No.13『さて、初絡み』

 事件は翌日の翌日、つまり明後日に起こった。まぁ事件って言うとすげぇ大事おおごとに聞こえてしまうかもしれないが、実態は文化祭についてであり、俺にも関係してくる話だ。

 かねてより話題に上がっていた脚本担当の初〆しょしめあくたがなかなか脚本を書き上げてこないという問題。脚本が書き上がらないともちろん演者は練習出来ないし、道具を作ったり照明音響をアレコレしたりと出来ない。

 だから学級委員のてのひら春夏秋冬ひととせが初〆に早く書くよう催促の言葉を何度かかけていた。その結果ようやっと月曜日に書き出していたはずなのだが……。

 

「まだ書き終わってないって、どういうこと!?」


 本日木曜日の昼休み。掌の悲鳴にも似た叫びが教室に響いた。自然とクラスの視線は初〆と掌に向く。若干のデジャブではあった。


「どういうことと言われても困ります。ぼくは事実を伝えたまでですから」

「い、いやだから……」


 何食わぬ顔で返答する初〆に狼狽する掌。初〆は脚本が出来上がっていないことでクラス中に迷惑がかかっていることを理解出来ないのだろうか。


「だって……早くしてくれないともうホントに間に合わないよ!」

「大丈夫です、ちゃんと書き上げます。あまり催促されてはクオリティの低い脚本になってしまいますので」

「いくら脚本のクオリティが高くったって、練習時間が多く取れなかったらそれで劇全体のクオリティが低くなっちゃうんだよ?」


 掌は優しく諭すような言い方で初〆に言うが、初〆には響かなかったようだ。眼鏡の奥に見える眼光には明らかに『面倒』の二文字が浮かんでいる。コイツ、側から見てても腹立つな。掌委員長もこんな態度取られてよくキレねぇわ。

 初〆はふぅーと長く息を吐き、パタンと文庫本を閉じた。


「これ以上言い合うのはやめましょう。水掛け論です」


 いやお前の方は何も筋通ってねぇだろ。仕事を引き受けたのにひたすらその仕事をやってこないでそれの言い訳してるだけとしか見られてないからな?


「ごめん。ちょっとトイレ行ってくるね」

「なに朱々気分悪いん?」

「うーん、ちょっとね」


 春夏秋冬が立ち上がり、教室を出て行こうとするのを横目で見ていると、春夏秋冬の視線が一瞬こちらに向いた。そして皆からは見えないように背中で隠して、俺にだけ親指を立てて手をクイクイッと動かし、付いて来いみたいなジェスチャーを見せてきた。

 それが見えてしまったからには仕方がない。俺は春夏秋冬が出て行ってから数分後に教室を後にした。




 △▼△▼△




「穢谷。やっぱり初〆に催促して」

「そー言うと思ったよ」


 春夏秋冬の口から出てその言葉は完全に俺の予想通りの内容だった。


「月曜見に行ったら初〆ちゃんと書いてたじゃねぇか。明日になったらケロっとした顔で『脚本出来ました』とか言ってきそうじゃんアイツ」

「確証がない。一刻を争うの、明日にでも脚本提出してもらわないとマジでカスみたいな演劇になるわ」

「確証って……んなこと言ったら俺が催促してホントに書いてくるかどうかの確証だってねぇだろ」


 プライドの高い初〆にクラス全体が遠慮してはっきりさっさと書いて来いと言えない現状にあるから、大して仲良くなく且つ人のプライドとかどうっちゃいい俺に脚本の催促をしてほしいと。確かに一度は了承した話ではある。

 しかしながら、確証という言葉を使うのであれば俺が初〆に脚本を書くのを催促したところで確実に初〆が脚本を書いてくるという確証はない。

 春夏秋冬は俺の言葉に反論しようと一度口を開くも、反論するための言葉が思い浮かばなかったのか、伏し目がちに口を噤んだ。


「あのさぁ、この部屋使うのは構わないんだけど、せめて今から来るとか連絡が欲しいなぁ」


 俺と春夏秋冬どちらも黙ったタイミングで、ニヤニヤ笑みを浮かべ東西南北よもひろ校長は言った。

 何を隠そうここは校長室。基本呼ばれなきゃやって来ない場所だが、学校内において密会をするにはもってこいの場所でもある。


「まぁ別にいいんだけどさ。それよりも、君たちのクラスもしかしてピンチなの?」

「えぇ、ピンチね。めちゃくちゃに」

「えっと、確か二年六組は演劇だったっけ? そういやぁまったく練習してないみたいだけど、それと関係してるのかな?」

「よく知ってますねうちのクラスが何もしてないって」

「そりゃそうだろー。わたしは校長だよ? 学校のことは何だって知ってるさ」


 豊満な胸を張ってドヤ顔をキメる校長。そう言えばこの人夫婦島曰く、何故か月見さんとキマコンになりかけているんじゃなかったっけか。見た感じ普通だけどな。


「穢谷お願い……。高校二年の文化祭はたった一度しかないの。それを私はおじゃんにしたくない。せっかくなら出来のいいものにしたいのよ」


 真っ直ぐと俺の目を見つめ、珍しく本心で俺に思いを伝えてくる春夏秋冬。いつだってコイツの言葉は嘘ばかりだ。勝手な俺の憶測だけど、もうコイツには自分で自分が嘘を吐いている自覚さえないんだと思う。全て無意識で、無意識がそうさせているのだ。

 椅子はちゃんと机に入れる、落ちてるゴミは自分のじゃなくても拾って捨てる、普段から目上の人には正しい敬語を使うようにする、礼儀、マナーなどなどエトセトラ。長い間意識してきたことはいつの間にか無意識に出来るようになる。

 それと一緒で、春夏秋冬も長年人気者となるべく意識して嘘を吐いてきた結果なのだ。自分に嘘を吐いて、そして周りにも嘘を吐く。それが今、春夏秋冬が人気者として存在しているひとつの所以ゆえんだろう。

 だから別にそれを咎める気はない。それに俺は春夏秋冬を咎めるような立場にない。ただいつまでも自分と周囲の人間全てに嘘を吐いていては、いつか破綻するんじゃないかとは思う。それを春夏秋冬が気付いているか否かは定かではないが。

 とにかく何が言いたいかって言うと、春夏秋冬の本心を受けて断る気は起きないってわけで。そもそも女の子に至近距離プラス上目遣いで頼みごとをされて断れるほど図々しくないわけで。

 どうも俺は上目遣いと強い押しに弱い傾向があるようだ(既に一二から散々利用されている気がしないでもない)。


「わかったよ……。放課後初〆んとこに行ってくる」

「ホントに?」

「ホントホント。一度は約束もしたし、美人からの頼みごとは引き受けたら後々良いことあるって親父によく言われるしなー」

「そ、そう。ありがとう……///」

「……おう」


 俺は軽口を叩いたつもりだったのだが、なんか普通に春夏秋冬さん照れちゃってこっちまでハズくなってくるんですけど。

 とそんな様子を見て、反応しないわけがない東西南北校長先生。いかにも高級そうなステーキの入った弁当をつつく箸を止め、安定のコピペしたようなニヤニヤ笑顔を貼り付けて言う。


「いいね、二人とも青春してるねぇ」

「「はぁ?」」

「ハモりも健在か〜。おばさん安心したよ」

「自分でおばさんって言っちゃうんですね」

「そりゃ君たちと十年以上も年の差あるしね。最近生徒たちと話していてもジェネレーションギャップ感じて萎えることが多いんだよ」

「大丈夫ですよ。俺的には三十路前まではお姉さんです」

 

 俺の読みが正しければ、東西南北校長はまだ二十代後半。全然守備範囲です、むしろ年上好きまである。


「なるほど。三十までに結婚出来そうになかったら、穢谷くんに猛アタックすることにするよ」


 校長のほんのちょっと本気混じりな声音を聞いて、俺と春夏秋冬は校長室を出た。教室を出た時同様に春夏秋冬とタイミングをずらして教室に帰るべく、俺は自販機によることにした。


「いやー、初〆も馬鹿だよなぁ」

「『はぁ仕方ないですね脚本受けます』とかイキってたクセに全然書いてこないって言うねw」

「イキってたとか言うなってww!」


 自販機には先客として、我がクラスの名前も知らないカースト中位たちがワイワイと盛り上がっていた。

 このままだと例え脚本を初〆が完成させたとしても、春夏秋冬の望む出来のいい本当に良い演劇は完成しないだろうなぁ。まぁんなことを俺が気にする必要は皆無だ。俺はただ初〆にさっさと脚本を書くよう仕向ければいいのだから。




 △▼△▼△




 その日の放課後。やはり我がクラスの連中は未だ文化祭の準備をすることなく、皆帰宅又は部活へと向かう。当然だ、軸となる脚本が無いのだから動こうにも動かない。別に皆が本気で動こうと思えばいくらでも行動を起こすことは出来る。でもそれをしないってことは彼ら彼女らとって既に今年の文化祭はそこまで重要視していないのかもしれない。

 兎にも角にも俺は帰宅する生徒の波から逸れ、図書室へ。


「……いるな」


 前回同様に廊下からそっと覗くと、初〆は机に置かれたノートパソコンに向かってひたすらキーボードを叩いている。

 やはり何かを書いていることには間違いない。しかしそれはクラスの脚本ではなく、別の何か。……一体何を書いてんだ。

 文芸部としての文化祭の出店作品を書いている。これが一番当たりそうな予想なのだが、果たして実際のところどうなのか……。

 さて、それでは初絡みといこうか。

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