No.19『これは完全にしてやられたなぁww』
平戸凶壱と名乗った生徒の殺すという言葉はとても軽々しく聞いた人間は到底本気だとは思わない、笑い飛ばされてしまう……はずなのに、会場の生徒たちは何故かゴクリと生唾を呑んで、黙り込んでしまった。
三日月のように口角の上がった笑顔や口調、振る舞いが殺すという行為にあまりにも不似合いで異常なほどに噛み合わず、会場全体の空気が一瞬で凍ったようにも感じる。
「え、えっと……もしかして、脅迫状の送り主さん?」
私はマイクを口から遠ざけ、平戸凶壱に恐る恐る問う。すると彼はより一層目を細め、楽しげにブンブン手を振り否定してきた。
「違うよ〜w。ボクは現状発生している問題を解決するための諸悪の根源を断ちに来たんだw!」
「諸悪の根源……? っていうかボディガードの二人は……」
「あーw。ボクのこと邪魔してきそうだったから、二人とも動けないようにしといたよww!」
無邪気に笑って言う凶壱の様子はまさしく異常の一言に尽きる。何なのこの人は。普通に包丁持って突進される方がまだマシだ。
私は舞台袖に目を向ける。待機してもらっていたはずのボディガードは、いつの間にか消えていた。
「でも安心してww! 彼らは仕事を全うしようとしただけで悪いことはしてないからね、殺しちゃいないよw」
突然マイク無しに会話を始めた私と彼に困惑し、会場は静まり返っていたのが徐々に騒々しさを回復していった。
「なんで……脅迫状の送り主さんじゃないのになんで殺すなんて言うんですか!?」
「ん〜、だからさっきも言ったでしょww? 君が
「私がいなくなったら問題解決って、意味わかんない!」
私の頭は少しだけ混乱状態になりつつあった。どうして話したこともない平戸凶壱が脅迫状の件を知っているのか、自分が存在しなくなることが問題解決にどう繋がるのか、この人はこんなに飄々としているが、本当に殺す気なのか。そういった疑問が多く、私はつい彼に怒鳴る。すると彼はさも当然のように、自分は何も悪くないかと言わんばかりの表情で私に説明してきた。
「君がいるから
もちろん納得なんて出来るわけがない。それよりも私は、自分が殺されなくてはいけないことを正当化しようとするこの人に恐怖を感じた。ベラベラ長々と喋っていたが、全て屁理屈と片付けることが出来るような御託だ。それなのに何故、一瞬自分は死ぬべきなのかもしれないと思ってしまったのか。御託は御託でも口達者な彼がさらに言葉を続けていれば、もしかすると言いくるめられていたかもしれない。
そして何よりその御託、屁理屈が本当に正しいと自分自身の考えを何ひとつ疑っていない点が気味が悪く、恐ろしい。自分の意見を信じてやまないその姿は異常としか言えない。
でも、この人のペースにさせちゃいけない。そう思って私はギュッとマイクを握る力を強め、今度は自分の意見を彼にぶつけた。
「私は死にたくない……! 私が生きていることで周りに迷惑をかけてしまっていても、私は絶対に死なない! 見ず知らずのあなたに殺されるもんか!!」
「へぇ〜ww。そう、かいっ!」
「キャッ!」
彼の拳が私目掛けて飛んできた。速いパンチを何とか避けたといった感じで、観客のみんなはそのギリギリの攻防にハッと目を見開く。
尻もちをついた私の前に立ち尽くし、彼は再度拳を握り直した。まずい、逃げなきゃ……! 本当に殴られるっ!
「人生の中で時には頑張るだけ無駄なこともあるって覚えた方が良いかもねw。って言っても今更だけどっ!」
「やめて平戸先輩!」
よく通る声が彼を呼び、パンチは私の眼前でピタッと止まった。助かった……本当に殴られる覚悟をしていたところだ。でも拳で殴り殺されるってあんまり聞いたことないなぁ。この人、どれだけパンチの威力に自信あったんだろう。
まぁそれはさておき。私と彼が同時に声のした方を向くと、そこには長い黒髪を淡い虹色のシュシュでひとつにくくった、可愛らしくもあり美しい女子生徒、私の
「おぉ〜、
朱々ちゃんがステージに立つと、この人の時とはまた違ったざわつきが巻き起こった。でも朱々ちゃんはそんな喧騒は気に留めず、彼へ睨みを利かせる。
「それ、自分が悪者だって自覚があるってことですよね。今すぐ黎來から離れてください」
「そんな怖い目しないでくれよーw。ボクだってこれが最善策だって思ってやってるんだからさぁw」
朱々ちゃんの鋭い眼光が彼だけに向けられ、彼は口を尖らせた。朱々ちゃんは彼の物言いに少しだけ額に青筋を立てる。
「最善策……? 人を殺すことの何が最善になるって言うんですか!」
「んー、さっきも雲母坂さんに長々と話しちゃったし、それはまた今度でもいいかなw?」
と笑いながら首を傾げた瞬間。
「うぉりゃぁぁぁあ!!」
朱々ちゃんがやって来た方とは違う側の舞台袖から大声を出して凶壱に突進する丸々と太った男子生徒。太った彼は自分の身体を平戸凶壱にぶつけるべく、全力疾走で駆け抜ける。体重で言えば確実平戸凶壱に数倍勝っていそうだし、彼のタックルを喰らえば平戸凶壱は倒れる……。
「ぎゃふんっ!」
……と思ったのだが、しかし。渾身のタックルは平戸凶壱に足を引っ掛けられたことで体勢を崩し、太った彼はそのまま顔面から床にすっ転んでしまった。うわぁ、すごい痛そう。全然起き上がってこないけど、大丈夫かな。
「まったく〜、君が話して気を引かせてるうちに
「平戸ぉぉぉぉお!!」
「っ!?」
刹那、太った彼よりも巨大な男子生徒がホリゾント幕の裏から飛び出し、平戸凶壱の背中へ強烈なタックルを喰らわせた。平戸凶壱は数メートル宙を飛び、床に叩きつけられた。
「おい平戸ぉ! なんかよくわからんけど、人殺すのはダメだろぉ!」
「イッタタ……まさか
舞台床に身体全体を押し付けられる形で一番合戦と呼ばれた巨漢の人にのしかかられている平戸凶壱だが、未だにそんな軽口を叩く余裕があるようだった。本当に何なのこの人は。どうしてこんなに笑っていられるの……。怖い、気持ちが悪い。
私が平戸凶壱にジト目を向けていると、朱々ちゃんが駆け寄ってきた。あー、すごいいい匂い。それにやっぱり可愛い、気持ち悪さと恐怖も吹き飛ぶ。
「大丈夫黎來?」
「うん、私は全然大丈夫だけど……これ、どういうことなの?」
「そうね……一言で説明するのは無理だから、また今度ね」
朱々ちゃんは困り顔でそう言って私に手を差し伸べてくれた。一言じゃ説明は無理かー。すっごい気になるところだけど、そう言えば今はショーの途中だったんだ。
私でさえ訳わからないことになってるのに、見てた人たちにはもっとよくわからないことになっているはず。二曲目を歌うべきかな……でも、もうそんな空気感じゃないよなぁ。
すると私が立ち上がったそのタイミングで、ひとりの観客が『よくわからんけどナイスだぞー!』と叫び、その声が体育館中に響いた。そしてそれを機に『さすがは春夏秋冬朱々ー!』や『雲母坂さんを助けてくれてありがとう〜』と各々生徒たちが叫び始め、やがて『ひーととせっ!』と春夏秋冬コールが始まった。
すごい……朱々ちゃんの知名度もそうだけど、通信制じゃ絶対にわからない学校全体の一体感みたいなものを感じる。いいな、私もモデルしてなかったら普通に文化祭とか楽しめたのかもしれないな。
「にしても春夏秋冬ちゃーん。君みたいに出来た人間の策にしては、ちょっと助けに入るのが遅かったんじゃないかいw?」
「いいえ、私はワザと遅くしたんですよ」
「えぇw?」
朱々ちゃんから返ってきた返答に口角を上げたまま眉を顰める平戸凶壱。
「あえて平戸先輩にこのステージ上で黎來を殴らせかけて、黎來に本気で怖がってもらったんです」
「う〜んw?」
「そうすれば、観客の目には完全にあなたが悪者として映るでしょ? 黎來を襲ったあなたへの私の勝手な恨みと、もうひとつ理由があります。わかりますか?」
「……なるほど、考えたねw。本当に殺す気だった犯人も、完全に殺すタイミング失っちゃうわけだw。いやぁ、これは完全にしてやられたなぁww。まるでボクが犯罪者だw!」
してやられた、という割には全く悔しそうじゃない平戸凶壱。十分に犯罪まがいのことをしてるのに、やっぱりこの人は未だに本気で自分が正しいと思ってるんだ。
ニヤニヤする彼を見下ろし、朱々ちゃんはこう言い残して私の手を引き、ステージを降りていく。
「平戸先輩。知らないようだから言っておきますけど、黎來に限らず人間は生きているだけで必ず誰かに迷惑をかけているものですよ」
「……ふーん」
平戸凶壱は朱々ちゃんの言葉につまらなそうに無表情で鼻を鳴らした。私が見た中で彼の初めて見せた笑顔以外の表情は、まるっきり感情のようなものが感じられなかった。私はそれを見て、鳥肌が立った。
△▼△▼△
「……何なんだよ。なんでこんなことになってんだよっ!」
体育館二階の放送室窓からステージを眺め、唇を噛み締めながらドンと壁を蹴るひとりの男。男は未だ鳴り止まない春夏秋冬コールに苛立ち、手に持った包丁を床に投げ捨てた。
春夏秋冬コールと男の反応から察するに、どうやら春夏秋冬の作戦は成功したようだ。夫婦島をトラップに一番合戦さんで平戸さんを抑え込むという簡素でありながら簡単な作戦が。
そしてこの作戦は夫婦島投入を敢えて平戸さんが雲母坂さんを襲った後にし、平戸さんを周囲から悪と思い込ませることも目的のうちなのである。しかも本当の犯人にステージに上がる隙を与えないというオプション付き。
だから春夏秋冬の策は事実なんて全く関係ない理不尽且つ不条理なもので、他人から見えた印象が全てを左右する、春夏秋冬らしいと言えば春夏秋冬らしい気がする策だと俺は評価したのである。平戸さんは平戸さんで自分の正義を貫こうとしたが、この策によって見ていた人間からは完全に悪と見做されるだろう。事実無根の空気感を操る恐ろしい作戦だ。
っと、話を戻そう。俺はそっと放送室の部屋に入り、壁ドン(蹴り)していた男へ声をかける。
「あんたも災難だなー。自分の出番完全になくなっちまって」
「っ!?」
突然後方からした声にビクッと肩を震わせる男。床の包丁を取って振り向いたその顔は、やはり俺の推理通りの人間だった。
「お前は、ショー前に黎來と話してた野郎……!」
「あんたが脅迫状の送り主ってことで間違いないのかな、マネージャーさん?」
俺の問いに、雲母坂さんのマネージャーは包丁を力強く握り締めた。さーて、ここまで完璧に完了して作戦終了だ。やるしかねぇ。
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