No.5『メイドさんで癒死してまう』

 金曜日の第一回文化祭実行委員会を無事終え、本日土曜日。街の方までひとり繰り出してきた俺が向かう先は、とあるメイド喫茶。初めて校長から面倒ごとを押し付けられ、その面倒ごとを解決する糸口となったメイド喫茶である。

 ちなみにそこは普段秘密の会合(春夏秋冬たちと面倒ごと解決に向けての話し合いをする時のことを俺は勝手にそう呼んでいる)で使用しているヤンママ月見つきみさんのバイトするファミレスから徒歩一分掛かる掛からないかぐらい近い。

 俺はそのファミレスを横目で見ながら、メイド喫茶の入り口へと足を踏み入れる。


「「「お帰りなさいませ~、ご主人様~~♡♡」」」


 入店……否、帰宅した途端にお出迎えしてくれる可愛らしいメイドさんたち。やっべぇ、なんだこのマジでおうち帰ってきました感。メイドさんで癒され死ぬ、癒死いやしする。どうにかしてメイドさんテイクアウトできませんかね。


「あ、穢谷けがれやパイセン! こっちっすこっち!」

「よー穢谷~! 久しぶり~」


 店内……否、我が家に入ると四人がけのテーブル席に腰を下ろし、俺を呼びながら手招きするキモデブオタクと相変わらず筋骨隆々のえげつい身体つきしたアホ面の脳筋バカがいた。というかコイツらに俺は呼ばれたからここにいるわけで、いること自体は知ってたんだけど。

 俺は夫婦島めおとじま一番合戦いちまかせさんに軽く手を挙げて席に着く。


「相変わらず人少ないなここ」

「まぁ、今日は定休日っすからね! 僕が開けてもらったんす」

「お前マジでなんなの、ここのオーナーなの地主さんなの?」


 俺の問いに夫婦島は『はははー』と笑って明確に答えなかった。


「はぁ。んで、俺はなんで今日ここに呼ばれたわけ?」

「穢谷パイセン、最近東西南北よもひろ校長先生と月見パイセンの仲が変な感じなの知ってるっすか?」

「校長と月見さん?」

「そうっすそうっす」


 夫婦島が頷いたところでメイドさんがメニュー表を持ってやって来た。俺はウサギたんハンバーガーなるモノを注文。夫婦島が注文の時、ドヤ顔で『いつもの』って言ってたのが猛烈に腹立ちました。


「で話の続きなんすけど、僕校長室登校じゃないすか?」

「あーそういやそうだったな」

「いつも月見さんが校長先生に預けてるよもぎちゃんを迎えにくるんすけど、ここ最近どうもギクシャクしてる感じがするんすよ」

「ギクシャクっつーと、お互い無視し合ってるみたいなことか?」

「うーん。て言うより月見さんがちょっと怒ってる感じなんすよね。スネてるとはまた違うんすけど……」


 夫婦島の話を要約するとこうだ。

 昼間は毎日バイト漬け、夜は学校の月見さんは、娘であるよもぎを東西南北校長に見てもらっている。そのため毎日学校が終わってから月見さんはよもぎを迎えに来るのだが、その時の様子が最近、前々とは違うらしい。東西南北校長が話しかけても月見さんは塩対応だったり、ずっと不貞腐れたような顔をしていたりと、とにかく普段から仲の良かっただけにそういった変化がとても気になるのだそうだ。


「月見パイセンが明らかに校長先生への態度が違うからそれを感じ取って校長先生もなんかいつもと違う感じになっちゃてるみたいな」


 月見さんが怒ってる感じか。比較的いつでも怒ってると言うかピリピリしてるイメージあるけど、夫婦島が明らかに変だと感じるほど普段の様子とは違うのだろう。


「それで正直校長室に居づらいんで、穢谷パイセンなんか知らないかなって思ったんす」

「居づらいんだったら校長室から出りゃいいじゃねぇかー! 学校は楽しいぞー」

「それは一番合戦パイセンが隠れ陽キャだからっすよ! 友達いないのに教室に登校するとかマジ馬鹿のやることっすよ」

「お前それ俺のこと揶揄してんなおい」


 友達いなくても教室登校するヤツは馬鹿じゃなくて勇者だよ。褒め称えろ。


「月見さんと校長がギクシャクねぇ……。別に両方と仲良いわけじゃねぇから、理由とか知らんな」

「えー、マジっすかー? 何か心当たりとかないんすかー」

「心当たりって言われてもな…………ん、あー無いわけでもねぇか」


 あれは体育祭の日。可愛い可愛い愛後輩、一二つまびら乱子らんこがレイプ魔に襲われ、平戸さんがそのレイプ魔を瀕死にまで追いやった日のことだ。明らかに異常な平戸さんについて校長に追求し、その後月見さんのバイトするファミレスで平戸さんの名を出した途端、月見さんは驚愕という言葉がぴったりの表情をした。そして最後に悔しそうに歯噛みしてその場を去っていった。


「なんすかそれ! 絶対それが原因じゃないっすか!」

「てかオレ一二が襲われたってこと初耳なんだけど!」

「まぁ、校長に他言するなって釘刺されてたんで」


 東西南北校長と月見さんの間には、ただの幼馴染って言うだけじゃ片付けられない複雑な何かがある。これはほぼ確定事項だと思われる。その複雑な何かはきっと春夏秋冬が求める校長の弱みであり、東西南北校長と月見さんだけの秘密なのだろう。

 だから夫婦島が気になっている二人がギクシャクしている理由を知るには、まずその秘密を教えてもらわないといけない。ただその秘密は俺たち第三者の部外者が興味本位で訊ねていいものなのかどうかがわからない。簡単に言えば、地雷を踏みかねないから聞くのが怖い。だって片方は金の力でなんでも解決出来ちゃうゲス女で、もう片方はゴリゴリのヤンママなわけで。世界一敵に回したくない人種と言っても過言じゃないわけで。

 

「困るなぁ。何とか仲直りしてくれないっすかね」

「俺らが無理に何かする必要はねぇだろ。長い付き合いなんだ、勝手に自分らで解決すると思うけどな」

「そうっすかね〜?」


 いつまでもグダグダと仲違いする子供じゃない、二人は既に大人だ。成人しているという意味では東西南北校長の方だけで月見さんは違うが、月見さんに関しては妊娠、出産を経験し、充分に大人だと言える。ではなく、立派ななのだ。


「てか一二は大丈夫なん? 襲われたって話」

「まぁ犯される寸前で平戸さんが助けに入ったんで、未遂で終わってるんで大丈夫っちゃ大丈夫だと思いますよ。ただスタンガンやられた時に倒れて頭打っちゃったらしいんで、学校は休んでるみたいですけど」

「マジっすか。あ、じゃあ体育祭の最後のリレーで一二のクラスが棄権になっちゃったのってそれが理由なんすね」

「結局棄権になったのか……うん、多分そうだと思うぞ」


 リレーのアンカーに選ばれていた一二だったが、残念ながらレイプ魔に襲われたことによりクラスごと棄権になってしまったようだ。何故俺が知らなかったのかと言えば、その一二の件で色々とあって閉会式にも出ていないし、グラウンドを離れて一二を探していたのでその後のことは一切見ていないからだ。


「穢谷パイセン、お見舞いとか行ってあげないんすかー?」

「えー、なんで俺が」

「穢谷が行ったら一二絶対喜ぶと思うけどな~!」

「そうっすよね! 一二穢谷パイセンのこと超好きっすし」


 そんな感じで勝手にどんどん話を展開する夫婦島と一番合戦さん。


「いやー、アイツん家にひとりで行ったら何されるかわかったもんじゃないしなー」

「……え?」

「え、何?」

「もしかして、一二が穢谷パイセンのこと好きって冗談だと思ってるっすか?」

「冗談って言うか、アイツが好きなのは男のイチモツだろ?」


 俺の何の障害もなくさらっと出てきた言葉に、夫婦島はため息を吐いた。一番合戦さんは相変わらずアホ面のままだった。


「はぁ……。パイセン、もしかしなくても鈍感系主人公っすか?」

「ちょっと待て。俺は別に間違ったこと言ってない。何度もアイツに好きだとか言われてるし、ちょっとした誘惑も受けてる」

「だったら、一二の気持ちにも気付いてるはずじゃないすか」

「気付いてないとは言ってねぇだろ」

「じゃあ気付いてるんすか?」

「気付いてないフリをしてる」


 俺は鈍感じゃない。他人のことに興味はないが、他人の心理を読むことは好きだし得意だと自負している部分さえある。だからその感情がどれほどの強さ、重さを持っているのかは知り得ないが、一二が俺に対して少なからずの好意を持っていることには察しがつく。それがセックス中毒によるものなのか、常人と同等の恋愛感情なのかは定かではないが。

 

「気付いてるからって、俺が何かする必要あるか?」

「まぁそれはないっすけど……」

「うおー、なんかよくわからんけど、穢谷やっぱかっけぇな!」

「いや、俺はかっこ良くなんかないですよ。むしろクズで、それでいて弱い人間です」


 人の気持ちに気付いておきながら、気付いていないフリ。ダメなことだとわかっていて、ダメなことをしている。極端な話、犯罪だと知っていて罪を犯すことと一緒だ。そしてそれをしている自分を許容し、認めてしまっているのだ。クズ以外の何と言う。

 結局俺は自分のことを下げておきたいのだ。クズでゴミで世間のためにならないカスでいることは、楽で気苦労しないから。その状態でいたいから、自分を下げる、下位の存在に位置付ける。俺が心身共に弱い人間である何よりの証拠だ。

 とそこでそんな思考を遮るように俺のポケットの中でスマホが振動した。一回きりだったのから察するに、通話の通知ではない。画面を見てみると、春夏秋冬からのラインメッセージだった。


『穢谷、明日暇?』


 まさかの人物からまさかの予定空いてるかどうかの確認。少々戸惑いつつも、『暇だけど、なんで?』と返す。

 するとすぐに返信が来た。


『一二のお見舞いに行きたいんだけど、一緒にどうかと思って』


 お見舞いか。さっきその話題になったすぐこのお誘い。タイミングバッチリだなおい。

 俺は『わかった。俺も行く』と返し、ちょうどテーブルに届いたウサギたんハンバーガーを頬張った。

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