No.14『いくつもの事象が重なり合った結果が今この時なのだ』
「大変だなー月見さんも」
「そうね。あの小さい人間もかなり成長してるみたいだし……もう中型人間ぐらいかしらね」
「んな中型犬みたいな言い方しなくても……」
一瞬何のこと言ってんのかさっぱりだったよ。子供苦手の域超えてもう嫌いじゃん。
「まぁそれもなんだけど、東西南北校長のことがさ」
「東西南北せんせーと月見先輩、喧嘩したって言ってたわね」
「昨日校長と体育館で会って話聞いたんだけど、校長の方が意地張ってる感じで月見さんの方がよっぽど大人だな」
「ふーん。そうなの」
俺の話に大した反応を見せない春夏秋冬。ちょっと意外だった俺は率直に聞いてみた。
「あんま興味無い感じなのな」
「え、うんまぁ。逆になんで興味あると思ったの?」
「お前、校長の弱みを握って立場逆転したいみたいなこと言ってたじゃん。ちょっとは関係してるかと思ったんだけど」
「あぁ……そう言えばそうだった」
完全に今思い出した顔の春夏秋冬さん。春夏秋冬にとってはもう『そう言えば』のことになりつつあるようだ。
「なんかもう、別に今のままでも良いのかなって思えてきちゃったのよね」
「現状に満足してるわけか」
「うぅん、満足してるんじゃないの、しちゃってるの。だから本当は自分がまだまだだってことを自覚してるのにそんな現状に満足しちゃってることがすっごい嫌」
春夏秋冬は思案顔でそう言葉を漏らす。俺から見れば今の春夏秋冬は充分なほど人気を持っていて、頭も良く、運動も出来て、何より美人だ。日本一の陽キャ女子高生と言っても過言じゃないと思う。
ただ、それはあくまでも俺から見ればの話であって、春夏秋冬にとってすればまだまだだと、完璧とは程遠いと感じているらしい。そして自分はまだまだ完璧ではないのに、その完璧ではない状態であるにも関わらず、そんな現状に満足してしまっている自分に嫌気がさしていると。
病的だ。病的なまでに自己顕示欲が強く、完璧主義だ。本当に完璧な人間など絶対に作ることは出来ないのに、春夏秋冬だってそれをわかっているだろうに、コイツはさらに高みを目指そうと言うのか。
確かに俺はコイツのことを貶める気は薄れ、逆に母親を越える人気者になれとさえ思ってしまっている。それが母親を若くして亡くした春夏秋冬への同情によるものなのかどうかはわからない。だけど、少しくらい自分の落ち度を見せたって良いんじゃなかろうか。
自分を高めようとして、実際に自分を常に高いレベルに保ち続ける。単純に考えて母親の死んだ十年前からそうした生活を送ってきたということだ。
そんなの、いつ壊れてしまってもおかしくない。春夏秋冬はもっと大きな意味で休むべきだと思うのだが、軽々しく『休めば?』なんて言葉もかけられない。特に俺なんかが絶対そんなこと言えない。まだ春夏秋冬との勝負は続いていることになっているのだから。
「キツくないのか、そうやって自分に磨きをかけるのって」
「もちろんキツかったわよ、最初のうちは。でももう慣れちゃった」
「慣れるもんなのか」
「完全に慣れて、全てに対応しきれて、何でも我慢出来てはいないけどね。その辺はストレス発散して補う」
「アレまだやってんの……」
放課後教室に残り、クラスの連中の悪口暴言を叫びながら机椅子を蹴る殴るしてストレスを発散させるという春夏秋冬のストレス発散法。これのせいで中学校時代俺は春夏秋冬の秘密を知ることになり、校長からも弱みを握られているのに、未だ懲りずに続けているらしい。
「そりゃやるわよー。ストレス溜め込むのって身体に悪いのよ?」
「一般人はそれを学校でやらないし、物にも当たらねぇんだよ。なんかデジャブなんだけど……」
数ヶ月前にもしたような会話に既視感を覚える。すると春夏秋冬は少しだけ口の端を歪めて言う。
「私とのことは覚えてるのね。なに、もしかして私のこと好きだったの? 気持ち悪いから消えなさい」
「誰がお前のこと好きになるかよ、自惚れんな。……何なのコレ、懐かしの会話再現集?」
「すごいわね。脳みそミジンコレベルの記憶力しか無くてそこにどうでもいいことばっかり詰め込んでるクセに、ちゃんと覚えてるんだ」
春夏秋冬は感心したように笑って、ワザとらしく拍手してきた。小馬鹿にされた感じがする俺は反撃に繰り出す。
「おいおい、お前俺がどうでもいいことばっかり覚えてるってわかってるんだったら自分との会話がどうでもいいことなんだとは思わなかったのかよ」
「思わない! 特に四月のあの日の会話は穢谷しっかり覚えてるって私は思ってたから」
「何だよその謎の自信……」
「だって始まりだもん。私と穢谷にとっては今年一の大ニュースだったでしょ? 多分アレがなかったら今こうして私とあんた一緒にいないわ」
なるほど、そういう意味ですか。確かにあの時の会話が校長に録音され、今も弱みとして握られてしまい、面倒ごとを押し付けられている。
そう考えると春夏秋冬の言う通りあの日あの会話が無ければ、今こうして話もしていないのかもしれない。それよりあの日に財布を忘れてしまったのが……いや違うな、俺が炭酸ジュースを飲もうと思ったのが始まりなわけで。もしあの日、俺が自販機に寄らず財布を忘れたことに気付かなかったら春夏秋冬のストレス発散を久々に見ることにはならなかったし、そもそも春夏秋冬があの日にストレス発散していなければ見る以前の問題だったわけで。
そういったいくつもの事象が重なり合った結果が今この時なのだ。多分長い間俺は高校二年の春の出来事を忘れないだろう。
「うんまぁ、確かにお前の言う通りしっかり覚えてるな」
「ほらねー、私の勝ち」
「なに勝ちって。勝ち負けいつ決めるとか言った? てかそもそもどこが勝負だったわけ?」
「あーあーうるさい、細かい男は好きじゃありませーん。ということで勝者の私に何か奢って」
「はぁー?」
「黎來に振り回されてばっかりで私なにも食べてないのよ。ほら、さっさと行くわよ」
有無を言わさぬといった感じの足取りで進む春夏秋冬の背中へ、俺は問いかけに近い確認を取った。
文化祭を俺と共に行動してお前は良いのか、そして俺はお前について行って良いのかと。そんな意味を込めて。
「……いいのかよ」
「あんたがいいならいいんじゃない?」
「そうか。んじゃ、奢らさせていただきやす春夏秋冬さん」
俺の言葉に満足げに頷くと春夏秋冬はまた足を動かし始めた。俺は人の目をはばかるべきか迷い、少し後ろを歩くつもりだったが、春夏秋冬がこちらを一瞥し歩む早さを緩めたのを見て、俺はつま先を彼女に合わせることにした。
△▼△▼△
その後は春夏秋冬の要望でカラフルわたあめとやらを買いに行くことになった。都会で若干流行っているのか流行っていたのか知らないが、かなり人気で行き交う人の五人に二人くらいは手に持っていた。なので存在自体は知っていたのだが、ふわふわした砂糖のかたまりの美味しさがあまりわからない俺は食べる気が起きていなかったのだ。
カラフルにしただけで若い女の子から大人気になれるんなら、俺も全身ペイントして生活してみようか。
「わたあめひとつお願いしますー」
「はーい。三百円です」
財布から千円札を取り出し店員の生徒に渡す。お釣りを返してくれると同時に『今から作るんで少し待っててくださいね』と言われ、レジ横で待つことにした。ちなみに春夏秋冬は店内(教室)の外で俺が買ってくるのを待っている。金は出すからせめて自分で買って欲しかった、ちょっとどころじゃなく恥ずい。
そんな風に俺が自分の場違いさを体感し、心の中で身悶えていると。
「これこれ穢谷殿? まさか朱々様と二人っきりで文化祭を回っておられるのでござるか?」
「ぬぉっ!?」
「さっきまでひとりでつまんなそーに回ってたクセに! さてはさっきの電話、朱々様からだったでござるな!」
「お前らいつの間に……っ!」
俺の両隣にどこからともなく現れた華一と籠目。神出鬼没が過ぎる。しかも情報が早ぇ。何故外にいる春夏秋冬と俺が一緒だとわかった。そしてござる言葉が猛烈にうぜぇ。
「ふっふっふっ。穢谷く〜ん、ウチらに黙って随分と進展してるようじゃないかー?」
「おいおーい、なんだよ。やっぱ穢谷くんと朱々ってそーゆー関係なのか!?」
「違う違う……何度も言ってるけど、絶対ないから」
「でもさっき買ったわたあめ、絶対朱々にだろ〜?」
その華一の詮索を逃れるのにピッタリなタイミングで先ほどの店員生徒がわたあめを持って来てくれた。
「もう、どっか行けっ! しっしっ!」
「うわ穢谷くんひっどぉ!」
「まぁまぁその辺にしといてあげなよ匁。二人っきりを邪魔するのも野暮ってヤツだよ」
「うーん、超冷やかしたいけど……もしこれで上手くいって付き合ったらそれはそれで冷やかしがいがありそうだね」
「そうそう! ここは我慢してオサラバしとこ」
そんな会話を最早ワザとだろと思える声のボリュームでする二人。お前ら俺の耳なんだと思ってんだよ。ちゃんと聞こえてますからね?
「それじゃ穢谷くん、男見せろよ!」
「ウチらは全力で応援してるから!」
「はいはい、ありがとさん」
俺の生返事を聞くと、華一と籠目はとたたっと教室を出ていった。三度の飯より恋バナ大好きの二つ名は伊達ではなかったな。嵐のようにやって来て、嵐のように去っていった。
「ほれ、買ってきたぞ」
「ありがと。……さっきゴシップ大好き二人組が出てきたけど、なんかあった?」
「安定で冷やかしに来ただけだった」
「好きだなぁあの二人も」
感慨深い面持ちで俺から受け取ったカラフルわたあめにかぶりつく春夏秋冬。口を数回もぐもぐさせてポッと呟く。
「ん、美味し」
「感想うっすいなー。俺が必死に努力して買ってきたわたあめだぞ。もっと味わえ」
「買うだけで必死に努力する意味がわかんないんだけど」
「お前は知らないんだよ、カラフルなわたあめを男がひとりで買うということの恥ずかしさを」
「知らないわねー。そして今年一知らなくていいことだと思うわねー」
わたあめにかぶりついてばかりで相当どうでもいいようなので、俺は仕方なくその様子を横目で眺めておくことにした。
わたあめを口に運んでは口の中で溶かすという動作を何度か繰り返し、やがてわたあめが半分ほどなくなったところで、春夏秋冬が本当に何の前触れも無く唐突に口を開いた。
「私、今すっごい充実してるなって感じるのよね?」
「いやそんな疑問系で言われても俺は知らんけど……」
「母さんが死んでちょうど今年が十年でさ、私が母さんを越えるような人気者になろうって決めて動き始めて十年経ったわけよ。きりも良いし色々と今の私を見つめ直してみたの」
「ほーん。自分を見つめ直すねぇ」
そんなことしてる時点で意識高い系以外の何者でもない。どうやるんだろ、自分を鏡にでも写してみるのか。
「小学校から努力してきた分だけちゃんと自分が成長してて、母さんとまではいかなくても人気者になれてるなって実感出来た時、今私充実してるなって感じたのよ」
「校長から弱み握られて、文句ばっかり言ってた一学期の頃とは大違いだな」
「確かに弱み握られて面倒ごと押し付けられてるって現状は変わりないわ。だけどそれがあって
「アレ……?」
「んぁーとにかく!!」
俺が首を傾げると、春夏秋冬は誤魔化すように大声を出した。通行人が颯々野の時のようにギョッとした目を向ける。しかし春夏秋冬はそんな周りの目は気にせず、ムッとした顔で俺の目を見て言った。
「……穢谷、ありがとう」
「は? ありがとう?」
春夏秋冬の口から飛び出た言葉の意味がさっぱりわからなかった。何故俺は今の話の流れでコイツから感謝の言葉を述べられているんでしょうか。
すると春夏秋冬はまたも突然大声を出してこんなことを言う。
「あー! すっごい照れくさい! なんでこんなこと言ってんだろ私」
「……ははっ。ホント、楽しそうだな」
俺の問いには答えず、少し紅潮した頰を隠すかのようにわたあめにかぶりつく春夏秋冬。俺はその姿を見てつい笑みをこぼしてしまった。春夏秋冬の身勝手な振る舞いも自分で言っといて自分で恥ずかしがっている様子も、意味不明過ぎて何故か笑ってしまった。
春夏秋冬は俺が笑い声を上げたのが珍しかったのか意外そうな顔をした後、ニヤッと口角を上げる。そして愉快げな声音で言った。
「だから言ってるでしょ。今私充実してるんだってば」
「そうか。楽しそうでいいな」
人が幸せそうだなと感じて自分が笑うというのは、俺にとって初めての経験だった。だからそれが自分自身新鮮で、俺も人の幸せで笑えるんだと不思議なことにホッと安心した気分になった。
とそこで春夏秋冬のポケットから通知音が鳴り、スマホを取り出す。画面をチラッと見てみると『黎來』の文字が表示されている。
「ん、
刹那、春夏秋冬の表情が一気に陰った。そしてその陰った顔は徐々に焦りのようなものに変わってゆく。
「春夏秋冬?」
俺の呼びかけに、春夏秋冬は先ほどまでの楽しげな調子とは打って変わった低い声でボソッと呟く。
「黎來に脅迫状が送られてきたみたいなの……」
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