No.2『チョメった?』

 結局春夏秋冬はその日、かなり遅くまで我が家でダラダラと過ごしていた。ずっと帰りたくないとゴネていたが、お袋から俺にそろそろ帰宅するという連絡が入ったタイミングで誰もいないあの無駄に大きな家へと帰っていった。春夏秋冬に送っていこうかと問うも断られてしまったので、俺は丸一日ぶりくらいのひとりをリビングで満喫していた。

 どうやら俺は彼女という存在が出来た今でもひとりが好きなことに変わりないようだ。何とも頑固な性格だこと。ただ別に春夏秋冬と一緒にいる時間が苦痛であったわけではない。他人と共にいる時間が長過ぎると疲れるからあまり好まないだけで。

 しかしながら、昨日からほぼ一日春夏秋冬と一緒にいたのに、不思議とそこまで気疲れしていない。元よりお袋や親父のような身内とは別に長くいようが気疲れすることはなかった。それは俺がお袋と親父のことを信頼しきっているからだろう。信頼し、背中を見せることが出来る相手だからこそ気疲れしないのだ。

 だからつまり。俺は春夏秋冬とセックスして付き合うことになり、春夏秋冬をお袋と親父と同じで信頼しているのだと思う。俺にとってもう春夏秋冬朱々は気を使わないでいい、配慮のいらない人間となっているのである。

 本当に人間関係というものは驚くほど簡単にいくらでも変化する。たった一夜、ほんの数時間一緒に肌を重ね合わせただけで俺の中での春夏秋冬への信頼度は爆上がりした。逆に言えばたったひとつの何かがあれば、この気持ちは一瞬で萎える可能性だってあるかもしれないのだ。想像してみたら恐ろしいな。


「ただいまー! 葬哉葬哉ただいま! 春夏秋冬ちゃんは!?」


 春夏秋冬が帰宅して五分ほどが経った。四十三歳にしては甲高いキャピッた声で騒々しく帰宅を告げるのは、我がお袋穢谷けがれやまなこさん。春夏秋冬やその他みんな曰く、俺とお袋の顔は笑うほど似ているとのことだが、そこまで嫌ではない。と言うのも俺が中途半端なイケメンと揶揄される所以にもなっているわけで。


「テンションたっけぇ……旅行疲れゼロだな。親父は?」

「お父さん帰ってる途中で会社行っちゃったの。編集長からお呼ばれされちまったとか愚痴ってたよ」

「相変わらず社畜ライフ満喫してんなー」


 大学時代お袋の部屋に住み込み、バイトもせず、お袋にプロポーズさせたツケが回ってきたんだろうな。


「で、朱々ちゃんはどうしたの!? まさかもう帰っちゃった?」

「別にまさかとか言うほどでもないと思うけど、そのまさかだよ」

「えぇ〜、マジかぁ。……とか言って、実は部屋に隠れてたりして!」

「いやちゃんと帰らせたね。五分くらい前に」

「うわっ、もっと早く帰ればよかったぁ!」


 本心から悔しそうに嘆くお袋。なんでそんなに会いたがるんだろうか。俺はその問いをお袋に投げかけてみた。すると。


「高校生の男の子と女の子二人っきりでお泊りだよ? 何があったのか気になるじゃん」

「ん、俺の質問聞いてた? なんで春夏秋冬に会いたがるのか聞いてんだけど」

「葬哉と春夏秋冬ちゃん二人に質問攻めしたかったのっ!」


 ……なんだろうかこの滲み出る華一かいち籠目ろうもく感。思えばお袋は元ギャル(と言っても俺の勝手な予想)、陽キャの具現化華一&籠目コンビと通じるものがあるのかもしれねぇ。

 お袋はコホンとわざとらしく咳をして、ジッと真剣な眼差しを俺に向けた。


「というわけで春夏秋冬ちゃんはいないけど早速ですが……。葬哉、春夏秋冬ちゃんとチョメった?」

「チョ、チョメってねぇわ!!」


 俺はお袋からの問いに慌てて首を横に振る。高校生の子供ガキにヤッたか聞くなんてなんちゅー母親だ。日本の中でも稀も稀だ。かと言って海外じゃ珍しくないのかと言えばそうでもないだろうけど。


「なんでクリスマスパーティーから泊まる流れになったの? 朝の春夏秋冬ちゃんの話じゃ、春夏秋冬ちゃんだけ泊まったんでしょ?」

「うん。春夏秋冬も一二たちと一緒に一回帰ったよ。その後にうちに泊めることになった」

「だから〜、それがどうしてなのかが知りたいのよぉー」


 お袋は駄々をこねる子供のように間延びした声を出した。

 どうしてここに泊めさせることになったのかの理由か……。


「悪いお袋。それだけは、教えられねぇ……」


 その理由を説明するには春夏秋冬の涙について語る必要がある。春夏秋冬には付き合ったことを内緒にしておけと言われただけだが、もちろんこれだって言ってはいけないだろう。

 テキトーな嘘を吐けばいい話なのかもしれないけれど、こればっかりは嘘を吐きたくない。春夏秋冬のあの苦悩ではなく俺のでっち上げをお袋の頭に入れさせたくはない。理解してもらうのであればちゃんとした真実を知って欲しいから。比較的口が軽く、押しに弱い俺でもここは絶対に口を滑らせてはいけないのだ。


「ふーん……わかった。二人で秘密にしてることがあるんだ」

「あぁ。お袋にも、まだ教えられない」

「そう。それじゃあ絶対に誰にも言っちゃダメよ? 長い時間かけなくちゃ築き上げれない信頼も、たったひとつの小さなミスですぐに壊れちゃうからね?」


 お袋のご高説に流石はアラフィフ、生きてる年数が違うぜと言ってやろうかとも思ったが、ここはおふざけ無しでしかと心に刻んでおくことにした。俺が何も言わず黙っていると、お袋は『先にお風呂入るね』と言ってリビングを出て行く。


「最後に聞くけど、ホントにチョメチョメしてないのよね?」

「だァらしてねぇって!!」

「えー、別にしてても怒んないのになぁ〜」


 怒られるかもしれないことを関して案じてるわけじゃねぇのよ。親とそういう話をすること自体に抵抗があんのよ。


「ふふふ。お母さんは一二ちゃんでも春夏秋冬ちゃんでも、どちらでも構わないわよ。文句無しに可愛いし」

「結局そこかい」

「葬哉だって可愛い子好きでしょ?」

「そりゃまぁブスよりはな」


 俺がそう返すと、お袋は『ほらやっぱりー』とニヤニヤしながら言うだけ言って風呂場に行ってしまった。

 俺はすることも無くなり、ふらふらっと自分の部屋に戻ることにした。コンタクトを外し、昨日の夜春夏秋冬と肌を重ね、共に眠ったベッドに転がり、少しの間ボーッとしていた。そのうちうつらうつらしてきて気持ち良く眠れそうになっていたところで、俺のスマホが連続で振動し始めた。ラインやメールの類ではなく着信のようだ。

 昼間に春夏秋冬からスマホの通知をオンにしろとの命令を受けたので言われるがまま設定を変えておいたのだが、早速着信が来るとは。画面に表示された文字を、猛烈に悪い目を凝らして読み取ると『華一』とある。


「もしもし?」

『『おいっす穢谷くん!』』

「奥の方からもうひとり声が聞こえるな……籠目か」

『おっ、あったりー! 流石だねぇ』


 まぁ華一が籠目以外の人間とこんな時間まで二人っきりってのも違和感があるし。こっちとしても華一と籠目には何が何でも一緒にいてほしいし。


「んで? 何の用?」

『こないださー、ウチら裏朱々と話したいって言ったじゃん?』

「あー、そんなこと言ってたな」

『だから今度会いたいなーって思ってさ』


 裏の顔を暴露し、嫌がらせを受けている春夏秋冬に対してこの二人は誰にだって裏の顔がある、だから別に悪いとは思わないと言った。そして一度春夏秋冬と話したいとも言っていた。それは本心から今までとは違う裏の春夏秋冬と仲良くなろうとしているのかもしれないし、裏の春夏秋冬がどんな感じなのか知りたいという興味本位によるものなのかもしれない。

 まぁ別にどちらであろうと俺は構わないと思っている。春夏秋冬に味方が増えるということだけで良いとするべきだ。そんな今すぐ春夏秋冬が心を許せる大親友な存在が出来るわけがないのだから。


「俺は仲介役すりゃいいのか?」

『うん。出来ればお願いしたい!』

「オッケー。日にちは?」

『ウチら部活もあるからー、次の土曜日しか無理っぽいんだ』

「次の土曜ね。俺はいつだって良いけど春夏秋冬は……あ」


 俺は言いながらチラッと机上のカレンダーを見る。次の土曜日を確認した瞬間、すぐに思い返した。

 昼間、春夏秋冬と初デートの予定を合わせた。その日こそが華一の提案してきた土曜日なのだ。まさかのダブルブッキング(?)になりそうだ。

 残念だが今回は断るべきか……いやしかしこのタイミングを逃せば華一と籠目との会合は当分設けられそうにない。来年は高総体があるから二人もバレー部のマネージャーとしてしっかり働かされるだろうし。


「……昼前の少しの時間ならいけると思う」

『えー、少ししかダメなのー?』

『ていうか、なんで穢谷くんが朱々の予定知ってるんw?」


 奥の方から半笑いで籠目が鋭いとこに斬り込んできた。おのれ籠目め……いつだってちょっと抜けてる華一が気付いていないところに気付いて指摘してきやがる。指摘してきやがるって、早口で言えたらなんか疾走感あった気持ちいいな(どうでもいい)。


「そこはまぁツッコむな。土曜日の朝十一時、後から俺が送る住所に来てくれ」

『え、ちょ、待ってよまだちょっと打ち合わせとかしたいん』


 まだ華一は何かを言いたいようだったが、俺は容赦無くそこで通話を切った。気持ち良く眠れそうだった俺の未来を消してしまった華一と籠目には当然の報いだ(理不尽)。俺はいつも秘密の会合で使っている月見さんのファミレスの住所を華一に送り、再度ベッドに転がり込んだ。

 布団にはまだ甘ったるい匂いが残っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る