No.3『『裏朱々、ちょーカッコいい!』』

 クリスマスから月日は流れ――こんな言い方するとかなり時間が経ったように聞こえるけど、実際に言えばほんの数日。華一と籠目の二人と春夏秋冬の会合を予定していた土曜日になった。もうひとつ付け加えると今日は春夏秋冬とデートをすることになっていた日でもある。華一と籠目の都合上今日しか無理らしいので、俺としてはやむなしだ。

 だが春夏秋冬の方に華一と籠目が話をしたいと言ってきたと伝えたところ、何の躊躇いもなく秒で了承の返事が返ってきた。そして俺は恥ずかしながら少しだけジェラシーのようなものを感じてしまった。出来ればデートもあるのになぁ的な感じで少しでもいいからゴネって欲しかったななんて腑抜けたことを考えてしまう俺は爆発した方が良いでしょうか。

 日が経つに連れてやっと俺に彼女が出来たという衝撃的な事実に実感が湧き始めた。俺のような社会不適合者のゴミクズ陰キャでも恋人は出来るのだ。世間の非リアの皆さんは俺を見習うことだな(何様)。

 兎にも角にも。現在十一時五分ほど前、会合場所として選んだ月見さんのバイトする俺たち御用達ファミレスの喫煙席に座り、俺と春夏秋冬は華一と籠目を待っていた。俺は待ち合わせ時刻の三十分ほど前に来たのだが、春夏秋冬の方はそれよりも前に到着していた。聞いてみると一時間前にやって来たとのこと。話をするだけのことですげぇ気合い入ってんなーと思っていたのだが……。


「あー、ヤバい。謎に緊張する」

「私ならまだしも、穢谷が緊張する意味がわかんないんだけど」


 予定時刻が近まるに連れて、何故か俺が緊張してきてしまった。逆に春夏秋冬の方はおかしいくらい悠然と構えている。これが元学校一の人気者としての余裕なのか。


「逆になんでそんなに緊張してないわけ? 二人が話したがってるって伝えた時もそうだったけど、余裕有り余り過ぎじゃね」

「ふっ。緊張してないように見えるんなら、まだまだ私の猫被り術は衰えてないわね」

「ん……?」

「言っとくけど、私三日くらい前から今日のこと考えてあんま眠れてないから」

「めちゃめちゃ緊張してんじゃねぇか!」


 そして確実にそんなドヤ顔して言うような内容じゃないからね。


「だって何話せばいいかもわかんないし、何言われるかもわかんないのよ。超怖いじゃん」

「春夏秋冬、安心しろ。相手は華一と籠目だ」

「その安心のさせ方二人に猛烈に失礼ってことわかってる?」


 んなこと言われても事実華一と籠目なんだもん。籠目は若干切れ者だけど、華一に関してはナメてかかっていい。

 俺が春夏秋冬に一言、二人はお前のことを悪く思ってないって言ってたと言えば春夏秋冬の緊張は少しは和らぐのだろうけど、あえて俺はそれを言わないでおいた。そのことは当人から聞くべきだと思うから。

 そうこう思考しているうちに時計の短針は十一を、長針は十二を指した。待ち合わせの時間だ。

 俺はチラッと窓の外を見てみる。入り口付近にスマホ画面とファミレスを交互に見比べている女の子二人がいた。華一と籠目だ。二言三言言葉を交わし、二人は二つの扉を押して店内に入ってきた。ちなみにファミレスの扉が二重なのは虫除けだったり風を入れないようにするためだったりするらしい。


「いらーしゃーせ、二名?」

「あ、えっと先に待ってる人がいるはずなんですけどー」

「はいどーぞー」


 ここ名物接客テキトーウェイトレスさんに若干困惑気味の華一と籠目。俺は禁煙席と喫煙席を隔てる磨りガラスから顔を出して、二人を手招きする。

 二人は俺の顔を見るなりパァっと顔を輝かせ、駆け寄って来た。


「おはよ穢谷くんっ! 朱々は……っと」

「久し振り二人とも……」


 華一と籠目の顔を見て、まるで十年来のそこまで親しくなかった友人と同窓会で再会した時かのような反応を示す春夏秋冬。そんな春夏秋冬を見て華一と籠目は。


「「表情固っw!」」


 よくもまぁ毎度毎度ハモりますねチミたち。




 △▼△▼△




 華一と籠目と対面し、対面前の余裕(演技)が秒で消え去りガチガチに強張ってしまった春夏秋冬だったが、実際に話を始めるとすぐに緊張がほぐれたようだ。二人が来てから二十分も経つと、固い表情は柔らかくなり時折微笑も見せるようになっていた。

 そんな春夏秋冬の緊張がほぐれた極め付けの言葉がこれだ。華一と籠目の二人は、仲の良さが伺えるいつものハモり言葉で春夏秋冬の目を見つめ、言った。


「「ウチらは絶対味方だからね!」」


 この言葉が春夏秋冬が二人に心を開くきっかけとなった。それまで何を言われるのか、定標じょうぼんでんの時のように正式に別れを告げなくてはいけないのかと恐れを抱いていたのだろうけれど、そんな感情は二人のその言葉ですっかり払拭されてしまったらしい。

 猫被り、表の顔で接してきた人物に裏の顔があると知った上で味方だと言われることは、春夏秋冬にとって大きな救いになったことだろう。

 そしてそれと同時に罪悪感にも襲われるはずだ。騙していた相手に無条件で許して受け入れてもらえるのだから、相手に申し訳ないと思うに決まってる。

 だから春夏秋冬はその味方だからねという言葉を受け、すぐに二人に向かって頭を下げた。深く誠意を見せるように長々と。騙していてごめんなさいという謝罪の弁も添えて。

 華一と籠目は顔を見合わせて笑い、次いで春夏秋冬に頭を上げるように言った。上がった春夏秋冬の表情は不安そのもの。それを見た華一は春夏秋冬の髪をわしゃわしゃと犬と戯れるように掻き乱し、籠目は春夏秋冬の頰をつまんでクッと口角を上げさせた。

 乱れボサボサになった髪で無理矢理笑顔にさせられている春夏秋冬は何とも滑稽で、華一と籠目は笑った。春夏秋冬もそれにつられて声をあげて笑った。春夏秋冬と華一と籠目は笑い合った。

 表モードの春夏秋冬としてしか関わっていなかった人間と初めて裏モードの春夏秋冬が和解し、新たに関係を構築しようとしているのだ。

 これは絶対に邪魔をしてはいけない――そう考えた俺は横から口出しせず黙って成り行きを見守ることにした。


「それにしても、なんか……よくない?」

「うん、わかるわ……超イイよね」

「へ?」

「「裏朱々、ちょーカッコいい!!」」


 華一と籠目の揃った声に、春夏秋冬はよくわかないといった感じで眉を顰める。


「か、カッコいい?」

「なんかわかんないけど、表朱々とは違ってすごい大人な雰囲気が出てるっていうかー」

「そうそう。女が惚れちゃうタイプの女って感じ?」

「そ、そうかな?」


 イマイチ二人の言っていることの意味は理解出来ていないようだが、まんざらでも無さそうな春夏秋冬さん。

 まぁでも俺もわからんでもない。裏の顔、素の春夏秋冬はどこか冷たげな雰囲気がある。世の中の全てに冷めた目を向けているように見えると言ってもいい。それが傍から見ると大人の余裕に感じると言うかクールでカッコいいと感じるのだ。

 わかる、わかるぞ二人とも。俺も表より裏の方が好きだった。

 とまぁそんな感じで言葉を交わしていくうちに春夏秋冬と華一と籠目の三人は、どんどんお喋りに夢中になっていった。俺がいることなんて忘れてただひたすらに話をしていた。

 気付けば時刻はデートの予定だった十二時を優に過ぎている。だけどそれを春夏秋冬に伝えられない。華一と籠目の前では絶対に。

 おのれ華一と籠目、女子だからって長話と買いもしないのにブラブラ店内歩き回ることが許されると思うなよ…………。




 △▼△▼△




「穢谷……穢谷起きて」

「んぁ……?」


 身体を揺さぶられ、重たい瞼をゆっくり開けると、そこには優しげな表情をした春夏秋冬の姿があった。ファミレスのテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた俺は上体を起こし、周囲を確認する。


「あれ、華一と籠目は?」

「もう三十分前くらいに帰っちゃったわよ」

「はっ!? てか俺いつ寝ちまったんだ、マジ記憶ねぇ」


 時計を見てみると、四時近い。女子の本気トークを邪魔しないように静かにしていたのだが、それが逆効果となって爆睡してしまっていたようだ。お喋りだけで三時間って、長話にも程があるだろ。


「デート、出来なくてごめんね」

「いやいいよ。今日華一と籠目との予定組んだの俺だし。仕方ねぇさ」

「ふ〜ん……」


 俺がぬるくなったカルピスソーダで口を潤わせながら言うと、春夏秋冬は何やらニヤニヤとサディスティックな顔で首を傾げる。


「ホントに、仕方ないと思ってる?」

「あぁ、もちろん。春夏秋冬に新しく仲間が増えたってだけでも俺は満足だよ」

「現金な穢谷がそんなことで今日のデートがおじゃんになったこと許してくれるとは思えないんだけどな〜」

「……」


 コイツ、俺を何だと思ってやがる。実際当たってますけども。

 春夏秋冬は俺が何も言い返さないでいると、わざとらしい声音で言った。


「せっかくだから私が償いを込めて何かしてあげようかなって思ってたんだけど、穢谷が満足してるんならいいや」

「嘘です全然不満です是非とも俺に何かしてください春夏秋冬さん」

「ふふふふふ、それでよろしい。最初からデート出来なくて嫌だったって言えば良いのよ」


 んなシャバいこと言えるかよ(死語)。


「穢谷、好きな食べ物を言いなさい。私が作ってあげる」

「好きな食べ物か……。嫌いな食べ物はめちゃめちゃ浮かぶんだけど、好きな食べ物って言われても思い浮かばねぇな」

「はぁ……じゃあ穢谷、ハンバーグは嫌い?」

「いや全然食べれる。むしろ好きな部類だな」

「よし、それじゃハンバーグご馳走するから材料買いに行こ」

「あ、おう」


 春夏秋冬に手を引かれ、俺は手を握られたことへのリアクションをとる暇さえなくいそいそと立ち上がる。店を出る時にいつもの接客テキトーウェイトレスさんと未だに研修中と名札に書かれたウェイトレスさんが、俺に『ついにやったな』と言わんばかりのニヤつきを見せてきたので、俺は二人にグッと親指を立てておいた。

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