第1話『『ウチらは絶対味方だからね!』』

No.1『二人で朝ご飯』

 俺がシャワーを浴び終えて脱衣所から出ると、一階から『THE・朝ご飯』的な良い匂いが立ち込めてきた。匂いにつられてリビングに行くと、ちょうど春夏秋冬ひととせがテーブルの上に手料理を並べているところだった。

 春夏秋冬は俺の顔を見るなり大きく胸を張り、ドヤ顔を見せつけてくる。


「どう? 前も言ったけど、この通り私超家事完璧にこなすから。料理マジ得意だから」

「そうみたいだなー、すげぇ美味そう。良い嫁さんになりそうだこと」

「え、プロポーズしてる?」

「してねぇよ! ついさっき付き合ったばっかりじゃねぇか」

「おぉー、いいね。ナイスツッコミ」


 春夏秋冬はそのツッコミを待っていたと言わんばかりに親指を立ててニヤついた。腹立つなーその顔、可愛いから許す。

 いやはやしかし……この超絶美少女が俺の彼女なのか。何とも実感が湧かない。というか告白って意外と呆気ないものなんだな。初めてやった感想としては、案外スッと終わったって感じだし。

 そんな風につい先ほどの出来事を脳裏に浮かばせていると、春夏秋冬が思い出したように固定電話を指差して口を開いた。


「あ、そうだ穢谷けがれや。さっき穢谷ママから電話かかってきたよ。葬哉のスマホ繋がらないからこっちにかけたって」

「あぁ、そうか。俺スマホの通知全部切ってるからな……って、は!? お前、電話取ったのか!?」

「そりゃ取ったわよ。安心して、ちゃんと最初にもしもし穢谷ですって名乗ったから」

「いや相手も穢谷だし!」

「うん。一瞬でバレちゃった。しょうがないから、訳あって泊まらせてもらいましたって言っといたわ」

「マジかー……」


 こいつぁお袋が帰ってきた時に色々と説明やら弁明するのが面倒くさそうだ。


「はぁ……んで、お袋は何の用だったん?」

「帰ってくるの今日の夜になるから、ちゃんとご飯食べるのよだって」

「そんなこと一々言われなくてもわかってるっつのに」

「まぁ、心配なんじゃないの? 親の気持ちとかわかんないけど」


 少しだけ冷たい口調で興味無さそうに言う春夏秋冬。コイツの前で家族系の話をするのはやめておこう。


「もう食べよ。せっかく温かいのが冷めちゃう」

「あ、おう。それじゃ、いただきます」

「召し上がれー」


 俺は箸を持ち、卵焼きを口に入れる。程よく甘い卵焼きは普段お袋が作る味とは違っていたが、味音痴の傾向がある俺には関係なく美味しいと感じた。次に味噌汁を一啜り。豆腐とネギだけが具材のシンプルなものだったが、風呂上がりで若干冷えかけてきた体を温めるのには十分な効果があった。これで白ご飯が冷凍したもんじゃなくて炊き立てのもんだったら良かったのになぁ。


「どう? 美味しい?」

「うん。美味しい」

「そう。良かったっ」


 俺の返答に嬉しそうに頰を綻ばせる春夏秋冬も箸を持って食事を始めた。そうしてしばらくの間は俺も春夏秋冬も食事に黙々と集中していたが、少食の俺が珍しくおかわりの白飯をレンチンしているところで春夏秋冬が静寂を破った。

 

「私たちが付き合ってることはさ、一応内緒にしときましょうね」

「ん、あぁ。それは良いけど、俺比較的口軽いし意外と押しに弱いから下手したら言っちゃうかも」

「自覚してるのなら改善しなさいよ……」


 春夏秋冬はため息混じりに呆れたような口調で言う。まぁ人との交流が乏しい俺は、そもそも人に言っちゃいけないような秘密を誰かと共有したこともないし、秘密を教えろと迫られたこともないから実際に口が軽くて押しに弱いかどうかはわからないんだけど。あくまで予想だけど、あの三度の飯より恋バナ大好き二人組に迫られたら、俺付き合うことになったってサラッと吐いちゃう気がするもん。


「とにかく絶対に言わないって心持ちでいるのよ。いい?」

「へいへい」

「返事は一回ね」

「うるっせぇバカ」


 過去に何回かしてきたこのやり取りも、恋人同士となった今では不思議と嫌な気はしない。むしろなんかニヤけてしまう。これはもしや俺もリア充の仲間入りを果たしてしまったというのか。……それはないか。


「んでも、なんで内緒にしとくんだ? バレちゃまずいことある?」

「そりゃあるでしょ。今私だけで留まってるイジメとか根も葉もない噂が穢谷にまでいくかもしれないんだから」

「……その心は?」

「簡単な話よ。学校一の嫌われ者と付き合ってるあんたも標的にされちゃう可能性があるってこと」


 あぁ、なるほど。そういうことですか。俺としてはイジメに遭えばそれを理由に合法的に学校休めるからむしろカモンなんだが。コイツの前では家族系の話の次にそんなことは口に出来ないな。


「でもそうか。マジで付き合ってるんだよな、俺たち」

「なにどうしたの。信じられない?」

「まぁちょっとな。あまりにも実感が湧かな過ぎるっつうかさ」


 俺が言うと、春夏秋冬も微笑を浮かべて同意した。


「うーん、まぁ確かにそうね。多分だけど、普通はエッチするよりも先に告白があるじゃん? 私たちそれが逆だからさ、なんて言うのかな。お互いのことを言葉を交わして知るよりも先に肌で感じあった仲って言うか、恥ずかしいところはもう見せ合ってるって言うか……」


 春夏秋冬の言わんとすることはわかる。付き合うまでの流れの順序が一般常識とは違い、反対だからこそ不思議と恋人になった気分がしないのだ。

 というのもつまり。付き合い、それから徐々に距離を縮めていき、自分たちの恥ずかしい部分も見せられるような関係に発展、そしてセックスへの流れが、その間にそれぞれのカップルで違う事象が発生しようと大体は普通だろう。しかしながら俺と春夏秋冬に関しては、付き合う前にセックスしているのだ。春夏秋冬の言葉を借りるならば、付き合ってから言葉を交わしてお互いのことを知ってゆくのではなく、先に肌と肌を合わせてお互いを感じあってしまった。

 それによって俺たちの脳は錯覚を起こしてしまっているのだ。セックスしているんだから付き合っていて当たり前だと。だから付き合った、付き合っている実感が湧かないのだろう。


「じゃあさ、今度デートしよーよ」

「で、デート……。俺の人生には永遠とわに関係ない言葉だと思ってたぜ」

「いやそれは言い過ぎでしょ。とにかく、予定合わせて……」


 春夏秋冬がスマホを取り出しカレンダーアプリを開こうとしたところで、まるで見計らっていたかのようなタイミングで着信が入った。その画面には『父さん』の文字が表示されている。春夏秋冬の表情がどんなものなのか、興味本位で一瞥してみると、怒っているわけでも困っているわけでもない、複雑な顔をしていた。


「もしもし。……うん。うん大丈夫、泊めてもらったから」


 春夏秋冬は立ち上がり、父親もどきと通話しながらリビングを出て行った。ひとり残された俺は白飯を掻き込み、味噌汁を飲み干す。

 春夏秋冬はきっと顔も見たくない相手だろうけど、必ずもう一度会ってちゃんと話をするべき人物だと思う。春夏秋冬の母親Shikiが枕営業をしていたということ、そして自分が本当の父親じゃないこと。春夏秋冬の父親もどきが墓場まで持っていくべきだったその秘密を酒に酔っていたとは言え、バラしてしまった罪は重いだろう。まぁさっき比較的口軽くて押しに弱いから秘密すぐゲロっちゃうとか言ってた俺が言えた口じゃないんだけど。

 程なくして春夏秋冬が戻ってきた。表情は先ほどよりも若干陰っているように見える。


「なんて言ってた?」

「家はやる、俺は出て行くってさ。それと、来月までの生活費は払ってるやるからそれ以降は自分で勝手にしろだって」

「おいおいマジかよ……」


 もしかすると春夏秋冬の父親もどきは俺の想像以上にダメな大人なのかもしれない。会って話をするどころじゃなさそうだ。家は好きにして良い、自分は出て行く、金のやりくりも自分でやれという春夏秋冬を突き放すような相手側の態度は春夏秋冬から逃げているようにも感じる。


「いや、むしろ逆にスッキリしたかな。これでちゃんとあっちが私のこと好意的に思ってないってわかったし」

「でも、それで腹の虫は治んのかよ。一発殴るくらいしてもバチは当たらないと思うぞ?」

「まー、確かに腹立つけど一応は私にこの歳まで金出してくれてたわけだしね。感謝しないといけない部分の方が多いから」

「……そか。春夏秋冬が良いんなら良いけど」


 俺はこの件に関しては第三者で部外者で余所者だ。そんな立場の人間が当事者に対して意見を言うなんてこと、俺はしたくない。例えそれが自分の彼女のことであろうとだ。だから俺は一度春夏秋冬を泣かせた父親もどきを心中殴り倒すことで溜飲を下げることにした。

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