No.12『語彙力無くて可愛さが伝わらない』

 翌日の放課後。文化祭実行委員会も無く、普通に帰宅……したかったのだが今日は番号順で回ってくる日直の日だったため、日誌を出しに職員室に向かうことになってしまった。おのれ番号順め、帰宅部エースの俺が十分以上の帰宅時間ロスを喰らうはめになったじゃねぇか。

 内心愚痴をこぼしながら、職員室に寄ったことで普段とは違うルートで下駄箱へ向かっていると、通りがかった物理室から聞き覚えのある声が響いてきた。


「ひ、春夏秋冬ひととせさんっ、やっぱりダメですよぉっ、こんなとこで……」

「えぇ〜、大丈夫だって。ホント反応が一々腹立つほど可愛いわねみやび

「かっ! かかっ、わいいなんて///」

「ほら……もっと可愛いとこ見して」


 ……ナニをしてらっしゃるのでしょうか。声の主は春夏秋冬とたたりで間違いない。まさかあの二人、そんな百合百合しい関係だったんでしょうか。

 とまぁふざけた妄想をしてみたけれど、実際そんなことがあるはずもなく、どうせ春夏秋冬が祟に洋服着せて楽しんでるとかそんなオチだ。


「だれ? ……あ、穢谷けがれやか。何してんの?」


 唐突に扉が開き、中から春夏秋冬がひょこっと顔を出した。俺のステルス性能を持ってしても外に誰かいることに気付けるコイツには、きっと高性能レーダー探知機か何かが身体に搭載されているんだろう。


「さっき日誌出してきて下駄箱行くとこだよ」

「あー、日誌出してきたからこっちからなのね」


 春夏秋冬はうんうんと大きく頷いて激しく共感しているようだ。どうやら日誌出した場合での下駄箱へ向かうこのルートは劉浦高あるあるらしい。


「そっちは何してたんだ。外まで声聞こえてきてたけど」

「ちょっと洋服の着せ替え的なね」

「予想的中」

「え?」

「いや、なんでもない」


 中を覗いてみると室内なのに白のベレー帽を被り、白いセーターっぽい服の上から黒のオーバーオールみたいな感じのヤツ、その上にちょっと厚手のモコっとしたシャツ(?)を着た祟が恥ずかしそうにもじもじ身をよじっていた。……俺のファッション語彙が少な過ぎてあまり伝わらないかもしれないが、簡潔に言えばめちゃくちゃ可愛らしい。


「冬のコーデはどうしたらいいのか教えてほしいって雅の方から言ってきたのに、いざ私が持ってきた服に着替えさせたら恥ずかしいって言うのよ」

「だ、だってっ! まさかっ、学校でやるとは……っ!」


 ふーん。自分からどうしたらいいのか春夏秋冬に訊くまで成長したんだな。何様って感じだけど、祟自身や春夏秋冬のように祟と頻繁に会っていてはわからない、時々たまに会う俺のようなそこまで仲良くないポジションのヤツだからこそわかる変化があるものだ。変化という名の成長が。

 前に春夏秋冬は言っていた、外見に自信がつけば自ずと内面の自信もつくとのこと。祟は春夏秋冬に一学期に出会った時から連れ回され、かなり垢抜けたように思える。

 そしてそのおかげできっと自信がつき、それが少しずつ精神的な成長に繋がっているのだろう。


「それにまだお店で新しい服着ると恥ずかしがっちゃうのよねー。似合ってる可愛いって言っても信じてくれないのよ」

「マジかー、祟もっと自信持っていいぞ。お前多分似合わない服ないぐらい良いスタイルしてるから」

「すっすた、スタイルって! 穢谷さんっ、セクハラですぅ!」


 顔を赤くして胸を隠すように己の肘を抱く祟。俺別に胸の話はしてないんだけどなぁ、春夏秋冬の言う通り一々反応が可愛いなぁ。なんて応援したくなるダメっ娘なんでしょうか。

 俺の祟に向ける生易しい目に眉をひそめながら春夏秋冬が言う。


「そう言えば、雅はクラスの文化祭準備とかしなくていいの? 一組やってたけど」

「文化部なんだから文化部としての準備が優先なんじゃねえの?」

「あ、そゆこと」


 文化祭ってのはその名の通り文化の祭りであって、本来は普段あまり日の目を浴びない文化系部活動の祭典だ。決して体育祭の逆で生徒がクラスごとに文化的なことするみたいなそんなものじゃない。

 ただ残念ながら、文化祭の意味を履き違えてクラスで何かをやることが全てだと思っているアホもいたりする。クラスを手伝わず部活動の方ばかりに行く生徒を敵視するヤツが必ずと言っていいほど現れるのだ。

 祟がその被害に遭っているかどうかは知らないけど、世の文化系部活動の皆さん心を強く持ってください。


「自分は……化学部として、何かするってことはしない、です」

「「え?」」

「化学部は、文化祭では何もしません。クラスのみんなには、黙って……ここにいます」

「どうしてよ? 部活として何もしないならクラスで何かしなきゃでしょ」

「春夏秋冬、お前はわかってないぞぼっちの気持ちが」

「はぁ?」


 明らかに何だお前殺すぞ的な意味合いを持っているであろう目で睨んでくる春夏秋冬。


「クラスにいたところで何もしないことに変わりはねぇんだよ」

「……どういう意味?」

「ま、何もしないってのはちょっと違うか。何もしないって言うより、何も行動出来ないんだ。ぼっちにとって人と会話しながら、協力しながら何かを作り上げることは一番精神的にキツいんだよ」


 祟がいるからはっきりと言えないけど、誰だって馴染んでいないグループ、集団の中に混じって何かするのはアウェーでちょっと居心地が悪い。それと一緒で仲良くない馴染めていないクラスの輪の中に入って何か作業をするのは、普段から教室内で言葉を発していない人間にとって非常に難易度が高いのだ。

 まぁ俺レベルになると逆に開き直って孤高の存在である自分に酔いしれることすら可能であるが。でも後から客観視してみた時に死にたくなるからオススメはしない。


「穢谷さんのっ、言う通りです。あの教室の中にいたところでっ、自分は多分何もしません……動けませんっ」

「……」

「それに、じ自分はどうせクラスにいても……ひとり、ですから。いいんです、手伝わなくても。迷惑にはなりません」


 たたりはキュッと拳を握り締め、おどおどしながら言った。

 まぁこればっかりは今さらどうすることもできない。二学期も後半となった今からクラスに馴染もうと努力するのも何だかアホらしいし、そもそもの話既に完成されきっているクラスの輪に突然……言い方は悪いが、異物が混入することを祟のクラスの連中が許容できるか否か。もしくは許容か否かだ。

 

「なるほどねー、私にはよくわかんないわ」

「じゃあ何がなるほどだったんだよ……」

「孤独の怖さかな。私なら多分耐えられないもん。今人気者な分、特にね」

「大丈夫だろお前は」


 何となく、何の根拠もなくだったが俺は春夏秋冬にそう返した。強いてそう言った理由を挙げるなら、春夏秋冬が下位の人間になっているところを俺がイメージできないからかもしれない。

 しかし春夏秋冬にもし何か起きて、例えば校長から腹黒のことを暴露され、現在のトップカーストから一気に下まで落ちたとしたら、きっと誰も、俺さえも味わったことのない孤独を覚えることになるだろう。

 春夏秋冬だって馬鹿じゃない。むしろ頭が良い。そんなことは承知の上で性格良いフリをして、猫被って、人気者を演じているのだと思う。

 そこまでして、母を超えたいのか。もしも転落したら、お前には一体何が残るんだ。


「んじゃー、俺帰るわ」

「あ、そう。もう何着かあるから見てけば良いのに」

「見たいのは山々だけど、祟が嫌がりそうだからなー」

「へっ……! っあいやっ、そんなっ嫌なわけではっ!」


 あたふたして可愛らしい祟をニヤニヤしながら横目で見て、俺は物理室を後にした。そして家に帰ってやっぱり見ていけば良かったと小一時間ほど後悔する俺なのであった。

 そういや今日の放課後もうちのクラスは何もしなかったが、初〆はまだ脚本を書き上げたいないのだろうか。取り掛かったのが春夏秋冬に言われた昨日だと考えれば、そんなに早く出来るものでもないだろうし、明日明後日には完成するのかな。

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