No.8『あけおめんどうごと』

 始業式から二日が経った今日も、ニュースやワイドショーでは例の春夏秋冬父親もどき枕営業強要疑惑で持ちきりだ。事務所がそれなりに大手なだけあって、この炎上が鎮火されるのはまだまだ先になりそうな予感がする。ちなみに事務所側はそんなことはさせていないの一点張りであり、強要させられたタレント側はニュースのインタビューなどに涙ながら答えるなどして世間の惻隠を掻き立てているのが二日経った現状だ。さらに言えばそれにより父親もどきへタレントファンたちからの反感が強まり、殺害予告も多々送られているらしい。

 俺個人の主観で言えば、強要させていたという春夏秋冬の父親もどきは過去にも春夏秋冬を産んだ今は亡き人気モデルShikiのマネージャーとして彼女の枕営業を見てきている。だから事務所の上層部に位置付けられている今、枕営業させているとしてとあまり不自然には感じない。

 ただまぁ実際そうなのだとしたら、事務所オリカープロモーションはおろかテレビ業界にも打撃が及ぶんじゃなかろうか。今は枕営業した相手の名前などは公表されていないが、もし明らかになればテレビ会社の威信に関わるだろうし。よく知らんけど。俺はテレビそんなに見ないからこの件に関してはどう転ぼうとどうでもいい。

 未だ冬休みモードが抜け切れず、授業中ほぼ寝ていたのに放課後になっても欠伸が止まらない俺が思考を巡らせながら下駄箱へ向かっていると。



『二年六組の穢谷葬哉は至急校長室に来てください』



 いつもの放送が流れ、俺は下駄箱に向かう足を校長室の方へとチェンジ。新年一発目のお呼び出しか。冬休み二週間何もなかっただけにとても久々な気がする。

 そしてこの放送に春夏秋冬が含まれなくなって実に二回目。その事実が少しだけ俺の中で寂寥感を掻き立てた。

 俺は校長室の前で一度立ち止まり、ノックをしてから返事を待たずに入った。と同時に机上に足を乗っけて週刊少年マガ◯ンを読み、ポテチを箸で食べている東西南北よもひろ校長の姿が目に入る。

 ピシッとしたスーツ姿なのに、こうもだらしないとせっかくのオトナでアダルト(同義)な美しい顔が台無しだ。


「やぁ穢谷くん、あけましておめでとう」


 俺の存在を認識し、足を下ろして軽く頭を下げる校長。俺も会釈で同じく新年の挨拶をしておく。


「あけおめです。今日は平戸さんいないんですね」

「あぁ。平戸くんには別のことを頼んであるからね」


 笑えないレベルでヤバいサイコ先輩は、いつも俺が呼ばれると大抵校長室にいるのだが、今回はおらず。別のことを頼んであるから、ということは今回の面倒ごとは俺ひとりでこなさなきゃいけないのか。


「新しい年になったわけだけど、今年の抱負は何かあるのかな?」

「考えてなかったですけど……例年通り平穏で平和に、ですかね」

「ふむ。ちなみに君、進路はどうするつもりなんだい? 正直言って例年通りだと大学とか専門学校は厳しい気がするが」

「そーですねー。俺は座右の銘『なるようになる』に従って、進路もなるようにならせます」

「なるほどねぇ。穢谷くんが将来どんな風になっているか、今から実に楽しみだよ。もし行く先が無いなら、わたしの下で生涯働くのも悪くないと思うよ?」

「ふっ、考えときますよ」


 不覚にも想像してクスッときてしまった。死ぬまでこの人にコキ使われるのも、報酬さえ貰えれば確かに悪くはないかもしれない。押し付けてくる面倒ごとは無理難題である事がほとんどだが、彼女ができて寛容な今の俺にはそんじょそこらの面倒ごとにも屈しはしない自信がある。


「というわけで将来の話はここまでだ! 今年もいつも通りわたしの面倒ごと……仕事を手伝ってもらう!」

「あの、もう別に面倒ごとって言っちゃって良いですけど」


 この人いっつも言い直してるけど、全然意味無いんだよなぁ。しかし校長は俺の言葉はフルシカトで言う。


「今回は、とある人々のメンタルケアをしてもらいたい!」

「……いつものことながら、驚くほどわけわかんないですね」

「まぁまずはこの住所に向かいたまえ。そこに君も知っている今回の面倒ごとの依頼者が待ってるから」


 へぇ、依頼者がいるのか……。これまでは学校関連のことかもしくは校長がどこから拾ってきたかもわかんない謎の仕事をさせられていたのだが、ここにきて初めてのケースだ。

 俺は校長からメモ用紙を受け取り、そこに書かれた住所を確認。東京都、港区……。


「え、東京!? 今から!?」

「もちろんだとも。安心したまえ、移動費はわたしのポケットマネーから出すよ」

「いや金の問題もそうなんだけど……今から東京行ってあれこれしてたら、こっち帰ってくんの超遅くなりません?」

「君のうち門限あるの?」

「全く無いです」

「じゃあ良いじゃん。明日は休日だし」


 いやまぁそれはそうなんだけどさ。夜の東京とか超怖ぇじゃん。こんなヒョロヒョロのカモそうなガキンチョが夜の大東京様に足を踏み入れた暁にゃ次の日シャブ漬け間違い無しだぜ(偏見が過ぎる)。

 俺が不満そうな顔を引っ込めずにいると、校長は渋々といった感じで口を尖らせて言う。


「仕方ないなぁ。それじゃ宿も手配しとくよ。これで良いかい?」

「最高級スイートでお願いしますね」

「急にがめついな……。まぁいいや、この際君が金を持っていても泊まろうとは思わない超エクスペンシブな部屋を用意してあげよう」

「おぉ、マジですか……」


 冗談で言ったつもりだったのだが、流石は金の亡者だ。校長のニヤッとした表情がイタズラ好きの子供の笑顔と重なり、今からどれほどレベルの高いホテルが用意されるのか不安だ。庶民は高級過ぎると逆に満足出来ないんですよ。


「ホテルの場所はおいおい連絡するから、穢谷くんはさっさとその住所に向かいなさい。依頼者を待たせることになるよ」

「依頼者って、誰なんですか。俺の知ってる人って言いましたよね?」

「あぁそうだよ。待たせると、多分君が後悔するだろうから早く行けと言ってるんだ。大人の言うことは素直に聞いてとっととほら行けっ!」

「んな邪魔者みたいな扱い方しなくても……」


 俺のジト目には目もくれず、校長はスマホでどこかに電話をかけた。おそらくホテルの予約だろう。

 校長は相手と電話しながら、俺に向かって万札を四枚手渡してきた。新幹線代、にしてはちょっと多めな気もするけど、残った分はお駄賃として俺のポケットマネーにするとしよう。

 俺は校長室を出て、下駄箱で靴を履き替え、自転車に跨り、駅を目指す。新幹線に乗るのは中学生の修学旅行以来だ。

 と言うか、もう二週間も経たないうちに俺たち二年生は修学旅行がある。確か予定では三日目辺りに東京も回るんじゃなかったっけ。別に修学旅行が楽しみなわけでも何でもないが、下見に行くという気分で行ってみるか。

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