No.5『はつもうでーと』
俺と春夏秋冬が付き合ってから二回目のセックスは、正直そこまではっきりとした記憶がない。
と言うのも、翌朝ソファの上で起きた瞬間、俺も春夏秋冬もえげつい頭痛に襲われた。おそらく二日酔いというヤツなのだろう。セックスをしたというアバウトな事柄は覚えているのだが、詳しい内容とか時間とかはあやふやなのだ。
齢十六にして酒の恐ろしさを知った。もう当分アルコールは飲みたくない。まぁ普通にしてりゃ未成年なんだし飲まなくていい話なんだけど。
起床したのは俺の方が早く、時計の針はもう少しで正午を指そうとしていた。ソファの背もたれと俺の隙間に窮屈そうに入り込んで眠っていた春夏秋冬を起こすとお互い激しい頭痛にふらふらしながら昼食も兼ねた遅めの朝食をとった。
スマホを見てみるとお袋から大量にメッセージが来ていたので、早く帰った方がいいと春夏秋冬に急かされ、その日は痛む頭を抱えてながら帰宅した。
「どこほっつき歩いてたのか知んないけど、連絡してよー! 超心配したんだけど!!」
家に帰った途端お袋からそうどやされた。口調が大して心配げではないのは何故なんだ。実はそんなに心配してなかっただろ。
「はいはいすみませんでした」
「……大丈夫? シャブ漬けにされてない?」
「いや俺キマってねぇから」
頭痛により暗い表情の俺を見て突拍子もない心配をするお袋。頭の痛い俺はテキトーに返事をして部屋に戻る。そうして俺は翌日の昼までぐっすりと眠ってしまった。
それから二日後のこと。街からクリスマスムードは消え去り、年末年始モードへと移り変わっていた。我が家もお袋が大掃除を開始し、ソファでゴロゴロしていると険しい顔をされてしまう。
だから俺は意味も予定も行き先もなく何となくで街に出ることにした。商店街の煩わしい『もーいーくつ寝ーるーとー♬』を右から左に聞き流し、正月飾りを見て改めて正月感に浸りながら、いつものファミレスで昼食をとる。
相変わらず
そんなことをひとり考えながらオムライスを頬張り、外をボーッと眺めているとスマホがバイブした。春夏秋冬からの着信だ。
「もしもし」
『あ、もしもし穢谷?』
「うん。そうだけど、どした?」
『元旦さ、一緒に初詣行かない?』
数日ぶりの春夏秋冬の口から出てきた言葉は、俺に思案と沈黙の時間を作らせた。しかしいつまでも口を噤んでいてもいけないので、とりあえず今思案していることをそのまま口にした。
「初詣か……人多いの嫌いだしなぁ」
『うん、言うと思った。私もそこまで好きじゃないし』
「だったら何で行こうなんて言ってきたんだよ」
『新しい年に初めて会う人を穢谷にしたいのよ』
「お、おう……なるほど」
すげぇ嬉しいこと言ってくれてるんだけど、ここまではっきり言われちゃうと照れる通り越して動揺しちまう。
てかコイツ、こういうこと言って恥ずかしがる時もあったり恥ずかしがってない時もあるし、羞恥の基準がわからん。いや、案外電話越しに照れてるとかワンチャン。
『それにこないだ
「まぁ、確かにそうだな」
結局あれからデートは出来ていない。だからホントに行くなら初詣が初めてのデートということになる。
初詣に一緒に行くことがデートになるのか否かは非常に議論点である気もするが、ここでそんな議論したくはないので初詣も兼ねたデートという意味も込めて『はつもうでーと』とでも言っておくことにしよう(上手いこと言ったつもり)。
『それじゃあ、決定ってことで大丈夫?』
「あぁうん。大丈夫だ」
『んじゃ時間とか待ち合わせ場所とかはまた後から送るから』
「はいよー」
『うん、またね』
春夏秋冬は別れの言葉を告げて電話を切った。俺はスマホを置いて改めてスプーンを握る。
初詣で初デート。何となく縁起がいい気もするし、人多いのも我慢するっきゃねぇな。俺だって春夏秋冬に会いたくないわけじゃないわけで。
「年末だってのに相変わらず辛気臭い顔してんなーって言おうと思ったんだけど、珍しく生き生きした顔してんな」
「そういう月見さんは年末もバイトなんですね」
「まぁなー。最近は全く合コン行けてないし、ストレスヤバいんだよ」
「まだ合コン行こうと思ってるんですか……」
俺の通う
ちなみに旦那さんには妊娠したと告げた瞬間逃げられたらしい、笑ってあげた方が良いのかどうかは定かではない。
「うーん。でもまぁ行きたいって気持ちは変わらないんだけど、理由がちょっと変わったかな」
「と言うと……恋を求めるのではなく、安定を求めるようになったとかそういう感じですか」
「うん当たり。よもぎのこといつまでもアタシひとりで育てていくのは金銭的にも無理だと思うし、しっかり身ぃ固めないとって思うんだよな。今でさえギリギリ切り詰めてやってるから、学校とか行かすってなったらヤバいだろ?」
「まぁ、今でギリギリならかなりヤバいでしょうね。ちなみに月見さんのご実家の方々って――」
そこまで言って俺は口を開けたまま固まってしまった。聞くなら聞くで最後まで言う、聞くべきか途中で迷うのなら最初から言わないのどちらかにするべきだったのに、俺は聞くのをやめてしまった。
一番最悪だ。月見さんが触れて欲しくなかった可能性だってある。と言うか、理由は違えど春夏秋冬の母親同様きっと実家と疎遠なのだと思う。二歳の子供がいてひとり必死に働いてその子を育てている娘をサポートしていない月見さんの実家がそれを証明している。
もし実家のことが月見さんに踏み込まれたくない話だったとしたら、俺は途中でそれに気付き問うのをやめてしまった――つまり気を使ったことが丸分かりになってしまったのだ。
ヤンキーなこの人なら何をしてきてもおかしくねぇ、怒っていないことを祈るばかりだが……。
「穢谷のクセしていっちょまえに気ぃ使ってんじゃねぇーよっ」
「イデッ……すみません」
「良いよ。別に嫌なわけじゃないから」
「そうですか、良かったです」
「うん。じゃアタシ、仕事戻るから」
そう言ってひらひらと手を振って厨房の方へと消えていく月見さん。嫌なわけじゃないとしても話してくれなかったということは、やはり話したい話ではないということなのだろう。
春夏秋冬の肉体関係を持った俺が言うのもなんだが、やっぱり他人を深く知ることは危険だと改めて感じてしまった。
△▼△▼△
春夏秋冬と初詣も兼ねたデートをすることが決定してからは、大して特筆すべきこともなく年は明けていった。結局お袋に大掃除の手伝いをさせられ一日潰したり、コタツに入ってTikTokとYouTube交互に見て一日潰したり、年末の特番見て一日潰したりと、完璧過ぎる自堕落な生活を送って新年を迎えることになった。#平成最後の冬休みマジ3150。
新年を迎える、それはつまり春夏秋冬とのはつもうでーとの日だということでもあるわけで。俺は珍しく元日の朝早くに起床し、お雑煮とおせちを食べて九時頃家を出た。
結局一々別の場所に待ち合わせるのが面倒という結論に至り、待ち合わせは参拝場所ということになっている。そして俺も春夏秋冬も人混み嫌いということから、近場の少し小さめの神社にすることにした。
家から歩いて三十分ほどの若干遠いかなと感じる場所に位置しているが、自転車や電車を使うような距離でもない。よって俺は歩きで神社に向かい、冬の朝の風をネックウォーマーに顔を埋めることで、気持ち逃れる。
待ち合わせ時間は十時なので、まぁまぁちょうど良い時間には辿り着けるはず。そう思って神社に行くと、春夏秋冬とほぼ同じタイミングだった。俺の来た方向とは別側からやって来た春夏秋冬は、俺の顔を見るなり小走りで駆けてくる。そしてニコリと柔和な笑みを浮かべて言った。
「あけましておめでと。今年もよろしく」
「おう。あけおめー」
春夏秋冬は濃い栗色のセーターにチェック柄のショートパンツと黒タイツ、靴は足首少し上くらいまでのブーツを履いている。首元はモコっとした白いマフラーが巻かれていて、全体的に暖かそうな印象を受ける。
うーむ、文句無しにお洒落で似合ってて可愛い。服装とは関係無いけど俺の好きなナチュ系メイクが特にポイント高いです。と言うか春夏秋冬のメイクはいつだってナチュラルメイクだと思うんだけど。
「そのリップ、最近買ったのか? 初めて見る色だけど」
「えっ、なんでわかったの……」
「おいそんな引き顔すんなよ。俺がリップの色気付いたらキモいか」
俺は純粋な気持ちで初めて見る春夏秋冬のピンクベージュの唇を指摘したのだが、春夏秋冬には何故か気持ち悪がられてしまった。女YouTuberのメイク動画とか暇な時に結構見てるから、何となくで知ってるだけなんだが。と言っても俺は基本日常が暇なので、この場合いつもと言った方が正しいかもしれない。
「あ、いやキモくはないけど。なんかせっかくメイクに疎い男子にバレるかバレないかのナチュラルメイクしてるのに、メイクしてるのバレてるならナチュラルの意味無いじゃん」
「いやでも春夏秋冬のは大抵の男は気付いてないと思うぞ。ナチュラルメイク上手いし、似合ってるし、俺も好きだし」
「あんたは一体誰目線で話してるのよ……」
ナチュラルメイク好きの男目線ですかねぇ。
「でもそっか。穢谷ナチュラルメイクが好きだったんだ」
「まーなー。でも結局アレだ、すっぴんと近いからメイク落とした時に幻滅しなくていいようにだけどな」
「それでもいいんじゃない? 詐欺メイクとか最近流行ってるし、そんなんに騙されるのなんてたまったもんじゃないだろうし」
「ちなみに春夏秋冬は出来ねぇの、詐欺メイク」
「出来るわよ、ちょっと前に練習してたから。私はしないけど」
「なんで?」
俺が首を傾げると、春夏秋冬は何食わぬ澄ました顔で当然のように言った。
「シンプルな状態で完成してるからよ」
「お、おぉ……」
ちょっと久々なナルシーっぷりに俺は若干戸惑ってしまった。確かに完成していると言やぁしてるんだけどさ、なーんで自分から言っちゃうかな。
「さ、行きましょ」
春夏秋冬が俺の手を引く形で、俺たちは神社の階段を上った。拝殿場所まで百段あるかないかくらいの階段に自堕落な生活を送ってきた俺はゼェゼェ息を切らす羽目になってしまったが、春夏秋冬の方は平気そうにしている。これが元陽キャとずっと陰キャの違いなのか。
賽銭箱の前には指で数えられるくらいの参拝客が列で並んでいるだけで、予想通り人混みは少ない。俺たちも列の最後尾に並び、賽銭箱が眼前にくるのを待った。
ネックウォーマーから口を出し、ふぅーと大きく息を吐くと、はっきりと可視出来る濃い白色の水蒸気が発生した。その行方を目で追うと、オレンジ色の朝日が徐々に白みがかってき始めているのが見えた。そんな光に照らされ、雑草に降りた朝霜が融解すると同時にキラキラと輝きを放つ。
そんな綺麗な情景を目に映しながら、隣に立つ彼女の手の温もりを感じ、不思議と身体の芯の部分が熱くなるような感覚に陥った。ツンと肌を刺激する冷たい空気さえも、清々しい気分にさせてくれているように思える。
程なくして俺たちの順番が回ってきた。春夏秋冬はお賽銭を投げ、鈴を鳴らし、しっかりと二礼二拍手一礼していたが、俺はテキトーに手を合わせて先に列から抜け出した。
遅れて春夏秋冬が賽銭箱の前から離れ、俺の方にトタトタ早歩きで寄ってくる。
「早かったわね。なんてお願いしたの?」
「何もお願いしてない」
「えぇ? なんでよ、せっかくお賽銭投げたのに」
「普段から神様を信仰してるわけでもないのにこんな時だけ神頼みするのも厚かましいだろ?」
俺は同意を求めるような口調で言ったのだが、春夏秋冬には眉を顰められてしまった。
「こんな時だからこそじゃない。一年何してるかわかんない神様にこういう時だけはしっかり働かせないとさ」
なるほど、そういう考えもあるのか。こんな会話、ガチで信仰心を持ってやってる人が聞いたら神様の侮辱ってことで怒られそうだ。
参拝を終えたその後、結局人の多い街まで出て、昼飯を一緒に食べてから別れた。もうあと数日寝起きを繰り返せば、三学期が始まる。高校二年生最後の学期になるのだ。
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