No.10『結婚記念日は旅行に行くから!』

 我が家でクリスマスパーティーが開催されることが決定したのは、春夏秋冬がひとり焼肉に行っていた時間帯とほぼ同時刻だったと思われる。

 経緯としては金曜日、一週間を終えて疲れ切った俺がコタツでぬくぬくしていたところがスタートだ。


「ねーねー葬哉そうや。36.8%の法則って知ってる?」

「あ? なに?」


 あまりにも唐突なお袋からの問いに、俺はコタツに入って寝転んだ状態のまま首だけお袋の方を向いた。聞こえはしたけど反射的に聞き返してしまった俺にお袋は言う。


「だからぁ、36.8%の法則っ! もしかして知らない〜?」

「……結婚相手がどーのこーのみたいな話だろ?」

「えぇ、なんだぁ知ってんじゃーん」


 ムスッと頬を膨らませて、不満げに口を尖らせるお袋。なんだよ、知ってたらダメなのかよ……。


「葬哉からいつも無駄な知識聞かされてるからさ、せっかくだからお母さんもやり返してやろうと思ったのに」

「そんな遠回しに今までウザかったみたいな言い方……まぁいいや。で? 36.8%の法則が何だって?」

「あーいや、完全には覚えてないの。後半数学っぽいことばっかりでネット記事読む気失せちゃってさ」


 あなた本当にやり返す気ありました? 意思弱すぎじゃないですかね。

 代わりと言ってはなんだが、俺の方から無駄知識を披露してやることにしよう。


「んじゃお袋、ロミジュリ効果って知ってる?」

「ロミジュリ……? ロミオとジュリエット?」

「うん、そう。ロミオとジュリエットの物語通り、障害という効果があることによって恋が余計燃え上がるって理論なんだ」

「あー、なるほど。ロミジュリねー」


 お袋は俺の説明に生返事をした。その反応が明らかに理解出来ていないようなのは気のせいだろうか。


「……お袋、そもそもロミオとジュリエットがどんな話かちゃんと知ってる?」

「全っっ然知らない」


 学がねぇなー我が母親。ロミオとジュリエットくらいは読んどいて欲しかった。と言っても俺も小学校の時学級文庫の中にあったロミオとジュリエットをたまたま読んだから内容知ってるだけで、あの時読んでなかったら多分一生内容知らないままだったと思う。

 しかしながら『あなたはどうしてロミオなの』というセリフだけが無駄に広まって中身自体を知らない人が多いのも事実。悲惨な物語だということを知らない人も多いのだ。

 俺はザッとロミオとジュリエットの内容を説明し、改めてロミオとジュリエット効果についても説明した。お袋は『間抜けな話なのね』と簡素な感想を残した。

 確かに間抜けと言えば間抜けだ。ジュリエットが薬を飲んで仮死状態と化していたところにロミオが現れ勘違いしてロミオは自害。続けて仮死状態から復活したジュリエットが死んだロミオを見て自害。

 ほんの少し二人の歯車が噛み合わなかっただけで、そんな悲惨な結末を迎えることになってしまったのだ。してはいけない相手に恋をしたのにも関わらず、余計盛り上がってしまった馬鹿な二人を若気の至りとして哀れんでやるか。はたまた長いこと抗争してばかりの馬鹿な両家の大人たちを哀れんでやるべきなのか。

 どうしても哀れんでしまう方向に思考が向かってしまうが、実はこの物語は悲劇としては扱われていない。シェイクスピアの四大悲劇にロミオとジュリエットは入っていないのだ。最後に二人とも死ぬ明らかなバッドエンドだというのに、ウィリアム・シェイクスピアはこの物語を喜劇として書いたという話もある。だから馬鹿な登場人物たちを哀れむよりも、笑ってやるのが正解なのかもしれない。

 俺がそう結論づけ、心中ロミオとジュリエットに対して抱腹絶倒してやっていると、お袋がハッと思い出したように口を開いた。


「あ、そうだ葬哉。クリスマスなんか予定ある?」

「はぁー?」


 俺にクリスマスの予定聞くたぁどういう了見だ? 毎年俺がクリスマスは自宅警備に勤しんでいることを知っての質問か? もしそうだとしたら喧嘩だ。


「お母さんたち、結婚記念日がクリスマスなの知ってるよね」

「あー、うん。それがなに」

「結婚記念日は旅行に行くから!」

「は? え、それマジで言ってんの」

「うん、マジよマジ。お母さん嘘吐いたことないでしょー?」


 今の言葉が既に嘘なんですが。


「なんで急に旅行? 去年まで普通クリスマスとごっちゃにして祝ってたじゃん」

「いやーまぁそうなんだけどさぁ。なんかお父さんがサプライズで///?」


 嬉しそうに頰をかくお袋。親父、なかなかやりおるな。女がサプライズ大好きだということを理解してやがる。

 でもどうして今年なんだ。結婚十年目とかそういう節目にすりゃいいものを、何故結婚十八年目にぶっ込んで来た。


「……それ強制参加なわけ?」

「どうせなら行こうよー。京都だよ京都、ユニバだよ!」

「それ隣な」


 家族旅行とか超行きたくねぇ。しかも結婚記念日も兼ねた旅行だ。夫婦水入らず楽しんできてくれませんかね。

 そもそも俺は旅行が大嫌いなんだ。見知らぬ土地で他人から旅客として見られるのが腹立たしいし、枕が変わったら眠れないなんてことはないけど、寝るならやっぱり慣れた自分のベッドが良いし。後旅行って普通に疲れるし。

 とその時、ピンポーンと我が家のチャイムが鳴り響いた。お袋が立ち上がり、インターホンのボタンを押す。


「はーい?」

『あ、こんばんはぁ〜。劉浦りゅうほ高一年三組、一二つまびら乱子らんこですっ! 葬哉くんいますか〜?』

「あぁ、ちょっと待ってくださいねー。葬哉、一二って女の子が来てるよっ! 誰、彼女っ!?」

「違う違う。なんで一二が……」


 俺はコタツからいそいそと出て、玄関へ。ドアを開けると、俺の目の高さから頭二個半分くらい下がった位置に頭のてっぺんがある超小柄な制服姿の一二がいた。一二は寒そうに手袋に向かって息を吐いていたが、俺の顔を見るなり勢い良く飛び付いてきた。筋力皆無の俺は小柄な一二を支えることが出来ず、そのまま玄関へ押し倒されてしまう。


「はぁぁ〜、人の温もりを感じますぅ。そしてこの家葬哉くんの匂いでいっぱいです〜」

「そりゃそうだろ俺が住んでるんだから。つか頭イッテェ、めちゃくちゃ打っちまった……」

「葬哉大丈夫ー? すごい音したけど、って! 何よやっぱり彼女なんじゃなーい!」


 倒れた時の音を聞きつけて、リビングからお袋が顔を覗かせる。そして俺と俺に抱きついている一二を見て顔をパァッと輝かせた。


「葬哉くんのママさんですかぁ〜? 初めまして、一二乱子と申します〜」

「よろしくね〜乱子ちゃん。もし良かったら夜ご飯食べていかない? 今日、うちの旦那が急遽帰ってこれなくなってさ、ちょっと余っちゃいそうなのよ」

「ホントですかぁ〜? それだったら是非ともご馳走になりますっ!」


 一二は俺をホールドしていた腕を離し、お袋の方へとたたっと駆けていった。

 ……こりゃ色々と説明が面倒くさそうだな。




 △▼△▼△




 その後、夜食を食べながら俺はお袋に一二について説明した。一先ず最初に彼女ではなく、後輩であることを言っておいたのだが、そこからが問題だった。

 一二自体が親に説明し難い人物なのだ。出会いを話すにも援交のことがあるし、今だって風俗店で働いてるし。見切り発車で話を始めると何でもかんでもエロい話に繋がってしまいそうで怖い。流石の俺も親とそっち系統の話は出来ない。

 かと言って一二に全部話させると、確実に空気読まずバンバン援交してただのセックスが好きなんですだの言ってしまうだろうから俺が話すしかないわけで。アレな点はボカし誤魔化しながら話すことにした。


「へぇー、じゃあ乱子ちゃん今ひとり暮らしなんだ。大変ね」

「いえいえ、ひとり気楽で楽しいですよ〜。んっ、美味しい〜。葬哉くんママすっごいお料理上手なんですねっ!」

「うふふ、お口に合ったみたいで良かった」


 一二の言葉に嬉しそうに目を細めるお袋。次いで一二は会話のターゲットを俺に向けた。


「でも帰ったらご飯作ってくれる人がいるってすっごい有り難いですね〜。葬哉くん、ちゃんとありがとうって言ってますか〜?」

「全然言ってないなー」

「やっぱり恥ずかしいですか」

「うん」

「じゃあ代わりにあたしが言いますっ! 葬哉くんママありがとうございます〜」

「どういたしましてー。それにしても可愛いわね乱子ちゃん……猛烈に娘が欲しくなってきたわ」


 お袋は一二の頭を撫で繰り回しながら、真顔でそんなことを呟く。余計旅行に行きたくなくなる。この人なら旅先でヤっちゃってもおかしくない。

 嗚呼、今でも鮮明に思い出される。忘れたくても忘れられない、当時の純粋ピュアボーイ(同義)な俺には衝撃的過ぎるあの光景。親のセックス目撃しちまうことほどキチィもん世の中にねぇわなぁ……。

 今こそ全国の親御さん達に伝えたい。あなた方が子供のオナニーに気付いて黙っているのと同じで、我々もあなた方の夜の営み実は黙ってるんですよと。これ俺だけじゃ無いよね? 全国探せばきっと結構この経験ある人いると思うんだけど。


「あたしが葬哉くんと結婚すれば娘になれますよっ!」

「……」


 なるほど、その考えが出てこなかった俺はきっと心が汚れているのでしょう。流石は俺、どこぞのダル絡みマスター二人組に汚れ役んと呼ばれるだけある。


「そうよねぇ。葬哉、乱子ちゃんお嫁さんにどう?」

「あんた一体どの立場なんだ……」

「だって見てよこの可愛さ! 何この守ってあげたくなる小動物感! 目もオッドアイだっけ? 超綺麗だしさー」

「あー、はいはい知ってる知ってる。一二が超可愛いのはずっと前から知ってるから」


 わかりきったことの上に前々から見て思っていたことを長々と語られても小うるさく感じるだけなので、俺は箸を動かしたまま少し投げやりに言う。そのまま数秒の沈黙があり、チラッと一二に目を向けると。


「うぅ〜……」

「ど、どうしたんだ一二。茹でダコみたいになってるけど」

「もぉ〜!! 葬哉くんズルいっ!」

「は? なんだよズルいって」

「あたしばっかりどんどん好きに……」

「あ? なんだって?」

「何でもないですぅ!」


 愛後輩に何故か拗ねられてしまった。お袋はその様子をニヤニヤと楽しげな表情をして見ていたが、その真意はわからない。何故なら私はあくまで超鈍感主人公を貫きたいゆえ……。


「ところでー、乱子ちゃんは今日何をしにきたの?」

「え……はっ! そうでした、すっかり忘れてましたぁ!」


 箸を置いて立ち上がる一二。立ち上がっても座った俺の目線と少ししか変わらないのが可笑しくて笑ってしまう。そんな少しだけ口角の上がった俺に、一二は顔をグッと近付けて言った。


「葬哉くん、クリスマスパーティーをしましょう!」

「……はぁ?」

「あたし考えたんですっ! 朱々しゅしゅちゃんが受けてる嫌がらせをどうにかすることは出来なくても、その嫌がらせを忘れさせることは出来るんじゃないかって!」

「それで、クリスマスパーティーか……」

「そうですっ!」


 この前颯々野さっさのが言っていたことと似ている。春夏秋冬への嫌がらせを止めることは出来ぬとも、春夏秋冬へ奉仕してあげることは出来ると。だからクリスマスパーティーで春夏秋冬を楽しませてあげたいという一二の気持ちは俺も尊重して賛成したい。したいんだけど……。


「悪いな一二。俺、クリスマスは旅行に……」

「いいわよ別に来なくても!」

「はい?」

「友達とクリスマスパーティーする方が葬哉も良いでしょ?」

「いや、うんまぁ。そりゃそうだけど……」


 さっきは来いよみたいな雰囲気だったじゃん。


「じゃあパーティー参加してくれますか〜!?」

「あぁ、うん。やっぱりいけるみたいだわ」

「やったぁ! もうみんな参加してくれることになってたんですよぉ〜」

「あ、何ならクリスマスイブからお母さんとお父さんいないから、この家使っても良いよ?」

「ホントですかっ!? 葬哉くんママ大好きですっ!」

「んぁ〜可愛いなぁ乱子ちゃん! ライン交換しよぉー!」


 抱きついてきた一二をギュッと抱き締め返すお袋。お袋は一二にがっつりハートを射止められてしまったようだ。

 兎にも角にも、そうやって我が家でのクリスマスパーティー開催が決定した。幹事は一二が言い出しっぺとして責任持ってやるとのことなので、俺は会場の住人としてせめて食べ物やら飲み物を調達しておくことにしよう。

 そもそもの問題だと思っていた春夏秋冬が参加するか否かも、一二が誘ってみると参加するとのことだった。春夏秋冬の心が休まるかはわからないけど、一二の春夏秋冬を想う気持ちの強さが感じられて俺は勝手にほっこりしていた。

 ……それにしても俺、一二に家の場所教えたことないはずなんだが、どうやって我が家を特定したんだろうか。個人情報流出怖や怖や。

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