No.2『今日私あの日なの』

「起立、気を付け、礼っ!」


 学級委員、てのひらさざなみの号令にクラスの連中は従い担任に頭を下げ、部活や自宅、寄り道などそれぞれ向かっていく。

 今日は一二つまびらがドロップアウター組を招集し、話し合った日から三日経った月曜日。俺はその時決まった通り、春夏秋冬に自身の身に降りかかっているイジメについてどう思ってるか問うべく、HRが終わった後ひとりで帰る春夏秋冬の背中に声をかけた。

 都合の良いことに、周囲に人はいない。何かを話すには持ってこいだ。俺だってあの日、春夏秋冬に加担した身。いつ春夏秋冬のイジメの火の粉が飛んでくるかわからない。こうやって自分の身を案じている時点で自分の根っからのクズさを実感する。


「おーい春夏秋冬、ちょっと聞きたいことが……って、なんだお前! 顔色悪っ!!」


 振り返った春夏秋冬の顔を見て、俺は飛び退いてしまった。と言うのも彼女は死人顔負けの青白い顔をしていたのだ。春夏秋冬は俺の反応に対して訝しげな目を向けてきた。


「えぇ? あぁ……いや、今日私あの日なの」

「あ、女の子の……?」

「うんそう。一日中気分悪くって」


 一二の援交写真の一件の時はデリカシーの欠片も無い俺が春夏秋冬が生理であることを見抜き、指摘してしまい、若干キレられたのだが。今日はそんな素振りは見せない。恥ずかしさとか言ってる余裕ないくらいキツいのだろうか。

 だいたい男は生理中の女をいたわるべきだと言うが、そんなの無理な話だ。だってこっちは生理のツラさわかんないんだから。


「で、なんだっけ。聞きたいことあるんでしょ?」

「ん、あぁ。その……大丈夫なのか? えっとー、嫌がらせの方は」

「あー、イジメのこと?」

「……うん、そのことです」


 せっかく俺がはっきり言わず濁したのにお前がはっきり言っちゃったら俺の気遣い無駄じゃないですか。

 だけどまぁ、昨日から思ってたがこんなこと聞くまでもなく、答えはわかる。例え春夏秋冬がひどい嫌がらせを甘んじて受け入れているのだとしても、毎日毎日受け続けて大丈夫なわけがない。俺は自分で大丈夫かと聞いてしまったことをちょっとだけ後悔したのだが。


「うーん。まぁこんなもんかぁって感じかな」

「はっ!?」


 春夏秋冬はケロッとした顔でそんなことを抜かした。予想と反していたため、俺は間抜けな声をあげて目を見開いてしまう。

 しかし春夏秋冬は俺の驚き顔を見て可笑しそうに力無く笑い、すぐに俯いてボソッと言う。


「いや、ごめん嘘。結構しんどい」

「なんだよ。どっちだよ……」

「ちょっと見栄張ったの。私のこともっと理解しなさいよ」


 そう言って何故か不満そうに口を尖らせる春夏秋冬。俺に他人のこと理解しろなんて言うだけ無駄だっての。お前こそ俺のことを理解してくれ。

 春夏秋冬はため息をひとつ吐き、疲れ果てたように肩を落とす。ように、と言うか実際疲れているのだろうけど。


「嫌がらせ自体は受けるだろうなって思ってた。だから心の準備も出来てたの。でも、いざ実際に受けてみたら結構キッツいのよねー」

「んまぁ、だろうな」

「特に、此処ここが中心にやってるってのはちょっとこたえたかな」

定標じょうぼんでん?」


 俺が首を傾げると、春夏秋冬は何やら意外といった顔で見てきた。


「穢谷、人の名前覚えられるようになったんだ」

「いや元から覚えられはするから。あと定標は何となく覚えてただけだ」

「ふーん、そうなの」

「んで定標が中心になって嫌がらせしてくることの何がこたえるんだ。俺は一番にやってきそうな女だなって思ってたんだけど」

「……まぁパッと見そう思うわよね」


 春夏秋冬はそう呟いて口を噤んだ。それがこれ以上は聞くなって意味を持ってそうだったので、俺はそれ以上追求しなかった。ホントはするべきだったのかもしれないけど、今日の目的は春夏秋冬が助けを求めているか否か。あまり深掘りする必要もない。


「にしても、なんで穢谷が私に大丈夫かなんて……って、どうせアイツらに聞いて来いとか言われたんでしょうね」


 春夏秋冬の言うアイツらとは、おそらく昨日会合をしたメンバーのことを言っているのだろう。相変わらず鋭いお人だこと。


「まぁそうなんだけど。俺だって全く心配してないわけじゃねぇからな」

「あっそ。それは嬉しいわー」


 その反応は一切信じてないですねチミ。春夏秋冬の中で俺は他人を慰ることが出来ない人間なのか。俺だってそこまで人間腐ってないわけで。むしろ腐るどころか発酵して、濃厚なまでに人間臭いまであるわけで。

 

「一応ホントに悩んだんだぞ。イジメってなんでなくならないんだろうとか」

「私を助けなきゃいけないんじゃないかってことで悩んでくれてたらポイント高かったわね」

「あ、そうそう。助けるで思い出したんだけど、一二がお前のこと心配しててさ。何か力になりたいって言ったんだけど」


 俺は説明するのが面倒くさくなったので、手っ取り早く昨日のことを端折った。すると春夏秋冬は、ぽしょっと小さく何かを呟いた。


「……ほしい」

「え? なに?」

「……。私は全然大丈夫だから、気持ちだけ受け取っとくって言っといて」

「そか」


 春夏秋冬がそう言うのであれば、俺は一二にそのまま伝えることにしよう。例え本当は大丈夫じゃなかったのだとしても、本人が助けを求めてこないのに手を差し伸べるなんて偽善行為、俺は絶対にしたくない。

 俺は春夏秋冬の左手首に巻かれたシュシュを一瞥し、また何故かホッとするのだった。




 △▼△▼△




 私はまた強がってしまった。

 強がる必要なんてもう全く無いのに。

 誰かに助けて欲しいと思っていても、それを素直に受け入れることが出来ない。

 子供だ。他人からのアドバイスや救いを無下にするガキと、私は何も変わらない。

 文化祭が終わった次の週から始まったクラスの連中からの嫌がらせの数々は、正直今でも慣れない。

 ツラいし、しんどいし、泣きそうになる。と言うか家でひとり泣いている。

 泣いて、泣いて、泣きじゃくって。だけど誰も私を慰めてくれはしない。当然だ、それだけのことをしたんだから。ここ最近毎日泣いて、もう涙も枯れ果てたと思っていた。

 でもいざ穢谷に心配していると言われた時、危うくまた泣きそうになってしまった。あれだけ泣いたのに、私の涙のストックはまだ余裕があるらしい。

 だけど今はまだそれで済んでいるのだから良しとしよう。本当にどうしようもなくて、死ぬほどツラくなるまでは、まだまだ私は倒れない。

 倒れてやるものか。絶対に嫌がらせごときに負けない。

 私は彼のプレゼントしてくれたシュシュを巻いた自分の左手首をギュッと握り締め、油断したら言葉として漏れてしまいそうな弱音を飲み込んだ。

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