを押し、ソファにドサっと勢いよく座る春夏秋冬。その表情はどっと疲れが出てきている。


「はーあ疲れた。穢谷、肩揉んで」

「えぇ……まぁ良いけど」


 俺としては父親もどきのことについて少し話をしたかったのだが、やはり春夏秋冬にそういう話は切り出し難く、結局その日は肩揉みしながらちょびっとだけチョメることになった。つい数週間前まで童貞だった俺が嘘のようだ。

 今この時はとても幸せでこの関係を永遠に続けるんだと思っていたが、この関係が恋人として成り立っているのか、世間的に見て是か非か。青春素人な俺には到底想像することも出来ていなかった。

 でもそれは春夏秋冬も同じようなもので、母親を幼くして亡くし、唯一家族だと思っていた父親からの愛も受けてこなかった。それ故の、今の行いなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る