No.8『誰にだって表と裏ぐらいあるしね』
『以上で生徒会選挙立会演説会を終了します。気を付け、礼』
そのアナウンスに従った後、体育館の生徒たちはみんなぞろぞろと出口目掛けて動き出す。数千人の生徒が四つしかない出口を目指すのだ、混雑しないわけがない。
その混雑を避けるために猛ダッシュで我先に出て行く輩もいれば、混雑が収まるのを待ってその場から動かない輩もいる。ちなみに俺は後者だ。猛ダッシュ決め込んで我先に体育館を出るほど陽キャでも無いし、人混みに交じってノソノソ体育館を出るのも煩わしい。だったらやっぱり混雑が収まるのを待つに限る。
「「おいっす穢谷くーん!」」
生徒会立会演説会という絶命するほどどうでもいい内容の六時間目に今更眠気を感じ、大きなあくびをしていると、唐突に横から俺の名を呼ぶシンクロした声が響いた。
俺の知り合いでこんなにキレイにシンクロするヤツらはアイツらしかいない。
「よーっす……」
俺は三度の飯より恋バナ大好き二人でひとりなバレー部マネジ、
二人は俺の方へ駆け寄り、いつものように俺のことをイジってきた。
「穢谷くん、相変わらず毎日楽しくなさそうだね!」
「そんなことねぇよー。お前らと話が出来て今日の俺は幸せだー」
「棒読み過ぎぃっw!! 感情ゼロなんだけどぉ!」
俺の棒読み口調に腹を抱えてゲラゲラ笑う籠目。まだまだ箸が転んでも可笑しい年頃を抜け切ることは無理そうだ。
籠目がひとしきり笑った後、華一が思い出したように口を開いた。
「あ、そう言えば文化祭で
「あー、うん。それが?」
文化祭の日、実は我が劉浦高に警察がやって来た。雲母坂黎來のマネージャーでもあり、ショーの間に殺すという脅迫状を送った犯罪者でもあった男を逮捕するためだ。
そして俺はその雲母坂マネージャー逮捕にめちゃくちゃ貢献している。雲母坂マネージャーを倒したのも俺だし、機転を効かせて放送室のマイクスイッチをオンにし、雲母坂マネージャーの自白を体育館中に知らしめてやったのも俺だ。
本当ならもっと警察やら雲母坂さん本人から猛烈に感謝されるべきはずの俺なのだが、あいにく目立ちたがりでは無いので人が来る前に俺は逃げ出してしまったのだが。
「あの放送で犯人さ。明らかに誰かと会話してる感じだったんだよね」
「うん……」
「微かにだけど、会話相手の声が聞こえてさ。……もしかしなくても穢谷くんじゃない?」
華一は俺の目の奥を覗き込むようにして首を傾げる。こやつ鋭い。そんなに黙ってジッと見ないでくれ、お前ら黙るとめちゃくちゃ可愛いから。陰キャの俺キョドっちゃうから。
華一の言葉は疑問形ではあったが、ほぼ確信を持っている顔をしている。だから俺は首を横に振る選択肢を捨てた。
「そーだよ。意外に細かいとこまで聞いてんのな」
「おっ! やっぱりそうなんだ!」
「穢谷くんヒョロいのに犯人倒せるんだね」
「ふっ、俺をあんまりナメるなよ?」
「おぉ……まさか拳でワンパン?」
「いや、スタンガンでワンパンだ」
「「なんだぁ〜」」
なんだぁ〜って何だよ。こちとら本気で死ぬかと思ったんだぞ。
「でもなんで穢谷くんが犯人退治なんてしたん?」
「ちょいちょい匁〜。あの平戸って先輩を退治したのは誰だったか覚えてないの〜?」
「はっ! そうか……そういうことだったのか!」
「何故コナン風?」
「これは朱々と何かしら協力してたと見て間違いないですなー!」
「もぉー、焦れったいなぁ! 二人の謎の関係はいつになったら公になるのー!」
各々言いたい放題叫んで楽しげな華一と籠目。そんな二人の発言に俺は少し気になったところがあった。春夏秋冬のことを普通に今まで通り話しているのだ。噂大好きJKを具現化したようなこの二人が、春夏秋冬の腹黒暴露を知らないわけがない。
「お前ら、春夏秋冬のことそんなに悪く思ってないっぽいな」
「うーん。まぁ、そだね」
「誰にだって表と裏ぐらいあるしね」
けろっとした顔で当然のように言う二人。確かに誰にでも表の顔裏の顔が存在する。人には見せないようにしている感情があるものだ。
それを華一と籠目はわかって……否、この二人に限らず誰だってわかっているはずだ。それでもヤツらは春夏秋冬へ親の仇のように毎日毎日嫌がらせを行う、自分がもしそんな状況に陥ったら嫌なクセに。
「二人とも、良いヤツなんだな」
「だしょだしょ!? ウチら良いヤツなんよー」
「でもまぁ一応ウチらにもメンツってもんがあるし、表向きはみんなに合わせとかないといけないんだけどね」
調子に乗る華一に対して籠目はとても現実的なことを言った。イジメを見ていないフリしていると言えばそうだけど、籠目に限っては前から華一以外との人間関係に冷めた目を向けているようなヤツだった。だから俺は籠目のその発言をそんなに悪いとは思わない。
「穢谷くんは知ってたの? 朱々が猫被ってたって」
「知ってたよ。中学ん時から」
「おぉ。穢谷くんと朱々の付き合いはそんな前からなんだ」
「つってもまぁ、再会したのは今年の四月みたいなもんだけどな」
「「再会?」」
俺の言葉に華一と籠目は揃って首を傾げる。説明してあげたい気持ちも山々だが、校長のことも話さなくてはならないから教えるのは無理だ。仕方なく『いや、何でもない』と返しておいた。
「裏朱々と話してみたいなー」
「裏朱々か……その呼び方も良いな」
「穢谷くんはなんて呼んでたん?」
「表モードと裏モードって呼んでた。心の中で」
「あひゃひゃひゃ! なるほどモードか!」
「そっちの方がカッコいい……なんか悔しい!」
表は吉岡◯帆似で裏は新◯結衣似と勝手に区別していたのだが、今となっては裏の顔ばかりで表の顔を見ることも出来なくなってしまった。表を演じる必要が無くなったと言えば良いことなのかもしれないが。
「ていうかさ、穢谷くんも夏休みの時からずっとウチらのこと騙してたってことだよね」
「いいや騙してないね。お前らが聞いてこなかったから教えなかっただけだ」
「うわ屁理屈うぜー。まぁ別に大して気にしてないから良いけどさ」
そんなことを話しているうちに、体育館の混雑はすっかり無くなっていた。俺たちは体育館を出て、教室へ向けて足を動かす。
「お前らが悪く思ってないって知ったら、多分春夏秋冬嬉しくて泣くぞ」
「えぇ〜、マジで〜?」
「いやごめん。やっぱよくわかんねぇ」
「わかんないんかい!」
実際にそうなるまでは確実にそうだなんて断言することは出来ない。だから本当に春夏秋冬が泣くかどうかはわからない。
でも泣くほど嬉しく思うことには間違いないはずだ。独りぼっちの春夏秋冬にとって、この二人が自分のことを敵に思ってないということがどれだけ心強く感じるだろうか。
しかもつい最近
俺もいつの間にやら他人のことについてこんな勝手に考えてしまうようになってしまった。他人に干渉し過ぎるのが嫌だったのがとても前のように感じるけれど、俺が変わり始めたのは全然最近のことだ。
それなのにすごく昔の話ように思ってしまうのは、きっとこの一年がとても密度の濃い一年だったからだろう。逆に言えば、今年以前の俺の十何年はスッカスカの中身の無い人生だったということでもある。
いつだったかに春夏秋冬が言っていた、高校生活人生八十年分の三を俺は無駄にしていると。当時は反論して聞く耳を持っていなかったが、今だったら素直に受け入れることが出来る。
「今からでも、遅くねぇかな」
「うん。全然遅くないよ」
「匁、何のことかわかってないのに答えちゃダメだよ」
テキトー抜かす華一は籠目からペシっとチョップを喰らっていた。
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