No.8『そろそろ書き上げてくれないと……』
オシャレな場所には、どうも居づらい。それがどうしてなのかを考えてみると、自分がその空間に見合ってないと感じてしまうからだと思う。と言うのも、オシャレな空間に集まるのは必然的にオシャレな人間であり、そこに異質な存在、つまりオシャレではない自分がいることがおかしいことだと感じるからだ。いや感じるからではなく、事実おかしいのだ。
異物混入と同じで、そこにあるべきものではないものがそこにあるのは自然の摂理に反するのである。
俺は座ったまま眼球を動かして周りを見渡してみる。石畳の床にレンガ造りの壁、たくさんあるはずなのに何故か若干のほの暗さを感じさせる照明、表現の仕方がわからないがこんなにスベスベな木あるのってくらい肌触りの良いテーブルにえげついほどフカフカなソファ。シックにモダンでハイカラのシャレオツな空間としか言いようが無い。
そして案の定周囲にいる人間は髭がワイルドなイケメンやら性格悪そうなピンクの髪したウェーイ系女子大生、室内のクセして謎に
目の前に座っている
「
「断る」
「まだなにも言ってないでしょ! せめて話を聞きなさいよ」
俺のお断りに裏モード(新垣結〇似)でものすごい鋭い眼光をする春夏秋冬。美人から睨まれるとかこれはご褒美なのか。いやこんなとこに来させられてるんだ、全然釣り合わねぇ。
しかも今日は土曜日。本来ならこの時間、俺はまだ寝ている(AM 11:23)。それだというのにこの馬鹿女、いつかの時みたいにスタ爆してきて俺を無理矢理起こしてきやがったのだ。そしてここに来いと住所だけ送られ、現在このシャレオツなカフェに来ているわけなのだが。
「なんでここなの」
「え?」
「普段通りあのファミレスでじゃダメだったのかよ」
「私もそっちにしようと思ったけど、今日なんか臨時休業らしいのよ。どうして? なにか問題ある?」
「居心地が悪くてヤバい」
「なんでよ。めちゃめちゃいいとこじゃない」
店内を見回して言う春夏秋冬に俺はビシっと人差し指を立てて反論する。
「こういうとこに普段来ねぇから居心地悪いんだよ、俺と同等レベルの人間が周りにいねぇし。俺みたいなのがいるべき場所じゃあねぇ」
「はぁ……うっざいわねー。自分のことそうやって下げるのやめてくんない? 聞いててイライラする。自分に自信が無いなら自分のこと高める努力をしなさいよ」
「俺に努力しろって言ってんのかお前。お門違いにも程があるぞ。俺は生まれてこのかた何かに熱く打ち込んだことも、努力して高みを目指したこともない」
「あんたそれ威張って言えることじゃないってわかってる?」
俺が胸を張ってドヤ顔すると、春夏秋冬は呆れたような顔をした。
「あんた顔はそこそこだし、別に今の格好も悪くないし、ちゃんとすればちゃんと様になると思うんだけどね」
「……あーそう」
本当のとこは違う。俺が自分を下げるのは、自分を保つためにやってるやせ我慢みたいなものだ。社会不適合者だと自分に言い聞かせないと自分を失ってしまうような気がしてならないから。
さっき春夏秋冬に呆れたような顔をされた時、俺はホッとしてしまった。いつの間にか自分が情けないダメダメのクズで下位の存在に在ることが確認できると、俺は安心するようになっているのだ。
下位の人間でいることは責任を負うこともなく、誰に必要ともされない需要のない人間だから、楽で良いと。この地位にいることに依存してしまったのだ。
ただ別に俺は悪いことだとは思ってない。世間からの目はアレだろうと、現状不便に感じていることは無いし、俺が下位であることで誰かに迷惑をかけているわけでもない。だったら春夏秋冬の言うように努力する意味もない。無駄な努力はしない人間なんでね(そもそもしたことない)。
「はぁ、まぁいいや。で本題なんだけどさ。うちのクラス、演劇することになったじゃない?」
「うん。それがどーした」
「脚本担当の
「へぇー……で?」
「文化祭までもう二週間もないってのに、あの文学バカは脚本を書いてこないの! 大問題でしょうが!」
俺にはよくわからんが、大問題らしい。しかし文学バカって……ひどい言われようだ。
「んで何、俺に初〆に早く書けって催促しろっての? 初〆と話したこともない演劇に興味もない俺が?」
「逆にあんただからこそよ。仲良いって言うか普段から絡みがある人間じゃ催促出来ないの」
「意味がわからん……」
俺が首を捻ると、春夏秋冬はこほんと咳払いをひとつ。そして『先週の木曜日にね』と何やら話が始まった。
△▼△▼△
昼休み。私は前の席に座る
クラスで私の次にカーストが高い
「ねぇねぇ
「はい?」
自分の席で読書していた
「催促する感じで悪いんだけどさ、演劇の脚本どんな感じ?」
漣のその問いに私の耳がピクっと反応。どうやら私としても結構気になる内容の話が始まるようだ。
私は箸を動かし此処と緋那と会話しながら、二人の話に耳を傾ける。
「脚本ですか。まだ出来上がってませんね」
「そっか……えっと、いつぐらいに出来上がりそうとかわかる?」
「そうですね。もう一週間とちょっとはかかるかもしれないですね」
「えぇ!? 一週間!?」
クラスの視線が漣の驚きの声で二人に向く。初〆はそれに若干嫌そうな表情をする。
「そもそもまだ書き上がってませんし、書いた後にはしっかりと推敲を重ねたいので」
「まだ書き上がってないって……出る人もちゃんと決まってないし、セリフ覚えたり練習したりする時間を考えたらもうそろそろ書き上げてくれないと……」
「掌さん、ぼくにもプライドがあります。文芸部部長として、脚本を任されたからには一切手を抜きたくありません。だからレベルの高い内容をしっかりと固め、その上でまず書き上げ、そして推敲してから皆さんに見せたいんです」
初〆は漣を真っ直ぐ見つめて言った。その目には確固たる文芸部部長としての信念、プライドが感じられる。私はこういう目が嫌いじゃない。どんな方向性だろうと、信念を持っている人間は良い。
だけど、今回に限ってはそうとも言えない。漣の言う通り、文化祭までは残り休日も合わせて二週間ほど。劇としてどれくらいの密度のものになるかは知らないけど、練習時間や小道具とかの製作時間を考えれば、悠長にしていられないのもわかる。他クラスは既に放課後準備を始めているところも多い。だから焦るのも当然。うちのクラスの実行委員が片方は委員長で忙しいしもう片方はアホで使い物にならないから漣が動くしかないしね。
よし、ここは私も少し介入するとしますか。
「初〆くん、部活忙しい感じ?」
「いやまぁ……そうですね。忙しいと言えば忙しいです」
「そっか。初〆くんがクオリティ高い脚本目指してくれてるのはホント有り難いんだけど、皆楽しみにしてるし、役とか決めてすぐ練習もしたいしさ。なるべく早めに仕上げてくれるともっと有り難いな」
「はぁ……わかりました。出来るだけすぐ書き上げることにします」
初〆は人に聞かせるため息を吐いてそう言い、読書を再開。チッ、何なのその顔。あんたがさっさと書き上げとけば良い話でしょ。そんな顔される筋合いマジないんですけど。
私が心の中で初〆に毒づいていると、ポソポソっと漣が私の耳に囁いてきた。
「サンキュ
「漣、委員長だからって遠慮し過ぎなんだよー。委員長だからこそもっと言いたいことはっきり言っていいと思うよ? みんなのことまとめるのは上手いんだしさ」
「うん。それはもう常々自分で感じております……。朱々はやっぱりすごいね」
私はそんな漣の眼差しに『でっしょぉ~』とドヤ顔でふざけておくことにした。
△▼△▼△
「って感じなわけ」
「ほーん、なるほどな。褒められた場合嫌味に感じないようにする返しは逆にノってふざけるパターンがいいわけか。流石だな」
「んなこと伝えたいんじゃないの!!」
「わかってるわかってるって……んなキレんなよ」
ドンとテーブルを叩いて前のめりになって睨んでくる春夏秋冬。冗談通じねぇなぁマジで。いや通じてるんだろうけど、俺の冗談ってそんなにキレられるほどつまらないですかね。
「待っててやりゃいいじゃねぇかよ。なるはやで書きますって言ったんだろ初〆? 結局俺が催促する意味もわかんねぇし」
「木曜日にその話して、金曜日初〆学校休んでんのよ」
「へー、そうなんだ」
「クラス一緒なのに昨日誰が休んだかも覚えてないの……」
いや覚えとく意味もないでしょうよ。何の得にもならないし。
「とにかくあの気難しい文学バカが脚本をさっさと書き上げなきゃうちのクラスの演劇は始まらないわけ、わかる?」
「わかるよ。だからなんで俺が催促しなきゃいけないん? お前が木曜にしたから充分なんじゃないの?」
「昨日漣がラインで初〆にどれくらい書けたか聞いたらしいのよ」
「おぉ、どれくらい書けたって?」
「全く書いてないらしいの」
「……初〆、書く気無いんじゃねぇの?」
「そう思うでしょ? だからもっと催促してさっさと書かせないとマジで間に合わないのよ」
春夏秋冬はカップに口をつけ、一息つく。俺も合わせてチーズケーキを口に運んだ。
「ていうか、そんなに心配なら無理に初〆に脚本書かせなくていいじゃねぇか」
「それは無理ね。初〆、謎にプライド高いから。一回書くって決まったから、絶対に脚本の仕事下りないわよ」
「めんどくせぇヤツだな……誰だよ初〆に脚本頼んだヤツ。最悪間に合わなかったらソイツのせいにしちまえばいいだろ」
「それもいいわね。
「あー、諏訪か。ならもう解決だな。このまま初〆が書き上げなかったら全部諏訪のせいにして終わりに――」
「出来るわけないでしょ?」
ですよねー。春夏秋冬の優しげな眼差しが逆に怖い。
「それにもし文化祭一週間前とかギリギリで書き上げてきたらどうするの。練習不十分、小道具とかもクオリティが低い、中途半端でゴミみたいな劇になるに決まってるわ」
「それなら初〆のせいにすりゃいい。お前が早く書き上げなかったのが悪いんだって」
「それが出来ないキャラだからタチ悪いのよアイツは」
「初〆が責任を負わせられないキャラだってことか?」
「そう。アイツが本とか執筆に関してプライド高いのは結構有名で、正直ちょっと的外れでイタイなって時もあるの。だから執筆の遅さに関して私たちが口出しするのはちょっとね……」
「プライド高いヤツのプライドを傷つけないように皆配慮してやってるってわけか」
「ま、そんな感じよ」
クラス揃ってお優しゅうこった。俺にも優しくしてほしいもんだ。
何に関してもだが、プライドが高いヤツってのは基本的に扱いが面倒である。プライド、言い換えれば自尊心。自分を尊む心。よくプライドが傷付けられたと言うが、プライドが高いヤツはプライドを傷付けられることを何よりも恐れている。自分の誇りにしている部分に傷が付くことが怖いのだ。
そしてそういうヤツらはだからこそデカい面してナメられないようにしているパターンが多い。ただ初〆の場合は常に本を読んで周囲とは違った自分を作ることで自分は周囲とは違う、一癖ある、個性ある人間でいるようにして、高いプライドを守っているように見える。
人間高い低いあるが、少なからずプライドがある。だからそれが傷付けられることが嫌だともわかっている。クラスの連中が彼の高いプライドを理由もなしに守ってやってるのは、自己防衛から派生した他人への配慮のせいなのだろう。プライドを傷付けられることは嫌なこと、恥ずかしいことだと理解しているが故に他人にそんな気持ちにさせてはいけないと無意識に感じている。だからはっきり『書くの遅い』『遅筆過ぎる』『これで面白くなかったらお前ヤバイぞ』と言うことが出来ないのだと思う。
俺は人のプライドなんて気にしたこともないんで知ったこっちゃないけど…………。
「ん……もしかして、俺に初〆に早く書くよう催促させたいのって、そういう理由か」
「そういう理由ってのが、あんたなら人のプライドとか関係なしにズバっと言えるだろうなっていう私の想像と同じならその通りね」
「いや、うんまぁ、確かに別に初〆のプライドがどうなろうが気にしないけど……」
「じゃあお願いね。初〆に今すぐにでも脚本書き上げるように言うのよ。放課後は大体図書室にいるから。わかった?」
「はいはい、わかりましたよ。早く書けって言やいいんだろ」
「うん、お願いね。あ、あと『はい』は一回ね」
「うっせぇバカ」
面倒ごとがまた校長経由でもなくなった。まぁこないだのボディガードの時よりかは良心的な内容ではあるが。
それにしても、ここまでの会話から察するに春夏秋冬は本気で文化祭のことを考えているようだ。じゃないと休日にわざわざ俺と会ってまでこんな話しないだろう。俺に頼みごとをするということは、それだけ文化祭でのやる演劇に重きを置いているからだと思うし。
コイツは本当にクラスの連中のことを嫌いなんだろうか。いや嫌いなんだろうな、じゃなきゃ放課後愚痴りながら暴れたりしてストレス発散なんてしない。
でも俺はどうもそうは思えなくなっていた。人気者でクラスの中心人物だからこうしてクラスの文化祭に積極的になっているのであろうか。それとも単純に文化祭が楽しみでクラスで団結し合い何かをつくりあげることが大切だと考えるタイプなのだろうか。
何にせよ、人気を獲得するために、人気者であるために、母を越える人気者であり続けるためにやってることなんだとしたら、やっぱり春夏秋冬は学校一の腹黒女なんだろうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます