第2話『あーしだって……マジで好きだったし!』

No.3『ボクが帰ってきたよw!』

 月曜日。春夏秋冬へのイジメは相変わらず行われており、今日も朝登校してきた春夏秋冬の歩いた後は濡れていた。

 春夏秋冬にとって今の席は非常に居心地が悪いことこの上ないだろう。周囲には春夏秋冬を取り囲むように陽キャ時代仲良かった人間が位置している。ここ最近、春夏秋冬の席付近の教室の空気は特に凍っているのだ。そしてそんな様子を見てスクールカースト中階層の人間たちはクスクス楽しげに笑っている。何ともまぁ悪趣味だ。

 定標じょうぼんでんはパーカーのポケットに手を突っ込み、机から足を伸ばして元より不機嫌そうだった顔を一層しかめ、聖柄ひじりづかはあの時のように心悲しそうな顔で虚空を見つめる。四十物矢あいものやは何故かニコニコと楽しげで、諏訪すわはいつものでしゃばりっぷりが嘘のように猫背になって口を真一文字に結び、初〆しょしめは普段と何ひとつ変わらない表情で文庫本に目を通している。表情自体はそれぞれ違うが共通して皆、楽しくなさそうだった。


 

『二年六組の穢谷葬哉は至急校長室に来てください』



 その日、帰りのHR終盤に差し掛かったところでそんな放送が流れた。いつもと似ているが、明確に違う点がひとつある。その放送に春夏秋冬の名が含まれていなかったのだ。

 クラスの連中もその変化に気付いたのだろう。俺を見た後に、席に座って窓の外を眺め微動だにしない春夏秋冬を見回して周囲とヒソヒソと話をする。


「穢谷行っていいぞー」


 担任がそう言う時には俺は既に荷物をまとめ、ショルダーバッグを肩にかけていた。立ち上がり、教室の後ろ扉に手をかける。

 廊下の空気がひんやりと顔を刺激し、少しだけ外に出ることを躊躇させたが、この教室内にいるよりマシだ。さっきも言ったけど空気凍ってるし。

 教室を後にして、教室のある一棟から校長室のある二棟への渡り廊下を通り、校長室まであと少しというところで前方から見知った顔が駆けてきた。


「穢谷くんっ!」

「……てのひら。こんなとこで何やってんの? てか、あれ? うちのクラスのHRは?」


 我がクラスの学級委員である掌は、何故か放送室から出て、俺の顔を見るなり駆け寄ってきたのだ。俺が首を傾げると、掌は呆れたように肩を落とした。


「私ね、放送部なの。いつも穢谷くんと朱々のこと放送で校長室に呼んでたの私だよ?」

「え、マジで!?」

「うん、まじまじ」


 驚く俺に向かって掌が例の聞き慣れたあの放送文を口にする。確かにまったく一緒の声だった。

 ヤッベェ、全然気付かなかった。なんか聞いたことある声だなとは思ってたんだけど。アニメとか吹き替え映画とかで聞いたことある声優さんの声だけど思い出せなくて、ようやくわかった時みたいな気持ちだ(伝われ)。


「穢谷くん、朱々に何があったの?」

「え?」

「今まで放送で穢谷くんと一緒だったのに、今日は穢谷くんだけ……こんなの初めてじゃん。それも、あの朱々のアレと関係してるの?」


 朱々のアレとは、おそらく文化祭の日の春夏秋冬の腹黒暴露のことだろう。

 関係しているかと言われれば、答えはイエスだ。あの暴露数分前に春夏秋冬と俺たちを呼び寄せていた東西南北よもひろ校長は、完全に関係を絶った。もう春夏秋冬は東西南北校長の面倒ごとを押し付けられることもない。だから今日、放送に春夏秋冬の名前は存在しなかったのだ。

 

「関係すると言えばする。でも詳細は教えられねぇ」

「そっか……わかった。朱々のこと、学級委員なのに何もしてあげられなくてごめんね」


 お前が謝る必要は無いし俺に謝る必要も無い。そう言い返したかったが、掌は黙る俺から逃げるように教室の方へ歩いていった。でも正確に言えば逃げたのは掌ではなく、黙った俺の方だったように思える。




 △▼△▼△




 校長室に着き、俺は今更だが違和感を覚えた。いつもだったら先導して春夏秋冬がノックせずに中に入っていく、俺はそれに続いていたのだ。だけど今日、その先導者はいない。何だか変な感じだ。

 俺はコンコンとノックし、中からの返事を待たず扉を開けた。すると。


「やっほー穢谷くんw! ボクが帰ってきたよw!」


 校長室に入るや否や、そんな明るい声が俺の耳に響いた。ソファーに腰を下ろし、湯呑み片手にせんべいを食べているニタニタ笑顔の童顔なこの人の名は平戸ひらど凶壱きょういち。一言で言うなれば、かなりヤバいサイコ野郎である。


「自宅謹慎、暇で暇で仕方なかったよ〜w。毎日反省文書かなきゃだったんだぜw?」

「それで済んだだけマシでしょ。ホントならあんたブタ箱行きだったんですから」

「はははは。手厳しいなぁ穢谷くん……w」


 ニンマリと這い寄ってくるような気持ちの悪い笑みを浮かべ、平戸さんは湯呑みをテーブルに置いた。


「でも、案外怒ってないんだねぇw。ボクは顔合わせた瞬間殴られるかと思ってたんだけど」

「……どうしてですか?」

「だって春夏秋冬ちゃんが今いじめられてるの、ボクのせいじゃんww! ボクが何もしなけりゃ春夏秋冬ちゃんもこうはなってない、そうでしょw?」


 確かにその通りだ。この人にも、罪悪感は無くとも自覚はあるらしい。

 文化祭の日。春夏秋冬の大切な家族でもある人気モデル、雲母坂きららざか黎來れいながマル秘ゲストとして登場する予定だった。しかし雲母坂さんの元には今日のショーで殺すという脅迫状が届いたのだ。

 結果として、雲母坂さんはステージに上がった。だが脅迫状の件を平戸さんに話してしまったおかげで、このサイコ野郎は雲母坂さんがこの世に存在しなければ一連の問題は起こることもなかったと、とんでもない極論を出し、本気で雲母坂さんを殺そうとした。

 春夏秋冬はそれがキッカケとなり、現状ひどい目に遭っているのだ。


「別に、俺がアイツに代わって怒る理由も無いですから」

「へー。そっか」


 俺の返答に平戸さんはつまらなそうにせんべいに手を伸ばした。


「さて、無駄話は終わったかな?」

「無駄話ってひどいなぁw。ボクは穢谷くんとの再会を楽しみにしてたんだよw」

「そんなの知ったこっちゃないね」


 平戸さんの言葉をすっぱり斬り捨てる東西南北よもひろ校長。この人こそが、過去患っていたPTSDの症状再発でパニックに陥り、雲母坂黎來さんを殺そうとした平戸さんを擁護した張本人だ。何を隠そう、この人が俺と春夏秋冬に平戸さんを止めるなという命令を下し、春夏秋冬はそれを守らず雲母坂さんを平戸さんから救ったことにより、腹黒暴露という結末を迎えることになったのである。

 金の亡者で生徒の弱みを握り、面倒ごとを押し付けるゲスな校長。それが東西南北よもひろ花魁おいらんという女性だ。


「本題だが、また君たちにひとつ仕事を頼みたい!」

「……でしょうね」


 それ以外で校長が俺を呼び寄せるなんてこと絶対にしない。所詮、校長にとって俺は言うことを聞いて問題解決してくる犬でしかないのだ。

 前々からそれはわかっていたこと。でも、校長が春夏秋冬の秘密が録音されたボイスレコーダーの内容を放送で暴露するとマジの顔で言った時、改めてそれを思い知らされた。あぁ、この人にとって俺たちはその程度にしか想われていないんだなと。

 事実、今目の前で社長椅子に踏ん反り返って座っている校長の脳内に、春夏秋冬のことなど一ミリも残ってもいないように見える。そんな校長を見て、少しだけ切ない気持ちが俺の心臓をキュッと縮こまらせた。


「実はね、ここ数週間で商店街のスーパーから万引きが多発しているそうなんだよ」

「よくもまぁそんな学校と全く関係ないような話持ってきますね」

「いやいや穢谷くん。今回ばかりはうちの学校にも関係している。スーパーの店員曰く、その万引き犯は我が劉浦高の制服を着ている女子だったそうなんだよ」


 なるほど、海の家バイトという学校にマジで関係ない仕事を課せられたこともあるからまたその類かと思ったが、今回はちゃんと関連性があった。


「ボクらに万引きGメンしろってことw?」

「まぁそうだね。ただ生徒を犯罪者にはしたくない。盗みを働く前に捕まえるんだよ? そしてその子にもう二度と万引きさせないようにするんだ。いいかい? わかったら返事っ!」

「はーいww!」


 校長と幼馴染である月見さん曰く、五年前平戸さんの暴力事件がキッカケとなり東西南北校長はPTSDを発症したそうだ。しかし校長は何かの拍子に平戸さんのように振る舞うことでそれを克服し、今度こそ生徒の傷付かない平和で平穏な学校を作ると宣言したらしい。

 今も校長がしつこく確認を取ってきているのも、それが所以だろう。生徒をあくにしたくはない、平戸さんが雲母坂さんを殺そうとしていた時に校長が漏らした言葉だ。悪にしたくないのなら人殺ししようとしている平戸さんを止めるべきなのではと思うかもしれないが、その時の校長はプチパニック状態で頭が混乱していた。仕方ないと言えば仕方ない。

 でも春夏秋冬に対して校長が秘密を暴露するという判断を下したのも仕方ないと言えるかと問われれば、俺は首を横に振る。

 春夏秋冬にだって色々な葛藤を経て正しいことをしたし、校長だって様々なものを抱えて正しいと思ったことをしたのだ。どちらが悪いなんて言えない。と言うかどちらにも悪いところがあるし……。

 そうやって思考を巡らせていると、校長から『早速今日から見張りに行ってくれ』と言われたので、平戸さんと共に商店街へと向かった。

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