No.4『万引き犯は見知った顔』

 万引きが多発しているそのスーパーがある商店街は普段から人通りが少なく、大体の店がシャッターを下ろしている状態だった。一言で言うならば寂れていた。多分いつ取り壊しになってもおかしくない。

 そんな中で唯一人の出入りが確認できたのが、俺たちの目的地でもあるスーパー。それでも店内の人の少なさはかなりのもので、街中の深夜のコンビニの方が人が多いんじゃないかと思えた。


「ふーんw。人も少ないし、監視カメラも無い……万引きには持ってこいだねw!」

「確かにそうですね」


 通りすがった買い物客のおばちゃんが平戸さんの発言にギョッとして訝しげな目を向けてきた。まぁ今の発言は俺たちが万引き犯と思われても仕方ない。

 俺と平戸さんは別れて店内を見回ることにした。だが小一時間ほど店内をぐるぐる回っても、怪しい人物はおろかそもそも客がほとんどいない。いるとしても初老のおばちゃん客かフライパンの前でウインナーを焼いて自分で食べている実演販売のおばあちゃん店員がいるくらいで、他には人っ子ひとり見当たらない。

 しかしこれは楽でいいなー、俺もこんな仕事に就きてぇ。給料で仕事選ぶのが悪いとは言わないけど、やっぱり自分の性に合った仕事じゃないと続かないよな。


「あっ! 穢谷くんいた、ちょっと来て来てw!」


 俺が爪楊枝に刺さったウインナーを試食しながら実演販売のおばあちゃん店員と談笑しているところに、平戸さんが手招きしてきた。

 名残惜しいがおばあちゃん店員に別れを告げ、平戸さんの後に続く。そして平戸さんは棚の影に隠れて奥の方を指差した。そこには。


「うちの学校の制服か……しかも女子」


 買い物カゴも持たず、キョロキョロ辺りを見渡しながら商品を物色する女子生徒がいた。これは非常に怪しい。遠目から見て実に挙動不審だ。

 そんな風に女子生徒を棚の影に隠れて見張っていると、女子生徒の手が陳列棚へ伸び、掴み取った商品を自身のポケットに突っ込んだ。しかも女子生徒はそれでは飽き足らず、その行為を何度も繰り返す。盗む前は挙動不審だったのが、ひとつ万引きした途端に堂々としてひょいひょい物を盗っていく。手慣れているようだし、この数週間ここで行われていた万引きの犯人はあの女子生徒で間違いなさそうだ。

 それにしても、なんかあの後ろ姿見たことある気が……。


「よし、今すぐとっ捕まえにいこうwっ!」

「ちょ、ちょっと待ってください平戸さん」

「なんだよーw。早くしないと逃げられちゃうよ」


 女子生徒を捕まえるべく棚から身を出す平戸さんの腕を掴むと、平戸さんはぶーと唇を尖らせた。逃げられてしまうかもしれないが、そもそも校長から言われた盗む前に捕まえることは出来ていないわけだし、もういいだろ。

 俺はジッと女子生徒の後ろ姿を確認。制服パーカーが猛烈に似合っていて、元々他校より短い劉浦高のスカートをさらに短く履いて、見てるこっちが寒くなる。チラチラと見える横顔には美形ながらも不機嫌そうにしている表情が映り、何とも近寄り難い雰囲気があった。

 そして俺が知ってるその後ろ姿と表情に該当する劉浦高の女子生徒と言えば、ひとりしかいない。


定標じょうぼんでん此処乃世ここのせ

「……っ!?」


 俺の呟きがどうやら彼女の耳に届いてしまったらしく、バッとこちらを振り向き俺の顔を確認した瞬間、商品を持ったまま猛ダッシュで逃げ出した。


「もー、何やってんのさw。穢谷くんが待てなんて言うから逃げられちゃったじゃんかw!」

「すみませんねー」


 逃げた方向に追ってみるが既に定標の姿なく、辺りを見渡すも見つからない。がしかし、完全に逃げられてしまったと思っていた最中、こんな声が店内に響いた。


「おい! 離せよ、触んなっ!!」

「コラ、暴れるな! とりあえず事務所に来なさい!」

「あーしは何もしてねぇよ!」

「嘘吐くんじゃない、ポケットから商品落としただろう?」


 声のした方を覗くと、スーパーの入り口付近でひとりの男性店員さんと定標が揉み合っていた。腕を掴まれた定標は必死に抵抗するが、成人男性の力に敵うはずもない。へー、やる気ある店員さんもいるのか。


「平戸さん、どうします?」

「多分あのまま事務所の方に連れてかれるだろうし、一先ずボクらもそこで話に参加させてもらおうw。上手いこと穏便に済ませないとねww」


 平戸さんはそう言って未だ揉めている二人の方へ小走りで向かっていった。


「すいませーんw。ボク劉浦高の生徒なんですけどー、実はボクも彼女のこと見張ってて、それで出来れば穏便に済ませたいので、ちょっと事務所の方ついていっても良いですかw?」


 突然現れた謎の男の言葉に、店員さんも定標もキョトンとしてしまった。




 △▼△▼△




 その後、平戸さんが上手いこと店員さんを言い包め、俺たちは定標と共にスーパー二階にある事務所に通された。


「だぁかぁらぁ! あーしは今日が初めてだって言ってんだろ!?」

「ここ数週間の間、劉浦高の女子生徒がやってるという目撃情報があるんだ。君に当てはまるじゃないか」

「知らねぇよ! 誰が何言おうがあーしは初めてやったんだよ!」


 先程から繰り広げられている初犯か常習犯かの言い争いは、一向に前進しない。定標は初めてやったの一点張りだし、店員さんの方もなかなか折れず、これまでの万引きもお前だろと意見を曲げない。

 パイプ椅子に踏ん反り返り、およそ万引き犯とは思えない偉そう態度を取る定標に店員さんはため息混じり言う。


「こっちだってね、鬼じゃないんだ。若いからそういうことしちゃう気持ちもわかる。盗んだ分の商品の代金払って、今後万引きしないって誓ってくれたら家族も呼ばないし、警察にも通報はしないから」

「はぁ? あーしはあんたがあーしのこと常習犯みたいな言い方するからキレてんだよ。そっちが謝んないなら金払わないから」

「いやいや君ねぇ……」


 このまま不毛な話を続けていては、家族召喚警察通報とか穏便とは言い難い状況になってしまう可能性が高い。俺は定標を助ける気持ちで口を開く。


「なぁ、初犯だろうが前もやってようが知らんけどさ、とりあえず今日はちゃんと金払おうぜ。代金払えば見逃してやるって言ってくれてんじゃん」

「うるせぇよ陰キャは指図すんな」

「んだとゴラぶち殺されてぇのかオイ? こっちが優しく諭してやってんのになんだその態度……」

「まぁまぁまぁまぁww。穢谷くん、一回言われただけでキレ過ぎだってwww」


 久々にカチンときた俺を宥める平戸さん。次いで定標に向き直る。


「君もさぁ、家族呼ばれるのも逮捕されるのも嫌でしょw? ここは厚意に甘えて代金払って謝ろうよw」

「金持ってない。払おうにも払えないし」

「じゃあ家族に連絡するしかないよーw」

「ふん、あーしが番号教えると思う?」


 腕組みして平戸さんの顔を見ることすらせず、ナメた口を利く定標。流石はヤンチーギャル、一筋縄じゃいかない。

 学校内じゃ春夏秋冬イジメ、外に出れば万引き。とんだ問題児だ。


「……てかお前、本当に欲しいと思ってこの商品取ったのか?」


 俺がテーブルの上に広げられた定標の盗った商品を指差すと、定標は仏頂面で答える。


「当たり前だろ。欲しくないもんのためにわざわざこんなことするわけないじゃん」


 そうは言うが、コイツが万引きしてる様子を見た感じ、俺はどうもあの商品が欲しいと思ってはいなかったように見えたのだ。ただ無差別に目に入った商品を取った、盗むという行為をしたかっただけみたいな。


「で、どうすんの? 代金払わないんだったらご家族呼ぶか、警察だよ」

「……チッ、うるっせぇな」

「仕方ない。今日は穢谷くんがとりあえず払うしかないねw」

「はっ? なんで俺!?」

「すみません、そういうことでいいですか〜w?」

「まぁ……別にお金払ってくれるならこっちとしては誰でも良いけど」


 いや良いんかい。そこはちゃんと万引きした人間に払わせようよ。

 結局、俺が払うみたいな流れが出来てしまったので千二百円を渋々店員さんに手渡し、定標は解放された。何故俺がコイツの保釈金払わないかんのだ。


「今日はこれで許してあげるけど、もう二度とこんなことは……」


 店員さんの忠告も聞かず、定標は事務所を出て行った。俺と平戸さんは店員さんに頭を下げ、定標を追う。


「おーい、ちょっと待てって!」

「あ? なに?」


 スーパーから出てすぐのところにいた定標に声をかけると、彼女はいつも通りの不機嫌そうな顔で振り返った。いつもいつも何がそんなに不満なんだ。俺が言えた口ではないが、そんな顔をしていては出来る人間関係も出来ないんじゃないか。


「何じゃねぇよ。こちとらお前の盗んだ分の金払ってやったんだぞ」

「頼んでねぇのに勝手に払ったのはそっちじゃん。後お前、このこと誰かに言ったら殺すからな?」


 定標はそう言い残し、くるりと踵を返してどこかに行ってしまった。平戸さんは俺が代金を払った定標の盗んだ商品のひとつである柿の種を食べながら呟く。


「あの感じだと、また万引きしてもおかしくないねぇw。どうする? あの子が万引きしなくなるまで付き纏うww?」


 もちろんそんなこと出来ない。アイツとの会話は気分が悪くなるし、正直もう二度と関わりたくもない。

 だが今回は万引き犯を特定することが目的ではない。校長からはその万引き犯に二度と万引きさせないようにしろと言われているのだ。定標に絶対に万引きさせないようにするにはどうすればいいのか……。

 何にしても彼女に関する知識が少ない。定標について詳しく知ってそうな、と言うか確実に知っているであろう元友人さんに聞いてみるとするか。

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