第3話『俺にクリスマスの予定聞くたぁどういう了見だ?』

No.7『メイドがご主人様に暴力はダメだろー』

「なんで穢谷先輩がここに……!?」「なんで佐々野ささのがこんなとこに?」


 昨日夫婦島からメイド喫茶に招待され、俺もメイドさんに久々に癒されに行くかとノリノリで来店……ではなく帰宅した瞬間、俺と三白眼が特徴的なメイドの声が重なった。


「あれ? スズナちゃんと穢谷パイセン知り合いなんすか?」

「あぁ、ちょっと前に一二つまびらんとこのソープで……」

「わー! わー! ……穢谷先輩そのことは言っちゃダメっ! あっちはもうやめたんスよ……こっちには風俗やってたの黙ってるんスから」

「あ、そうなの」


 俺の腕を下に引っ張り、耳元で囁く颯々野。こういう時自分の高身長っぷりを自覚することが出来て嬉しくなってしまう。まぁ身長ある割に肉付き悪いから高いと言うより長いと言う方が合ってるような気がしなくもないが。中一ん時あまりのガリガリさにクラスでシャー芯というあだ名が広まったのが懐かしいぜ。


「ていうか! 先輩さっき佐々野って言いましたよね!? 凉弛すずしの名前は颯々野さっさのだって何回言ったらいいんスか!」

「痛い痛い……メイドがご主人様に暴力はダメだろー」


 俺が颯々野にジト目を向けると、颯々野は急に頰を赤く染めてミニスカートの裾を抑えて睨んできた。


「ちょ、マジその目やめてほしいんスけど。キモい」

「あ? うっせぇよてめぇは大人しく俺にご奉仕してろボケ!」

「うわ! パワハラっス!」

「残念でしたー、俺はお前の上司じゃありませーん。なのでパワハラとは言いませーん」

「じゃ、なんて言うんスか?」

「強要罪だな」

「パワハラよりやばたにえんじゃないスか!」


 俺は颯々野のそのツッコミをシカトして、夫婦島の座っているテーブルに着く。颯々野は俺のシカトに不服げに三白眼を細めたが、すぐに奥の方へ消えていった。


「すっげぇ仲良いんすね」

「まー、悪くはないな。良いとも言い難いけど」

「穢谷パイセン、意外と可愛い女の子の知り合い多いっすよね」

「そうかー?」

「そうっすよー。春夏秋冬パイセンを筆頭に一二、祟パイセン、月見パイセンっしょ? それになんか二年生の二人組の超陽キャな可愛い女子とも文化祭の時一緒にいたっすよね」

「あー、華一かいち籠目ろうもくか。アイツらは俺的には可愛いって言うよりうるさいの方が勝ってるな」


 俺の言葉を聞いて、夫婦島は何やら深ーいため息を吐いた。うぜぇな、蹴り飛ばすぞデブ。


「はぁ……まったく穢谷パイセン、陰キャの風下にも置けないっすね」

「あ?」

「女子のことうるさいって言えるのは、普段女子との絡みがある人間の発言っす! そしてそんなヤツ、陽キャかヤリチンだけしかいないんす!」

「何だそれ。どこ調べだよ」

「もちろん僕調べっす」


 信憑性に欠けることこの上ねぇな。一瞬、それなら俺も陽キャなのかと思ってしまった自分が恥ずかしい。


「話変わるけど、一番合戦いちまかせさんは?」

「一番合戦パイセンはさっきジム終わったって言ってたんで、もうちょっとかかるんじゃないすかね」

「ふーん。あの人ちゃんと受験勉強やってんのかね……」

 

 そんな風に俺がする必要もない他人の心配をしていると、お盆片手に颯々野が口を挟んできた。


「受験勉強なんてしなくても大丈夫っスよ。凉弛、中学受験の勉強一切してないし」

「それは小賢しいことにお前の地頭が良いからだろ?」

「ふっ、そうなんスよ。凉弛こう見えて意外と頭良いんっスよ」


 ドヤ顔うぜー。頭をはたいてやろうかとも思ったが、またパワハラだどうのこうの言われても面倒なので俺は手を引っ込めた。代わりに颯々野へ問いかける。


「てかお前いつからここで働いてんの」

「んー。もうそろそろ二週間経つくらいスかね。劉浦高の文化祭の時にはあっちはやめてましたから」

「へぇ、意外とやってんのな」

「そっスねー。でもまさか夫婦島先輩と穢谷先輩が知り合いだったとは思わなかったっスわ」


 ホントだよなー、俺もまさかここでお前に出くわすとは思わなんだ。世界狭過ぎて草も生えない。徳利とっくり店長元気してるかな。


「面接で一目見た瞬間ビビッときたんすよね〜、スズナちゃん」

「え、お前が面接したの?」

「そっすよ〜。合否も僕が決めるっす」


 前々から言ってるけど、お前マジでこの店の何なの? 店長なの? それともオーナーさん?

 まぁそれは以前ちょっと聞いてみたら変にはぐらかされたので追及はしないでおこう。

 俺はメニュー表を見て、颯々野へメイド喫茶定番のオムライスを注文した。時刻もいい感じに昼飯時だ。


「えっとー、持ってくるのは凉弛じゃなくても良いスか?」

「ダメ、お前が持ってこい」

「んなっ! さては穢谷先輩、オムライスのサービス知ってて言ってるな!」

「当たり前だー。良いからさっさと持ってきてよスズナちゃーん」

「ううー、くっ殺っス! マジくっ殺っスよぉ!」


 とかなんとか言いながら颯々野は厨房の方へと姿を消した。颯々野が恥じらいながらオムライスにケチャップでハート書く姿を想像してニヤケていると、夫婦島が口を開いた。


穢谷けがれやパイセン、春夏秋冬ひととせパイセンの件はどうなったんすか? 直接聞きました?」

「あー、一応な。本人曰く、私は大丈夫だから力になりたいっていう気持ちだけ受け取っとくだそうだ」

「本人曰くってことは、穢谷パイセンは違う考えなんすか?」

「まぁそうだな……いくら春夏秋冬とは言え、毎日のように嫌がらせ受けて落ち着いて生活出来るわけがねぇし」

「確かにそっすねー。だけど前も言いましたけど、僕らに出来ることなんてないっすよね」

「ないだろうなー」


 俺たちスクールカースト下位の人間が嫌がらせをしているスクールカースト上位、中位の人間に何を言おうがしようが笑い飛ばされるだけだ。さらに言えば陰キャは笑われることが一番メンタルにくるので笑われた瞬間即死する自信がある。

 ただまぁ、一応こないだの定標の件で定標からの嫌がらせは無くなると考えれば少しはマシになるのかもしれないが、それでも完璧に無くなるわけじゃない。そもそも完璧に無くそうとしている時点で間違いなのか。嫌がらせを別の人間になすり付けることで春夏秋冬を救うことだって出来るし、匿名で誰の仕業かわからない嫌がらせを仕掛けて相手側を精神的に追い詰めるとかも出来なくはないが。


「直接嫌がらせをやめさせるんじゃなくても良いじゃないスか」

「颯々野……お前オムライスのサービスは?」

「ちょ、凉弛の提案よりもオムライス優先スか!? 話ぐらい聞いてくれません?」


 俺と夫婦島が口を噤むと、颯々野は手に持っていたオムライスとケチャップをテーブルに置いて言う。


「ひとりにさせないとか、なるべく一緒にいるようにして心を落ち着かせてあげるとか、笑顔を引き出すとか、嫌がらせ自体を止めるんじゃなくてその人に奉仕してあげたらいいんスよ。まぁ凉弛は春夏秋冬さんとやらが今どういう状況なのか知らないんではっきりとしたアドバイスみたいなのは言えないっスけど」

「春夏秋冬に奉仕か……」

「なんかエロいっすね」

「ちょっとな」

「うわ、凉弛真面目に言ったのにサイテー」

「冗談だよ……。俺だってお前が真面目に答えてくれてるってわからないほどバカじゃねぇから」


 颯々野の考えは盲点だった。ずっと嫌がらせをやめさせるにはどうすればいいのか、切り抜けるにはどうすればいいのかばかり考えていた。

 だけどさっき颯々野が言ったように春夏秋冬へ奉仕、つまり春夏秋冬自体のケアをするという方法もある。彼女は持ち前の強い精神力で何とか彼女自身に襲いかかる破壊行為に耐えてもらい、俺たちがその壊れかけた精神を修復する。

 さすがは颯々野、偏差値高い学校に通うだけはあるな。俺たちが数日かかって導き出しそうな考えをポッと出してしまった。


「……穢谷パイセンも何だかんだ言って春夏秋冬パイセンのこと助けたいって思ってるんすね」

「馬鹿野郎、俺がんな厚かましく図々しいこと思うわけねぇだろ」

「それじゃあ今そうやって真剣な顔して考え込んでるのはなんでなんすか?」


 夫婦島の問いに俺は一瞬答えを模索した。なんと答えるのが正解なのかわからなかったから。しかし夫婦島が問うてきたということは、コイツも答えがわからないということだ。

 となると答えを決めるのは問われた俺なわけで。俺が次に口に出した言葉が答えとなるわけで。

 俺は少し思考を巡らせ、こんな返答をした。


「俺、アイツのこと全然嫌いじゃねぇからさ」


 返答後、俺は春夏秋冬からこれを言われたのを思い出してちょっとだけ口の端を歪めた。

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