No.7『これからが勝負やけん、頑張らんば!』

 十一月も第二週目に突入し、本日週の真ん中水曜日。

 今週から俺は学ランを着ることにしている。まぁもっと前から制服の移行期間ではあったんだけど、ここにきてグッと気温が下がったように感じる。証拠に先週までクラスの四分の一くらいだった冬制服勢の数が今日は半数以上になっていた。

 いやクラス内に限った話じゃない。学校全体が冬服へと衣替えのタイミングを迎えていると言っていいだろう。中には未だ半袖の夏服で過ごしているツワモノもいたりするが。あーいうヤツらは多分小学校で一年中半袖半ズボンだったタイプなのだ。常人とは感覚が違うのだろう。


「さっむいなぁww。いやマジで寒いw、これは笑えないよww」


 とか言いつつめっちゃ笑顔の平戸さん。流石はかなりヤバめのサイコ野郎、言ってることと表情が矛盾しまくってやがる。


「夏服からさ、冬服になった女の子って普段より三割増しで可愛く見えないw?」

「あー、わからんでもないですね。ギャップ萌えの一種なんでしょうけど」


 俺が平戸さんの意見に賛同すると、珍しいことに春夏秋冬も頷いて話に乗ってきた。


「それわかる。学ランの方ががっしり見えてかっこ良く感じるのよね。穢谷も学ランのおかげで着太りしてようやく常人の体型だしね」

「いや俺そんなに細かねぇだろ…………え、そんな細い?」


 俺の問いに二人揃ってうんと頷かれてしまった。俺そんなヒョロヒョロなのか……少食なのは自覚あるけど、太ってもなくてガリガリでもないちょうどいい体型だと自分じゃ思ってたんだけどな。


「あ、また来たよw。誰が行くw?」

「春夏秋冬、頼んだ」

「はぁ……。相手は一年よ? あんたならデカい顔していけるでしょ」


 ふっ、後輩だろうが何だろうが、スクールカーストに格差があるのは丸分かりだ。あの焼けた肌とチャラチャラした校則アウトの髪型を見ろ。絶対サッカー部の陽キャで確定。

 現在、水曜日の放課後。俺たちは文化祭実行委員の雑務処理としてまた会議室へやって来ている。ただ今日は会議ではなく、有志によるバンド演奏やダンス披露などの申し込み受付をしているのだ。これが想像よりも意外と多く、ここまででバンドが五組、ダンスが三組、漫才とコントがそれぞれ一組申し込みに来た。

 どいつもこいつも陽キャ道を突き進んでいるような連中で、対応は全て春夏秋冬に押し付けておいた。春夏秋冬はそのほとんどと知り合いだったようで、大して苦ではなかったみたいだが。

 今も先ほどの一年生と思われる男子生徒から書類を受け取ったり渡したり、概要や進行の流れを説明している。


「あ、穢谷くん! それに平戸くんも! いや〜結構久しぶりやね。元気しとったー!?」


 唐突にそんな明るい声が会議室に響いた。声のした方向を向くと、そこには見知った顔がひとつ。後輩想いで優し過ぎる故に部長という職に一番向いてない吹奏楽部部長、蓼丸たでまる癒詈ゆりさんだ。

 蓼丸さんは会議室の入り口扉から俺と平戸さんの方にぶんぶん手を振ってくる。もぉー、やめてよー、実行委員たちからの目が痛いからー。てかそんなに手を振るほど距離ねぇだろ。たかだか数メートルだぞ。


「やぁ蓼丸ちゃんw。ボクたちは元気だったよ。蓼丸ちゃんもかなり元気そうだねwww」

「当たり前ばい。吹奏楽部もかなり形んなってきとっけんねー、これから卒業までにそれなりに仕上げんばいかんとさ。幸い、楽器んことはうちよりも優秀か子のいっぱいおるけん、そこは安心して任せられるっちゃけどね」

「へぇ〜。あれからちゃんと部活になってるんだw。良かったねぇw」


 すげぇな平戸さん、今の言葉一瞬で理解出来たんすか。俺聞き終えてからちょっと考えないと何言ってんのかさっぱりだったんですけど。何言ってんのかいっちょんわからん(九州系の方言でこれだけは知ってる人)。


「吹奏楽部はこれからが勝負やけん、頑張らんば!」

「はあ。がんばらんば……」


 まぁ多分『頑張らなきゃ!』的なことだろう。相変わらず博多弁訛りが強い人だ。あれ、長崎弁だったっけ。やべぇ、これ間違えるとキレるんだよな蓼丸さん。

 俺は方言についてツッコミたかったが、結局蓼丸さんの方言がどっちだったか思い出せず黙っておくことにした。


「相変わらず長崎弁の訛りが強いですね、蓼丸先輩」

「あっ、春夏秋冬ちゃん! 久しぶりやねぇ」


 一年生への対応が終わった春夏秋冬がこちらに歩いてきながら言うと、蓼丸先輩は春夏秋冬の登場にぱぁっと顔を輝かせた。

 てか流石は春夏秋冬だな。蓼丸さんがキレなかったってことは、長崎弁が正解だったらしい。人との交流に一切手を抜かない春夏秋冬のことだ、きっとしっかりと記憶していたのだろう。


「これでも標準語使って喋っとるつもりっちゃけど、まだ勉強の余地のありそうやね」

「いや余地しか無いと言っても過言じゃないですよ」


 俺の言葉にそうかなぁと首を捻る蓼丸さん。そう以外のなにものでもないでしょうが。あれから結構日にち経ったのにそれって、最早改善する気ないだろ。


「んで、今日ここに来たってことはもしかして有志でなんかやるんですか?」

「うーん。まぁ有志って言うより、開会式のオープニングセレモニーで吹奏楽部に合奏させてもらえんか交渉しに来たと!」

「オープニングセレモニーですか」

「そー! うちがここに入学する前からずっと吹奏楽部はオープニングセレモニーしよったとけど、うちが部長になってからは一度もさせてもらってなかとさね。やけん今年こそは絶対やりたかと!」


 なるほど。高校生活最後の文化祭で過去の伝統であった吹奏楽部によるオープニングセレモニーを復活させたいと。多分そういうことだよね。イントネーションとかちょこちょこ出てくる九州系方言特有の語尾が耳に残って話の内容が入ってきにくい。


「それだったら、私たちじゃなくて直接実行委員長に話したほうがいいですよ」

「委員長さんってどの人ー?」

「あそこに座ってるいけ好かないイケメン野郎です」

「おぉ、あれは確かにかなりのイケメンばい……」


 俺が韓紅からくれない会長と仲良さげに会話している聖柄ひじりづかを指差すと、それに気付いた聖柄がイケメンスマイルを引っさげて歩いてきた。


「葬哉、いけ好かないなんて思ってたのかよー」

「当たり前だろ。イケメンと陽キャとクラスの中心人物が俺の嫌いな人種トップ3なんだよ」


 そして聖柄くん、君はあろうことかそのトップ3全てを兼ね備えているわけで。俺にとってお前をいけ好かないイケメン野郎以外に表現の仕方がないわけで。

 蓼丸さんは聖柄にオープニングセレモニーとして吹奏楽部に合奏させてもらえないかという話を聖柄へ話した。聖柄は相槌を打ちながらその蓼丸さんの話を黙って耳に入れる。


「なるほど。合奏ですか……」

「お願いします! これを期に来年再来年もオープニングセレモニー出来るようにしていきたかと!」

「後輩想いだねぇww」

「うーん、でももう開会式のプログラムは出来上がっちゃってるし……許可下りるかなぁ」


 聖柄は腕を組んで悩ましそうに眉をひそめながら唸る。出来上がってるならそこにプラスしちゃえばいいじゃんと言いたいところではあるが、実行委員長には実行委員長なりの苦悩もある。そう簡単にプログラムの変更は許されないのだろう。

 

「いーじゃんいーじゃん! やろうよ合奏!」


 唐突に聖柄の背中から首を出して言う韓紅会長。いつの間にこっちに来たんだ。つかこの人褐色の肌が微エロくて超好みなんですけど(聞いてない)。


「韓紅会長。でも、今さらプログラムの変更はちょっと無理が……」

「おいおい~。ワタシを誰だと思ってるのさ、生徒会長だよ?」

「いけるんですか?」

「いけるね。ワタシが先生に言えば大抵のこと許可下りるから」

「どんだけ教師に好かれてんだよ……」


 韓紅会長は俺のボソッと呟いたツッコミにニヤッと笑みを見せつけてくる。褐色の肌と白い歯のコントラストがまたイイなぁ。日焼け後フェチの俺にはどストライク、俺の心がひっぱりハンティングされる。


「じゃあ韓紅会長、よろしくお願いしますよ」

「うん、任せなさいな」

「あ、ありがとうぼたんちゃん! うち一生感謝してもしきれんわ!」

「あはは〜それは言い過ぎだよ〜。それに、癒詈ゆりちゃんいつも言ってたのワタシ聞いてたからね」

「んん? うち、なんか言いよったっけ?」

「部活動の活動報告でさ、吹奏楽部の文化祭オープニングセレモニーをまた復活させたいって、去年部長になった時からずっと。それ聞いててダメとは言えないよー」


 わぁーお会長かっけぇ。韓紅会長の言葉に蓼丸さんは『釦ちゃん……』と目を輝かせ、感動しているようだ。

 韓紅会長によれば、オープニングセレモニーの復活は蓼丸さんが去年から思い描いていた夢だったらしい。部活動はついこないだやっと動き出し、そして夢も叶う、さぞ嬉しかろう。

 

「ホントありがとうね! うち、絶対感動させれる演奏するけん!」

「あれ。蓼丸先輩、楽器演奏出来るようになったんですか? 私の記憶では確か何も弾けないし吹けなかったんじゃ……」

「もちろんなんも出来んよ。やけんうちはもう指揮者に徹することにした」

「あはは、いいと思うよ〜指揮者w。絶対音感の指揮者とか、演奏してる側は相当緊張感あるだろうなぁww」


 俺は蓼丸さんが練習中に音外れてるの指摘し過ぎてまた部活の空気険悪にならないことを切に願いながら、カレンダーを一瞥。

 文化祭まで残り二週間と数日。そういや、うちのクラスの出し物である演劇は大丈夫なんだろうか。まだあの話し合い以来何も発展していないが。

 ま、俺が気にすることじゃない。裏方は頼まれたことをするだけの楽な仕事だからな。初〆の脚本がどんなんかとかは超どうでもいい。むしろ初〆自体がどうでもいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る