No.16『厚かましくも俺はその主人公と自分を重ね合わせてしまった』

 その物語は大雑把に言えば高校生の恋のお話で、ちょっぴり切ない気持ちになるメロドラマだった。

 主人公は少し根暗な人間で友達がいないわけでは無いのだが、小学生時代イジメられていた経験から人間不信な性格をしており、なかなか他人と深い関係になれないでいる高校三年生。対しヒロインは主人公と同じクラスで、社交的、友達も多い、まさしく人気者という言葉が似合う少女だ。

 二人はスクールカーストで言えば雲泥の差があり、本来ならば関わることは絶対にないはず。しかしながらある日の席替え、二人は隣の席通しになった。

 それを機に二人の関係は少しずつ少しずつ進展していく。

 最初は一日に二言三言話す程度。そこから一日の会話の回数は増えていき、彼女をキッカケに主人公も本当に友達と呼べる人間たちが出来つつあった。休日友人たちと遊びに出かけたり、二人きりで出かけることもあったり、時には意見が違え喧嘩に発展してしまったり、お互い受験に向けて勉強を教え合いもした。

 そしていつしか二人の関係性は友達と言うには生ぬるく、恋人と言うにも生ぬるい、曖昧なものへと変化した。

 この二人の心情を簡単に言うなれば、自分たちが両想いであることに気付いていながらも、主人公は人間不信な面が出てしまい、なかなか一歩踏み出せず。ヒロインの方はどうしても人気者という自分の立場から周りの目を気にしてしまい、彼にもっと近付きたいという気持ちを抑えてしまっているのだ。

 二人はたくさん葛藤した。


 僕は彼女が好きだし彼女も僕のことが好き、そんな厚かましい考えを持つなんて僕はなんてキモチ悪いんだ。


 私は彼が好き。それなのに周囲からの目を気にして彼に告白出来ない。結局私は人からどう思われているかを一番に気にして、彼のことを本当に好きなんじゃないのかもしれない。


 僕にとって彼女は一体何なんだ。わからない、彼女のことがわからない。自分のこともわからないのに他人のことをわかろうとすることがそもそもの間違いなのだろうか。


 私にとって彼は好きな人であり、大切な人、気の合う人、一緒にいて心落ち着く人。今すぐにでも抱き締めたい人なのに、どうして私は一歩踏み出すことが出来ないの?


 僕は厚かましい。考え方全てが。


 私は醜い。容姿以前に中身が。

 

 そんな葛藤をしたまま曖昧な関係性は変わらず月日は流れ、卒業式。二人は別々の道をゆくことになっていた。

 主人公は近場の大学へ進学。ヒロインはなんとイギリスへ一年の留学。

 決断を下すなら、もうこの日しか無いだろう。自分たちはどうするべきなのか、どう在るべきなのか。多く悩み多く葛藤し、二人は答えを出した。

 卒業式が終わり、二人は屋上で待ち合わせした。先に来ていたヒロイン、遅れて来た主人公。目と目を合わせ、ゆっくりとその距離を縮める。

 そして物語は最後、二人の涙ながらのキスで幕を閉じる。


 その後二人がどういう決断を下したのかは、見た我々がどう解釈するか委ねるような構成だ。物語そのものの登場人物はそこまで多くなく、内容はほとんどが主人公とヒロインの思考で進んでいく。自分だったらこうだろうな、お前らもっとこう考えればいいだろ、みたいに没入してしまうほどにリアルな高校生の悩み方が表現されていると思う。

 十数枚の脚本ながらも非常に読了感ある話で、初〆がたった一夜で完成させたとはとても思えないクオリティだった。


 そして厚かましくも俺はその主人公と自分を重ね合わせてしまった。曖昧な関係性は現在自分自身がそうだし、何となく主人公の考え方が俺と似てるところもあって勝手に親近感を沸かせてしまっていたのだ。

 そしてもうひとつ言うなれば、読者に自身と登場人物を重ね合わさせ、親近感さえ沸かせることが出来たのだから、初〆はきっと小説家に向いているのだろう。俺の読みは外れたということだ。


「結局、初〆がなんでいきなり脚本書き上げた来たのかは謎のままね」


 春夏秋冬は実行委員会の最中、聖柄が当日のことについて色々と説明しているのを聞きながらぽそっと呟いた。


「単純に穢谷くんの煽りが効いて燃えたんじゃないのw?」


 その独り言に平戸さんは笑いながら軽い調子で言う。笑いながらって一々言わなくても良いくらい常に笑ってるんだけど。


「どうでしょうね。web小説の方を優先してるって言ってたけどホントはめちゃくちゃ脚本の方に力を入れてたのかもしれませんし、実はめちゃめちゃ文才あってマジで一夜で書き上げたのかもしれない。ま、俺初〆のこととかどうでもいいんでどっちでもいいけど」

「そうね。これから一週間ちょいでどれだけ劇としてクオリティ上げられるかが問題よ」

「いいねぇ〜w。文化祭ムードかなり漂ってるねww」


 春夏秋冬のキリッとした目に何故か嬉しそうな平戸さん。確かに我がクラスにもようやっと文化祭ムードがやって来たように感じる。掌の指示の元、早速配役を決め、裏方勢も仕事を割り振られ、土曜日曜も学校で準備をすることとなった。

 もちろん俺は裏方ガチ勢なので、小道具製作を担当になった。ただ演者が十人いないくらいなのでクラスのほとんどの連中が裏方。何が言いたいかって言うとつまり多分俺は何もしなくても良い。


「穢谷、明日明後日ちゃんと来なさいよー? どうせ何人も裏方いるから自分は何もしなくても良いとか思ってんでしょ?」

「てめぇ俺の心読んだのか……?」


 最早恐怖のレベルで当たってるんですけど。

 とそこで俺たち三人に聖柄がジト目を向けて問うてきた。


「おーい? そこの三人聞いてる?」

「あっ、すみませーんw! この二人があまりにも仲良過ぎて〜w」

「平戸さんその冗談はマジ笑えないです」

「ごめーんりょう! 私はちゃんと聞いてるよ。当日の放課後は体育館の復旧作業だよね」

「うん、そうそう。その復旧作業なんだけど」


 なんでお前はこっちと会話しながら聖柄の話も聞けてんの。聖徳太子的天才パターンか。

 その後聖柄の長々としたどうでも良い話が終わり、今週の文化祭実行委員会は終了した。


「あ、そうだ朱々たち三人ちょっと来て」

「なにー?」

「こないだマル秘ゲストの雲母坂きららざかさんとこの事務所行ってきたんだけど、三人にお世話頼んでたじゃん?」

「うん」

「それ、無しになっ」

「えぇー! マジかよぉ!!」

「いやまだ何も言ってないよ……葬哉焦り過ぎ。まぁ、お世話無しになったことはそうなんだけど」


 やっぱりじゃねぇかよおい。チクショー、せっかく雲母坂きららざか黎來れいなちゃんとお近付きになれると思ったのに。


「事務所の方から念のためにボディガード付けるらしいし、それなら君らにも普通にこっちの仕事してもらおうかなって思ってさ」

「なんでだよ。実行委員の仕事がねぇからお世話係になったんだろ? んなら仕事無しは当然だろ」

「ははは。痛いとこ突いてくるなぁ葬哉」

「痛いとこって言うか当たり前のことだけどねw」


 笑う聖柄へさらにえげつない笑みを返す平戸さん。相変わらず笑みしか見せない人だ。


「まぁ、今日はいいや。二人ともクラスの方にも行くだろ?」

「え、いや俺は……」

「うん! もちろん行くよー!」

「おっけ。じゃおれもまた後から行くから。平戸先輩も足止めしてしまってすみません」

「いーよいーよww。うちは早く取り掛かり過ぎてほとんど終わってるから最近は暇してるだけだしね〜w」


 ってことは案外一週間前に準備始めても間に合うっちゃ間に合うのか。演劇は例外かもしれないが。

 その後俺は見つからないようにしれっと帰ろうとしたのだが、春夏秋冬に文字通り首根っこを掴まれて帰らせてもらえなかった。何故お前は俺を止めるんだ。俺いなくてもお前に何ら問題ねぇだろ。

 そんな謎な春夏秋冬に心中文句を垂らしながら、俺は小道具製作に精を出した。もちろんひとり作業である。あーあ、楽しかった。

 兎にも角にも春夏秋冬からの頼みごと、初〆に脚本を書かせるように仕向けるというのは、色々あったが解決して良かった。校長からの文化祭実行委員の雑務をこなすという面倒ごとがもしもっとハードだったら無理だっただろう。

 そういや、前に夫婦島が言っていた東西南北よもひろ校長と月見つきみさんのギクシャク感は解消されたんだろうか。

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