No.9『君もボクに怒ってないなんて、二人とも聖人なのwww?』
私、
とにかく母さんは十年前に癌で逝き、父さんは仕事漬けで娘の私のことなどこれっぽっちも興味はない。月に一度家に帰って来たら良い方だ。帰って来ていたとしても顔を合わせないこともあるから、半年ぶりくらいに会うなんてこともしばしばある。
だから大抵食事はひとりだ。十年前からそう。自分で作って、自分にいただきますと告げて、自分にご馳走さまと言う。ひとりが虚しいとは思わない。まぁ思っていたけど、もう慣れた。
お小遣い込みの生活費として、父さんから月始めにいつも二十万円が預けられる。私はそれでひと月をやり繰りしなくてはいけない。
まぁ、正直言って毎月毎月かなり余る。電気代水道費食費などなど差し引いてもだ。父さんもきっとわかってて余分に私に与えているのだと思う。私としては小遣いが増えるから全然良いんだけど。
何にせよ、小遣いはいつも服を買ったり友達との遊びに使ったりしていたのだが、文化祭以降は新しい服を買う意欲も無くなったし、友達も一瞬にしていなくなってしまったので、今月十二月は生活費諸々を考慮した結果、先月よりも数倍私の自由に使えるお金が増えることになる。
なので今日の私はその小遣いから奮発してちょっとお高い炭火焼肉店へとやって来ている。普段外食は家が街の方から若干遠いという理由であまり好んでいなかったのだけど、さっきも言ったように今月は猛烈に小遣いが増える計算になる。少しくらい贅沢したって良いだろう。なんて言い方をすると以前までがめちゃくちゃ切り崩したギリギリの生活してたみたいになるけど、前も別に外食するくらいの余裕はあった。家から街まで若干遠いのも理由のひとつだけど、人の多い場所が実を言うと好きじゃないのだ。
じゃあなんで今日は焼肉を食べるだけのためにこうして街まで足を運んだのかと言えば……大した理由もなく、ただの気分です。無性にがっつり肉が食べたい気分だったのです。
ヒトカラならぬヒトヤキ……なんかちょっと響きが悪いな。ヒトニク? いや、これも人間の肉みたいになっちゃう。うーん、ひとり焼肉の上手い略称が思い浮かばない。別に考えなくても良いことのはずなのに、ここまで考えたら良い感じの略称を決めないと気が済まない。
ずっと略称が決まらずモヤモヤしていたのだけど、肉を焼いてそれをタレに付けた時くらいにはそんなどうでもいいことはすっかり忘れてしまった。ひとり焼肉って呼べば良い話。何でもかんでも略すれば良いってもんじゃない。
私は左手首に巻かれたシュシュで髪を結い、本気食事モードになる。箸を持ち、タレをしっかり絡め、口に入れる。
「んまっ……!」
美味しくて口角が上がってしまった。久々に食べる焼肉に舌と脳が飛び跳ねているような感覚に襲われた。
その後も肉を焼いてはタレに付け口に運ぶ。時々白米も食らう。この動作を黙々と機械のように繰り返していると、結構腹が膨れてきた。いや結構どころじゃないかなりヤバいとこまできている。私は白ご飯も無いと肉が食えないという食べ放題を頼むには勿体無いタイプなので仕方ないと言えば仕方ない。でもまぁ明日は休日だし、ちょっとお腹壊しても良いから吐くぐらい食べてやることにしよう。
私は腹痛に襲われることを決意し、追加で肉を注文。食べたことないホルモン類もいくつか頼んでみた。せっかくひとりなんだし、挑戦してみたい。
「おやっ! そこにいるのは春夏秋冬ちゃんじゃあないかw!」
「平戸先輩……」
ニヤニヤと腹立つ顔で私のことを呼んだのは、制服姿の平戸先輩。席へ案内してくれていた店員さんに二言三言何かを告げ、私の席の方へ歩いてきた。
ちなみに制服姿って言いはしたけど、制服姿以外は見たことない。ワンチャン私服持ってない説。
「やーやー、こんばんはw。もしや現役の女子高生がひとり焼肉かなw?」
「えぇ、そうですよ。それに現役ですけど、私はひとりで来るしか無いんで」
「どうしてだよ〜w。
いや、穢谷は暇そうではなく実際暇だと思う。家に帰っても何もしてないだろうし。でも私が焼肉に誘っても多分来ない。アイツも私と一緒で人混みが嫌いだからね。
「……そう言う平戸先輩もひとり焼肉ですよね」
「バレたーw? そうなんだよ、ボクもひとりなんだよーw。あ、座っていいw?」
「どうぞ」
私は肉を返しながら平戸先輩の問いに答える。平戸先輩は私の前に座り、店員さんを呼んで私とは違う少しグレードの下がった食べ放題コースを注文した。
「いやー、それにしても久々だなぁ焼肉。ここ美味しいw?」
「美味しいですよ。焼肉店で食べ比べとかしたことないんで美味しさの基準がわかんないですけど」
「そっかそっか。さすがはガス火じゃなくて炭火なだけあるねw!」
そこが肉の美味しさと関係しているのかは知らないけど、平戸先輩が嬉々としているので私は何も言わないでおいた。
「でもまさか座っていい許可が下りるとは思わなかったなぁw」
「どうして?」
「だって君、ボクのこと怒ってないのかいw?」
怒ってないのか。どうして平戸先輩がそんなことを心配していたかと言えば、平戸先輩は私の大切な家族である
正直あの時は怒っていた。でも焦ってもいたし、怖くもあった。色々な思いが自分の中で交差して、怒りの感情は薄れていた。
それに平戸先輩は平戸先輩でそれがあの文化祭の一件を解決する最善策だと本気で思っていた。だから私もあんな手を取ることになってしまったのだ。どっちもどっちな気もする。
しかし、自分で怒らせてるかもしれないって思っててよくここに座ろうと思ったわね。
「別に。怒ってないです」
「うわぁおマジかw! 今ヒドいイジメに遭ってるのも言わばボクのせいなのに、君は怒ってないのw!?」
「そうですね。自業自得って言われたらそれでお終いですし。怒ってないですよ」
「はぇ〜w。君もボクに怒ってないなんて、二人とも聖人なのwww?」
「二人とも?」
「あぁ、穢谷くんにも同じ質問をしたんだよ。彼も怒ってないって言ってたからさーw」
なんで穢谷に同じ質問をしたのか理由が謎だ。でも穢谷はそうなんだ、怒っていないのか。
……どうしてだろう。どうして穢谷が私の件に関して平戸先輩に対して怒ってないとわかった瞬間、寂しい気持ちになってしまったのだろう。
アイツが他人に興味無いのは前からわかってた。だから別に怒ってないとしても何も変じゃない。それはわかってるはずなのに、私はそれが寂しいと感じてしまった。穢谷に、平戸先輩のことを怒っていてほしいと思ってしまった。
「……平戸先輩こそ、私に怒ってないんですか」
私はそれ以上思考することをやめておいた。代わりに平戸先輩へ平戸先輩が私にしてきたような質問をする。
「怒ってるか怒ってないかで言えばボクも怒ってない。でも、ちょっと困ってるかなぁww。みんなボクのこと怖がるんだもんw」
「そりゃそうでしょう。もう少しで殺人犯だったんですからね」
「アレで問題解決すると思ったんだけどなぁw」
煙を目で追いながら言う平戸先輩。やっぱり本気で黎來を殺すべきだと思っていたんだ。そう考えると、殺人未遂犯と七輪を囲んでいるこの状況が何だか可笑しくなってしまった。
その後も私は平戸先輩と肉を食べ続けた。お喋りな平戸先輩との食事はつまらなくもなく(あっちが喋るばかりでこっちはただ聞いてただけだが)、私が食べ放題の時間終了になったと同時に平戸先輩も私と一緒に会計をした。
店の外に出て、冬の夜の風を顔に感じ身震いする。街はどこを見てもクリスマスムード一色で、聖なる夜の近まりを嫌でも教えられる。クリスマスの予定など一切無い私にとってはどうでもいいことこの上ない。
「それじゃあ、またね春夏秋冬ちゃん」
「えぇ。さよなら」
平戸先輩にひらひらと手を振り、私はクルリと踵を返して自宅方向へ歩みを進める。数分歩いたところで、ポケットに入れたスマホがバイブした。確認してみると、
『朱々ちゃん! クリスマスパーティーをしましょう!
クリスマスパーティーよりも葬哉くん家という文字に目を奪われ、そのまま数秒道の真ん中で固まってしまった。
穢谷の家でクリスマスパーティーか。アイツがよくオッケーしたわね……まぁ無理矢理言いくるめられたか何かでしょうけど。
私は勝手にそう予想した後、一二に『いいよ』とだけ送り返してポケットにスマホを入れた。
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