No.4『木の役演れるだけマシだっての』

「帰ろ」


 俺は誰に言うでもなく呟き、立ち上がる。他の実行委員たちも皆わらわらと教室を後にし始めていた。


「あ、ボクはクラスの模擬店の準備があるからw。じゃーねーw」

「もう始めてるんですか。まだ三週間ちょっと先ですよ?」

「甘い、甘いよ春夏秋冬ひととせちゃん! 文化祭の模擬店出し物は準備をどれだけ早くやるかで変わってくるのさww! ……ぼたんちゃん曰くねwww」


 平戸ひらどさんは腰に手を当て人差し指をビシっと伸ばす謎のポーズを取る。すると名前の出てきた韓紅からくれない会長がとたたっと駆けて来た。


「そうなんだよ! 三年間生徒会やら委員会やらでほとんどの学校行事を客観的に見てきたワタシが言うんだから間違いない! 文化祭で準備早く取り掛かることは一利あって百害なしなんだから」

「にしてもちょいと早過ぎやしませんかね……」


 本番三週間前から準備に取り掛かる文化祭なんて聞いたことない。大掛かりなステージや舞台のアレコレならわからんでもないが、たかだかクラスの出し物の準備をするには早過ぎるだろ。絶対後半暇になるって。

 と言うかそんなことよりも平戸さん、クラスでそれなりの地位を築き上げているようだ。明るく元気でこんな俺でも話すことが出来た生徒会長、陽キャ以外の何者でもない韓紅会長と名前呼びで仲良さげに会話しているのが何よりの証拠。流石はサイコパスとでも言うところだろうか、どうやら人心掌握術を意識するまでもなく行うことが出来ているらしい。他人の気持ちを汲み取ることが苦手なはずなのに、不思議なもんだ。


「ま、そういうわけだから後輩たちよ。仲良く二人で帰りなさいなw」

「えっ。朱々しゅしゅ穢谷けがれやくんって、そういう関係なのー!?」

「いえ、全然そういう関係ではないですね」

「あはははー。そうそう、ただのボランティア仲間ですよ」

「なんだー。やっぱそうだよねー、朱々のガードが固いの三年の間でも有名だもん」

 

 がっくしと肩を落とす韓紅会長。華一かいち籠目ろうもくも言っていたが、俺が知らないだけではなく、カースト上位たちの間でもマジで春夏秋冬の浮ついた色恋話というものは挙がらないようだ。

 韓紅会長は『ちゃんと青春するんだぞー!』とか何とか言って平戸さんと共に会議室を出て行った。たった一年先に産まれているだけとは言え、人生の先輩であることに変わりないわけで。俺はその言葉を珍しく右から左に受け流すことなく心に留めておいた。他意はなく、ただ何となく。


「もう帰る?」

「あ、うん」


 ……二人で帰る。そんなこと、昔だったら絶対にあり得なかった。というか春夏秋冬が共に帰ろうと俺に促してくることが一番信じられない。そしてそれを普通に受け入れて、許容してしまっている自分も信じられない。

 もうこんな曖昧で言葉に表し難い関係性が続いて数ヶ月が経つ。友達でもなければもちろんそれ以上でもない、元はいがみ合っていたはずなのに今となってはお互い相手への嫌悪感が薄れ始め、気付けば現状だ。春夏秋冬自身の内なる思いは知ったこっちゃないが、ひとつ言えることは俺は春夏秋冬に関われば関わるほど、知れば知るほど、惹かれてしまっている。関わりお互いを深く知ることで嫌悪感が薄れ切った挙句、俺はその先の新たな感情を抱き始めているのだ。

 でも仕方がないような気もする。大抵の男は春夏秋冬と話をするとその美貌と優しさ(表モード)にコロッと落ちる。俺がそうなっていなかったのは元から陽キャで人気者な春夏秋冬が嫌いで、その上本性も知って余計に嫌いになったからだ。だから好意は抱かなかった。

 しかし今はどうだ。春夏秋冬への嫌悪感は薄れ、その上母親の死から人気を求めるようになったと知り、『あれ、コイツ俺が思ってるよりも悪いヤツじゃないんじゃね?』状態に陥っている。その状態で普通に可愛い顔して俺と会話してくるんだ、逆に惚れないっていう方が変じゃない? 

 まぁ、惹かれているってだけでコイツと付き合いたいだとか、キスしたいヤりたいとかそういう考えを持つほどではない。悪いヤツじゃないとわかっても、結局性格ブスなことに変わりないわけで。今の俺の春夏秋冬への心持ちは、あくまで校長に弱みを握られて面倒ごとを押し付けられている仲間といった感じなわけで。

 それ以上になることもなければ、むしろなろうとしてはいけないのだ。彼女は学校中の人気者で俺は社会不適合者日本代表、社会的地位は雲泥の差なのだから。

 そう結論付けて俺は春夏秋冬と会議室を後にした。




 △▼△▼△




「おーい! 葬哉、朱々!」


 俺と春夏秋冬を呼ぶ声が廊下に響き渡る。放課後で校内が閑散としており、その声はかなり反響した。振り返るとそこには小走りで駆けて来る聖柄と諏訪の姿があった。


「二人は今から部活?」

「おう!」

「相変わらずバレー部は練習ばっかりだね」

 

 春夏秋冬の問いに異常にデカい声で頷き、サムズアップする諏訪。コイツ、耳逝っちゃってんじゃないの、だからこんな声デカいんだろ。じゃないとその距離感でそんなバカデカい声出す意味がわからん。 


「てかさ朱々、バレー部のマネージャーしたらいいじゃん。絶対部活入ってるほうが楽しいって」

「うーん、まぁ確かに部活してる人たち見てたら楽しそうだなーっては思うけど、今さら感あるじゃん?」

「いやいや朱々ならそんなことないって! な、りょう!?」


 諏訪は聖柄に同意を求めるべく首を横に向ける。すると聖柄はちょっと呆れたような表情で笑った。


「まー、確かに朱々ならどの部活いっても今からでもレギュラー目指せそうだね」

「だろー!?」

「ちょっと、稜まで私のこと買いかぶり過ぎだよ。それに例えそうだとしても、私は部活に興味無いからさ。どこの部にも入る気ないよ」

「そ、そっか~。だよなー」


 諏訪は春夏秋冬のきっぱりとした物言いに、ちょっとだけしょんぼりと寂しそうにする。冗談っぽく春夏秋冬をマネージャーに誘ってはいたが、おそらく結構本気でバレー部に入って欲しかったのだろう。春夏秋冬のことが好きだという諏訪は、バレー部合宿の際俺を勝手に恋敵認定し、勝手に俺に春夏秋冬は渡さないとか言って燃え上がっているのだ。

 きっと俺がさっきまで春夏秋冬と二人でいた現状にも勝手に焦りを感じているに違いない。大丈夫だぞ諏訪、俺は春夏秋冬のこと狙ってないから。あと春夏秋冬曰く、お前がいつどう告白してこようが絶対オッケーしないって言ってたから。


「あ、そういやさ。葬哉はクラスの演劇、なんか役する? おれ葬哉の演技結構見てみたいんだー」

「は? なんでだよ。俺演技上手いとか言ったか?」

「いやなんとなくさ、葬哉って嘘上手そうだから」


 聖柄よ、嘘と演技はまた別物だぞ。あと俺は別に嘘は上手くない。真顔でテキトーなことほざくのが得意なだけだ。


「でも穢谷のキャラ的にはただ黙って突っ立っとく木の役とかがぴったしタイプだろー?」


 冗談だということを伝えるためのニヤニヤ顔で俺のキャラ性をイジってくる諏訪。なんだコイツ、普段周囲からイジられてるクセに俺をイジってくるってことはつまり、俺のことを自分より下の存在だって考えてるわけだな? 諏訪のクセにナメやがって、殺すぞ。


「はっ。木の役れるだけまだマシだっての」

「え?」


 少し投げやりな声音で諏訪に言い返すと、諏訪はぽかんと口を開けて阿保面を見せてきた。俺はピンと人差し指を立ててドヤ顔で言う。


「いいか。ホントの陰キャってのはするもんなんだよ。クズぼっちはステージに立っちゃいけない存在なの、そこんとこわかるか?」

「自分でクズぼっちって言っちゃうんだね……」


 春夏秋冬は苦笑いの表情を作って見せる。


「でも、一回くらいは劇でセリフある役したことあるだろ? 幼稚園のお遊戯会とかさ」

「幼稚園にはいってねぇよ」

「あ、保育園?」

「にもいってねぇ。親父が義務教育でもないのにわざわざ金出して通園させる意味がわからんとか言ってたらしいんだよ。だから俺は幼稚園にも保育園にもいってねぇ」

「あぁ……そ、そうなんだ」


 ちなみに俺は小三小五中二の計三回クラスで劇をすることになった経験があるが、一度もステージに立ったことはない。いつも小道具作りとかしてた。超楽しかった、いやマジでマジで。

 そのおかげで俺は現在ぼっちでも寂しいという感情を持たなくなったわけで。何なら友達いないと死んじゃうとか言う友達絶対主義のバカ共に同じ経験させて、ひとりの楽しさ伝えてやりたいくらいだ。


「ま、今回もどんな脚本になるかは知らんけど、俺は裏方に徹しさせてもらう」

「マジかー。残念だなぁ」


 何がそんなに残念なのかはさっぱりわからないが、俺はそこには触れないでおいた。こういう学校行事において大勢の前に立つべき存在は、俺のような陰気質強めのヤツではない。聖柄や春夏秋冬、諏訪のようなそれなりの地位を持っているヤツじゃないといけないのだ。

 春夏秋冬がヒロイン役なら客も集まりそうとか言っていたが、あれはまさしくその通りで、陰キャが出る劇を誰が見に来るだろうか。少なくとも俺は来ない。

 文化祭、学園祭における劇で求められるのは演技の上手さ、物語の面白さではない。普段とは違った服装で普段とは違う口調、言い回しで普段とは違うキャラになって話を展開しているということそのものなのである。

 だからその普段が知られていない陰キャが大勢の前に立って演技しても、客は何も面白みを感じない。陽キャがやるから面白くなるのだ。これは屁理屈でも捻くれた考え方でも何でもない、マジの事実だ。

 

「でも、何かあった時は頼りにしてるぜ葬哉!」


 ヤダなー、稜ってば俺のこと買いかぶり過ぎだよー。俺が口にするよりも早く、聖柄と諏訪はシュっと手刀を切って部活へと走っていった。


「いんじゃない? 別になんか役したって」

「お前まで何言ってんだよ。陰キャが舞台に立っても面白くはならないぞ。わかるだろ」

「面白くなくてもいいじゃん。文化祭なんて所詮は心は大人なのに扱いは子供の私たち高校生の自己満でしかないんだから」

「自己満なんだったら、なおさらだ。俺が出て客がシラけたら満足いく劇は出来ないだろうからな」


 そもそもの話、俺が劇に出ることをクラスの連中が許容出来ないはずだしな。俺の言葉に春夏秋冬は反論することなく、その話はそこで終わった。聖柄同様に俺を劇に出させようとしてくる春夏秋冬に、ちょっとだけ煩わしさも感じた。

 下駄箱で靴を履き替え外に出ると、少し肌寒く感じる風がひゅーっと情けない音を立てて吹いていた。帰ったら忘れないうちに学ランをクローゼットから出しておこう。

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