第1話『あたし、絶対に許せないんですっ!』

No.1『いや、それ全然イジメだろ』

 文化祭が終わり、月は十二月に入った。本日第一金曜日の放課後、俺はいつものファミレスにやって来た。壁際のソファー席に腰を下ろし、ドリンクバーからカルピスソーダを注ぐ。甘く、それでいて口の中に程良い刺激があるこの飲み物は、きっとこれから数百年と飲まれ続けるのだろう。


「今日、みんなに集まってもらったのにはわけがありますっ!」


 オッドアイで片目が黒片目が灰色という可愛い可愛い愛後輩、一二つまびら乱子らんこはファミレスに招集した人間が全員揃うと、声高々に席を立ち上がった。


「ズバリ〜……朱々ちゃんがイジメにあっている件についてですっ!」

「あー、それっすか。最近すっごい噂になってるっすもんね」


 一二の隣で大きいチーズインハンバーグを一個ずつ切り分けながら、大して興味無さそうな顔をするキモデブオタク、夫婦島めおとじま。ハンバーグ食べる前に一回全部切る派なんだな、猛烈にどうでもいい。

 夫婦島のテキトーな返しに一二は頬を膨らませ、夫婦島のナイフを持つ手を握り締めた。


「それっすかじゃないよぉ〜! 朱々ちゃんがそんなことになってて大変だなって思わないの〜?」

「そ、そりゃ思わないことはないっすけどっ、ちょ……力強いっす、痛い痛い!」

「あたし、絶対に許せないんですっ! 朱々ちゃんがそんなことにならなきゃいけないなんて……」

「お願いだから怒りを僕の手を潰して発散させないでくれっす!」


 夫婦島が一二にツッコミを入れると、一二はハッと我に返り手を離した。夫婦島は不機嫌そうにしかめっ面をし、手をさすりながら言う。


「でもまぁ、実際そんだけのことしたってのも事実なんすよね? 文化祭の日に体育館で色々あった後、クラスの人に向かって思いっきり悪口言っちゃったって聞いたっすけど」

 

 そう言う夫婦島の目線は俺に注がれていた。俺はそれに答えるため、首を縦に振る。一年生の方にまで話が広まっているのか。まだあれからほんの数日だと言うのに。

 すると俺の隣から二メートル級巨人、もとい一番合戦いちまかせさんが首を傾げて不思議そうな声音を出した。


「えー、そうなのか? オレらのクラスじゃ春夏秋冬がクラスメイトに暴力振るったって聞いたぞ」

「そっちは嘘ですね。春夏秋冬は悪口しか言ってなかったですよ」

「ほら、こちょーした悪い噂も流れてるよ〜」


 文字として表記したら絶対に平仮名だろうなって感じの一二の言葉。きっと意味知ってるけど漢字は見たこともないんだろうな。まったく、可愛い後輩だぜー。


「んで、結局一二はどうしたいわけなん?」

「あ、うさぎちゃ〜ん。聞いてたんだ〜」


 ドサッと背中から倒れるように俺の隣に座ったのは同じ劉浦りゅうほ高校定時制三年で、このファミレスでバイトするヤンママ(旦那には妊娠したと告げた瞬間逃げられたらしい)、月見つきみうさぎさんだ。ウェイトレス姿の月見さんを見て、夫婦島が鼻の下を伸ばすでもなくただただほっこりした顔をしているのが絶妙に気持ち悪い。


「ちょこっとな。春夏秋冬が今そういう状況なのも花魁おいらんちゃん絡みだろ? アタシも耳に入れときたいし」

「そっか〜。えと、どうしたいかって言うと、あたし朱々ちゃんを助けたいんですっ」

「助けるっつったって、どうすんだよ。イジメやめてくださいとでも言う気?」

「そ、それはまだどうするか考えて無いですけど〜……。今からみんなで考えるんですよぉ!」


 一二の無鉄砲さに呆れたようなため息を吐く月見さん。俺の注いできたカルピスソーダを手に取り、俺の許可を得ることもせず一気飲みしてしまった。


「穢谷、クラスで見ててどうなんだ?」

「どうって言うのは、イジメの実態のことですか?」

「うん。さっきみたいに誇張されてイジメにあってるって噂が広まってるってわけではないんだよな」

「……そうですね。イジメと言えばイジメなのかもしれません。春夏秋冬がどう感じているかはわかりませんけど」


 俺が濁した曖昧な言い方をすると月見さんは眉を顰めて睨みつけてきた。怖い怖いって、そんな睨まないでよ。

 しかしながら俺がそんな言い方をしたのには理由がある。確かに文化祭が終わってから我がクラスで春夏秋冬へ嫌がらせをしようみたいな風潮が蔓延はびこっているのは事実だ。ただ……。


「その嫌がらせがイジメなのかどうか俺にはよくわかんなくて……」

「嫌がらせって、例えばどんなんっすか?」

「そうだな。上履きとか教科書が水で濡らされてたり、空気みたいに見えてないように振る舞ったり、筆箱の中身壊してたり、春夏秋冬の私物隠したりゴミ箱に捨ててたり、ワザとぶつかって舌打ちしたりとかかな。はたから見てたら、毎日毎日よくやるわって感じなんだけど」


 俺が覚えている範囲で春夏秋冬に対して行われていた嫌がらせを、指を折りながら口にすると。


「いや、それ全然イジメだろ……」

「だよねぇ〜」

「むしろイジメ以外に表現の仕方がないっすよね」

「よくわからんけど、ひっでぇなそりゃ!」


 そうなのか。やっぱりイジメなのか、アレは。てことは俺小学校の頃一年間くらいイジメにあってたことになるんだけど……俺って意外に鈍感説ある?


「でもほら、やっぱりこちょーされてなかったでしょ〜。朱々ちゃん救出大作戦を決行すべきですよぉ」

「大作戦って言ってもはっきり言って、僕らみたいなのに出来ること無いと思うっすけどね」

「えぇー、何でだよ! やってみないとわかんないじゃんかー」

「いやいや一番合戦パイセン考えてみてくださいっすよ。自分で言うのも何っすけど、僕ら学校内で春夏秋冬パイセンのイジメに対抗するほどの権力持ってないっしょ?」


 夫婦島の言葉に一番合戦さんは難しそうな顔で首を捻る。

 でも夫婦島は間違ったことは言っていない。春夏秋冬朱々のイジメに関して俺たちが出来ることなんて無いのだ。夫婦島はそもそも教室に登校していないし、一二は俺が言うのもなんだが援交していた時の名残で全然友達がいない。一番合戦さんは脳筋バカだし、月見さんはヤンキー度で言えば強いけど俺たち全日制の人間には『誰?』ってなるし。

 要するに、俺たちが何を言おうが何をしようが影響力がゼロなのだ。


「あ、あの……自分発言、いいですか?」


 沈黙が流れていたその場におずおずと手を挙げたのは、今まで静かに話を見聞きしていたたたりみやび。全員の目が祟に向くと、祟は少し居心地悪そうに居住まいを正した。


「春夏秋冬さんは、ホントに……その、助けを求めているんでしょう、か?」

「んと、どういう意味〜?」

「春夏秋冬さんは自分から、そうなることを選んで、それで今こうなってて……。多分、春夏秋冬さんも、こうなってしまって当然だとは思ってるはずなん、ですっ! だから、えと……春夏秋冬さんが今イジメにあっているとしても、それは自分で選択した結果なので、あまり無闇に助けてあげようって言うのはどうかと思う、ですっ」


 祟はところどころつまりながらも、自分の意見を口にした。

 祟の意見を要約するに、春夏秋冬は自分から人気者であることをやめる選択をした。その結果どうなるか、春夏秋冬だって馬鹿じゃない。ある程度わかっていたはずだ。だから今イジメにあっていることも当然だと思っていて、甘んじて受け入れているかもしれないから、第三者の我々は手出ししない方がいいんじゃないか、的なことだと思う。

 もっと簡単に言えば春夏秋冬にとって俺たちの手助けは大きなお世話になる可能性があるということだ。『地獄への道は善意で塗装されている』ってヤツだ。良かれと思ってやったことが、思いもよらない悲惨な結末を迎えることになるかもしれないのである。

 一二は祟の意見を聞き入れ、俯いて少し思案する。だが一二にだって一二の考えがあり、だからこうして俺たちを招集したのだ。ちょっとだけ不安そうな顔をして、一二は言う。


「でも、朱々ちゃんは葬哉くんと一緒にあたしの人生を変えるきっかけを作ってくれた人だし……それに体育祭の時はあたしのピンチに駆け付けてくれたの。だからあたしも何か朱々ちゃんのためになることをしたいんですっ!」


 その気持ちは素晴らしいものだ。だけれども、優しさが迷惑に感じることだってある。特に春夏秋冬のようなプライド高いヤツにとっては。


「まぁまぁ落ち着け一二。誰もお前の意見に反対してるわけじゃない」

「じゃあ葬哉くんはどうするべきだと思うんですかっ!? 朱々ちゃんのイジメを見てないことにして何もしないなんて出来ないでしょ〜?」

「いや……うん、まぁ?」


 わたくし、腐っても社会不適合者のゴミクズなんで出来なくもないですけどね。ただそんなこと一二の前で言えるわけもなく、俺は曖昧に頷いておいた。

 するといきなり夫婦島が俺を指差して、まるで超名案を思いついたみたいな雰囲気を醸し出してきた。


「もー、アレっすね。穢谷パイセンが春夏秋冬パイセンに直接聞いてくればいいんすよ!」

「はぁ? え、なんで俺?」

「クラスも一緒だし、ちょうどいいじゃん」


 俺の問いに月見さんが当たり前だろみたいな顔で言ってきた。いやいや皆ラインやらメールやらで聞けるでしょ。俺に限定する意味無くない? それに直接聞く意味もないだろ。


「一二も、穢谷が春夏秋冬に聞いてみるまでは何もしないってことでいいか?」

「んむぅ〜……了解ですぅ」


 がっつり不服げながらも、こくりと頷く一二。どうやら俺が春夏秋冬に問うことは決定事項のようだ。なんて理不尽だ、という言葉も今は口にしない方がいいだろうな。俺よりも理不尽味わってるヤツがいることだし。


「それじゃあ僕、そろそろメイドさんたちに顔出さないといけない時間なんでお先失礼するっす!」


 そう宣言して夫婦島は立ち上がり、このファミレスの真向かいにあるメイド喫茶へ。あの野郎、それが理由で話すぐ終わらせたかったから俺に全部押し付けやがったな。今度あったらマジ絞める。


「あ、オレもジム行かねぇと」

「自分も、そろそろおいとまっ、いたします……」

「あたしもバイト行こうかなぁ〜」

「んじゃアタシは仕事戻るわ」


 皆席を立ち上がり、それぞれの目的のためその場を後にしていった。ひとり残された俺は、厨房に戻る月見さんにフライドポテトを注文し、コップを持ってドリンクバーへ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る