No.15『鬼というより鬼畜』
「てなわけで、完全に怒らせちまった」
『ふーん、なるほどね』
その夜。俺は
『ひとつ聞いていい?』
「なに?」
『プライドが高いじゃなくて固いが正解だったってところがよくわかんないんだけど。それ何が違うの?』
「高いだけならどれだけデカイ壁だろうと壊せば前に進める。でも固かったら壊しようが無いんだよ」
『つまり
「んー、まぁそんな感じだな」
プライドが高いだけのヤツは意外と傷付きやすい。だからこそ自分のことを高め、他に劣らないようにする。
対してプライドが固いヤツというのは、言ってしまえばプライドが高いことに違いはない。だけど高いヤツとは違って自分を高めようとはしない。自分に都合が悪い時は自分に都合が良くなるように話を持っていく。要は面の皮が厚いのだ。
『でもそっか、web小説の大会かぁ。賞金百万なら確かにそっち優先したくなるわよね』
「そうか? 受賞するために十万文字も書かなくちゃいけなくて、それで受賞出来るかどうかはわかんねぇんだぞ。それなら宝クジ買った方がいいだろ」
web小説の大会と宝クジじゃ努力の量が違う。俺なら十万なんて量の文字書くよりも少しバイトして宝クジ買う方に賭ける。
『だけど努力して取った賞はきっと嬉しさはスゴいんじゃない?』
「んなこたねぇよー、ちょっとの労働で当たった数億円の方が良いに決まってる」
『相変わらずなるべく楽した生き方が好きなのね』
呆れたように言う春夏秋冬。今更そんな当たり前のこと言われてもなぁ。こちとら健康で文化的な最低限度の生活ガチ信仰者だぞ。
「ていうか、お前怒らないんだな」
『え? 何に対して? 怒っていいんならストレス発散になるし怒るけど』
「いやいいよわざわざ怒んなくて。俺が初〆に脚本早く書かせることが出来なかったことと、プライド傷付けて脚本自体を諦めさせるって目的、どっちも達成出来てねぇからさ」
『そうね。むしろ怒らせて方向的には最悪な感じだし』
電話越しにクスクスと小さく笑っている様子が声音で伝わってくる。怒っているどころか笑ってるじゃないか。一体何事だ。
『別にそれくらいじゃ怒んないから。穢谷、私のことどんだけ鬼だと思ってんのよ』
「いや鬼っつうか鬼畜って感じだけど」
『やっぱり怒ってもいい?』
「冗談冗談……」
俺は電話なのについ頭をへこへこっと下げてしまう。春夏秋冬はため息をひとつ吐いた。電話越しの吐息さえキレイに聞こえるのは、春夏秋冬の陽キャスキルによるものなのかそれともスマホのマイクが高性能だからなのかどちらだろう。
「俺が戦犯なのに言うのもなんだけど、もう初〆に脚本させるのやめるしかないんじゃねぇか?」
『まぁ、そうね。既存の物語をアレンジしたりして、残り約一週間でどれだけのレベルのものが作れるかどうかに懸かってるわね』
「相変わらず学校行事ガチ勢だなお前」
『まぁ私一応ヒロイン役なんで〜?』
「多分ドヤ顔してるんだろうけど、俺別に羨ましくないからな?」
なんで俺がヒロイン役を羨ましがってると思ったんだろうか。
しかしながら、既にそれぞれのクラスが文化祭で何をするか会話の話題として出てきていて、大抵何年の何組が何をするかは知られている。その中でも我がクラスは学校一の人気者春夏秋冬朱々がヒロイン役、そして主人公は学校一のイケメン野郎聖柄綾が勤めるとのことで学校内でも噂になっており、かなりの集客が予想される。それを見越して元々教室での上映予定だったのだが、水曜日の実行委員会で急遽体育館に変更になった。
もしも、そんな本番約一週間前から噂の演劇がゴミみたいな
苦笑が精神的に一番くるものだ。春夏秋冬と聖柄はハイスペックだから多分一週間もあればセリフ覚えて演技も完璧にこなせるんだろうけど、その他の演者全員が全員そんなこと出来るわけがない。やはり初〆にアプローチを仕掛けるのが少しばかり遅かったのかもしれない。
もっと早く初〆を脚本担当から降ろしていれば良かったのだ。まぁこればっかしはもう過ぎたこと。どうすることも出来ない。個人的には中途半端な演技で大した笑いも取れずに落ち込む
『あのさ穢谷』
「ん?」
『文化祭の日なんだけど……』
と春夏秋冬がそこまで言ったところで下の階からお袋が俺を呼ぶ声が響いた。
「
「へーい。あ、すまん。文化祭が何だって?」
『ううん。やっぱ何でもない! ありがとね初〆に言ってくれて、おやすみ』
「お、おう。おやすみ」
そうして春夏秋冬との通話は終わった。最後に何を言いかけたのか非常に気にはなったけれど、本人が何でもないと言うのだ。何でもないことなのだろう。俺は飯を食うべく、スマホをベッドに投げて部屋を後にした。
△▼△▼△
「脚本出来たって……どういうこと!?」
翌日金曜日の昼休み、初〆から脚本を手渡され驚く掌の声が教室中に響いた。いつも昼休みになると読書しながら器用に食事をする初〆であるが、今日は珍しく四時間目終了と同時に席を立ち上がった。俺は昨日のこともあって何となく目に入っただけなのだが、そのまま初〆の動向を追うと立ち止まったのは
「え、でも全く手を付けて無かったんじゃないの?」
「はい。ですから昨日の夜書き上げました」
「昨日の夜……」
掌は何やら思案顔で固まった。おおよそ昨日に書き上げた、たった数時間で書いたような脚本が面白いかどうか心配になっているのだろう。もしくはこれでクオリティ低かったらぶっ殺すからな的なことかもしれないが。俺なら確実に後者だ。
「とりあえず、ちょっと読ませて」
「どうぞ。自分で言うのもなんですが、結構面白い話が書けたと思っています」
初〆はメガネをクイッと押し上げ、珍しく口の端を少し歪めた。
掌は受け取った脚本に一枚一枚目を通し始めた。その様子をクラス中が固唾を飲んで見守る。面白いかはたまたクソ面白くないのか。掌がこの場ではっきり面白くないと言うような性格ではないとクラス全員がわかっていながら、勝手に緊張してしまう。
やがて最後のプリントに目を通し終わり、掌が顔を上げた。そしてガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「初〆くん、コレすっごい面白い!!」
「だから言ったでしょう? 自信がありますって」
その好感触な感想を機に、クラスの連中は脚本を一目見ようとわらわら掌へ近寄っていく。
「わー、待って待ってみんな!」
「えーなんでー。見せてよ」
「漣だけずるいぞー」
「今から印刷してくるから待ってて。それと……みんな今日から放課後、もちろんやる気あるよね?」
掌の楽しげな笑みに、皆頰を緩ませて『もちろん!』とか『今から絶対間に合わせような!』だとか『ヤバい、やっと文化祭って感じしてきた〜』などなどほざいていらっしゃる。
なんて空気に流されやすい人間たちなんだ。お前ら、絶対初〆が脚本提出せず文化祭失敗したら初〆だけのせいにしてただろ。
今までうちのクラスだけが何も準備してないとわかっていながら初〆の問題を掌だけに押しやって自分は傍観者キメこんでたクセに、脚本が出来たら出来たで『いっちょやってやりますかぁ』みたいな感じ醸し出しやがる。図々しいにも程があるだろう。掌もよくもまぁ怒らないもんだ。
やはり人間は醜い。そしてそんな醜い人間を許容することもしようともしない、完璧な人間を求める俺が一番醜い。完璧なんてこの世に存在するわけがないのに、それはわかっているのに、俺は心の奥底でどうしても完璧を求めてしまう。
きっと俺が以前春夏秋冬のことをとてつもなく嫌っていたのはその気持ちが無意識のうちに働いていたからだ。完璧な人間が良い俺は、完璧な人間を演じる春夏秋冬を本能的に拒否していたのだ。
「結構練習とか出来る時間限られてるし、土日も学校で文化祭準備した方がいいんじゃない?」
春夏秋冬の発言に
春夏秋冬、お前はホントにこんなヤツらと仲良くしていなければいけないのか?
そんな俺の心の中で生まれた問いは、多分春夏秋冬にとっては愚問であり、答えるに値しない。十年前に彼女の腹は既に決まっているのだから。
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