No.15『あの人……やっぱ頭おかしい!』
「脅迫状って、ガチで言ってんのか? 冗談とかじゃなくて?」
「……ちょっと電話してみる」
春夏秋冬は再度スマホを操作し、耳に当てる。
「あ、もしもし黎來? うんそう、そのことで電話したの。確認するけど……嘘じゃないのよね?」
電話が繋がるとすぐに本題に入ったらしく、春夏秋冬側の声で何となく会話を予想したりして通話が終わるのを待っていた。すると春夏秋冬はいきなり戸惑った様子を見せる。
「え、やるって何言ってんのよ! どうして、ちょっと黎來……っ! ……切れた」
「雲母坂さん、なんだって?」
「やっぱり嘘じゃない、本当だったみたい」
「マジか。脅迫状って、どんな内容だったんだ」
「ちょっと待って」
そう言うと春夏秋冬が俺にスマホ画面を見せつけてきた。そこには机上に置かれた新聞の文字の切り抜きで作られた一枚の白紙の画像が表示されていた。新聞の文字を切り取って作るとは、ベタな脅迫状の作り方だこと。
「『雲母坂黎來を絶対に殺す。今日のショーで必ず』……怖っ」
「どうしよう……私どうしたらいいんだろう!」
「お、おい焦るなって」
普段焦らない人間が目の前で焦っているのを見ると、何故かこっちまで焦ってきてしまう。春夏秋冬が焦るなんてこと滅多にないから特に。
「落ち着けって。確かに送られてはきたけど脅しだけで本当に殺しに来るかはわかんねぇだろ」
「でも本当に殺しに来たらどうすんのよ!」
「そん時はボディガードが仕事するさ。お前も見ただろ、黒スーツのごっつい体した二人。あの人たちなら絶対大丈夫だって」
「でも……」
しかしながら色々と疑問はある。そもそも雲母坂黎來が今日ショーを行うということは文化祭実行委員だけが知っている情報である。その他全校生徒はもちろん混乱を避けるため学校のホームページなどで情報も流さず、未だ秘密にされているのだ。つまり文化祭実行委員や雲母坂さん側(事務所やボディガード会社など)以外の人間は、誰も雲母坂黎來が来るとは知らないはず。
それなのに脅迫状の送り主はどうして雲母坂黎來が今日劉浦高校でショーをすることを知っているのだろうか。
単純に考えて、犯人は身内である可能性が高い。家族とかそういう意味での『身内』ではなく、本来であれば味方であるはずの、今日ここに雲母坂黎來がいることを秘密として捉え俺たち同様に隠しているはずの人間という意味だ。
情報が漏れていたという可能性が無きにしも非ずなのではっきりとしたことは言えないが、学校内で雲母坂黎來が来るみたいな噂が一切流れていない以上、情報漏洩は無いものと考えるしかない。よって脅迫状を送った人物は俺たち学校側で言えば、文化祭実行委員とおそらく何人かの教師。そして雲母坂さん側は事務所社員とボディガード会社の大勢の人間。犯人を特定することはショーが始まるまでのもう数時間では到底不可能だろう。
もしイタズラなどではなく、本当に殺しに来ているのであれば今すぐにでも学校を閉鎖し、全員持ち物検査すれば凶器を持ってるヤツが現れるかもしれないが……。
ていうか、そうじゃん。ショーをしなければいい話じゃないか。
「雲母坂さん、ショーはそのままやる気なのか?」
「さっき電話した時、やるって言ってた」
「なんでだよ……普通取り止めにするもんじゃねぇの?」
「私だってそう思うわよ! ……もう、何考えてるの黎來」
ダメだ、春夏秋冬は完全にパニックになりかけている。ちょっと頭が回っているようには見えない。
安心しろみたいなカッコいいこと言える柄でもないし、俺が言うと逆にもっと心配させてしまいそうな気がする。
「おやぁ〜w? 穢谷くんと春夏秋冬ちゃんじゃないかw! 二人っきりとはまた珍しいねぇ!」
俺が春夏秋冬に対してかける言葉に悩んでいると、この場の空気感にそぐわない明るい声音で平戸さんが手を振りながら歩いてきた。
「平戸先輩……」
「うーんw? 春夏秋冬ちゃんがそんな冷や汗かいて焦った顔してるのもまた珍しいねぇw」
「黎來が、脅迫状送られてきて……危ないんです!」
「黎來ぁ? 春夏秋冬ちゃん、雲母坂さんと知り合いなのw?」
半笑いの平戸さんに春夏秋冬は自分と雲母坂さんの関係性や今雲母坂さんが置かれている状況を早口に捲し立てた。話を聞いた平戸さんは、話を聞く前と全く同じにへらっとした掴み所のない笑顔のままだ。
「へぇー、なるほど身内ね。だからそんなに焦ってるわけかw。安心したよ、春夏秋冬ちゃんが赤の他人の危険を勝手に全力で心配するような良い人じゃなくて」
嫌味もここまでヘラヘラして言われると嫌味に聞こえなくなるから不思議だ。いや、平戸さんが言うからなのかな。
「にしても脅迫状かぁ〜。すごいね、ホントにあるんだねこういうことw!」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないんですよ!」
「でも焦ったところで何かが変わるわけじゃないだろうw? 焦って心配するだけ無駄じゃないかなぁww」
「そんなこと言ったって、心配は心配なんです! 黎來は……黎來は私にとって大切な家族で……」
徐々に語尾が小さくなっていき、最後にはもにょもにょと口を動かすだけでほぼ何言ってるのかわからなかった。でも、何言ってるかわからなくても言いたいことは理解出来た。
そうだよな。やっぱり俺の予想通り、雲母坂さんは幼い頃の春夏秋冬の中で孤独を忘れさせてくれたたったひとりの大切な存在だったのだ。春夏秋冬にとって、雲母坂さんは親戚の間では好かれていない自分にこっそり会いに来てくれる大切な家族なのである。
そんな大事な人が殺される可能性があるとわかっているのに、何もせずに人に任せておくというのは、やはりもどかしくてたまらないのだろう。
いや、現在の春夏秋冬にもどかしさなんて感情は無く、その感情を苛立ちへと変えているようだ。と言うのもさっきから腕組んで指をトントン足をトントンし始めのだ。みんな覚えとこう、これが春夏秋冬さんの苛立っている合図です。こっちにとばっちりが飛んでこないか心配だ。
とその時、学校中のスピーカーから放送が流れた。その放送内容は最早聴き慣れてしまい、最近は何ひとつ動じなくなってきていたのだが、今回ばかりは違う。正直、今この放送が流されたのは不愉快だった。
『二年六組の穢谷葬哉と春夏秋冬朱々は至急校長室に来てください』
まったく、こんな時にまた面倒ごとだろうか。春夏秋冬のイライラが明らかに募りまくりなので出来ればと言うかマジでやめてほしいんだけど。
「どうする、行かないわけにもいかねぇぞ」
「行くわよ! でも今は面倒ごとこなしてる場合じゃ無いってはっきりせんせーに言う」
「君たちも大変だねぇ。ボクも一応怪しいヤツがいないか探してみることにするよw」
平戸さんの言葉にありがとうと頭を下げる春夏秋冬。そしてすぐに頭を上げ、くるりと踵を返して足早にその場を去っていった。それに続いて俺も小走りで校長室に向かった。
△▼△▼△
校長室に着くと、春夏秋冬はいつも通りノックせずに扉を開けようとした。だが扉には珍しく鍵がかかっており、ノブは回らない。ため息をひとつ吐き、春夏秋冬が面倒臭そうに二回ノックするとすぐにカチャッという解錠音がして、中から
「悪いね、考えごとをしていたので邪魔されたくなくってさ」
そういう校長の顔色は見たことないくらい青白い。気分でも悪いのだろうか。
校長は自分の社長椅子ではなく、普段俺たちが座るソファに身を投げるように座り込み口を開いた。
「えっとー。早速だが二人とも」
「ごめん校長せんせー、今は面倒ごとは無理。私そんなことよりも……」
「雲母坂黎來くんのことだろう? わたしもそのことで呼んだんだよ」
「え? せんせー黎來が来ること知ってたの?」
「もちろん知ってるさ。わたしは学校長だぞー? 春夏秋冬くんと雲母坂くんが親戚であることだって知ってるよ」
ようやく普段のコピペしただけみたいな気味悪い笑顔になってきた。だけどその表情では隠し切れない疲れが見て取れる。化粧で隠したつもりなのだろうけど、ひどいクマが出来ているのだ。寝不足なのか。
「ちなみに脅迫状が送られてきたことも、ついさっき彼女のマネージャーさんから聞かされた」
「だったら今すぐやめさせてよ! 脅迫状が届いてるんだからショーを取り止めにしないと万が一があったら……!」
「わたしだってそう提案したさ。大切なお客様に何かあったらいけないからね。だけど、ショーを取り止めにしなかったのは雲母坂くん本人の意思なんだよ」
「黎來の、意思……?」
「雲母坂くんと直接話して聞いた。自分のショーを作るために今日までたくさんの人が動いてくれたから、私はそれを無下にはしたくないんだそうだよ」
「それでも、やっぱり自分の身の危険が一番に決まってるわ! 今からでもやめさせられないの?」
「まぁまぁ話は最後まで聞いてくれ。雲母坂黎來くんから春夏秋冬くんと穢谷くんへ、ひとつずつ伝言を預かっているんだよ」
校長は安全第一を訴える春夏秋冬を宥め、伝言とやらを口にする。
「『私はもう十六歳で結婚も出来る歳なんだから、自分の身ぐらい自分で守れないと。朱々ちゃんが心配してくれるのはすごく嬉しいけど、私にだって芸能人としてのプライドがあるから。ショーは絶対やる』だそうだ」
「……」
「で穢谷くんは『約束通りちゃんとショー見ててね』だってさ」
「はあ」
春夏秋冬は雲母坂さんからの伝言を聞いて、黙って考え込んでいる。すると校長は立ち上がり、春夏秋冬の両肩をガシッと掴んだ。そして俯く春夏秋冬へ諭すように言う。
「春夏秋冬くん。君の心配はよくわかる。家族がもしかしたら殺されるかもしれない不安もあるんだろう。だけど、雲母坂くんを信じてやってはどうかな?」
「……はい」
いつになく優しげな雰囲気の校長の言葉に渋々といった感じで頷く春夏秋冬。本当はショーなんてさせたくないに決まっている。でも本人がやると言って覚悟も決まっているのだから、こちらが止める権利はない。
「まぁ本当に何かあったらいけないからね、一応私の知り合いのボディガード会社に連絡してもう何十人か護衛を呼ぶつもり……」
校長が自分のデスクの受話器を取り、番号を打ちながらそう言っている最中、春夏秋冬のスマホから着信音が流れた。
「あ、平戸さんから」
平戸さんからの着信にスマホを耳に当て、通話を始める。時折微かに聞こえてくる平戸さんの声は相変わらず飄々としていて、校長は何故か受話器を持ったまま固まっていた。
平戸さんがやけに一方的に話しているようで、春夏秋冬は何も言わずただただ静かに平戸さんの声を耳に入れる。やがて通話を終えた春夏秋冬が、スマホを持っていた右手をダラリと脱力したように落とした。反動で春夏秋冬のスマホは床に落ちてしまった。
「平戸くんは、なんだって?」
「あの人……やっぱ頭おかしい!」
東西南北校長の問いには答えず、突然外へ走り出す春夏秋冬。俺は腕を掴み、それを何とか阻止した。
「ちょっと待てって。何をまたそんな焦ってんだ、何言われたんだよ」
「平戸さん黎來がいるからこんな問題が起こるんだって言って……黎來がいなければそもそも犯人が殺す相手はいなくなるんだって!」
「ちょ、は? もっと落ち着いて話せ!」
「黎來がいなければ脅迫状が送られてきて私がこんなに焦ることも無かったし、黎來がいなければ犯人が殺す相手もいなくなるからって言ってたの! だから、要するに黎來を消せば問題は解決するんだって……!」
「つまり、平戸さんは雲母坂さんを自分で殺そうとしてる……?」
そんな頭のおかしな話現実にあるのか。それでは臭いものは元から断つ、問題が起こった原因を根源から断つという考え方を突き進め過ぎていて、それによりまた別の問題が生じてしまう。そもそも雲母坂さんの命がない時点で解決とできるわけがない。
春夏秋冬は腕を掴む俺の手を振り払い、悲鳴のように小さく叫ぶ。
「わかんないわよサイコパスの言うことなんて! でも本当に平戸さんが黎來を殺すつもりなんだったら、絶対に止めないと……!」
「待て!」
校長室を出ていこうとする春夏秋冬を冷たい声音で止める東西南北校長。その後校長の口から出た言葉に、俺と春夏秋冬は揃って唖然としてしまった。
「いい。平戸くんの好きにさせなさい」
「「は?」」
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