No.13『ママさん同士ってなんであんな異常なスピードで仲良くなれるんだろう』

「さっきのアレ、違うから」


 応接室から廊下に出ると、春夏秋冬が目も合わせず言った。


「え? 何アレって、どれのこと言ってんの」

「黎來がうちに来たら穢谷の話ばっかりしてるって言ってたヤツよ!」

「あー、あぁ……いやうん、別に大丈夫だって。なんかの拍子で話題に出たんだろ? はいはい、俺はちゃーんとわかってますよ」

「言い方が妙に腹立つけど……わかってるならいいわ。あ、『はい』は一回ね」

「うっせぇバカ」


 なんかコイツに対してうるさいとバカを言うだけで懐かしく感じる。俺と春夏秋冬の間に暴言での会話が少なくなった証拠だ。

 春夏秋冬と友達になりたい。そんなちょっとどころじゃなく気持ち悪い感情をまさか俺が抱いているとは思わなかった。まぁ多分平戸さんに気付かされるまで永遠に気付くことはなかっただろうけど。

 俺も結局その辺の人間と一緒というわけだ。普通に友達が欲しくて、普通に笑って生活を送りたくて、普通に学校を楽しみたい、どこにでもいる普通な学生のひとりだったのだ。その中で一番多くの時間を共にし、と言ってもそこまで多くでも無いが本音(元は暴言)で語り合えて、それでいて俺にだけ母親の死と人気を欲する理由を教えてくれた春夏秋冬に、俺は本当に勝手ながら親近感を沸かせてしまった。だから春夏秋冬と友達になりたいなんて気持ち悪い、突拍子も無い、無謀で軽はずみな考えを持ってしまったわけで。

 秘密の共有というものは案外思っているよりもその人への心理的距離を縮めると思い知らされたな。


「んでも、まさか雲母坂黎來と親戚とはなぁ。美形な家系だこと」

「でしょ? 知る限りでは高祖父の代から美形ばかりよ」

「ほーん……」


 でしょって……ナルシーもいつも通り健在ですね。まぁ事実なんだろうけどね。本人の堂々とした声音と整った顔がそれを物語っている。


「て言っても写真をチラッと見たことあるだけで会ったことはないんだけど」

「お袋さんの実家側に好かれてないって言ってたよな」

「うん。それがどうかした?」

「いや、お前のお袋さんがモデルで食っていくって言って家を出た、だからお袋さんが好かれてないってのはわかるんだけど、お前が嫌われる理由無くね?」

「……私の顔が似てるんじゃないの、母さんと」

「んな理不尽な……」


 春夏秋冬の表情があまり好ましい感じでは無いので、俺はそれ以上春夏秋冬家の話を振るのはやめた。

 そして流れる沈黙。俺はそれをぶち壊すべく口を開く。


「なぁ」「あのさ」


 同タイミングで春夏秋冬の方も言葉を発してしまい、結局また二人して口を噤む。応接室前で立ち止まっていると、さっきから周囲の行き交う人々がチラチラと見てくるのが心地悪い。

 とりあえずどこか別の場所に移動したいのだが……いや待て待て。俺は何を勝手にコイツと行動しようとしているんだ。文化祭を男女二人っきりで回るなんてカップルか猛烈に仲良いヤツしかいないではないか。俺はコイツと付き合ってもいなければ友達でもない。今ここで別れればいい話じゃないか。

 俺が手を挙げて『じゃ』と一言口にすべく息を吸った瞬間。


「あ、葬哉!」

「おー春夏秋冬もいんじゃん!」

「かーしゃん! けがれやほんもの!」

「う"ぁっ……!」


 声のした方を向くと、廊下の奥に月見うさぎさんとその娘のよもぎの姿、そして何故かその横に俺のお袋がいる……。あの人マジで何やってんだ。あと春夏秋冬、小さい子苦手だからってなんつー声出してんだ。

 こちらに歩んでくるので、俺と春夏秋冬の足は自然とお袋たちの方へ進む。普通に会話出来る距離にまできて、俺はお袋へ問う。


「なんでお袋が月見さんと一緒にいんの……?」

「いやそれがさ〜、さっきよもぎちゃんが『けがれや〜?』ってお母さんとこ走ってきたの!」

「何故お袋に……」

「よもぎが勘違いするほど似てたってことじゃねぇかな。アタシもよもぎ追っかけた先で顔初めて見たんだけど、一瞬で穢谷のお母さんだなってわかったもん」

「え、じゃあお二人は今さっき初めて会ったんですか」


 春夏秋冬の問いにうんと頷く二人。えらく仲の良ろしいこって。ママさん同士気が合ったんでしょうかね。でも月見さんって子供がいてしかも働いてて大人なイメージが強いけど、俺と年一個しか違わないんだよな。


「俺が抱っこしたら泣きまくるクセに、顔似てるお袋には自分から突進してくのかお前ー」

「んぁっ! けがれや、やられうー」


 しゃがみ込みよもぎの鼻をツンとつつくと、よもぎは俺の手をバシッと払い、月見さんの足に抱きついた。やられねぇから、どこで覚えたんだよその言葉。絶対校長だろ。答えが秒でわかってしまった。

 にしてもよもぎ、すげぇ成長してんなー。簡単なことなら普通に話も通じるみたいだし、何より髪がとても伸びて、面影があるくらいだった月見さんと所々かなり似てきている。似てない箇所は月見さんが逃げられた旦那のパーツなのだろう。


「よもぎ、こっちの姉ちゃんは誰だっけ?」

「んとねー、えぇとね〜。……ん、ひとぉせねーちゃん!」

「おぉー、そうそう。正ー解、この人は春夏秋冬姉ちゃんな」

「……ヤバい、やられる」

「やられねぇから」


 自分より身長何分の一倍も小さいよもぎに完全に縮み上がっている春夏秋冬姉様。するとその様子を見たお袋が意外そうに言った。


「ふーん、春夏秋冬ちゃんちっちゃい子苦手なんだ!」

「あ、いや苦手じゃないんです。接し方がわからないので怖いんです」

「要は苦手なんだろ?」

「ち、が、う……っ!」

「イデェっ!」


 俺が鼻で笑い、小馬鹿にしたように言い方をすると、春夏秋冬は先ほどの応接室同様に俺の足の甲へかかと落としを喰らわしてきた。何なんだよお前の中で人の足を虐めんの流行ってんのか。


「ね、こんな仲良いんだから付き合っちゃえばいいと思うんですよ」

「ふふ、そうねぇ。でも葬哉は良いにしても春夏秋冬ちゃんが可哀想だしねー」

「どういう意味だよおい」

「あ、春夏秋冬ちゃん観てたよ劇〜。演技すっごい上手だったね、おばさん感動しちゃった〜」


 俺のことはフルシカトで話を変えられてしまった。お袋の感動はおそらくストーリーとしてではなくて、劇が出来るまでの経緯や紆余曲折を勝手に妄想して『頑張ったんだろうなぁ』的な気持ちから込み上げてきた感動だと思われる。


「ありがとうございます! 穢谷ママさん、実はステージの上から見つけてたんですけど、葬哉くんと似ててホント笑っちゃいそうでした」

「えぇ〜ほんとー? そんなに似てるかなぁ?」

「似てますよー! 多分葬哉くんが女の子だったら、めちゃくちゃ男にモテたと思いますよ」

「だってよ葬哉! 今から取ってきなさいよ!」

「取るか! そして指差すな!」


 公衆の面前で俺の下腹部をビシッと指差すバカ母に若干、ブチギレとまではいかないプチキレを起こす俺。穢谷けがれやまなこさん、あなたが腹痛めて産んだひとり息子は男にモテたいとは思ってねぇんですよ。


「あ、そう言えば体育祭の時の胸大きい子、あの後大丈夫だった?」

「あぁみやびですか。はい、もう全然元気ですよ」

「そっかそっか。それなら良かった」

「ねぇねぇ、よもぎあれたべるっ!」

「ん〜、よしよしおばちゃんが買ってあげるよ〜」


 道行く人の持つ食べ物を指差すよもぎにおねだりされ、お袋は嬉しそうに財布を取り出した。見かねて月見さんがよもぎに少し怒った口調で声を上げる。


「コラよもぎ! 食べたいものあったらお母さんに言えって言ったろ? 穢谷ママにねだる、なっ!」

「んやぁ! かーしゃんだめっ!」


 月見さんにおでこを小突かれ、むくれるよもぎ。先ほどの雲母坂さんとはまた違った可愛いを感じられる。


「いいよいいよ月見ちゃん。むしろ買わさせて欲しいくらいだから」

「いやでも悪いですよ……」

「いこー! ごー!」


 月見さんの心情など露知らず、よもぎはお袋の手を引いてどこかへ歩いて行く。よもぎよ、お前の母さんはちゃんと遠慮が出来る素晴らしいヤンママだぞ。自信持って俺のお袋にゴチになってこい。


「ったくよー。朝飯大量に食ってきたクセに食べる食べる言いやがって」

「お袋貯金癖あるんでこの際使わさせてやってください」

「そうか? 悪いなぁ。それじゃ、アタシ行くな」


 俺たちに向かって手を挙げてお袋とよもぎの背中を追いかける月見さん。

 がそこで『そうだ』とパッと思い出したように発言し、クルリとこちらに向き直った。


「花魁ちゃん、見てないか?」

「東西南北せんせー? 今日は見てないですね」

「右に同じく」


 昨日の放課後を最後に俺は好調の姿を見ていない。というか大抵校長室でしか会わないから、外で見かけることの方が珍しいんだが。


「そっかー。やっぱ校長室にいんのかな」

「探してるんですか?」

「いや、うんまぁ、ちょっと喧嘩しちゃっててさ。もう一回冷静んなって話したいなって思ってるんだけど」


 そうそう。そう言えば昨日の放課後校長もそんなことを言っていた。喧嘩したから仲直りしたい気持ちもあるんだけど、自分の意見も曲げたくないって。東西南北校長の思考がちょっとどころじゃなく幼稚で若干戦慄したのを思い出した。

 冷静になって一回話をしたいって言ってる時点で月見さんの方が数段大人だ。


「とにかくありがと。花魁ちゃん見かけたら連絡してくれると助かる」

「注意深く周りを見て文化祭回ることにします」

「一応美人校長で通ってて人気だし、本性知らない生徒たちはみんな東西南北せんせーに寄っていくと思うんだけどね」

「本性かぁ……花魁ちゃん戻ってくれないかな」

「「え?」」

「いや、何でもない! 二人仲良くやれよー」


 月見さんはそう言い残して今度こそ二人を背中を追いかけていった。

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