No.5『窃盗症って知ってる?』

 その日の夜。俺は風呂から上がって自室に入り、春夏秋冬ひととせへ電話をかけた。呼び出し音が二回鳴り、春夏秋冬のスマホへ繋がる。

 

『もしもし? 電話なんて珍しいわね』

「あぁ、夜遅くにすまん」

『いいわよ。家に人いないし』

「……なんかごめん」


 春夏秋冬の母親は亡くなっているため当然おらず、父親は仕事でなかなか家に帰ってこない。春夏秋冬自身、父親に苦手意識があるらしく、あまり仲が良いとは言い難いそうだ。十年もそれでよく生活してきたな。


『で? 何の用?』

「今日校長に呼ばれた件でちょっと聞きたいことがあんだけど……定標じょうぼんでん此処乃世ここのせってお前と仲良かった時、万引きとかしてた?」

『……もしかして、今回の面倒ごとって此処ここのそのことなの?』

「うん、まぁそうだな。最近商店街のスーパーで万引きが多発してるらしくて、今日見張ってたら定標が万引きしてさ。事務所とか通されたりして色々あったんだよ」

『なるほどね』


 電話越しに頷く春夏秋冬の姿が頭の中に浮かんだ。春夏秋冬は少しの間うーんと唸り、次いで俺に問うてきた。


窃盗症クレプトマニアって、知ってる?』

「クレプトマニア……いや、聞いたことねぇな」

『へぇー、穢谷こういうの好き好んで調べてそうなのに』


 なにその偏見。クレプトマニアとやらが何なのかわからないから、春夏秋冬の中での俺が一体何を好き好んでいるのかも想像出来ない。


「んでそのクレプトマニアって何なの?」

『んー、まぁ簡単に言ったら物が欲しくて盗むんじゃなくて、盗みがしたいから盗んじゃう人たちのことかな』

「……何じゃそりゃ」

『何じゃそりゃって思うでしょ? 私も最初はそうだったわ』


 そう言って春夏秋冬はクレプトマニアについてめちゃくちゃ詳しく説明してくれた。

 その説明によるとクレプトマニアの人は、お金がないからといった理由で窃盗するのではなく、盗むという行為がしたいがために悪いことだとわかっていながら窃盗してしまうそうだ。窃盗症、窃盗癖とも呼ばれ、その人たちは一度盗んだ時のスリル、興奮が忘れられず何度も何度も繰り返し盗みを働いてしまうらしい。

 クレプトマニアになってしまうキッカケは、過度なダイエットなどからくるストレス、精神的疲労であることが多く、摂食障害が併存している場合が多い。他にもアルコール依存症や鬱病である人がクレプトマニアだってりすることから、万引きという行為はクレプトマニアの人間にとってストレス発散目的で行われているのだそうだ。


「で、定標はそのクレプトマニアなのか」

『そうよ。ちょっと前まで落ち着いてたんだけど、再発しちゃったのかしらね』

「ちょっと前まで落ち着いてた?」

『うん。一年の時が一番ヒドかったらしくてね、二年になって私が一緒にいるようになってからは落ち着いたって自分で言ってたの』

「ふーん……」


 窃盗はストレス発散が目的であり、それが落ち着いていたということは、その期間ストレスは全くとまではいかなくも少なかったのだろう。

 しかし今またその症状が出ているのだとすれば、それはつまり定標はストレスを感じているということになる。しかも犯行はここ数週間の間。一番合戦さんでもわかる、確実に春夏秋冬の腹黒暴露が関係しているはずだ。


此処ここね、あんなツンツンしてるけど私が知り合ってばっかりの時はマジで夜な夜な泣いてたのよ。ダメなのはわかってるけど、どうしても万引きをやめることができないって』

「盗んだことへの罪悪感はちゃんとあるんだな」


 今日のあの様子からは悪気なんて一切無いように見えたが。それは元よりある彼女の性格から俺たちに悪いと思ってないと思わせたかっただけなのかもしれない。

 何にしても、定標が万引きする理由はわかった。後は二度と万引きさせないためにはどうするかを考えなくてはいけない。

 そもそも何故定標はクレプトマニアになってしまったのか。見た目はガリガリでもなければ太ってもいないからクレプトマニアに一番多いという摂食障害では無さそうだ。まぁ発症理由はとりあえず置いとくとするか、考えてもわからないし。何かしらのストレス、精神的疲労があったのだろう。そしてそれが原因で一度万引きしてしまい、盗む行為が癖となってしまった。そんな中、春夏秋冬と出会ったことでストレスは徐々に無くなっていき、盗みを働くこともなくなった。しかしここ数週間の間、つまり文化祭以降に症状が再発、またも盗みを働いてしまっている。

 春夏秋冬の腹黒暴露が関係していることは確実なのだ。でも、どう関係しているかがわからない。春夏秋冬の秘密が公になったことで、何故定標はストレスを感じているのだろう。何にストレスを感じているのかわかれば、そのストレスを取り除いてやることでクレプトマニアの症状は落ち着くはずなのだが……。


「春夏秋冬、定標と文化祭の日以降何か喋ったか?」

『もちろん喋ってないわよ。目も合わせてこないんだから』

「そうか。もうひとつ聞くけど、何で定標はお前と出会ってからクレプトマニアの症状が落ち着いたと思う?」

『それ、私の主観でも良いの?』

「良いよ」


 俺の返答を聞き、春夏秋冬は自分の考えを語り始めた。


『此処って、普段から寄らば斬るって感じ出してて近寄り難い雰囲気出してるじゃん?』

「そうだな。今日もこのこと誰かに言ったら殺すって言われたし」

『ふふっ、そうそう。そんな感じだから、誰も逆らえないし本当に仲の良い人って此処の周りにはいなかったの』


 春夏秋冬の声のトーンが心成しか上がったような気がする。定標の話をすることが楽しそうに聞こえなくもない。

 今の春夏秋冬の話から、定標が過去何にストレスを感じていたかはおそらくわかった。自分に誰も逆らってこない、まるで自分が女王のように扱われている状況が嫌だったのだろう。本当の意味で仲良しだと言える人間がいなかったことに、定標はストレスを感じていたのだ。ストレスと言うよりかは精神的疲労の方が当てはまるかもしれないが。


『だから此処は、初めて自分と対等に話をしようとしてくる私の存在が嬉しかったんだと思う。まぁ私がそういうキャラとして此処に近付いたんだけどさ』

「それが症状が落ち着いた理由か」

『私はそうじゃないかなって思ってるよ。違うかもしれないけど』


 いや、きっと春夏秋冬の見解は間違っていない。そうだとすればクレプトマニアの症状が落ち着いていた定標が精神的疲労を感じ、また盗みを働いてしまった理由もわかる。

 こんなに単純明快なことはない、定標は信じていた友人に裏切られたことが悲しかったのである。今春夏秋冬へ嫌がらせしていることだって、定標は自分の首を絞めていることになっているのだ。

 であれば定標には首締め自殺ではなく、安楽死で楽になってもらうとしよう。

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