No.20『今は俺の推理披露タイムでしょうが!』

「あんただと思ったぜ。雲母坂さんがこの学校でショーをすることを知っていて、そして殺すならこの体育館内に……」

「うわぁぁぁ!!」

「うぉっ!? あっぶねぇ!」


 包丁の先を俺に向けて猛突進してきた雲母坂マネージャー。ギリギリで俺は横に飛び、避けることが出来た。おいおい、ここはまず俺の推理披露タイムでしょうが。お前が俺を殺しに来るのは俺の話を聞き終わってからが定石だろー?


「黎來を殺して僕も死ぬんだ! いや、死ぬつもりだったんだよ! それなのに、変な邪魔が入って……あの邪魔なヤツらもお前の差し金か!?」

「違ぇよ! なんだ黎來を殺して僕も死ぬって、どう思考したらそんな考え生まれるんだよ! バカかてめぇ!」

「バカにするなぁ!!」


 ブンブン包丁を振り回す雲母坂マネージャーの姿で包丁を使った人殺しが完全に素人だとわかる。まぁ大抵の人間がそうだろうけど。

 にしてもさっきからしつこく胸元を狙ってきているように感じる。心臓刺して一瞬で仕留めるつもりなのかもしれないが、人殺し素人が肋骨を避けて心臓をピンポイントに突き刺せるわけがない。


「僕は……黎來のマネージャーなんかじゃない。黎來とのソウルメイトなんだっ! 黎來と運命を共にする人間なんだ!」

「何言ってんのかわかんねぇよ。大体なんだって脅迫状まで送ってこんな大勢の前で殺そうなんて思ったんだ? あんたならいつだろうと殺すタイミングがあるだろ」

「わかってないな、僕と黎來の晴れ舞台を大勢の人間の目に焼き付けたかったからさ!」

「晴れ舞台……。悪いけど、俺にはそもそも愛する人を殺す心情が理解出来ねぇな」


 何故好きな相手を殺そうなんて考えが生まれるのだろう。好きなら一緒にいたい、生きたいと思うはずなのではなかろうか。しかもコイツの場合、殺した後自分も死ぬつもりだと抜かしているのだ。余計意味がわからない。人殺しの考えなど理解してしまってはいけないのかもしれないが、一度疑問に思うと俺は気になって仕方がなくなった。


「愛してるから一緒に死にたいって思うんだ。当然だろ?」


 あー、ダメだ。理屈じゃないらしい。理解しようなんて考えた俺がバカだった。

 さも当たり前のことのように首を傾げる雲母坂マネージャーの考えには一切シンパシーを感じない。良かった、俺はちゃんと常人のようだ。


「だけどお前、よく僕が脅迫状を送ったってわかったな」

「ん、あー。まぁな……」


 ここにきて俺の推理披露タイムをあちら側から作ってくれた。

 まぁ推理と言っても本当に単純なもので、周りに凄いと言わしめるひらめきや普通なら考えつかないような思考をしたわけじゃない。ただただ消去法で選んでいっただけなのだ。

 まず殺すという時点で自分が殺すか誰かに殺してもらうかの二つに分けられる。最初の時点で前者か後者か定めることは出来ないので、取り敢えず自分が殺すパターンで思考を進めると、脅迫状に『ショーで必ず殺す』と書かれていたので、犯人は雲母坂さんのショーの間に当然ながら必ずこの体育館にいることになる。そうして探す範囲を絞ることが出来た。

 次に犯人の特定だが、正直一番に怪しいと感じていたのはボディガードの黒スーツ着たあの二人だ。ボディガードやってるならよく知らないけど、人殺せる武器いくらでも持ってそうだし、それにボディガードという名目上体育館内の、しかもショーの間雲母坂さんの近場に位置していられる。どちらかひとり、もしくは両方ともが犯人なのではないかと思っていた。

 だが少し考え直すと、ちょっとした違和感があった。脅迫状の送られ方に関してだ。

 遡って時系列を考えてみると、春夏秋冬が雲母坂さんから脅迫状が送られてきたとメールで教えてもらい、その数十分後に放送で校長室に呼ばれた。そして校長室で東西南北よもひろ校長はこう言ったのだ。脅迫状が送られてきたことをついさっき雲母坂さんのマネージャーから聞いたと。校長のその発言は学校側よりも先に雲母坂さん側が知っているということになるのだ。

 要するに、もし一般人が学校の文化祭でショーが行われると知って殺しに来るのであれば、脅迫状は学校に送るんではないだろうか。脅迫状自体はメールなどのデジタルなものではなく、新聞の文字を切り取って作られたアナログなもの。あの紙を、校長に脅迫状が送られてきたと言った雲母坂さんのマネージャーはどうやって受け取ったのだろう。

 道行く最中に唐突に手渡されたのか、それとも自分が作ってさも送られてきたかのように見せたのか。もし道行く最中に手渡されたのなら、あんなに落ち着いて俺たちの会話を止めないはずだ。だから前者の可能性は低い。

 となると後者、雲母坂マネージャーが自分の手で脅迫状を作成したことになり、それはつまるところ雲母坂マネージャーが脅迫状の送り主、雲母坂さんを殺そうとしている犯人だということになる。

 という感じでゴチャゴチャ言いはしたが、最終的な犯人特定の決め手になったのは、雲母坂さんの待機していた応接室から出る時の雲母坂マネージャーの視線だ。アレを後から思い出し、コイツじゃないかという俺の中での予想の信憑性が高くなった。

 雲母坂マネージャーは俺と春夏秋冬二人が出て行く時に俺だけを睨みつけてきたのだ。よくある話で、アイドル好きが何故かアイドルをメッタ刺しにするみたいなヤツ。もしかしたらこの男もそのタチで、あの睨みは好きな雲母坂黎來に近付いた謎の陰気な男を威嚇していたのかもしれないと思った。というかそうじゃないと睨まれる筋合いもなかったのだ。とにかくその不自然な睨みが俺の中で犯人を決めた最後の決め手である。

 結果、体育館に来てみればボディガード二人は平戸さんの手によって始末され、残すところ目星は雲母坂マネージャーだけとなった状況で、体育館内を探し回り現在に至る。

 という話を長々とドヤ顔でしたかったのだが、今更感がすごい。だからコイツに話すのはもうやめた。


「今なら脅迫状を送ったのは自分だって名乗り出られる、俺を殺した後じゃ罪は重くなっちまうぞ」

「うるさいっ! 罪に問われるわけがないだろ! 人の恋路を邪魔するようなヤツ殺したって悪くない!」

「いや全然悪りぃから……っと!」


 俺の言葉を待たずに再度包丁を突き刺してくる雲母坂マネージャー。俺はそれを後ろに飛んで避ける。その後も刺しに来たら避けるの繰り返しで、俺も雲母坂マネージャーも徐々に息が上がってきた。

 チッ、雲母坂マネージャーの体型ヒョロヒョロだから俺でも何とかなるかと思ったが、自分もヒョロヒョロだと言うことを忘れていた。ヒョロヒョロVSヒョロヒョロであれば何とかなったかもしれないが、ヒョロヒョロVSヒョロヒョロ+包丁なら後者の方が強いに決まってる。

 だがまぁ、俺にだってとっておきの武器がある。何の策も無しにここに来るほど俺もバカじゃねぇ。


「何のつもりだ……?」


 俺は着ていた学ランを脱ぎ、まるで闘牛士のように学ランをヒラヒラさせた。そして小馬鹿にした感じで言う。


「へっ。お前なんかこの学ランだけで倒してやるよ」

「くっ……! ガキがナメるなよ! 死ね!」

「っとぉ。危ねぇ死ぬ……!」


 自分でも怖いくらい冷静だった。包丁持った相手にここまで無傷で逃げ回れて俺もなかなか生き意地汚いな。

 そんなことを考えながら体育館放送室を逃げ回っているうちに、俺はついに部屋の隅に追いやられてしまった。


「もう逃げられないぞ……今度こそ絶対に殺してやるっ!!!」


 そう叫んで包丁を真上から振り下ろしてきた雲母坂マネージャー。この攻撃で確実に俺を殺せたと確信している笑みをしていた。

 だがしかし、俺はこの攻撃を待っていた。俺は振り下ろされた包丁を持つ雲母坂マネージャーの手を二つに折った学ランで受け止めた。いくら刃物とは言え、学ランの生地には勝てない。


「……んっ!? なっ!」

「学ランの生地の厚さナメん、なぁ!!」

「ぐぁぁぁぁあ!?」


 攻撃を止められたことで動転する雲母坂マネージャーへ、俺はズボンの後ろポケットからスタンガンを取り出し、腹に思いっきり押し当てた。すると雲母坂マネージャーは想像よりも苦痛な声をあげて倒れる。俺は倒れたところにトドメの一撃と言わんばかりに再度スタンガンを喰らわせておいた。

 

「ふぅ、一二助かった。にしてもこれ日本製じゃねえな、威力強過ぎるぞ……」


 そう呟いて護身用のスタンガンを貸してくれた一二に心中頭を下げる。床に落ちてしまった学ランを手に取り、ホコリを手で払ってから袖に腕を通してボタンをとめる。あー、怖かった。今になって足震えてきちゃったよ。

 俺は最後にこの放送室に来た時こっそり入れておいたマイクスイッチを切り、急いで部屋から退散した。やがて野次馬か教師かがやってくるはずだ。コイツの後処理はソイツらに任せるとしよう。

 俺の声だとわかる人間はほぼいないだろうし、そもそもマイクが離れているのでわーわー叫んでいた雲母坂マネージャーの声しかマイクに拾われていないと思うので、俺が関与しているとは誰も気付くまい。



『二年六組の穢谷葬哉と春夏秋冬朱々は至急校長室に来てください』



 俺がスマホを操作し、春夏秋冬へ連絡しようとしていたところに、その放送が流れ込んできた。

 さて東西南北よもひろ校長は、命令を破った俺と春夏秋冬へ何と言うのか……予想出来ないし、予想したいとも思わなかった。

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