No.14『プライドが高いのでは無く、固いのだ』

 図書室の扉を開くと、図書室特有の何とも表現しにくい本の匂いがむわっと香ってきた。室内には司書の先生と初〆の二人のみで、他には誰もいない。

 初〆は俺の方には一切目を向けず、ひたすらキーボードに何かを打ち込みまくっているので、俺は一応近場にあった本を手に取り、初〆の前に立つ。すると流石に視界に入ったのかチラッと俺を見、訝しげに眉をひそめた。


「……珍しいですね、穢谷けがれやくんが図書室なんて」

「えっ、あー、いやまぁ。そうだな。てか俺の名前知ってんのな」


 初〆の口からさらっと俺の名前が出てきたことに普通に動揺してしまった。すると初〆は何言ってんだコイツみたいな顔で言う。


「当たり前でしょう。同じクラスなんですから名前ぐらい知ってます」

「それでも知らない人間の方が多いんだよなこれが」

「全ての人間が君のことを知らないと、そんな風に自分を卑下するのはやめたらどうですか? 穢谷くんはわざと自分を下げているように感じますよ」


 えー、何コイツ。初対面だよね、なんでそんなに俺のこと見破ってくるわけ。伊達に眼鏡してねぇな(関係ない)。


「……」

「……」


 初〆はそのまま何も言わずにまたノートパソコンに向かう。俺は脚本についての話をするタイミングを失ってしまい、少しの間その場に立ち尽くした。

 

「な、何ですか……何か用があるなら言ってください」


 俺が机を回って初〆の隣に移動し、ノートパソコンの画面を覗き込むと、初〆はビクッと肩を震わせて慌ただしく画面を隠した。初〆の画面見せたくない気持ちが露骨過ぎて何故か若干悲しい。


「いやそれ今何書いてんのかなって。文化祭の脚本じゃないんだろ?」

「へぇ、意外ですね。君は脚本について心配するような人ではないと思ってました。文化祭になんて興味ない派の人間かと」

「もちろん俺はそっち派だ。ただ教室いたらいつも聞こえてくるからよ。お前がてのひらに脚本まだかまだかって言われてんの。お前、もしかして書く気ねぇのか?」


 偶然も重なって、何とか脚本の話に持ち込むことができた。初〆は俺の問いに、昼休み掌から脚本はまだかと問われた時と同じ嫌そうな表情をする。


「書く気が無いわけではありません。ただ、ぼくには脚本よりも優先すべきことがあるので」

「それが今そのノーパソで書いてるヤツ?」

「はい」

「優先すべきことって、あれか。文芸部の出品とか?」

「本当に意外です。どうしてそんなに知りたがるんですか?」

「別に? ただ気になっただけだよ。気になったことは自分で調べるよりも知ってるヤツに訊きまくる性格なんでね」

「傍迷惑な性格してますね」


 ホント思ったことは何でも口にするタイプなんだなコイツ。初会話からものの数分で他人に傍迷惑とか普通言えねぇもん。馬鹿なのかそれとも敢えてなのか……。

 

「ぼくは、文芸部は文化祭では何も出品しません」

「ふーん。じゃその書いてるのは何なんだよ。実は脚本ちゃんと書いてるオチか?」


 俺が口角だけ上げて目は死なせたまま言うと、初〆は人に聞かせるため息を吐いた。


「はぁ……。まぁ、穢谷くんになら別に教えても問題ないでしょうからいいですけど」

「問題ない?」

「誰かに言うような仲の人、いないでしょう?」

「……」


 危ねぇ危ねぇ。もうちょっとでノーパソ奪い取って初〆の頭ノーパソぶっ壊れるまで殴り続けるところだったぜ(小物感)。

 俺のジト目など気にも留めず、初〆は俺にノートパソコンの画面を見せる。


「何だコレ……カクヨムコン?」

「はい。所謂いわゆる、web小説の大会ですね」

「ほーん。これで賞取ったらなんかあんの?」

「大賞は賞金百万、そして書籍化です」

「百万っ!?」


 完全にweb小説をナメていた俺はつい大きな声で鸚鵡おうむ返ししてしまった。司書の先生がジッと俺を睨んでくる。


「年に一度、十二月一日から翌月の末日で最初の選考が終了します。なのでそれまでに規定の十万文字を越さなくてはいけません」

「十万って果てしねぇな」

「まぁ文字にすると実はそうでもないんですけどね。しかしもちろんながらただ文字として十万にするだけではダメです。これは小説の大会ですから」

「物語として成立している十万文字にしなくちゃいけないってわけか」

「そういうことです」

「クラスの脚本よりも、大事なのか?」

「愚問です。たかだか高校二年のたった一度の文化祭で賞金もなければ、ぼくの夢である書籍化もできません。優先すべきは確実にカクヨムコンです」


 はきはきとした口調でそう断言する初〆。

 要するに。初〆は年に一度のweb小説の祭典に参加し、賞を取るべくそちらに尽力しているため脚本に手が回っていない。と言うより手を回す努力すらしていないと。そういうわけか。

 ……なんて自分勝手なヤツだ。

 脚本そっちのけで個人的なことの方を重要視するなんてタチ悪いにも程がある。文化祭が失敗した時に自分に非難されることがわからないのだろうか。コイツもしかしてガチもんの馬鹿なのか。


「話が終わったのならどっか行ってください。視界の端に穢谷くんが映って執筆の邪魔です」

「そんなにそのなんとかコンが大事なのか」

「だから言ってるでしょう。年に一度しかない小説家としてデビューするためのチャンスなんです。ぼくは小説を書いて生きていきたいんです」


 ……そうだ、勘違いするところだった。俺の本来の目的はコイツに脚本を早く書かせることではない。コイツの高いプライドをズタボロにしてやることなのだ。プライドの高い初〆にはっきりと文句を言ってやることで、脚本を書き上げさせるもしくは脚本担当を諦めさせる。それが春夏秋冬から命じられた本来の俺の役目だ。

 だから俺は、それが本当にそうかどうか確実な確証はないままにこう初〆に問うた。


「お前はホントに小説で賞を取りたいのか?」

「……はい?」

「お前、自分の物語で誰かに何かを伝えようって気持ちで賞を取ろうとしてねぇだろ」

「何が言いたいんですか?」

「わかんねぇならはっきり言ってやるよ。まぁお前自身が一番わかってんだろうけど」


 俺はそこで一度言葉を区切り、息継ぎをする。そしてスッと初〆の核心的な部分について触れるであろう言葉を口にした。


「お前は小説を書いて生きていきたいんじゃない、なんだよ。ただただその肩書きが欲しいだけのな」

「何を根拠にそんなことを?」

「根拠なんてねぇ。ただお前みたいなヤツが一生売れないままのどん底作家になるんだろうなって思ってな」

「君ねぇ……っ!」

「ホントに小説で食っていきたいんなら!」


 今にも掴みかかってきそうな勢いで立ち上がった初〆に、俺はその勢いを返すつもりで大声を出す。初〆の動きが止まったのを見て、今度は声量は小さくも初〆へ伝わるように。


「たかだか文化祭の脚本ひとつも手を抜いたりはしねぇ。抜くどころか手さえ付けてないお前は以ての外だ」

「ッ!!」


 編集者の親父の愚痴をひたすら聞いてきた俺が言うんだ、間違いない。いつも編集社に持ち込みしてくる者を見ている親父曰く、小説家という特殊な肩書きが欲しいと思ってるヤツに限って、才能のヘッタクレも無いヤツばかりとのこと。天才的な作家もいるにはいるが、やはり努力して物語を書きに書きまくる作家はそれなりに売れる。

 俺はそれを陰キャでコミュ力無いなりに懸命に伝えてやったつもりなのだが、しかし。


「ぼくの気持ちを勝手に決めつけるのはやめてください! ぼくは本気で小説家になりたいんです」

「いやだから小説家になりたいだけでそれ以降は何も考えてねぇんだろって言ってんだよ」

「話が通じない人は面倒で嫌いです。ぼくの目の前から消えてください」

「……」

「穢谷くんが消えないのならぼくが消えます。では」


 そう言って初〆はノートパソコン片手にスタスタと図書室を出て行ってしまった。

 なるほど要するに初〆芥という人間はプライドが高いのでは無く、プライドが固いのだ。こっちが何言おうが、アイツには何ひとつとして響かない。高いだけならいくらでも壊せるプライドも、固く厚く頑固なプライドに俺みたいなへなちょこが何言ったもどうしようもないのだ。

 うーむ、完全にドジったな。春夏秋冬になんて連絡を入れようか……。

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