プロローグ

『俺は傍観者のまま、何も出来ずにいる』

 イジメがどうしてなくならないのかと、真剣に考えたことはあるだろうか。

 俺は一度もない、興味が無いから。でも今から考えてみようと思う。

 そもそも何を持ってイジメと呼ぶ? パワハラ、セクハラと同じで本人がそうだと感じた瞬間や周囲がそう見えただけでそれは成立してしまうのか。

 もしそうなのだとしたら、結局人それぞれの主観によることになる。人それぞれにイジメだと思う思わないの度合いが違うし。

 それにいじめている側は自分がいじめている自覚がないとよく言う。どうしてそんなことになるのかと言えば、やはり人それぞれイジメだと思う感覚が違うせいなのではないだろうか。

 と言うことはだ。

 いじめられている側も被害者であるが、いじめている側もまた被害者という捉え方をすることも出来る。いじめている気はさらさらないのに、突然それがいじめられていると感じた当人、または傍観者によって密告された場合、その人間はいきなり悪と定められてしまう。自分の振りかざしていたものが相手にどう捉えられていたのかわからないまま、気付いたらイジメをした人間とされてしまうのだ。

 ただまぁ、高校生ともなれば相手の気持ちを察せる、気配りができるはずだ。個人的に気配り出来ない高校生はみんな俺より馬鹿だと思っている(俺が言えた口ではさらさらないが)。

 とにかく、自分がされたら嫌なことを他人にしてその相手が喜ぶわけがないってことを理解出来ないヤツがイジメを行ってしまっているのだろう。理解した上でいじめているのならそれはまた別の話になるが。

 イジメを行う側に自覚がないからイジメは永遠となくならない(当人、第三者のイジメだと感じる度合いによる)、これが俺の冒頭の問いに対する答えだ。逆に言えば、イジメだと気付いていない人間にそれはイジメに見えるからやめた方が良いと周囲が指摘すれば、イジメはなくなるということになる。その相手がマジの馬鹿な間抜けで、本当にイジメだとわかっていないヤツであるならば。

 いじめているという自覚があっていじめている人間に対してそれが言えれば苦労しない。完全に悪意アリアリで行われているイジメは、第三者の救いの手を許さない。いじめられている側を助ける行為は言わば自殺行為なのである。

 何故ならば自分までイジメの標的になる可能性があるし、もしくはそれまでイジメにあっていた人間から完全に標的チェンジされることもあり得るからだ。誰だってイジメの被害は受けたくない。イジメの標的になるくらいなら、傍観者決め込んだ方がマシだ。

 だけどその標的がもし自分の友人だった場合、はたしてどうする。

 人間は多数派が正しい、多数派じゃないヤツは空気読めてないみたいに考えてしまう。集団の心理というヤツのひとつだ。他の例を挙げれば、自分ひとりだけが遅刻していたら焦るけれど、他にも大勢遅刻していたら不思議と安心してしまうとか。

 とにかくナメてかかっちゃいけないのがこの集団心理の怖いところで、罪悪感が薄れてしまうらしい。大勢で悪いことをしても、大勢がしているのだから自分ひとりやっても良いかみたいな感じで。

 さらには大勢いるから責任感はなすり付け合うことが出来るため薄れ、所謂いわゆる人のせいにしてしまうのだ。要するに、一度イジメが始まってしまうと集団心理によってなかなか収集が付かなくなってしまうのだと思う。

 であれば、そもそもイジメに遭うようなことをしないようにすれば良いのではないだろうか。個々がそれぞれイジメの標的にされないよう、気配りしながら生活すればイジメ自体起こることもない。イジメは行う側が必ずしも悪いとは限らない、イジメに遭う側にだって何かしら至らない点があるかもしれないのだ。

 結論として。イジメは一度火が付くと消化は困難だが、未然に防ぐことは出来る。それぞれがいじめられそうな理由を潰すことが大切というわけだ。


 何故、俺がこんな真面目なことを珍しく長々と考えているのか。それは今、知り合いの身に降りかかっているを、俺が無視してしまっているからだ。

 いや今だけじゃない。あの文化祭のあった日から明後日には既にそれっぽいことが起きていた。それに気付いていながら、俺は何も行動しなかったのだ。

 やっぱり俺は、とても弱い人間だ。今こうして無駄に思考を巡らせていることさえ、ただ現実から逃げているだけなわけで。

 それに俺は彼女のことをそんなことでは屈しないと人間だと勝手に決定付けてしまっている。俺の数倍強い彼女にも、耐えられないことだってあるのに。

 だが先程の思考から導き出された結果で言えば、彼女にも原因を作った理由が存在するはず。はずと言うか存在している。俺はそれを目の当たりにしていたのだから知っていて当然だ。

 

 春夏秋冬ひととせ朱々しゅしゅは文化祭の日の放課後。仲良いフリをしていたクラスの連中に向かって、思いっきり悪口と暴言を吐いた。それにより、学校一の人気者だった春夏秋冬は今や学校一の嫌われ者と化したのだ。

 亡き元人気モデルの母親よりも人気者になり、葬儀で自分の死を大勢の人間に悲しんでもらいたいというちょっと変わった目標、夢を持っていた春夏秋冬。文化祭の日、その人気と引き換えに大事な家族を守った。

 十年間も人気者になるべく努力を続け、自分を磨いていたのにそれが夢半ばで倒れ、悔しいに決まってる。それなのに、春夏秋冬の身には人気と夢を失った悲しみに飽き足らず、周囲からの嫌がらせも始まってしまっているのだ。この言葉は嫌いだし、使うのも嫌なのだが、春夏秋冬を客観的に見た時どうしてもこの言葉が頭をよぎる、あまりにも可哀想だと。

 春夏秋冬と元犬猿の仲であり、現状曖昧な表し難い関係である俺、穢谷けがれや葬哉そうやが何か彼女のためにしてあげられることはあるだろうか?


 ……なーんにもない。考えなくったってわかることだった。

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