第2話『こーいうヨゴレ仕事は先輩のボクに任せなさいw』

No.6『冬休みやっぱ短けぇよなぁ』

 正月というものは不思議なもので、本当にあっという間に過ぎ去ってしまう。コタツでぬくぬくしてテレビ見て餅食べて凧揚げして独楽こま回してたらすぐ冬休み終了だ。まぁ凧揚げと独楽は一切してないわけですが。

 とにかく新年になって超ハッピーあげぽよーなんて浮かれ気分でいるとマジ秒で正月が終わる。おおよそ二週間の冬休みは夏休みなんかよりも入念に予定を組み、悔いの残らないようにしなくてはいけない。

 しかしまぁ俺は例年通り予定なんて一切考えもせずダラダラ過ごしてきたせいで本日一月八日、劉浦りゅうほ高校始業式の朝を迎え、猛烈な憂鬱感に絶望寄りの苛立ちを感じていた。


「葬哉ー、今日昼で帰って来るんだよね?」

「だァらァ! 始業式終わったらすぐ実力テストあるから昼には帰らねぇって昨日から何回も言ってんだろ!!」

「あれ、そうだっけ。ごめんそれならお弁当用意してないや、これで買って」

「はぁー……了解」


 俺はため息を吐いて、お袋が財布から取り出した千円札を受け取る。朝っぱらからデカい声出してしまった、もうダメだ疲れた。学校行きたくない。


「……俺今日学校休むわ」

「そう。別良いけど、自分で連絡してね。あと千円は返却」

「へーい」


 うちの家族は親父もお袋も学校をサボることに関して何ひとつ咎めてこない。と言うかサボる以外にも学校関係のことはほぼ何も口出ししてこない。

 テストの点数も自分たちが何か言えるほど良い点を取っていたわけでもないという理由で怒られたことはないし、点数をわざわざ聞かれたこともない。この家に生まれて良かったー。ただ名前の葬るって字だけはつけるときに考え直して欲しかったよ。


『続いてのニュースです。大手芸能事務所、オリカープロモーションに勤める所属タレントの複数名が枕営業を強制させられていたことが明らかになりました』


 学校に電話しようとスマホのロックを解除したところで、テレビからそんなニュースが流れてきた。という普通だったら聞き慣れないはずなのに、少しだけ親近感の湧くフレーズが頭の中で反芻する。

 ニュースキャスターの読む原稿に寄れば、昨日オリカープロモーションの所属タレント数名が事務所のお偉いさんからテレビの上層部の人間と肉体関係を持って自分を売ってくることを強制させられていたとSNSで発信したそうだ。

 これだけの内容ならふーんと流せるようなものだったが、残念ながら俺はそうすることは出来なかった。その強制をさせた事務所の人間というのが、人気モデルShikiの元マネージャーの男だというのだ。つまり、春夏秋冬を泣かせたあの父親もどきなのである。


「へー、ヤバイね。めっちゃ大スクープじゃん」

「うん」

「あれ。て言うか人気モデルShikiの元マネージャーって、春夏秋冬ちゃんのお父さんじゃない!?」

「うん……」


 お袋も時間差でその事実に気付いた。ニュースの映像では顔にモザイクがかけられ、音声が加工された女性数名がインタビューに答えている。中には涙を流しながら嗚咽混じりに訥々と話す者もいた。

 ニュースの続きを見てみると、枕営業の強制に限界を感じた所属タレントたちが結集し、全員で昨夜SNSに書き込みをしたらしい。対して事務所オリカープロモーションはそのようなことは事実無根、でっち上げだと反抗しているとのこと。


「俺、やっぱ学校行くわ」

「あら珍しい。じゃ千円あげる」


 俺はスマホを閉じ、ショルダーバッグを肩にかけて玄関へ。お袋の見送りを受けて、俺は自転車のペダルを漕ぐ足に力を込めた。




 △▼△▼△




 自転車通学の俺はヒョロい見た目の割には足の筋肉が付いているつもりだ。サッカーとかちゃんとやればかなり飛ぶはずだし、徒競走だって本気出せばもっと早いはずなのだ(小物感)。

 しかしながら最終的にはそもそも運動音痴という問題が生じてしまう。運動音痴がいくら筋肉を付けようと、スポーツは上手くならない。何故ならば、運動音痴は大抵筋肉の動かし方を知らないから。

 ここでこういう身体の使い方をするんだ、ここの筋肉を使うんだということを運動得意なヤツはスッとフィーリングで理解出来るが、我々運動音痴にはそれが出来ないのである。まぁ練習してもないのに出来るわけないって言ってしまえばなんだってそうなんだけど。

 俺は学校に到着し、自転車置き場にママチャリを置いて靴箱に向かう。春夏秋冬の靴箱にはローファーが入っていない。まだ登校してきてないようだ。


「「穢谷くん! ましでとしもしく!!」」

「……うん、それを言うならあけおめことよろな。お前ら変なとこ省略しちゃってるから」


 背中側に位置している五組の靴箱から響いた声に、俺は振り返る。案の定華一かいち籠目ろうもくの二人だった。俺が冷めた目で二人の挨拶にツッコミを入れると、二人はおぉと感心したような声を出す。


「すごい、このネタが通じたのは穢谷くんが初めてだ……」

「大抵の人にポカンとした反応されちゃうもんねー」

「でしょうね」

「去年の鯛兎たいとは一番ひどかったね。ポカンどころか知ったかして同じように返してきんだよ」

「それはお前らのノリに乗ってあげたんじゃ……」

「「だとしてもウチらの求める返しじゃないっ!」」


 んな理不尽な……。量産型爽やか風イケメン来栖きすよ、強く生きるんだ。


「まぁとにかく今年も楽しくやってこうね穢谷くんっ!」

「三年は同じクラスだと良いね〜」

「気が早ぇよ」


 三学期始まった瞬間に三学期終わった頃にしそうな話してやがる。華一と籠目と共に二年の教室がある一棟三階に上がり、二人は五組の、俺は六組の教室に別れた。

 六組の教室は冬休み前と何ら変化はない。定標じょうぼんでん四十物矢あいものやがいて、諏訪すわ初〆しょしめにちょっかいかけてるのを聖柄ひじりづかは笑いながら見ている。てのひらが学級日誌を書いていたり、朝からスマホゲームに勤しむ男子数人組がいたり、実力テストの勉強に励む女子がいたり。

 まさに『THE・日常』な風景だ。平穏で平和な、良いこともなく悪いこともない安息の空間。とまではいかなくとも、この教室にいる人間たちが自分の腹黒を暴露したひとりの少女に対して寄ってたかって嫌がらせしているとは思えない。

 春夏秋冬はそれを仕方のないことだと甘んじて受け入れているが、果たしてそれが正しい選択なのか否か……。

 俺はなるべく存在感を殺してそっと自分の席に座る。すると掌が俺のステルス性能を持ってしてもその存在に気付き、声をかけてきた。


「おはよう穢谷くん。あけましておめでとう」

「おぉ。あけおめ」

「……あの、さ。その、んーと」


 掌は何かを言いたげに口をもごもごさせる。俺はただただその後に続く言葉を待ったが、タイミング悪くHR開始を告げるチャイムが鳴り、担任の何たら先生が教室に入ってきた。


「はい号令〜」

「あ、起立!」


 掌は俺の方を向いていた身体を素早く前に直し、教室中に放送部仕込みのよく通る声を響き渡らせた。それによりクラスの連中はのそのそと立ち上がり、全員が席を立ったのを確認して、掌が続きの号令をかける。

 そうしてHRが始まると同時に、俺は教室左斜め前付近を一瞥。ひとつ空席がある。春夏秋冬はこの時間になっても登校してきていない。


「えっと……春夏秋冬が来てないのか。誰かなんか聞いてないか?」


 担任が教室を見回しながら問うも、もちろん答えるヤツなどいないわけで。と思った矢先、スッと四十物矢が手を挙げた。


「おっ、四十物矢、春夏秋冬からなんか聞いてる?」

「いや私は聞いてないですけど、穢谷くんなら何か聞いてるかもしれないでーす。二人ともすごく仲良しみたいだから〜」

「……」


 四十物矢の言葉にクラスがクスクスと俺にとって不愉快に沸いた。四十物矢は明らかな悪意を持って俺に振ってきたこと間違い無しだ。

 だけどあのアマ、こんな場でさっきみたいなこと言うようなヤツだったけか? いつもなら定標に『やめなよぉ〜』とか言うモブっ娘タイプだった気がするんだが。冬休み見ない間に悪い方へ性格チェンジしちまったか。

 

「穢谷、春夏秋冬が来てない理由知ってる?」

「……知りません」

「そか。んじゃとりあえず遅刻、と」


 俺の返答に対して四十物矢は楽しそうな表情でニヤついていた。クラスの連中も少しの間は俺のことでヒソヒソ話していたが、担任が日程の話をしだすと静かになった。

 それでも俺の腹の虫が収まりそうにないので、四十物矢のヤツにチャンスがあれば顔面一発入れてやることにしよう(絶対そんなチャンスない)。

 しかし、どうしていきなり四十物矢があんな俺を名指しで煽るようなこと言ったんだろう。今までならそのセリフは定標が言うはずのものだった。だが今の定標はいつも通り不機嫌そうな顔をして何に対しても興味無さげな態度を取っている。四十物矢の煽りに加担もしていなければ、面白がってもいない。完全に無関係キメこんでらっしゃるのだ。

 もしや、定標が春夏秋冬への嫌がらせをやめたことで今度は四十物矢が嫌がらせに積極的になってしまっているのか。

 だとしたら……キャラ変早過ぎねぇか。流石はモブっ娘、いくらでも変化可能だ。

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